第七十五話 カルルス村の空に ③
あなたは捨てられますか?
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作戦名『ショーシャンク』――――かつて私が大学生のときに観た映画のタイトルから借名したもので、まぁ、分かりやすくいえば『替え玉作戦』である。
今、王都で『新・ユピテル教団』なるものを率いているニセモノの英雄ロイス=ローゼンバルトを“黒き牙獣のベルリオーズ”として討伐。彼の功績、大罪と共に社会から消えてもらう。
そして、カルルス=げんき村にいる本物のカルルス=ブアイン=ベルリオーズには私達が用意した架空の人物の戸籍を用意。彼の功績、大罪を捨てて別人としての人生を歩んでもらう。
「――この作戦は大きく分けて二つの行動があります。しかも、それを同時に展開します」
「二つの行動ですか?」
「まず、ロイス=ローゼンバルトの討伐。これは先生を中心とした討伐隊を編成し、王都にてクーデターの阻止という名目でロイスを討ちます」
「討伐隊? ですが、この村には編隊を組めるほどの戦闘技術を有する人間はいませんよ」
「縁本部より五名、グラム帝国より五名、本作戦に適当な選りすぐりの魔術師を選抜します。私もこの討伐隊に参加します」
グラム帝国はアルバス山脈を超えた遥か北方の大陸の派遣を牛耳る強大な軍事国家で、私はその国の皇太子と友人関係であり、今回の『ショーシャンク』作戦にも協力を要請している。
どうして、その辺の小娘と皇太子殿下がお友達になったのか? あれです、一級魔導師試験のときに殴り合って友情が芽生えたっていう不良漫画みたいな経緯でお友だちになりました。
怪我の功名ですね。死にかけましたけど、今では良い思い出です。
「隊長をカシンさん、副隊長は私とした計十二名の選抜メンバーでロイス=ローゼンバルト討伐のための討伐隊を組織する」
「彼と戦うのですか?」
「まぁ、場合によっては……」
「それは危険すぎます――――と、言うのは野暮ですね。乃香村長はすでに一級魔導師ですし、師匠もいるのですからあまり不安ではないのです。問題はもう一つのほうです」
「ベリー村長の新しい戸籍のほうですか?」
「はい、そちらのほうはどなたが担当なのでしょう?」
「私とシラナミさんです」
「あぁ、彼と乃香村長ですか…………ん? シラナミさんと乃香村長?」
何の迷いもなく告げた私の答えにベリー村長は一瞬、納得しかけたがすぐに違和感を感じて首を傾げた。
どうやら、戸籍作り班のメンバーに問題があるようだ。
「乃香村長、乃香村長」
「はいはい、なんですか?」
「乃香村長は討伐隊に参加するんですよね?」
「はい、そうですよ」
「この作戦は討伐隊と戸籍制作班が同時に動くんですよね?」
「はい、そうですよ」
「すいません。乃香村長があまりにも自然に答えたので一瞬、何の疑問にも思いませんでしたが、どうして、乃香村長は戸籍制作班にもいるんですか?」
ベリー村長が理解不能といわんばかりに自分のこめかみを抑えながら問う。
その反応を見て、私ははじめて自分の言っていることの矛盾点に気づく。
たしかに、同時に展開する別の行動に同じ人物が存在するのは不可能である。それでは、同じ人物が二人いることになるからだ。
しかし、ここは異世界。魔術があれば魔法もある、そんな世界では単純にこう考えればいい。
――――二人に増やせばいい、と。
「あぁ、それはですね、こういうことです――」
論より証拠、実際に見せた方が早い。
首を捻るベリー村長の前で私は魔力を身体に通して、魔法を発動させる。
『千変万化の魔法の煙』――ナノサイズの魔法石を生み出し、自分の好きな形状、性質にすることができる造形魔法だ。
私の身体から発生した煙は隣の空いた席の上で人型となり、やがて無表情で座った等身大の『愛知 乃香』ができあがる。
「魔法……あぁ、そういうことですか」
「ただ、このままでは操作性に乏しい上に私もロイス討伐の片手間に戸籍づくりの交渉なんて器用な真似はできません」
「では、どうすんですか? せっかく、作れてもこれでは意味がないですよ」
「大丈夫です。この義体の中にはジュムジュマを入れておきます。この状態を仮に“アイチ ノカ”としておきましょう。交渉はこのアイチ ノカに行わせます」
これは、私がこの世界に来たばかりのとき、岩田さんを造った時の状況をもとに思いついた方法だ。
『千変万化の魔法の煙』で作った義体には私の知識や情報が記憶されており、ジュムジュマが中に入ることで互いの知識、情報を共有することができる。
不肖、カルルス=げんき村の村長である愛知 乃香はぶっちゃけ交渉が得意ではない。
そこで、私より弁の立つジュムジュマさんにお願いしようという作戦だ。
「こと『交渉』に関して私は、うっちーや先生、私自身よりも信頼してますよ。ジュムジュマのことを」
「乃香村長がそれほどに信頼を置いているなら間違いないでしょう」
「シラナミさんもいるので大丈夫ですよ」
「えぇ、分かってます。しかし、これは根本的な疑問ですが、なぜ乃香村長が交渉する必要があるのでしょう? その、シラナミさんだけでも大丈夫なのでは?」
「いいえ、“一級魔導師の私が行く”ことが大事なんですよ」
一級魔導師は『国家資格』である。
持っているだけで様々な恩恵を受けられること以上に、この資格が公的なものであるということが今回の作戦においてカギになる。
そんな国家資格の“一級魔導師が王宮に訪れる”という行為が手続きを踏んだ公式なものであれ、友だちの家に遊びに行くような非公式なものであれ、この訪問そのものが『公的』なものになる。
「アイチ ノカの王宮訪問で“人間を作れ”なんていう超法規的な交渉も『公的な秘匿』という形で情報の漏えいを防ぐことができます」
「では、シラナミさん、彼を討伐隊ではなく戸籍製作班に所属させたのは?」
「元王国憲兵団団長のシラナミさんは“元”とはいえ王宮内でも顔が立ちます。交渉をスムーズにするための潤滑剤のようなものです」
ショーシャンク作戦――私の持てるすべての知識、権限、人脈を駆使して行う国を傾ける大作戦。
いいねぇ、ゾクゾクしてきた……! この作戦が成功したら私の二つ名に『傾国の魔導師』ってつけてもらおう!
武者震いする私にこれから名前を消され、過去を消され、罪を消される英雄ベルリオーズの残骸が背もたれに身体を預け、小さく息をついた。
「偽物の僕を公的に“本物の僕”として処理して、本物の僕は“誰か”になるのですね」
「はい。濡れ衣を晴らすより、濡れ衣を捨てて新しい衣を着る方が手っ取り早いと判断しました。一応、聞いておきます。ベリー村長、あなたはこれまでの自分の“すべて”を捨てる覚悟はありますか? 英雄として国を救った過去を――失うことができますか?」
「一応、なのですね」
「えぇ、一応です。たとえ、ここでベリー村長が“ノー”と言っても作戦を強行しますから。これは、なんというか、私の躊躇いを消すための個人的な質問です」
これは、私自身の覚悟を固めるための問い。
一切の躊躇を捨てて“黒き牙獣”を殺すために――。
一切の後悔もなく“ベリー村長”に新しい人生を贈るために――。
問われた質問にベリー村長はすぐには答えなかった。
その間、差し迫る時間すら忘れて私は彼の答えを待つ。
どんな答えを、どんな表情で、どんな言葉で私に返すのか目が離せなかった。
そして、かつての英雄はゆっくりとその口を開く。
「対戦が終わり、国に平和が訪れた。でも、僕の手には何も残っていなかった――」
「ベリー村長……」
「『英雄』という大きく立派なだけの空っぽな器よりも、『村長』という小さく素朴でも温かい器のほうが僕には価値があったんです」
確かなものを掴むようにカルルス村の村長は右手を力強く握った。
そして、柔らかく口角を上げたベリー村長がそっと私の手を持ち上げて包み込む。
その手は大きくて、温かくて、優しい、ベリー村長の手だった。
「乃香村長、この作戦、必ず成功させてください!」
〜乃香の一言レポート〜
あの映画の金属製のバケツに入ったビールが美味しそうで、学校帰りのド○キで園芸用のアルミのバケツとバドワ○ザーを買って、施設の氷をかき集めて、わざわざバケツを使ってビールを冷やして飲んだのを思い出しました。
その時の弟の一言、「お前みたいなのを“ミーハー”っていうだろ」でした。
次回の更新は4月3日(水)です。
どうぞお楽しみに!!




