第六十七話 始動、『ノカノミクス』 ⑤
山形さんもいいキャラになってきた!
*
『――――えぇ、カルルス=げんき村の住民のみなさん、おはようございます。村長の愛知 乃香です。本日、正午にみなさんに大事なお話がありますので、“みんなの広場”に集まってください。時間厳守ですからね? じゃ、まってまーす!!』
…………プツリッ。
そう言って、私は『屋外放送』『屋内放送』と書かれた二つのボタンの電源を落とす。
ここは集会所にある放送室。
今日は村人全員を集めて、私から重大な話をしたいと思っていた。
しかし、そのために、いちいち村じゅうを駆け回っていくのは面倒だし、非効率だ。
そこで、山形さんに相談したところ、渋々とこの放送室の鍵を開けてくれた。
「こーんな、便利なものがあるなら言ってくれてもいいじゃないですか。山形さんも人が悪いですよ」
「非常アナウンスなのよ。地震とか台風とか……そういうときに使うものなの」
「かたいこと言わないでくださいよ〜。村ごと異世界に来てるんですから、毎日が非常事態みたいなものですよ」
「……たしかに、そう言われればそうね。あぁ〜あ、不思議よねぇ〜。こんなのが当たり前だって思ってる自分がいるんだから」
慣れって怖いわね、といって山形さんは少し困ったように笑う。
私が修行にでていた三ヶ月間の間に村長代理を任せたおかげか、ちょっとやそっとのことじゃ彼女も動揺しなくなっていた。
面と向かって口にはできないが、山形さんは“図太く”なった、というのとだろう。
「それで、集会所に集まってする話ってなんなの?」
「はりゃ? シラナミさんから聞いてませんか?」
「いいえ、聞いてないわ。なによ? 何か企んでるの?」
「それは、正午までのお楽しみにってことで! まぁまぁ、お二人にとっても悪い話じゃないんで楽しみにしていてください」
恋愛経験なんてまるでない私だけど、ここは一つ、恋のキューピッドになってやろうじゃないか!
そう思うと、胸の奥から込み上がってくるなんとも言えない背徳的な感情に思わず悪い笑みが顔に浮かぶ。
女の勘か、それとも私がよほど悪い顔をしていたか、その笑みをみた山形さんが何かを察して顔を引きつらせる。
「な、なによ、その顔……。言っとくけど、変なことしたら許さないわよッ!!」
「大丈夫ですよ〜」
「大丈夫って顔じゃないわよ!?」
「――とにかく、正午集合ですからね? 遅れないようにしてください〜!」
これ以上、放送室にいると山形さんの執拗な尋問が始まりそうだったので、私は素早く扉を開け放ち部屋から退散した。
後ろのほうで山形さんが何か言ってたら気がしたけど、まぁ、どうせ来るでしょう。
“シラナミさん”や“お二人”というワードを聞いた彼女は明らかに動揺していた。これは、楽しいことになりそうだ……。
山形さんから逃げた後、当てもなく集会所の廊下をぶらぶらしていると、ピンっと耳を立てたネリーが何かを探しているのか、キョロキョロと顔を忙しく動かしながらさまよっていた。
ネリーをびっくりさせないように、わざと足音を立てて彼女に近づく。
すると、私の足音に気づいたネリーがこちらを振り向いて笑顔をみせる。
「ノカさん、おはようございます」
「おっす! ネリー、何かさがしもの?」
「はい、こういう建築物は初めてですので、何か記事のネタになるものがないか探してるところです」
「相変わらず仕事熱心ね」
ニャへへへ、とネリーは少し照れくさそうに笑う。
これならきっといい記事をかけるぞ、そう思い私がネリーにむかって笑い返した、その瞬間だった――――突然、頬を緩ませていたネリーがピタリと真顔に戻ってこちらをじっと見つめた。
「…………どしたの? なんか私の顔についてる?」
「いえ、ノカさん――大丈夫ですか? 顔色がすごく悪いですよ」
「えっ? マジ? いや……別に、ダルいとか、そういうのはないよ」
「そうですか? でも、今のノカさん、顔面蒼白というか生気がないですよ」
ネリーが本気で心配そうにこちらの顔を覗き込む。
うーん、そんな自覚はなかったけど、ネリーがそういうのだから、皆には気づかれないようにしないと……。
というか、山形さんは一言もそんなこと言わなかったよね? あれ? あの人、ぜんぜん私のこと見てない説ある?
「そ、そうね。今日は早めに寝るわ」
「しっかり休んでくださいね。この大事な時期に倒れるなんて、あってはならないことですからね」
「肝に銘じておきます……。あ、そうそう、今日の正午に集会所に集合ってアナウンス聞いた?」
私が問うと「えぇ、聞こえましたよ」とネリーは頷いた。
「あれって私も顔を出したほうがいいんですか?」
「そうね。そのときに村の皆にネリーのこと紹介したいし」
「わかりました。みんなの広場はこの建物の一番広い部屋ですよね?」
「いえーす! 遅れないようにねぇ〜!!」
ネリーは頷くと、再びネタ探しに戻っていった。
私も少し寝て、調整しておくか……みんなに心配かけちゃいけないからね。
そう思い、私は自室にむかって踵を返した。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
そして、正午――――。
集会所の『みんなの広場』にはカルルス=げんき村の住民が全員集合していた。
今までカルルス村の人達が集まるとか、げんき村の人が集まるとかはよくあったけど、こうして全員集合するのって合併してから初めてのことかもしれない。
会場にはベリー村長をはじめとするカルルス村の人たち、げんき村の人たち、シラナミさんにネリーと村にいるほぼ全員が顔出した。
ただ、気がかりだったのは、カシンさんとサチちゃんが会場にいないことだった。
「あの二人、衝突してないといいけど……」
思わず、そんな不安が口からこぼれてしまう。
カシンさんもバカじゃないから、ここでサチちゃんを攻撃するなんて愚行はしないと思うけど、やっぱり不安だ。
「――心配いらないわよ。アイツは今、この村にはいないもの」
突然、鈴を転がしたような可愛らしい声が私の背後から聞こえてくる。
聞き覚えのあるその声に、私の不安は一気に払拭された。
「フレアちゃん! 来てくれたの!?」
「ひさしぶりね、ノカ。元気にしてた?」
「おかげさまで! でも、どうしてこの村に?」
「アイツは今、別件の仕事で別の『世界』に行ってるわ。アタシは頼まれてアンタの話を聞きに来たの。ようは代理よ代理。まったく、人使いが荒いったらありゃしないわ」
でも、アンタに会えて嬉しいわよ、とフレアちゃんは笑みを浮かべる。
どうやら、カシンさんはちゃんと私の不安を察してくれていたようだ。
フレアちゃん曰く、カシンさんは別件の仕事で村を出ているとなればサチちゃんと衝突する可能性も低い。
「ほら、スピーチするんでしょ?」
「うん、フレアちゃん、また後でね!」
フレアちゃんは軽く手を振って、みんなの広場の天井のほうへ飛んでいった。
さて、私もそろそろ行かなくちゃ! 広場の奥に置かれた演壇に向かい、ゆっくりと壇上にあがる。
登壇した私に村の人たちの視線が一気に集まり、ざわざわとした話し声がピタリと止んだ。
「……ええ、みなさん。時間ぴったりに集まってくれてありがとうございます。今日は、二点、みなさんにお話したいことがあります。まずは、みなさんに紹介したい人がいます。どうぞ――――」
演壇の横にいたネリーに目配せをして登壇を促す。
彼女は頷くと、少し緊張した面持ちで演壇の上にあがる。
ネリーの身長ではマイクには届かないので、私は彼女の抱きかかえて顔をマイクの位置まで持っていく。
「……猫さん?」
「おぉ、猫じゃ。かわええのぉ」
「獣人? どうしてうちの村に?」
ネリーの姿をみたカルルス村、げんき村の人たちが思い思いの声をあげる。
まぁ、分かっていた反応ではある。そりゃ、喋る猫なんて、げんき村の人たちからすれば妖怪変幻だろうし、カルルス村の人たちからすれば差別されているはずの獣人がこの場にいることに違和感を覚えているだろう。
「紹介します。彼女はネリー=ブライト。この度、私達の村に取材に来てくれた記者です」
「――はじめまして。ワタシはネリー=ブライトといいます。W・W社で記者をしています。今回、このカルルス=げんき村において、ノカノミクスの取材をさせていただきます。皆さまの生活にご迷惑をおかけしないように、そして、ノカさんのいるこの村の発展に少しでも貢献できるよう誠心誠意つとめてまいりますので――どうぞ、よろしくお願いします」
ネリーは抱きかかえれたまま、ペコリと頭を下げた。
うん、完璧な挨拶! 話し方、話の長さもちょうどいい。
すると、演壇の下からつぎつぎに拍手が起こり広がっていく。
会場が拍手の音で溢れかえると、ネリーは嬉しそうに私のほうを見る。
「ネリー、挨拶うまいね〜」
「緊張しましたよぉ……。でも、よかったです! じゃあ、ノカさん、バトンタッチです」
「らじゃ!」
私は敬礼すると、ネリーをそっと床の上に下ろす。
床に立った彼女は素早く演壇から降りると、もとの場所に戻る。
「彼女は私の大事な友達です。村に滞在している期間は短いですが、村人の一人だと思って接してあげてください。さて、続いて、大事な話の二つ目です」
これが、朝の放送で伝えたかった大事なこと。
そして、ノカノミクスの始まりの狼煙となる――――。
「私がこの村の村長となって半年が経ちました。ここまで、いろんなことがありましたが、なんとかすることができたのは、ここにいる皆さんのおかげです。そこで、私から皆さんへささやかですが、プレゼントを用意しました!」
「……プレゼント?」
「なんじゃろうな? 楽しみじゃのぉ〜」
プレゼントという言葉を聞いて、会場がざわつく。
良い反応だ。これは、発表しがいのあるプレゼントになる! 私は“ポケット”を発動し、筒状に丸められた大きな髪を取り出す。
そして、その紙を留めていた封を切って、演壇の下にいる村の人たちに堂々と見せつけた。
「――――皆さんに、三泊四日の温泉旅行をプレゼントしますッ!!」
〜乃香の一言レポート〜
私より挨拶うまいって……ちょっと、ネリーに嫉妬しちゃう。
次回の更新は1月30日です!
どうぞ、お楽しみに!!




