第七十四話 カルルス村の空に ②
初のiPhoneからの投稿です。
マジで慣れねぇ!! 元アンドロイドユーザーにはしんどいですな。
*
「それは、あなたを殺す作戦です」
間違ったことは言ってない。
事実、この作戦が成功すれば黒き牙獣と恐れられた大戦の英雄カルルス=ブアイン=ベルリオーズは死ぬ。
しかし、そんな私の発言にもベリー村長はなんら動揺を見せず、口に手を当てて少し考え込むような仕草を見せると指に覆われた口元で声を籠らせながら言葉を紡ぐ。
「……どうとらえるべきでしょう。僕を殺害する計画なのか、それとも、僕の持つ何かを捨てる計画のどちらかと思うのですが」
どうでしょう? と静かに問うベリー村長に私は思わず心臓がピクリと思わぬ鼓動をとる。
村を守り国を守ってきただけのことはある。私の言葉からそこまでの意図を導き出せる洞察力は、さすがは英雄と感服する。
「後者です。ベリー村長、あなたには『黒き牙獣のベルリオーズ』としてのすべてを捨ててもらいます」
ベリー村長からの返事はなく、ただ黙ってこちらを見つめていた。
話を先に進めろ、その沈黙を回答として私は話を続ける。
「ベリー村長……いえ、この際は“カルルス=ブアイン=ベルリオーズ”と呼んだほうがいいですね。あなたは十年前、大戦で“黒き牙獣のベルリオーズ”という名で戦場を駆け巡り、この国を勝利に導いた英雄――ですよね?」
私達がこの異世界にくる三十年も前のことである、この国は北方に領土を持つグラム帝国という国とその他の国を巻き込んだ大規模な戦争を引き起こした。
泥沼と化した戦いは二十年にも及び、前線で戦う兵士たちはなんの為に戦うのか忘れかけていたその時、一人の少年が戦場に投入される。
その初陣を目にした誰もが「ありえない!」驚愕と畏怖に包まれ、絶句した。
禍々しい黒い鎧を身に纏い、鹿とも馬とも似つかない背丈が五メートルもあろうという霊獣に跨がる十代になったばかりの少年の姿があった。
「えぇ、確かにそういう時期もありました。父の命令で戦場に出たのは十歳の頃と記憶しています」
「十歳だったあなたは、二十年も続いた戦争をたった二年で終結させた」
その少年は人間の姿形をしていたが、その強さはまるで異形のモノであった。
大軍をものともせず、漆黒の霊獣に跨り戦場を縦横無尽に駆ける黒鎧を纏った彼の姿は血濡れの国家間の争いの中にあっても『自由』だった。
初陣の際、たった一人で一個師団を壊滅させたのを皮切りに彼の名は破竹の勢いで戦場に伝わることになる。
いつしか、“黒き牙獣”の名は敵国、味方国に轟き――――泥沼と化した戦争に終止符を打った英雄が生まれた。
「その後、先生に連れられて異世界で五年間の修行。この世界から姿をくらました。そして、今から三年前にこの村にやってきて村長となった――――」
「はい」
その後、フレアちゃんがかつて語ってくれたように生物兵器じみた大戦の英雄を粛清しようとやって来たカシンさんに引き取られて、修行を終えた後、自身の生き方を見つける為に彼の祖父が開いたこの村に落ち着いたのだ。
「これが、カルルス=ブアイン=ベルリオーズの歴史。つまり、“あなたの歴史”です」
「……驚きました。そこまで知っているとは――ですが、えぇ、そのとおりです。それが僕の歴史です」
「しかし、今、この世界に知られている彼の歴史は違います」
「……えっ」
「カルルス=ブアイン=ベルリオーズ、彼は姿をくらましてなんていません」
ここで初めてベリー村長の顔に驚愕の色が浮かぶ。
ありえない一言、だって彼は銀の魔女に連行されて異世界に行った――それはごもっとも。しかし、どれだけ驚こうと、どれだけ違うと言い張ってもこれが『事実』なのである。
驚きのあまり言葉を失ってるベリー村長に私は『本当の歴史』を告げる。
「大戦終結直後、彼は彼の父であり先王のブアイン王を殺害、逃走しました」
「…………ッ!?」
「なぜ国を救った英雄がそんなことをしたのか、先王を邪魔に思う貴族の陰謀、過酷な戦場へ自身を送り出した父への反逆、毒物による錯乱――――様々な憶測が飛び交いました」
話が進むにつれて、私の心のなかに重苦しい鉛色の暗雲が立ち込める。
しかし、認めなければならない。真実はどれとも違う。
このとき、カルルス=ブアイン=ベルリオーズは八坂 カシンに師事して異世界に修行に出ていたのだ。
ニセモノがいる―――英雄の皮を被り、この国に混乱をもたらした者が。
「……だれ、なんですか?」
察しのベリー村長が絞り出すような小さな声で、すがりつくように私に問う。
混乱のあまり取り乱しかけている自分を理性で無理やり抑え込んでいる様が痛いほど伝わってくる。
いまだかつて、これほど弱々しいカルルス=ベリーを見たことがなかった。
もう、いっそのこと、ここで話を切って「あなたは何も心配しなくてもいい……」と彼を抱きしめられたらどれだけよかったことか……。
でも、私がこの弱り切った男に与えることができるのは度し難いほどに残酷な『事実』だけ――――。
「今、逃走した黒き牙獣として王都に潜んでいるのは“ロイス=ローゼンバルト”という男です。詳しいことは分かっていませんが、彼は王都で『新・ユピテル教団』というものを率いて政府にクーデターを起こしています。彼が先生と因縁のある人物。そして――」
「師匠に『失敗』をもたらした人物」
「はい。私達はその男を、英雄の皮を被ったニセモノを討ちます」
「……そうですか。その男が僕になりすましていたんですね」
怒りもなく、悲しみもなく、限りなく感情を押し殺した声でベリー村長は私を睨む。
いつもなら身震いするその視線も今は痩せた仔犬のように助けを求める弱々しいものだ。
第三の施策、最後の作戦『ショーシャンク』がベリー村長にとってどれほど大きなものか、それを理解してもらわないといけない。
だから、もう……引けないのだ。誰に引き留められようが私はこの作戦を完遂しなければならない。
ふと、先まで落ち窪んでいたベリー村長の目に変化が訪れた。
それは、この作戦に対する根本的で素朴な疑問であった。
「――しかし、今回の作戦はノカノミクスの一環ですよね? どうしてその男を討つことがこの村の発展に繋がるのでしょう?」
「ノカノミクスは辺境の地にあるカルルス=げんき村を“他の都市との交流”で発展させることを最終目標にしています。他の都市との交流を行うということは、この村の内情を晒すことになります」
「つまり、僕は……」
「はい。目下の情勢においてベリー村長、あなたの存在は『汚点』です」
ちょっと言い過ぎたかな? でも、まぁ、今さらフォローを入れたところで何が変わるわけでもない。
少しでもスキや甘えを見せればこの作戦、これまでに積み上げてきたすべてが崩れ去る。
たとえ、ベリー村長に、この村のすべてを敵に回してでも私はこの村の発展のために動く。
「他の都市との交流が始まっても、国を混乱に陥れた反逆者がいるなんて村と果たして関係を持ちたいでしょうか? よくて交流断絶、政府に報告されればこの村が潰される可能性すらあります」
「だから、汚点である僕を殺すと?」
「えぇ、殺します」
なんの迷いもなく頷く。
自分でも笑っちゃうくらい自分が冷たくなっていくのが分かる。
この世界に来たばかりの時に抱いた決意、村人全員の前で宣誓したときの決意、修行に出る時の決意、これまで抱いてきたどの決意とも違う、研ぎ澄まされていく刃物のような冷たい決意。
あぁ、そうか……。これが、人を殺す意志――――『殺意』なのか。
時間にしておよそ一分弱、沈黙を切り裂いたのは私と同じ目をした傾国の元英雄。
「……聞かせてください。僕を――『黒き牙獣』を殺す方法を」
〜乃香の一言レポート〜
こんなこと言うのは不謹慎かもしれませんが、しょげてるベリー村長かわいい! なんというか、母性にくるものがある!!
次回の更新は3月27日(水)です。
どうぞお楽しみに!!




