第七十六話 命の使い方
シリアス続きです。
*
ロイス=ローゼンバルト率いる「新・ユピテル教団」が王都でクーデターを起こすまで残り三日。
私は村にとある三人組を呼び出した。
小さな角笛に呼び出された彼らは一陣の風のように颯爽と現れて、私の前に集合する。
その鮮やかなまでの集合の早さ、私への忠義、なにより私を見つめる赤、青、黄色の少女の瞳に心を奪われてしばしの放心。
「――姐さん、どうしたんです?」
「おい、ノカ、なにをボーっとしている。我々を呼び出した理由はなんだ?」
「ノカ、あそぶのー?」
三者三様の問いかけに私は我に返った。
この可愛さで中身はゴブリンというのだから神様は卑怯なことをする。
咳払いで緩んだ自身の気持ちを切り替えて、ここからはシリアスな話をするぞ、という空気をつくる。
「あまり、時間がないから手短に話すね」
「どの口が言うんだ……」
Bのごもっともな指摘を苦渋の決断で無視して私は話を続ける。
「………………」
「これが、これから私達がやろうとしてること。で、こっからが本題――――」
ノカノミクス最後の作戦には作戦のそのものの他にもう一つ考えなくてはならないことがある。
それは、“万が一”のケースについてだ。
もちろん、そんな万が一を起こるような作戦であってはならないが、備えあれば患いなしというように保険はできるかぎり掛けておきたいのだ。
今回、細田さん達にはその『保険』の一つを担ってもらう。
「私達が村を離れている間、この村の警護を任せたいの」
王都で展開されるこの作戦では私を含め、村を守れる者が大きく減ることになる。
つまり、外からの脅威に対してカルルス=げんき村が脆弱になることを意味していた。
その『村の警備』というこれまでにない重要な役割を姉貴分から言い渡された弟分のBの顔は明らかに強張っていた。
彼女は分かっているのだろう。その『警護』が孕む大きな危機を――。
「おいおい、B、そんな緊張しないでよ」
「ノカ、お前のノカノミクスの最後の作戦の概要から察するにこの警護は、そういうことだろう」
「…………。さすがは、Bだね。まぁ、そういうことだね」
「すいません、姐御。オレ達にはさっぱり分からないんですが」
Aが申し訳なそうな顔をして私とBの会話を中断させる。
そうだった、AにもCにもこの警護の目的を知ってもらわないといけない。
不安げな顔をする彼の赤髪をそっと持ち上げて指先で弄ぶ。髪型に反してサラサラした質感に少し羨ましさを感じつつ私はあやすようにAの頭を撫でながら説明する。
「ねぇ、A。私がこの作戦で一番恐れてることは?」
「それは、作戦が失敗することじゃ……」
「ううん、違うよ」
「えっ、ちがうんです!?」
頭を振る私にAは意外そうな顔をする。
たしかに作戦の失敗はあってはならないし、恐れていることでもある。でも、一番じゃない。
続きを説明しようとする私のよりも先に一足早く意図を理解していたBが口をはさむ。
「報復だ。教祖を失った新・ユピテル教団のカルルス=げんき村への報復」
「そのとおり。この作戦が成功しても失敗してもロイス=ローゼンバルトに手を出すことには変わりないの。リーダーを叩かれて黙っているほど連中もお人好しじゃない」
「宗教がらみ、しかもクーデターを企てるような教団ならば尚更だな」
「一応、教団そのものも取り押さえるつもりだけど、万が一のことがあって取り逃がした場合、教団の標的は――――」
「ここ、になるわけですね……」
話を理解したAが重々しく呟く。
Cもいつものぼんやりした表情を引っ込めて固唾を飲んで話に聞き入っていた。
真剣に話を聞いてくれるのはありがたいが、そんなに緊張されても困る。
ガッチガチな細田さん達の緊張を解こうと私は努めて明るい声をだす。
「まぁ、そんなに深刻に考えなくてもここへ教団が攻め込むなんてまずありえないけどね」
「あぁ、合理的に考えればこの村への報復攻撃は立派な自殺行為だ」
Bも賛同し頷く。
冷静に考えればこの村に報復攻撃を行うなんてあまりにも非合理的すぎる。
ここは、王都から遠く離れた地図にも載らない辺境の村。しかも村へ通じる唯一の道である街道には超危険地帯である海賊街が鎮座する。
ハイリスク&ローリターン、この村への報復攻撃なんて時間と労力、そして人命の無駄である。
「でも、仕返しをしようとする人間はそんなのお構いなしに突っ込んでくる。老若男女問わず、刃を振りかざしてくるわ」
――私は知っている。
『復讐』という感情にとらわれた人間は利害や損得など無視して、暴走することを。
目的を果たす為に彼らは、時間も、労力も、命すらも、感情を燃やす燃料にして走り続けることを。
ヒトという心を持った獣がとる最も愚かな行動、それが『復讐』だ――――。
また、私はなにを言ってるのだろう。
こんなこと言ったらせっかく緊張を解こうとした先の自分の言葉が無駄になるのに……。
それでも、私の口はまるで機械人形のように言葉を吐き出していく。
「だから、もし、教団がこの村に来た時は……一人残らず殲滅しなさい。復讐の火を完全に踏み消しなさい」
「姐御……」「…………」「ノカ……」
「ごめんね。こんなこと細田さんに頼んじゃいけないってわかってる。でも、私は誰も失いたくないの……! 村のみんなも、シラナミさんやネリーも、ベリー村長も、あなたたちも、だからお願い……!!」
約束して――――。
気が付けば、私は人間体になった細田さんの華奢な身体を力いっぱい抱きしめていた。
「…………」「…………」「…………」
熱く激しいAも、冷静で小うるさいBも、天然で能天気なCも、誰一人として言葉を発しなかった。
まったく、普段はてんでバラバラなくせにこういう時だけちゃっかり空気よんじゃってさぁ……ほんと、できた弟分だ。
こんなちょっとしたことで取り乱す情けない姉貴分にはもったいないね……。大丈夫、すぐに戻すから。
爆発した感情が静寂とともにスーッと穏やかになっていく。
そして、再び、ベリー村長に向けたのと同じ冷たい感情が私の心の粗熱を奪い去った。
私は細田さんをそっと離すと目を見据えたまま静かに告げる。
「――――話は以上よ。A、B、C、これは弟分のあなた達にしか頼めないこと。引き受けてくれる?」
「……はい」
いつもなら私のどんなバカなお願いも悪だくみも元気いっぱいに首を縦に振ってくれるAの声は重く、そして苦しそうに目を逸らして口を動かしただけだった。
――そう、ならお願いね。無機質な声と口調で細田さん達に警護の任を任せると、まだ何か言いたげな彼らの口を開く前に立ち上がり、集会所に向かって歩き出した。
今は、今は…………これでいい。
これまでになく大規模な作戦、人命をかけた作戦――なら、村のすべてから嫌われようが、私は今、この瞬間だけでも作戦を成功に導く『装置』であればいい。
憤怒も不公平もなく、さらに憎しみも激情もなく、愛も熱狂もなく、ひたすら義務に従う人間であればいい。
弁解とか、釈明とか、そんなことは全部が終わった後、ゆっくりとやればいい。
「――――――あねごッ!!」
鋭利な刃物のようにAの叫びが背中に突き刺さる。
もう、止まらないと決めたはずの私の足が意志に反して止まってしまう。
「……なに?」
「い、いえ……ただ、“ご武運を”と」
「そう、ありがとね」
「はい。いってらっしゃい」
戻ってこい、とは言ってくれないんだね。
案外、もう手遅れなのかもしれないと自嘲をこぼす。私の背後で可愛い弟分たちがどんな顔をしているかわからない。
でも、もういい。だって、警告すべき最悪、託すべき任務、告げるべき想いは完了した。
やることはやった、なら次の段階に進まなくてはならない。時間は待ってくれないのだから。
~乃香の一言レポート~
女の子の泣きそうになった顔って少し萌える……って私は泣かせようなんて考えてませんからね!? 女の子は笑顔が一番ってことは万国共通、絶対不変の真理です!!




