第八十話 出撃前夜 ①
令和一発目、いっきまーす!!
*
そもそもこの村は広くない。
逃げたところで、私の行き先など知れている。
結局のところ、私は自分の寝室に引きこもって真っ暗な部屋のベッドの上でうずくまっていた。
――――そんなに死にたいなら、さっさといってしまえ。
勲おじいちゃんの言葉は私の心にぐっさりと刺さった。
おかげで今は何もしたくない、やりたくない、私の心はすっかり萎れてしまった。
覚悟を決めていたくせになんて情けないだろう……思わず自嘲する。
もはや何のために私は動こうとしているのか分からない。
いっそ、このまま引きこもって作戦を台無しにしてやろうか――そんな風に思ってしまう自分が心の片隅に佇んでいた。
そのときだった、部屋の外に何者かの気配を感じとり、少し視線を上げる。
「――ノカさん、ノカさん。いっらしゃいますか?」
寝室のドアをノックする音がする。
ドアの向こうにいるのはネリーか……。
彼女にも申し訳ないことをしてしまった。あの後のことを丸投げしてしまった以上、彼女に会わせる顔がない。
だから、私は沈黙してこの場をやり過ごすことにした。
「…………」
「ノカさん、返事してください」
「…………」
「返事しないとこの扉をぶち抜きますよ」
優しい声がかえって怖さを引き立てた。
普段は温厚なネリーから出た物騒な言葉。
これは、かなりご立腹みたいだ……。
「――――いるよ」
「もう、いるなら早く返事してください。入りますよ」
「ダメ、やめて」
「じゃ、失礼します」
私の制止も聞かず、ネリーはドアを開けると部屋にずかずかと入り込んだ。
どうやら、ネリー以外には誰もいないようである。
部屋に上がり込んだ彼女は部屋の照明をつけるとベッドの上で小さくなっている私の前で仁王立ちで鋭い視線をぶつける。
「ノカさん、グラム帝国および縁本部からの選抜メンバーをこの村に召喚する時間はとっくに過ぎていますよ」
「……もういいよ」
「はい? 今、なんて?」
「もういいって言ったの。修行から帰ってきて、寝る間も惜しんで準備してきてここまでやったのに……なんで? なんであんなこと言われなきゃいけないの? 死ねってさ……こんなに頑張ってるのに――」
ぽつり……ぽつり……と吐き出した感情が矢継ぎ早に溢れ出す。
気が付けば自分の想いを止めることができなくなっていた。
そりゃ、反対されることは分かってたけど、あんな言われ方をされる筋合いはない。
ここまで努力してきたのにあんなのはあんまりじゃないか……そう呟いた私にネリーから帰ってきたのは「ふーん」という興味の欠片もないような反応だった。
「じゃあ、やめましょう」
何かが切られる音がした――――ああ、なんで? どうしてそんなこと言うの?
ネリーなら、きっと……分かってくれると思っていた。
失うことを、拒絶されることの苦しさをわかっているそんな彼女ならと期待した。
でも、ネリーは私の淡い期待を踏みにじるように引きとめることも、怒りを見せることもなくあまりにもあっさりと切り捨てた。
面と面をむかってまっすぐに私を励ましてくれるそんな未来を描いた私は現状を飲み込めず、ただ不規則に息を漏らすだけだった。
「えっ……えっ、えっ、えっ――――」
「やめたいなら、やめてください。足手まといはいらないので、ショーシャンク作戦はワタシとシラナミさん、師匠さんの三人でやるんで。あー、くだらないくだらない。なにをへこんでいるのかと思えば、そんなどーでもいいことでメンタルブレイクですか? 情けないですね、一級魔導師が聞いてあきれる」
「ちょ、ちょっとまってッ!」
「では、作戦指揮は師匠さんに引継ぎさせますね。では、ワタシはこれで――――」
――以上です。
冷徹を吐き捨てたネリーは踵を返すと躊躇のない歩みで部屋を出て行こうとする。
よくもまあの間にあれだけの言葉のナイフを刺し込めるものだと感嘆する間もなく、私は彼女に置いて行かれたくないという強い衝動に駆られて、ベッドから転げ落ち、身体を引きずり無様なイモムシのように這いずり、ネリーの背中に追い付くと彼女の腕を掴んで彼女を引きとめた。
氷点下の眼差しが地を這う私に浴びせられ、その手強引に振りほどこうとする。
それでも、私は引き下がった。
ここで、見捨てられたら本当の、ほんとうにしんでしまいたくなる――――。
「なんですか。言葉の上だけじゃ飽き足らず、本当に足手まといになるつもりですか」
「おねがい……見捨てないで。いやなの……ねぇ、なんでそんなひどいこと言うの?」
私は惨めに、無様にネリーにすがっていた。
私の嘆願にネリーの力が少しだけ緩くなった。
「ひどい? あなたの心の問題がワタシに関係あるんですか? ないですよね。それとも慰めてほしいのですか? あ~、ノカちゃん辛かったね、大変だったのにね。お~よしよし――――って? 甘えんなって話ですよ」
「あ、甘えてなんて……! 私はただ、村の為にがんばって――」
「あなたは何の努力もしてないんですよ。ただ泣き言を並べているだけ。死ねって言われた? だからなんですか。だったら生きて帰ってくればいいでしょ。目を覚ましなさい、アイチ ノカ」
「――――ッ!!」
ハッとする私の額に振り返ったネリーが肉球スタンプを押し付けた。
彼女の指から伝わる体温が焦る私にじんわりと広がっていき、落ち着きを取り戻させる。
「ノカさん、ワタシは今もあのとき《・・・・》みたいにアナタを信じたい。絶望の淵で不敵に笑うアナタの顔はいつかのワタシを救ってくれた。アナタを信じてよかった、アナタに託してよかったと……また言わせてください」
「………………」
私はゆっくりと目を閉じた。そして、考える――――。
考える、考える、考える…………そして、一息、大きく吸い込んで目を開ける。
「――――ネリー、“アカガネノカギ”転移門を起動。縁本部、グラム帝国の順番にね。転移門起動後、グラム帝国に連絡、空中戦艦を予定地点上空一万メートルで待機。七時間後に着艦予定」
冷静になった自分が失態を取り戻そうと動き出す。
私は掴んでいた手を離すと立ち上がりネリーに指示を飛ばす。
これが私の答え。
今、くよくよしても何も始まらない。だから、今は目の前の作戦に集中し最善を尽くす。
そして、生きてこの村に帰ってくる!
「了解」
「出撃は小隊メンバー全員が転移完了の五時間後とします。私は出撃準備に取り掛かります」
「了解! 小隊長、どうかご武運を――」
「……ネリー」
見事な敬礼を決めて、早足で仕事に向かったネリーを私は呼び止める。
なんですか? と首を傾げる彼女に私は少しぎこちなく、それでもしっかりと笑顔を見せる。
「ーーーーありがとう」
いま、私からあなたに贈れる最大の感謝を。
ネリーは照れたように苦笑する。
「まったく、気が早いですよ? まだ作戦は始まってもいないのに。よい顔です。ですが……それでこそ、アイチ ノカです」
「うん!」
「必ず成功させましょう」
「そして、生きて……必ず生きて帰るんだ」
――誓う、私は拳を胸に当てて決意を固める。
誰も失わないし、失わせない。
「“ポケット”」
私は魔法空間から握り拳くらいの大きさの『宝珠』十一個と艶のない無骨なデザインの黒の服を十一着を取り出す。
そして、最後に特注の黒檀でできた長杖を取り出した。
今回の作戦で私が使用するのはこの三点、飛行魔術を込めた宝珠、宝珠を組み込むことができる特殊素材のジャケット、そしてこの長杖だ。
「――ショーシャンク作戦発動」
~乃香の一言レポート~
ネリー、しゅき♡
次回もお楽しみに!!




