第七十二話 夏のカルルス村で ②
皆さん、覚えてますか?
*
カシンさんから設備工事の完了が告げられたのは予定より12時間も早い段階でのことだった。
おかげで、試運転も十分な余裕をもって臨むことができた。
その日の正午を迎え、試運転は無事に終了した。
“アカガネノカギ”の門と地脈発電の制御装置で足のふみ場もなくなった村長室に設置されたひときわ大きなモニターにデジタルの数値の情報が映し出されている。
中央の席には私が座り、電気に変換された魔力の変換率を計測し、その横ではネリーとベリー村長が座りそれぞれ、制御装置と圧力計を見ていた。
「変換炉停止、試験運転を終了します」
『最終チェック。圧力計はどうなってんだ?』
「圧力計すべて問題なし。減圧システム正常に稼働してます」
「魔力の暴走もありません。システムオールグリーン」
モニター越しにカシンさんの声が響く。
それぞれの持ち場についていたベリー村長たちからも報告がなされる。
地脈発電は大きな問題も小さな問題も起こすことなく、発電から送電を完遂した。
急ピッチの工事をさらに早く終わらせた超突貫工事であったのにも関わらず、完璧で一切の綻びもない手際には感服するしかない。
『1〜5番送電塔も異常はねぇぞ。ゴーレムの報告で6〜9番も異常なし、だそうだ』
『10〜15番も問題なしだ』
「了解。うっちー、カシンさん、岩田さん、おつかれさまでした。後ほど、集会所に集合してください」
集会所の外で送電塔に異常が発生していないか監視していた現場組からも最終チェックの通信が来て、試運転は無事に終了した。
朝から試運転を始めて、すでに六時間。前日の夜は緊張から一睡もできず、寝不足気味の頭でずっと気を張っていたので全行程終了の知らせとともに凄まじい疲労が襲いかかる。
「――――はっぁぁぁぁぁ〜……つかれた」
大きくため息を吐き出した私はそのまま机に突っ伏す。
こんなに長いこと集中力を使ったのはいつ以来だろうか……。慣れない長時間の作業はベリー村長も同じで滅多なことで疲れた、なんて言わない彼も息をついて肩を鳴らしていた。
唯一、デスクワークに慣れっこのネリーだけが疲れた様子をみせずに椅子からちょこんと降りる。
「さてと、僕は師匠たちを迎えに行ってきます」
「でしたら、ワタシはコーヒーを淹れますよ」
「じゃ、私はこのまま突っ伏してまーす」
「わかりました。それで、給湯室はどちらです?」
「私が案内します」
ネリーとベリー村長が椅子から離れると村長室兼制御室から出ていく。
部屋に残された私は疲れた脳を少しでも休めるために目を閉じた。
寝るつもりはないが、脳に余計な視覚情報を入れないため、に――――。
「――さん、ノカさん」
「………………」
「ノカさん! おきてください!!」
「…………? あれ? ……ネリー?」
靄がかかったようにぼんやりとした意識と視界に尖った三角形のふわふわ耳と湯気のたつカップを持った手が映る。
「もう、この短い時間によく寝れますね。昨日、寝てないんですか」
「まぁね、緊張しちゃってぜんぜん寝れなかった」
「気持ちは分かりますが、大きな仕事の前ほどしっかと寝ないといけませんよ。夜更かしは良い仕事の天敵ですからね」
はい、どうぞ、と差し出されたカップからは気持ちに落ち着きをもたらす香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
顔をあげてみると背伸びをしたネリーが呆れと同情が入り混じった仏頂面で私の顔を覗き込んでいた。
「サンキューね」
「熱いのでお気をつけて」
「……んっ。おっ! 美味しい……。ネリー、コーヒー淹れるの上手くない?」
「もう一人の村長さんに教えてもらいました。お口に合ってなによりです♪」
トレイを抱きしめてネリーは嬉しそうに微笑む。
自分の作ったものが褒められるのは嬉しいが、相手が嬉しそうにしていると褒めたほうも嬉しくなる。
それもあってか、二口目のコーヒーはさっきよりも美味しく感じられた。
「――それにしてもすごいですね。人間も精霊もなしに龍脈の魔力を電気に変えるなんて、もしかしてこれって世紀の大発明じゃないですか」
「うーん、そうなのかなぁ?」
「そうですよ。まさに神の御業ですよ」
「……神の御業、ねぇ」
大げさな表現だなぁ、そう思ってネリーを見つめる。
まぁ、どうせ、今回書く記事の見出しの言葉にでもするのだろう。
神の御業――女神の呪いを受けたこの村が起こしたものとしてはなんとも皮肉の効いた言い回しだろう。
そんな私に一級魔導師試験の折に見た『言葉』が脳裏をかすめる。
「どうしました?」
「“神の世は終わりを告げ、神の御業は人間の技となる――”」
「“かくして、神は死を迎え、人間の世が始まりの産声をあげる”。たしか、ルインズの『コーラス』に刻まれた碑文ですよね? 神代の終わりと人間世界の始まりを謳った女神ヌギルの言葉――だったかな?」
「さすがはネリー=ブライト。よく覚えていたわね」
「ノカさんと行ったところなら忘れませんよ。それで、その碑文の言葉がどうかしましたか?」
私とネリーが口にした言葉は一級魔導師試験の会場にもなった『ルインズ』と呼ばれる都市の遺跡――『コーラス』と呼ばれる巨大な銅でできた吊り鐘に刻まれた碑文の一節である。
伝承に曰く、女神ベリリの姉である女神ヌギルが残した言葉であるという。
「いや、その女神ヌギルの言葉どおりになってるなぁ~って思ってさ」
「神話なんてそんなものですよ。……でも、考えてみれば、ヌギルは自分が神様なのに、神の信仰による支配の否定、人間が人間を支配する新時代の到来を予言するって変な話ですよね。神様は自分のことを棚に上げて支配したがる存在ですから」
「いや、ヌギルはしっかり人間を支配できてるわよ」
「というと?」
「――――『三天眼の巫女』」
「三天眼の巫女? たしか、ヌギルが創った人間ですよね?」
三天眼の巫女、これもまたルインズの遺跡に記述があった存在で女神ヌギルより創られた唯一の『人間』。三天眼の巫女という名前自体はこの世界に来た時に聞いている。
彼女は過去、未来、現在、それぞれの事象を見渡す千里眼をもって神から独立したばかりの人類を導き、繁栄をもたらした。
ルインズはその巫女を崇拝するこの世界最大の宗教である『イムナール教』の聖地でもある。
「三天眼の巫女はヌギルのメッセンジャーだったのよ。女神の意志を巫女を通して人間に伝え、人間を自分の意のままに動かしたって私は思う」
「従来の神による直接的支配の否定、神そのものではなく『神の御使い』を用いた間接的支配をヌギルは行っていると?」
「さすがは、ネリー。話の呑み込みが早いわね」
「ありがとうございます」
「事実、人間は神に近づきつつある。一級魔導師試験でそれを実感したわ。人工精霊の製造、人格と記憶を書き換え本人の魔術の性質を変えてしまう技術、そしてこの魔法の原理を応用した地脈発電――――神の御業は人の手に収まりつつある」
ただ純粋に女神ヌギルが人類の繁栄を願う“良い奴”だったならこの技術の進歩は喜ばしいものだが、私はなんとなく女神ヌギルが決してロクな神でないと予感している。
ろくでなし女神が敷いたシナリオの人類には明るい未来があるのかわからない。
そして、もう一つ、この村に『女神ヌギル』を知る人物がいる。彼女はまるで女神に会ったことがあるような口ぶりだった。
――――貴様と話していると“ヌギル”を思い出して不快になる。
「……サチちゃん」
「えっ? 誰です?」
「あ、いやいや。ただの独り言。というか、どうしてこんな話になったんだっけ?」
「ノカさんが振ったきたんですよ。あーあ、コーヒーもすっかり冷めちゃいましたよ」
「ありゃ~、ごめんごめん。ちゃんと飲むからさ」
両手を合わせて謝罪する私にネリーはため息を吐いて、ちゃんと飲んでくださいよと釘を刺してきた。
私は申し訳ない気持ちと共に冷めたコーヒーに口をつける。
その後、ネリーは少し不安げな表情を浮かべて私を見つめた。
「さっきもでしたが、たまにノカさんがノカさんじゃない……みたいなときがあるです」
「なんじゃそりゃ?」
「らしくない、というか別人に見えるときがあるんです。うまく言えないですけど」
「うーん、たぶん、疲れてるからじゃない? ほら、今だって疲労困憊ですしおすし」
「なら、ちゃんと寝てください! 心配なんですよワタシは!」
「……すいません」
バシンッと机を叩くネリーに私はすかさず頭を下げる。
たまに、オカンなところがあるのよねぇ〜ネリーは……。まぁ、そこがいいところっていうか、なんというか。
ネリーの説教が開始しかけるちょうどその時、村長室の扉が開いてベリー村長が顔を出す。
「なにやら凄い音がしましたけど……」
「あ、いえ、なんでもないです」
「そうですか。師匠たちが帰ってきましたよ」
「あっ、はーい! ネリー、いきましょ!」
ナイスタイミング! ベリー村長!! 私は心の中でグーサインを出してコーヒーを喉に押し込んで扉のほうへ逃げるように駆ける。
不満タラタラのネリーも諦めてため息共に私の後を追った。
〜乃香の一言レポート〜
発電設備のメンテとかどうしよ? ま、いっかぁ〜(アホ)
次回の更新は3月13日(水)です。
ホワイトデー直前、お返しは用意しましたか?




