105 感心してる場合ではないです
2019. 5. 15
高耶と源龍は、学校の近くの図書館にドアを繋ぎ、急いで学校までやって来た。
「これは……っ」
まさかと思いながら学校に近付くが、何かに阻まれる感覚があった。
学校の前を通る者達はこの異変に気付いていない。
例えば、学校で遊ぼうと思ってやって来た子ども達も、不意に何かを思い出したように取って返していく。
「もしかして……異界化?」
源龍は驚きながらこの現象を見ていた。
高耶や源龍ほどの術者ならば、学校の中の空間が所々歪んで見えていた。渦を巻いているようにも見え、とても不気味だ。
こんな現象に出会うことなどほどんどない。人のいない山奥などで、ほんの時折見られるものだ。こうした人の住む密集地で起こることは稀だった。
これは強い妖が無理やりこちら側へ来ようとし、それを抑えようと神の力が暴走した時に起きる現象だと言われている。
街中で暴走するほど神の力が強くなることは中々ないし、そもそも、強い妖が無理やり出てくるということは現代では条件的に難しい。
その条件とは生贄だ。
「誰かがおかしなものを召喚しようとしたみたいですね……」
「こんなこと一体誰が……」
高耶は考えていた。突然流行りだしたらしいコックリさん。それは誰が始めたものだったのだろうか。
もしかしたら、神の力を暴走させるために誰かが仕掛けたことだったのかもしれない。
状況を悪化させる条件を満たす場所。そこに目を付けた者がいたのだ。
不意に頭に浮かんだのは、一人の少女だった。
ここに、源龍と共に来たこと。それは偶然ではないのではないか。そう思わずにはいられなかった。
「……考えるのは後にしましょう。中に入ります」
「っ、わかった」
高耶は神の力と同調する。そして、ゆっくりと空間を押しひらくようにして足を踏み出した。
その後に続いて源龍が高耶が開いた場所へ飛び込む。
中に入ると、酷い耳鳴りがした。
「くっ、これはキツイね」
「っ、ええ……そのうち慣れるんでしょうが……急ぎましょう」
一気に気圧が変わったようなそんな感覚だ。しだいに気にならなくなった。
高耶は職員玄関の方へ迷わず向かう。だんだんと生暖かいような、まとわり付く不快な空気を感じる。嫌な予感がして、高耶は水刃刀を作り出した。
「高耶君?」
「何か変です……妖だけの気配じゃない……」
「っ……なるほど……これは、怨念を持った悪霊の気配だね」
源龍に言われて納得する。確かに、これは霊の気配だ。
そうして、見えたのは、ボロボロの鎧を付けた骸骨だった。
「っ、どっから連れてきた!?」
この場所にこんなものは居なかった。それは確認済みだ。
彼らは無念の想いを残しながらも眠っていたものだ。そんな魂を無理やり起こしてここに連れてきた者がいると知って、高耶は一気に頭に血が上るのを感じていた。
その地に囚われている霊の場所を無理に移せば彼らは混乱し、凶暴化する。
これは意思を乱す行為なのだ。その場所に留まっているからこそ、彼らは想いを固定化して存在している。
怨念を晴らす浄化ではなく、こうして移動させる行為だけはしてはならないというのが陰陽師の中での常識だ。
「本当にこんなことになるんだね……絶対やるなって言われて育ったけど、こうして見ると本当にダメなことだって分かるよ……」
「源龍さん、感心してないでくださいよっ」
「あはは。ごめん。なんかもうすごくって」
笑うしかなかったらしい。
確かに笑えるほどの酷い惨状だ。凶暴化した彼らは、手当たり次第に暴れ、学校を破壊しようとしているほどだ。
「早くどうにかしないと、これ戻すの大変ですよっ?」
「うん。高耶君が泣きそうな気持ち、今ちょっと分かった。アレはマズイね……」
窓を割って外に飛び出してくるのを見てしまったのだ。
アレも直さないといけないと思うと源龍も気が重くなったらしい。
「浄化できないほどの頑固者じゃないのが救いだね」
源龍がそうして目を向けた先で、常盤が次々に落ち武者達を浄化していた。
「まったくです……【綺翔】」
綺翔が現れると、彼女はすぐに状況を確認して頷いた。
常盤と協力して外に溢れ出た落ち武者達を浄化し始める。
「外は二人に任せましょう。あそこに妹達がいます。そちらへまず行きます。最悪、校舎だけなら、ここの土地神と協力して時間を戻せますから」
「それに期待しようか」
高耶と源龍は、外に溢れ出そうとする落ち武者達を浄化しながら、校舎へ入った。
中はそれこそ、ぎっしりと落ち武者達が詰まっていて驚いた。
「すごい数だね……」
「合戦場のを丸ごと移したんでしょうか……」
慣れている高耶達でも気持ちが悪い。うんざりする数だ。
ただ、廊下は狭いので、水刃刀で一振りすれば一気に数メートル分は片付く。
職員室も覗くと、そこでは教師達が倒れていた。瘴気に当てられたのだろう。高耶は浄化の札を中へ飛ばし、守護の結界を張った。
起きることはないだろうが、これで彼らは大丈夫だろう。あまり瘴気に長く晒されると、後遺症が残る心配があるのだ。
「高耶君って、術を連発しても平然としてるよね……今日は過去視までしてるし、大丈夫かい?」
「特に問題はないですけど」
「……普通はもうとっくにバテて気絶してると思うんだけど」
「平気ですよ?」
「そう……無理しないでね……」
源龍は、改めて高耶の非常識さを再認識していた。
おそらく、源龍でもこちら側へ侵入したあの時点でかなり消耗する。以前にこの地の神と交流があったとはいえ、難しいことなのだ。
それを苦もなくやり遂げ、更に水刃刀を作り、それで悪霊を浄化して先導するなど、まず体力に問題のある多くの陰陽師達では考えられない。
「やっぱり秘伝はすごいんだね……」
純粋な陰陽師の家系ではないということで、秘伝を軽視する者が多い中。それでも無理に首領の座に据えることの意味が源龍には今、分かった気がした。
高耶は羨望の想いでもって見つめる源龍のことなど気にすることなく、校長室の前で立ち止まる。
「これは、統二の結界か」
「統二って、確か秘伝のところの次男じゃなかったかい? すごいね。四等級の結界じゃないか」
「ええ。統二、そのままでいい。入るぞ」
他人の結界に干渉するのは、お互いに負担がかかるものだ。なので、一声かけるのが礼儀だ。本来ならば、結界を解いてもらうか、力を緩めてもらうのだが、高耶はそれを必要とせず、綺麗に同調して扉を開けるようにして入り込んだ。
その際、源龍の腕を引いて一緒に入ることで、高耶の一部として通ることができた。
部屋の中に入ると、優希が飛び付いてくる。それに続いて統二も駆け寄ってきた。
「おにいちゃんっ」
「高耶兄さんっ」
二人とも目を潤ませていた。
「よく頑張ったな」
「ふぇっ………おにいちゃぁん……っ」
「っ、はい……っ」
本気で泣き出したのに苦笑しながら、随分高さの違う二人の頭をよしよしと撫でてやった。
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