第七十八話 命の使い方 ③
予知夢とか、警告夢ってなんかワクワクしますよね。
*
そこは『道』が一本、地平線の遥か彼方までずっと伸びている平原。
私はそこの途中、ぽつりと一人で立っていた。
この道のこと、この光景のことを私は知らない。でも、ただ、「進まなきゃ」という使命感にも似た衝動に駆られて足を進める。
「ん……ながいなぁ」
歩けど歩けど道の終わりは見えず、ただ地平線の向こうへ寂しく伸びる一筋の道が続く。
それでもひたすらに私の脚は機械仕掛けのように淡々と変化の起こらない平坦な道を歩んでいる。
しかし、しばらく歩くと少し先の道の上――――空に一人の少女が佇んでいた。
「お、ロリ発見」
私も異世界に来て長い、今さら女の子が空に浮かんでいようと驚きはしない。
その少女は艶やかな黒髪を風に躍らせながらこちらを恨めしそうに睨んでいる。
誰だろう? 見覚えがある気がするんだけど……。
なんとなく見覚えのある少女の姿に記憶のタンスからデータを照合しようとするがうまくいかない。
すると突然、少女は糸が切れた人形のように私を睨みつけたまま頭から真っ逆さまに地面に向かって落ちていく。
親方! 空から女の子が!! といっても親方なんて見当たらないし、このまま地面に少女がぶつかればR-指定待ったなしの凄惨な修羅場が展開されてしまう。
なにより、ロリの危機に身体が動かないような人間はいないッ!!
「待っていろ! なんか見覚えのある少女よ!! 私が今、助ける――――」
そう叫んだ私は全力疾走の構え、クラウチングスタートで地面を思いっきり蹴り飛ばす。
だが、脚が地面を掴んだその瞬間、私の肩に手をのせて出発を阻止するものが現れた。
「だれ!? 今から私はロリをキャッチしにいくんだ! 邪魔しないで!!」
少女を助けるという最重要任務を妨害された私は怒りにまかせてその手を跳ね除けて振り返る。
誰だ! 顔を見てやる!! ロリ救助を妨害した不届き者を――――えっ、なんで?
瞬間的に沸騰した怒りはその人物を視界に入れた途端、また瞬間的に冷却され、むしろ新たな感情が芽生える。
それは、『驚き』。
そう、どうしてあなたがそこにいるのか、という大きな疑問。
「いさお……おじいちゃん?」
背後に立っていたのは、なぜか岩手 厳その人だった。
ピンッと伸びた背筋に真一文字に結んだ口元、どこからどうみても勲おじいちゃん。
だが、なぜだろう? その顔はいつもより心なしか悲しそうで辛そうだった。
そうだ、この顔、私が修行に出る前と同じ顔――――
「ちょ、ちょっと! どこいくの!?」
呼びかけにも応えず勲おじいちゃんは黙ったままスタスタと私の横を通り過ぎ、少女の落ちる道の先へ歩いていく。
慌てて後を追おうとするが、なぜか急に脚が動かなくなり一歩も前に進めなくなる。
「まって――! ねぇ! おじいちゃん!! 勲おじいちゃん――――ッ!!!」
必死に手を伸ばして勲おじいちゃんを引き留めようとするが、彼の背中は小さくなるばかり。
ダメだ! 彼を行かせてはダメだ!! 再び燃え上がった衝動にまかせて叫び散らすが勲おじいちゃんは振り向かない。
やがて、彼の背中が地平線の果てに消え、私の意識は真っ黒になった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「――――ッ……変な夢」
今朝は珍しいことに自分で目を覚ました。
まぁ、原因はさっきまで見ていた変な夢のせいであるが……。
勲おじいちゃんもロリコンなのかな? そんなバカなことを考えながら体をひねって枕元の時計を見る。
……うん、起床まではまだ少し時間がある。そうかといって、二度寝するには少々リスキーな時間だ。
「………………」
仕方ないので目を開けたまま布団に入ってボーっとすることにした。
なんの生産性もない『無』の時間。無価値で無意味で無駄な時間――。
だが、ここのところずっと何かを悶々と考えていた自分にはちょうどよくて、何も考えないこのひとときがひどく愛おしいかった。
作戦期間中は朝にめっぽう弱い私のためにネリーにモーニングコールを頼んでいる。
そろそろ彼女が部屋に入って私を起こしに来るリズムのよい足音が聞こえるはずだが、今日のはひどく取り乱しており、ドアを開ける音もかなり乱暴だった。
「――――さん、!」
悲鳴に似た大声を出してネリーが部屋に転がり込む。
彼女がここまでひどく慌てているのは珍しい。
「ノカさん――! ノカさん! おきてください!! 大変です!!」
ひどく慌てた声を出しながらネリーがその小さな手で私の身体を激しく揺する。
もう起きてるっつうの……。その過剰なほどの揺さぶりに不快感を覚えるがしかし、彼女がここまで慌てるのはきっと何かがあった、そうとしか思えない。
おやすみモードから仕事モードに瞬間的に頭を切り替えて私は布団から起き上がる。
「――ネリー、何があったの」
急ぐ気持ちを押し殺して私は冷静を装いネリーに状況確認をとる。
冷静を装ったことが功を奏したのか、取り乱していたネリーも大きく息を吸い込んでゆっくりと吐いて呼吸を整えると顔を引き締めた。
「ノカさん、あの……村の方々が――」
「おじいちゃんたちが? どうしたの? みんなはまだ旅行のはずでしょ」
「ノカさんを呼んで説明しろと……皆さん、すごい剣幕でして」
今わかった、さっきからのネリーの取り乱し様は紛れもない『怯え』からきているのだ。
村のみんなが旅行から帰ってくるのは今日の夕方のはず……。
しかも、ネリーの報告よれば『すごい剣幕』ってことは確実に何かあった。
ふと、さっき見た夢の内容が頭を掠める。
まさか…………いいや! 今は夢の内容なんかより眼の前の現実だ!!
作戦実行の秒読み段階で起こった問題。
面倒なことこの上ない。だからこそ、迅速にかつ丁寧に解決しなくては――!
「わかった。すぐに着替えて向かうわ」
「はい。なるべく早めにおねがいします!」
頭から夢のことを振り払って私はパジャマを脱ぎ捨て、私服に着替えるとネリーに手を引かれ集会所の外に出た。
玄関を抜けたその先に広がっていたのは怒りと悲壮が混じった表情を浮かべる顔が雑然と並ぶ光景。
その顔に既視感を覚えたのは、その顔がついさっきまで見ていた夢のそれと大きく似ていたからだ。
集まった村人の先頭に立つのは勲おじいちゃん、そして勝じいと和子おばあちゃんの秋田夫妻。
快活な笑顔を浮かべていた勝じいも、朗らかで優しい和子おばあちゃんも、ムスッとしてるけど実は優しいツンデレな勲おじいちゃんも、みんながみんな同じ顔、同じ雰囲気で現れた私に冷たい視線を送る。
「あれれ、みんな、どうしたのかな。旅行は今日の夕方まででしょ?」
もしかして、旅行が気に入らなかった? なんて、とぼけてみるが誰も反応しない。
分かってるさ。たかが旅行が詰まらなかったことでこんなことにはならない。
「乃香ちゃん、とぼけとる場合か?」
「分かるでしょう? なんで、私達がここにいるのか――」
「…………」
勝じいは語気に怒りを滲ませ、和子おばあちゃんは今にも泣きだしそうなか細い声を出し、勲おじいちゃんは黙って見つめるだけ。
三者三様の切り出しは、もう覚悟を決めていた私の心を深く抉る。
彼らにこんなことを、こんな顔をさせている原因は――――他ならない、私なのだから。
「……聞いたんだ。“ショーシャンク作戦”のことを」
観念した私は強い確信をもって推測を口から零した。
沈黙の回答、だがそれが「イエス」ということは場を包み込む雰囲気が告げていた。
やっぱりか……。胸の内側で苦笑を浮かべて私は三人を見据える。
――するとやはり、いつも通り、沈黙を裂くのは勝じいだ。
彼は一歩前へ出ると背筋を伸ばしたまま腰を折って、深々と私に頭を下げたのだ。
「お願いじゃ、乃香ちゃん。こんな老いぼれの一生に一度のお願いじゃ……その、ショーシャンク作戦とやらを中止にしてはくれんか――――?」
~乃香の一言レポート~
ネリーのモーニングコールは非常に乱暴で、たまに魔術で攻撃してくることがあります。
なので、彼女にが口で言っているうちに起きないといけません。
次回の更新は4月24日です。
どうぞ、お楽しみに!!




