110 神楽部隊もびっくりだ
2019. 6. 10
その音は人の声のようで、低くもなく高くもなく響き、心を落ち着かせた。
「……これは、胡弓かな?」
源龍の呟きに、全員がその音に耳を澄ました。
「空気が……」
統二は、どこかイラついたような棘のある空気が徐々に消えていくのを感じ取っていた。これに珀豪が答える。
《これが場の調律だ。熟練の楽師でも一人では難しいものだがな。主殿の技術と神楽器があれば容易い》
「特別な楽器なんですか?」
統二には、秘伝本家に伝わる技術についての知識はあるはずだった。
その技を会得することは叶わなくとも、どんな技があるのかということだけは、知ることのできる環境にあったのだ。
何より、高耶の力になろうとそういったものを統二は貪欲に知ろうとしていた。なのに、先ほど珀豪の言った神楽器についての知識はなかった。
楽器に関するもの自体、統二は知らない。
《あれは神に奉納された楽器の一つだ。もう既に神器とされたもの。それを召喚することを許されたのが主殿だ。神が認めた楽の音を出せる者と認められたということになる》
統二が知らなくても無理はない。楽器にまで手を出したのは秘伝の歴史の中で高耶が初めてなのだから。
これに源龍が感心した声で確認する。
「高耶君だから許されたということだね。うん……こんな素晴らしい音は聞いたことがないよ……神楽部隊もびっくりだ」
《あやつらならば、昔から主殿を仲間に入れようと手ぐすね引いておる。今更だ》
「それは初耳だよ?」
源龍も当然のように知らない。神楽部隊がとうの昔に高耶の実力を認めているなんてことは、実は誰も知らなかった。
神楽部隊は常に地方を巡礼するように回っている。会合にも顔を出さないのだ。そのため、連盟経由で高耶が連絡を取っていたとしても、協力ということで把握されており、特に仲が良いとか悪いとかは分かりっこないのだ。
《主殿の人脈は案外広いぞ。こちら側の人脈だけでなく、表側の人脈も強い。アルバイトでピアノ弾きをしているらしいが、そこで大企業の社長なんかに勧誘されていたりするからな》
「……そういえば、絶対普通じゃ手に入らないオペラのチケットとかもらったかも……」
仕事でそういうものを御礼としてくれる人もいるので源龍も不思議に思っていなかったが、そういうツテで手に入れたものだったのだと思い至る。
「いいなあ、ユウキちゃん。おにいちゃんカッコいいし……」
「えへへ。おにいちゃん、ピアノもじょうずだよっ」
「なら、ユウキちゃんのおにいちゃんにピアノおしえてもらいたいなあ」
「あのおにいさんがセンセイ……いいかもっ」
優希達は珀豪にもたれかかりながらそんな話をしていた。何というか、女の子ってやっぱりおませさんだなと近くで聞いていた俊哉などは思っていた。
「あ、軽くなった」
統二が思わずそう声を上げる。
《うむ。異界化が解けたな。ミナミさん、ユカリさん、もう外に出られる。送って行こう》
カナちゃんとミユちゃんの母親達に声をかけ、珀豪は寄りかかる子ども達をそっと促して立ち上がる。それと同時に人化した。
「っ、ひ、人になった……」
驚いたのは、二葉と小学生の少年二人。
「そういえば……しゃべってた……」
「すごいっ。ヘンシンしたっ」
否、一人は興奮していた。
そんな少年二人の方は、天柳が声をかける。
《ほら。あなた達は私が送るわ。お家はどこ? 住所言える?》
「う、うん」
「いえますっ」
住所を聞き出した天柳は、二人の家の方向も近いので問題ないと立ち上がった。
《じゃあ、帰るわよ》
天柳を見送る頃、職員室から校長と時島が戻ってきた。
「もう大丈夫なのね」
《うむ。我が彼女達を送って行く。少年二人は天柳が送って行った。その少年は……》
そうして目を向けたのは、統二の同級生である二葉だ。
「あ、駅まで僕が付いて行きます」
「っ……」
統二が名乗りを上げた。これに驚いている二葉を見て、俊哉も手を上げた。
「じゃあ俺も一緒に行くよ。どうせ俺も駅行くし。何より、こいついじめっ子っぽいし」
「っ!?」
俊哉の目は確かだった。そして、思ったことを遠慮なく口にするのも俊哉らしいところだ。
こうして、次々と校長室を出て行く。
残ったのは、校長と時島。源龍と黒艶、清晶だ。
《黒は先に還ったら?》
《せっかく出てきたんだ。戻ってくる主殿に抱き付いてからにしたいだろう》
《なんで抱き付くのさっ》
《主殿が好きだからに決まっているだろう。今、ちょっとずつ慣らしているのだ》
ふふふと笑う黒艶に、校長はまあまあと笑う。その隣で時島は苦笑しており、源龍は気まずげに目を逸らしていた。
《最終的には添い寝だな》
《なんでだよっ》
中々合いそうにない二人だ。黒艶が清晶をからかって遊んでいるようにしか見えない。
《主殿の年齢を考えろ。このままでは恋の一つもできん。ちょっとは女性の体というものに興味を示すようにせんとな。ただでさえ主殿を狙う女豹共は多いのだ。早い所伴侶を見つけられるようにせねばならん》
《だからって、なんで黒が……》
《決まっておろう。我が楽しいからだ》
《それが本音だろう!》
清晶の叫びを聞いてか、そこに人型の綺翔がやってきた。
《……遊んでる?》
《お、綺翔。主殿はどうした》
《見回りしたら……来る》
高耶は最終的な見回りをし、神や土地の状態も確認しているのだ。因みに現在は高耶の傍に常盤がついている。先にここへ行くように言われた綺翔は少し不満だった。
《そろそろあっちも起き出すから、早く撤退したいんだけど》
《そうだな。主殿が変な目で見られるのは許せん》
《ん……もう一度寝かせる?》
職員室にいる教師達の目がそろそろ覚めるのだ。瘴気も消え、場も正常に戻った以上、もうすぐだろう。
「そういえば、報酬はどうすればいいのかしら」
校長のこの言葉に、源龍が苦笑する。
「必要ないですよ。原因はともかく、土地神に関係する問題でしたからね。何より、連盟で取り逃がした違反者が関わっています。寧ろ、こちらの責任です」
「でも、助けてもらったのは確かよ?」
「そう言ってもらえるだけで十分ですよ」
今回のようなケースだと、理不尽にこちらへと責任を押し付けてくることの方が多い。逆に賠償をとか言われるのだ。そう考えればかなり有り難い考えだ。
「まだ何度か様子を見に来ることになりますから、それだけ許していただければ」
「来てくれるのは嬉しいわっ」
「ふふ。高耶君は人気者ですね」
《当然だ》
《当然でしょ》
《当然》
自慢気に頷いてそれぞれ答える式神達に、源龍達は楽しそうに笑った。
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