第七十三話 カルルス村の空に ①
身近にいる人がキレると意外と怖い!
*
ベリー村長に案内されて、集会所の外に出るとすでにカシンさんたちが待ち構えていた。
試験運転終了から一時間。本来なら、お疲れ様ですと慰めあうところだが、カシンさんの面持ちはどこか張り詰めている。
その緊張がこちらにも伝わり、集会所の前はまるで嵐の前の海のような静けさと圧迫感があった。
これからが『本番』だ。そう言わんばかりに銀の魔女は口を開く。
「よし、テメェら、とりあえず地脈発電の施設はこれで完成だ。ふつーなら完成を祝した宴をするところだな」
常軌を逸する突貫工事、その成功にまずは祝杯の一つでも挙げたい気持ちはカシンさんにもあったらしい。
しかし、そんなことができないのは彼女の顔を見れば疑いの余地なく明らかだった。
「――――だが、休んでる暇はねぇ。次の話をするぞ」
「はい」
「…………」
「……あの、次とはなんのことですか?」
誰もが気を引き締めるなか、ただ一人、その空気を切り崩すように挙手をした人物がいた。
なぜこんなに緊迫しているのか、分からないという顔でベリー村長が質問をする。
彼のその顔を見た瞬間、私は「しまった!」と自らの失念を責める感情が津波の如く押し寄せた。
しかし、時すでに遅し――――カシンさんが殺意たっぷりの眼で私を睨む。
「テメェ、ベリーに説明してねぇのか」
「すいません、話すタイミング逃しちゃって……」
「何考えてんだ。この大事なときに。失敗は許されないからって言ったのはテメェだよな?」
本気の怒りモードになったカシンさんが魔力を開放。この世界の大気が、大地が、大海が――――その崩壊の危機に怯え、震える。
平行する世界の数々を平定し、平和を護る者。
それは、世界を護る力であり、同時に世界を滅ぼす力でもある。
忘れていた。いや、慣れてしまったのだ。そんな強大すぎる力がすぐ側にいることに――――。
「ご、ごめんなさい……」
カシンさんは本気だった。知り合いだからとか、弟子だからとかそういう関係を無視して怒りを顕にしているのだ。
これまでのおフザケ混じりの師弟の関係を取っ払い、一人の人間として本気の謝罪をする。
下手をしたらこの村どころか、世界すらも滅ぼしかねないその怒りに一人の人間の謝辞がどこまで通じるか分からないが、それでも今は謝るしかない。
「チッ……! 次はねぇと思えよ。おい、説明してやれ、“例の作戦”とやらをよ」
「――――はい」
カシンさんは舌打ちをした後、魔力を抑えてそっぽを向く。
こうしてサラッと迎えた世界崩壊の危機とその収束に私は忘れていた呼吸を思い出して、ホッと息をつく。
これからは常に予定を立てて動くことを肝に銘じて、気持ちを切り替える。
「先生、ベリー村長に作戦の概要を説明する時間をもらいたいのですが」
「好きにしろ。ただし、二時間までだ」
「ありがとうございます。あのー、それで、私が説明している間、他のみんなを少し休ませてもいいですか?」
「あん? どういう――」
首を傾げるカシンさんに私はそっと彼女の後ろに目線を配らせる。
彼女の後ろで待機していたうっちーと岩田さんが銀の魔力の怒りに気圧されて言葉を失っていた。ネリーに関しては腰が砕けて、その場に力なく座っていた。
「まぁ……そうだな」
少しバツが悪そうにカシンさんは肯定した。
「ありがとうございます。じゃ、ベリー村長、いきましょう」
「は、はい……」
ベリー村長が頷くのを確認せずに私は集会所に再び戻る。
戻る途中、腰を抜かしたネリーが目に入る。私は、足を止めて彼女のふわふわの耳をそっと撫でる。
「ネリー、ごめん……」
「ノカさん、めちゃくちゃ怖かったですよ」
「あとで埋め合わせをするよ。じゃ、少し休んでて」
少し無責任な物言いだが、ネリーにそう言い残して立ち上がり、集会所の玄関の扉を開けた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
電気を切った村長室に続く廊下は昼間なのに静かで暗く、そして不気味だ。
私とベリー村長は黙々と歩く。
いつも歩いているのに今日は廊下がやけに長い。あぁ、そうか、行きたくないんだ。私。
「――さっきの……」
ベリー村長が唐突に声を漏らす。
一瞬、反応が遅れた私は少しびっくりして振り向く。
「さっきの師匠の反応はなんでしょう?」
「なんでしょう……って、それは私が不甲斐ないから怒っただけですよ」
「……そうでしょうか?」
「? というと?」
「僕だって八坂 カシンの弟子です。師匠はあんな風に怒ったりする人じゃないです」
その発言はなんの根拠もなく、“ただ見ただけ”で発言されたものにすぎない。
でも、その発言には証拠や根拠を無視した『確証』があった。
身体の真芯に巨大な氷柱を差し込まれたような硬直と不安が生まれる。
考えてみれば……世界を破壊する力を持つ存在があんな余裕のない怒り方をするだろうか?
この世界において並び立つ者が存在しないほどの圧倒的な力を持ち、神にすら届きうる存在が…………そう、“緊張”していたのだ。
「なにか……。何か危惧するものがあるっていうですか? あのカシンさんに」
「それは分かりません。ですが、ずいぶん昔、師匠はこんなことを言っていました。“オレは一度、失敗した。この世界にいるのは後始末のためだ”と」
「先生が、失敗……?」
「えぇ。もしかして、このノカノミクスは師匠に『失敗』作った人物が関係しているのでは?」
「…………とにかく、急いで説明します」
ベリー村長の言葉からはピンと張り詰めた感情が伝わってくる。
私が計画し、私が行おうとする作戦なのに、私の知らないところで何か大きなものが動こうとしている――そんな予感がするのだ。
不安にかられた私達の歩みは自然と早くなっていた。
部屋に入った私達はお茶を淹れる時間すら惜しいので、ベリー村長が応接セットの向かいに座るのを確認すると話を切り出す。
「まずは、説明する機会を設けなかったことを謝罪します。申し訳ありませんでした」
「……今は謝罪は結構です。時間がないのでしょう? 本題に入りましょう。師匠の言う“例の作戦”とはなんです?」
ベリー村長の声は柔らかい。でも、確かな重みがある。
彼は真剣だ。
なのに、私はこの期に及んでもすぐに言葉を出せなかった。いや、出さなさなかったが正解か……。
心の何処かで、このままベリー村長に知らせずにこの最後の施策を終わらせられないかと画策していた私がいた。
時間に迫られている今、あってはならない静寂のなか私は大きく息を吸う。
わかってる。言わなきゃならないって。
でも、そんなこと、無駄だってわかっていても言いたくなかった。
だって、それは――――、
「作戦名は『ショーシャンク』、それは“黒き牙獣を殺す”作戦です」
〜乃香の一言レポート〜
ちょっとおしっこ漏れちゃった……(二回目)
次回の更新は3月20日(水)です!
どうぞお楽しみに!!




