第七十一話 夏のカルルス村で ①
今回はギャグテイストで書いてみました。
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夏ともなると照り付ける日差しは小さな刃物のようにチクチクと肌に刺さるように強くなるし、気温も綿たちがこの世界に来た春よりもぐーんと高くなる。
滴る汗が髪を捕らえて顔の皮膚に張り付いてじっとりとした不快感を生むし、夏草独特の青臭い匂いが立ち込めるのも好きになれない。
それでも、時折り、アルバス山脈から吹き降ろされる風の爽快な冷涼感はこの辺境の地にかまえる村だからこその涼しさの特権だ。
「…………」「…………」
広大な畑の真ん中で黙々とひたすらに作業を続ける私とベリー村長。
仕事をなくしてしょげていた私にベリー村長が提案したのは、畑の草むしりだった。
村の人たちが旅行でいなくなり、岩田さんたちも機材の搬入で畑にはいられなくなった今の状況で時間を持て余している私達ができるのはカルルス=げんき村の生命線たる畑の作物たちを雑草から守ることだった。
雑草を抜き続け軍手を付けた手先が土ですっかり茶色になっていた。
「――――あ、こんなところにいたんですね。ノカさん」
腰をかがめて作業をしていた私の上から鈴を転がしたような可愛らしい声が降ってくる。
ボーっと座ってるノカさんは絵にならないので、と言ってカシンさんと一緒に行ってしまった薄情者のネリーだ。
「おっ、ネリー。どうしたの?――――いててて……。この姿勢きっつぅ〜」
ゆっくりと上半身を起こすと腰に鈍い痛みが走り、パキパキパキッと背骨が鳴った。
私は軍手を外すと腰に手をあてて大きく沿って身体を伸ばして凝り固まった筋肉をほぐす。
「カシンさんが仕事が一段落したんで『スイカワリ』という儀式をしたいそうです。それで、ノカさん達を呼んでくるように言われました」
「あー、はいはいスイカ割りね。先生もけっこう粋なことするじゃない。おーい! ベリー村長! スイカ割りしましょーよ!!」
「……? 『スイカワリ』とはなんですか?」
じゃがいも畑の苗と苗の間からひょっこりと顔を出したベリー村長が首をかしげる。
ネリーたちの反応からどうやらこの世界には夏の風物詩ともいえる『スイカ割り』の文化がないようだ。
知らないというなら実際にやってみて、その楽しさを体験してみればいいだけのこと、このスイカ割りは老若男女、種族を問わず楽しめるイベントであることに間違いない。
「それは、やってみてからのお楽しみです。さぁ、行きましょう! ネリー、案内して!!」
「はい、こちらです」
「なにやら楽しそうですね。僕もわくわくしてきました」
軍手を“ポケット”に放り込み、私たちはカシンさんの待つスイカ割り会場を目指す。
誰もいないカルルス=げんき村、たまには村長の肩書きを忘れて羽を伸ばせ、という先生の粋な計らいに感謝しよう。
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「スイカ割りってのは目隠しして木刀持った奴が他の人間の指示で動いて、スイカを叩き割るっつうゲームだ。本来なら最初にぐるぐる回転して平衡感覚をなくしてからやるんだが、今回はほとんどが初心者っつうことでナシだ。視覚以外の己の感覚、仲間の声、この二つを信じクソ生意気なスイカを叩き割ってやれ!!」
右手に木刀、左手に目隠し代わりの白いタオルを持ったカシンさんがスイカ割りはじめてのベリー村長達に声高らかにレクチャーする。
最後にあんな気合の入ったこと言うもんだから、たかが遊びでも彼らの目は真剣そのものになってしまった。
「……………………」「これが……」「スイカ割り……」「なのか?」
「おう、これがジャパニーズトラディショナルイベント『スイカ割り』だ」
自信満々な先生が迷いなく頷く。
――――だが、違う。違う、これは断じてスイカ割りじゃない。
首から下をがっちり固定された私の顔の横にはブルーシートの上に鎮座する大きくて立派なスイカ。
そして、真っ白な目隠しをして木刀を構えるベリー村長を見上げる私の身体は地面に埋まっていた。
「では、いきます。はぁ――――ッ!!」
気合いの入った掛け声と共にベリー村長が振り下ろした木刀がスイカと私の頭の間の地面に直撃する。
かつての元大英雄の一撃を受けた固い地面は粘土のように木刀がめり込んでいた。つーか、木刀よく無事だったな。
とにかく、こんな一撃をくらえばスイカは粉々、私も脳漿炸裂ガールになってしまう。
「ちがーーーう!! これはスイカ割りじゃありませーーん! 助けてぇ! 助けてぇ!! なんで私がこんな目にぃぃ〜」
悲鳴を上げて、私は地面から出た頭を全力で振って抗議する。
楽しいスイカ割りが始まると思ってネリーに言われた場所に来てみると、いきなり私の足の下にワープホールが出現、気がつけばスイカの隣に頭だけ出した状態で埋められていた。
「スリルがなきゃつまんねーだろうが。それに、お前が試練を乗り越えたとき、スイカはもっと美味しくなるぜ……きっと」
「こんなスリルいらないです! そもそもそんな詭弁でスイカが美味しくなるわけないじゃないですか! なんですか、スリルでスイカが美味しくなるって? 意味わかんないですよ」
「…………チッ! ゴチャゴチャうるせーやつだな。おい、ベリー、右斜め前に五歩前進、かち割ったれ」
「了解」「了解じゃねーーぇ!!」
目隠しをしたベリー村長がカシンさんの指示で再び動き出す。
ジリジリと一歩ずつ迫ってくる木刀を持った元大英雄に命の危機を覚える。
まずい! 早く抜け出さないと!! 土から抜け出そうと魔力を集めて身体をよじるがまるで動かない。
土の中とはいえ、こんなに動けないのは明らかにおかしい。
「逃げ出そうなんて考えるなよぉ? 逃げたらオレが叩く」
「悪魔だ! 悪魔だよ、この人……!!」
「いけぇ! ぶちかませぇええ!!」
「はぁ―――――ッ!!」
「いやぁあああああああ!!」
再び振り下ろされた木刀とは私の顔面の真芯を捉えて、さっきよりも早い速度で振り下ろされる。
おわった……。観念した私はそっと目を閉じる。
私はベリー村長の手によってスイカよりも先に無残にかち割られるのか、私の異世界ライフはこんな悪ふざけみたいなイベントで幕引きなんて……。
「……………………あれ?」
目を閉じて待ち受けていた来るはずの衝撃も轟音もいっこうに私にやってこない。
もうとっくにやられていてもおかしくないはずなのに……。地面に外したようでもない。
私はおそるおそる目を開ける。
すると、目の前にベリー村長の振り下ろした木刀の切っ先が時が私の脳天に当たる寸前で微かに震えながら止まっていた。
戸惑う私の視線の先、人差し指と親指で木刀をつまんで止めるうっちーの姿があった。
「うっちー……!?」
「カシンさん、さすがにこれはヒドイんじゃないんです?」
「あぁ? なんだと?」
「身動きとれねぇ奴を地面に埋めて木刀でぶっ叩こうなんて、まるでリンチですよ」
真剣な眼差しと声でうっちーがカシンさんに訴えかける。
リンチ、という言葉に反応したネリーもうっちーに同意するように首を縦に振った。
「たしかに、ゲームというにはやりすぎな気がします」
「そうです。もっとフェアに楽しくやらないと」
「う、うっちー…………ッ!!」
主の危機に颯爽と駆けつけ助けてくれる……。なんて素晴らしい精霊なんだ! 私は今、猛烈に感動している!!
あんたが私の契約精霊になってくれて本当によかった、ありがとう! うっちー!! そう目で感謝を伝える私に、頼りになる契約精霊は黙って頷く。
そして、固い地面をまるでプリンのように手を突っむと私のわき腹を持ち上げて地面から上半身を掘り起こす。
もはや私達の関係に言葉はいらない! さぁ、うっちー! 私を地面から解放して本当の本当に楽しいスイカ割りをしよう――――。
「せめて白刃取りができるように腕は出しとくべきです」
「てめぇえええ!! 私の感動を返せ!」
「どうした?」
「どうした?――じゃないでしょ! 下半身は!? 私の下半身、埋まったままなんですけどっ!!」
「え? これってスイカか人の頭を叩き割る駆け引きのゲームじゃねぇの? だから、カシンさんあんなに気合い入れてたのかと……」
「違うから。それはせーだいな勘違いだからね! アンタ達は先生に踊らされてるのよ!! このおバカ精霊!!」
「………………」
盛大な勘違いするをうっちーに私が思わず声を荒げると、赤色の精霊は言葉を返さず黙り込んでしまった。
最後のおバカ精霊はちょっと言い過ぎたかな……。知らなかったことなんだし。
「どうしたのよ、急に黙り込んで」
「……いや、お前さ、『千変万化の魔法の煙』使えるから別に叩かれても大丈夫だろ」
「――――あっ、そういえば」
うっちーの的確な指摘に私の目から鱗が落ちる。
そういえば、私、もう魔法使えるから問題ないじゃん。別に木刀で殴られても煙になればダメージを受けることもない。
一級魔導師になってからはや一ヵ月、まだ一般人だった頃の感覚が抜け切れていなかった。
そう思ったら、なんか、真剣に怒って損した気分。
「すいません、ベリー村長。思いっきり叩き割ってください」
「えっ? いいんですか?」
「どうぞどうぞ。世界最高の魔導師が木刀にやられたなんて目も当てられませんし」
「そう、ですか……。では、お言葉に甘えて全力で――――ちぇすとおおおおおお!!!」
遠慮のなくなったベリー村長の渾身の一撃が振り下ろされる。
でも、大丈夫。どれだけ威力があろうと煙になればノープロブレム。
しかし、この時、私は重大な過ちに気づいていなかった。
私の魔法『千変万化の魔法の煙』は自分をナノサイズの魔法石の微粒子に変えるもの。つまり、この魔法は属性付加しなければ土属性ということになる。
土属性ということは、この魔法は『水』に弱い――――。
「………………」「………………」「あちゃー」「プッ……おめぇ、その顔」
何ともいえない表情のうっちー、やっちゃったという顔のネリー、笑いをこらえきれない顔のカシンさん――――そして、顔中、いや、上半身のいたるところに真っ赤な果肉と果汁を滴らせた私。
ベリー村長が叩き割ったのは私の顔面でなく、なんとスイカのほう。
元大英雄の一撃を受けたスイカは爆散。
スイカの果肉は90%以上が水分であり、魔法の判定では『水』のあつかいになり、煙になった私にも有効になりスイカ爆弾の餌食となった。
「――スイカの横に人を埋めてのスイカ割りは禁止!!」
これがカルルス=げんき村で初めての条例となりました。
~乃香の一言レポート~
実は『スイカ割り』には公式ルールがあるって知ってました?
・スイカと競技者の間の距離
5m以上7m以内。
・使用する棒
直径5cm以内、長さ1m20cm以内。
・使用するスイカ
国産スイカ。
・制限時間
1分30秒(この時間内であれば、スイカに当たらない限りは3回まで棒を振ることが可能)。
・判定
空振り:0点。スイカに当たる:1点。ひび割れができる:2~4点。赤い果肉が見える:5~10点。
・その他
審判員は、スイカに関する質問5問に3問以上答えられる人物。
ルールを守って楽しいスイカ割りを!
次回の更新は3月6日(水)です! お楽しみに!!




