第五話 ドキドキ! はじめてのお泊り(IN異世界)
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この世界でむかえた二度目の夜はそれはそれは見事な星空だった。
昨日はバタバタして空を見上げる余裕なんてなかったけれど、こうして見ると、まるでいつかの写真で見たような満天の星々が彩る美しい夜空だ。
こんな空、私のいた世界じゃ見れなかったなぁ……。
「…………あふぅ〜」
「――湯加減はどうだい?」
背後からビアンカさんがタオルを持って現れた。
結局、私はビアンカさんの誘いを断りきれず、あれよあれよという間に夫妻の家に案内され、家の中庭あるドラム缶風呂ならぬ酒樽風呂を満喫していた。
酒樽風呂は下から火を当てて水を温めるドラム缶風呂と違い、木製の大きな酒樽の中に熱を発生させる『魔法石』を入れて水を温める。
「いや〜、最高ですよ。まさか、いきなり露天風呂なんて」
「そりゃ、良かった。まったく、男共は風呂に入らなくてもいいなんて馬鹿げたことを。女の子なんだから毎日風呂に入るのが当然ってもんだろう、ねぇ?」
「いや、私も二日くらいは我慢するつもりでしたから」
「それは、いけないよ。風呂は身体だけじゃなくて心も綺麗にするのさ! 嫌なことがあっても風呂に入って、さっぱりする。そうして明日を生きるのさぁ。女って生き物は悩みが多いからねぇ〜って、アタシみたいなオバさん言っても仕方ないか!」
竹を豪快に割ったような声で笑うビアンカさんは先の言葉が冗談にしか聞こえないほど美しかった。
彼女の『美しさ』はその美貌だけでなく、胸の内に秘めた意志の強さもあっての美しさなのだろう。
正直、羨ましい……私もこんないろいろと大きな人になれたら…………。
「さ〜て、そろそろ飯だよ! さっさと上がりな、そしたらその貧相な胸をデカくできるように栄養満点で作ってあるからね!! ハハハハハハッ!!」
「あ、あははは……。はぁ……」
本当、いろいろ大きいよねぇー。
大きな胸を揺らしながら家に戻るビアンカさんに私はまたも少し嫉妬した。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
渡されたタオルで濡れ髪を拭きながら、私は家に入る。
すると、お風呂上がりの爽快感をぶち壊すような不快な視線が私に突き刺さる。
「おぉ〜! ノカちゃん、風呂上がりの濡れ髪もなかなか、セ・ク・シ・ー!!」
家に戻ると、すでに夫のアランさんが居間の食卓に座っており、いきなりセクハラ発言をかましてきた。
この世界に裁判所があり、セクハラが犯罪と認められるなら是非とも法廷で会いたいものだ。
「ど、どうも……」
「ハハハッ! イイねぇ〜! そういう反応は嫌いじゃねぇよ」
どうせ、私が何言ったって「イイね!」って笑うんだから、いっそうのこと「死ね! このセクハラオヤジ!!」って言ってやろうかな……。
「いい加減にしないと今日は外で寝てもらうよ」
イラッとしていたところにビアンカさんが料理を持って奥の部屋から現れた。
ビアンカさんは私をこのセクハラオヤジから守ってくれるので、私にとっての救世主は間違いなく彼女だろう。
「ジョーダンだよ! 冗談!!」
アランさ――セクハラオヤジはヘラヘラと笑って手を振る。
懲りない人だ、今朝もそれで耳を引っ張られていただろうに……。
「次言ったら、外に追い出すからね」
「はいよ。ビアンカ」
「はぁ……まったく……」
ビアンカさんはため息を吐くだけでアランさんの耳を引っ張ることはしなかった。
少し惜しい気もするが、まぁ……ビアンカさんも最愛の夫を何度も痛めつけたくはないのだろう。
その日の夕食は、いかにも保存食といった感じの干し肉(何の肉は分からない)と干し野菜(根菜と葉野菜)を使ったスープと表面が岩のようにひび割れたパンだった。
救世主を必要とするような現在の状況を考えれば、きっとごちそうに違いない。
「大したものを出せなくて悪いね」
「いえ、お気になさらず……」
「そうだそうだ! お客さんがいるのに、貧乏食出しやがって〜」
「よし、アンタは飯抜き!」
「――申し訳ありませんでしたぁ!!」
床に頭を擦りつけて華麗な土下座を決める、アランさん。
椅子から飛び降り、床につくまでの一連の動作がたったの数秒で行われた。
流れるように行われたそれは、幾度の研鑽を積み重ねて辿り着いた至高の土下座なのだろう。
ってか、アランさん、弱ッ! いや、ビアンカさんが強いのか……。
「よし、分かればいいんだ」
「ハハ〜ァ!」
その後の夕食は談笑を交えながらの楽しいものだった。
アラン夫妻は元は凄腕の冒険者(アランさん談)だったらしく、会話の中で語られた仕事の話はどれも胸をワクワクと踊らせるものばかりだった。
彼らの日常会話には非日常が溢れていた――けど、そこには私のよく知っている人の営みがあって、笑顔がある。
心にポッと暖かい感情が広がっていく。
「ごちそうさまでした。美味しかったです!」
「そうかい? 世辞でも嬉しいよ」
「そんな、まさか! 本当に暖かくて、安心したというか……」
「アハハハ! アタシなんかの料理でそこまで言うんだ、アンタはどこでも生きていけるねぇ」
ビアンカさんが豪快な笑い声を上げて私の背中をバシバシッ! と叩く。
私の身体が強烈な衝撃に耐えられずガクガク揺れる。
「――アウ……! アウ……!」
「じゃ、寝ようかね。今日は疲れたろ? ゆっくり休みな」
「えっと、私はどこで……?」
「アタシと一緒の部屋で寝ることになるけど、かまわないかい?」
「でも、寝具が――」
「来客用の寝具ぐらいあるさ。『フトン』って代物で、異世界の寝具らしいけど、知ってるかい?」
布団がこの世界にあるのか……。
日本の寝具がこちらの世界に逆輸入されているってことは、私達以外にもこの世界に転移された人がいる可能性が高い。
もし、そうであるなら是非とも接触を図りたいものだ。
「布団ならよく知っています。私達が元いた世界の寝具です」
「なら、よかった。今日はそれで寝てくれるかい?」
「はい」
「えぇ~! ノカちゃん、オレと寝てくれないのぉ~?」
また、このセクハラオヤジか……。
よし! 今度こそ、ビシッと言ってやろう!
「アランさ――!」
「アンタは別の部屋で寝なッ! 入ってきたら……殺すよ」
ビアンカさんの笑顔には確かに殺気が込められており、その言葉が決して冗談ではないと物語っていた。
そんな、彼女にアランさんはヘラヘラしながら、
「ヘイヘイヘーイ。分かりましたよ。じゃ、ノカちゃん、また明日ね~♪」
アランさんは手をひらひらと振りながら別の部屋に消えた。
結局、私は彼に一言も言えずに終わってしまった。
あぁ、これではアランさんのセクハラは更に増長してしまう……。
「まったく、ウチのバカ亭主は!」
「あ、あははは……」
「アンタも笑ってないで怒るときはちゃんと、言ってやんないとダメだよ? あの手のバカはすぐ付け上がるんだから!」
「は、はい……」
なんで、私まで……?
まぁ、何はともあれ次回からはビアンカさんの許可の元、ビシバシ言ってやろう!!
その後、ビアンカさんの寝室に案内された私は彼女のベッドの隣に布団を敷いて寝ることになった。
「――じゃ、消すよ」
「はい」
照明用の魔法石の灯りを落とすと、部屋は夜闇と静寂に包まれる。
自分の息遣いすら聞こえてきそうな静けさのなか、目を閉じたその時だった――、
「アンタ、なんか悩みがあるんだろう?」
それは、唐突な投げかけだったが、私の心のうちにあるモノを見事に見抜いた一言だった。
「い、いえ……」
「隠しても無駄だよ。だてに女を何十年もやってるんじゃないよ、アンタがなんか悩んでることくらいすぐ見抜けるさ」
「…………」
「そら、言ってみな……。大丈夫、誰にも言いやしないよ。女同士の秘密の会話といこうじゃないか」
ビアンカさんの顔は見えなかったけれど、その声は確かに微笑んでいた。
……もしかして、ビアンカさんはわざわざ、このために私を泊めてくれたのかな?
なら、話してもいいかもしれない。
げんき村のみんなには言えないことを、ここでなら言っていいかもしれない――。
「私で、いいのかな……って思ってるんです」
「いいって、なにが?」
「私、この世界に『救世主』として呼ばれたのに、まだ、なにもこの村にできてないなぁって。今日だって、勝じいと勲おじいちゃんが畑の土をなんとかしちゃって……本当はおじいちゃん達が救世主で、私はただ付いてきただけの『おまけ』なんじゃないかって……」
実際、私は転移されそうになった、げんき村に勝手に突っ込んでだけだ。
そんな私が救世主なんて考えてみれば虫のいい話だよね、本当……。
「――ぷッ! クスクスクスクス……!」
突然、部屋にビアンカさんの擦れるような笑い声が響く。
「え?」
「いやぁ、アンタ、変なことで悩む子だねぇ〜」
「い、いや、私にとってはかなり重要なことで……」
「アンタ、自分が小説の主人公にでもなったつもりかい?」
ビアンカさんがクスクス笑いながら、からかうように続ける。
「いや、それは――」
「別にいいじゃないか、『オマケ』でも。それともなんだい? アンタは『救世主』って肩書きがなきゃ、アタシらを助けてくれないのかい?」
「――そんなことはありませんッ!!」
「シッ……! 声がデカいよ」
「……すいません」
「まぁ、でも、そういうことだろ? アンタはアンタの決意ここまで来た。アタシ達にとって大事なのはその意志だよ。アタシ達を救おうとする、その決意がアタシ達にとっての『救世主』なんだ。どっかの胡散臭い占い師がつけた下らない称号なんて気にしないよ」
すると、ビアンカさんがベッドから降りて、私の隣にそっと、添い寝する。
そして、まるで我が子を寝かしつけるかのように優しく、優しく頭を撫ででくれた。
「…………」
「それに、アンタはもう、アタシ達を救ってる――」
「……ぇ?」
「アタシがアランと結婚して冒険者を引退する前の最後の依頼だった……。ちょっとした油断で左目と内臓をちょっとばかし持っていかれてねぇ。その時に子供ができない身体になっちまったよ。あのバカは気にしないなんて言ったけどさ――相当、ショックだったと思う」
あの左目の眼帯はモンスターにやれたものなんだ。
そして、『子供ができない』ってことは彼女はきっと……そういうことだろう。
「だから、今日、アンタが家に来てくれたとき、まるで娘ができたみたいで嬉しかったよ。だから、アンタはもう……アタシ達を救ってる――」
ビアンカさんは私をゆっくりと抱きしめる。
そして、消えしまいそうなほど、か細い声で私の耳元で静かに呟いた――。
「…………ありがとう」
〜乃香の一言レポート〜
姐御系の女性の八割は巨乳、または、一見貧乳に見えても晒で押さえ込んでいる説。
次回の更新は3月27日(火)13:30です。
どうぞお楽しみに!!