第六十四話 デッド・パニック ④
更新遅れてすいません、言い訳は活動報告でします……。
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希望か絶望か――我らが師匠の八坂 カシンさんはゲームの機能の一部をジャックして私達へしばらくぶりの挨拶を交わした。
私は一ヵ月ぶり、ベリー村長は海賊街で会って以来なので実に半年ぶりになる。
『よぉ、バカ弟子ども、元気にやってるか?』
「先生! いったいどこから話しているんですか!?」
『箱の外だ。ったくよぉ~、お客様が来たってのにゲームかよ。大したもんだ』
「来るなら来るって連絡してください。あと、今、ゲームから出たくても出れないんです」
相変わらず神出鬼没な人だ。そりゃ、世界中どんな場所へでも自由自在にいける銀の鍵持ってるから仕方ないか……。
というか、銀の鍵があるなら直接ゲームのなかに来て助けてくれればいいのに! まぁ、多分
あの人のことだから、それは絶対にないだろうけど。
「ノカ、この声は……」
「そう、先生が来てるの」
「先生って、そんちょーとそんちょー二号の師匠さん?」
「そう、善意で動くことなんてあり得ない、不当な対価を要求する“ボランティア”の対義語みたいな人よ」
カシンさんとの面識のないシラナミさんとマリアちゃんが空を見上げて言う。
あの人が関わってるってことは十中八九、ロクなことじゃないな。
助け舟が来たと思ったら、ノルマントン号事件だったくらいの絶望の上に絶望を塗られた気分だ。
「あの師匠、銀の鍵で僕らを助けてくれませんか?」
『いやだね。クリアしろよ』
「師匠を待たせるのは弟子として、お客様を待たせるのは村長として申し訳ないです。お手数おかけしますが、ここはどうか――」
ベリー村長が非常に大人な対応で頭を下げて、カシンさんに助けを求める。
いったいどうしたら、こんな師匠から素晴らしい弟子が生まれるんでしょう。たまにぶっ飛んでるところあるけどね。
しかし、空の向こうでカシンさんがケラケラと乾いた笑い声を発した。あぁ、これは、あれだ……悪だくみしてる時のやつだ。
『バカかお前、そこでテメェらを助けたら――オレがゲームをいじった意味ねーだろうが』
……………………はい? いま、あの人、なんて言った?
その場にいた四人がカシンさんの言葉に凍りつく。
いじった? ゲームを? ゲームをいじったってことは、このバグって――!!
「あんたが犯人かよぉおお!!」
『んあ? そうだけど?』
「あっさり認めやがったよ! すがすがしいよ!! っていうか、なんでそんなことしたんですか!?」
『ゲームやるならオレも誘えよ。仲間外れにしやがって……』
「こどもかッ!!」
いじけた子供のような口調のカシンさん声が響く。
ゲームをいじり、バグを仕掛けた犯人は意外というか……ある意味、当然の人物による犯行だった。製作者なんだからイジることだって可能だろう。
そして、これは仲間外れにされた腹いせにカシンさんが仕掛けたカワイイイタズラということだ。なんと、忌々しい。
『――ま、つーわけでぇ……ゲームから出たきゃ、オレが用意したスペシャルステージをクリアしてもらうぜ』
「めちゃくちゃだ!」
『大丈夫大丈夫! スペシャルステージの敵は一体だけだから』
そう言ったカシンさんの声はたしかに笑っていた。
すると、次の瞬間、私達の背後で激しい光と轟音が空から落ちてきた。
一筋の落雷、それが落ちたクレーターの中央に佇むたった一人の敵――。
白と黒の斑模様の髪、朽ちたボロ布で目を覆ったそいつは、かつて海賊街で見た怪物――――。
「ま、まさか……」
「あれは、師匠の――」
『ノーマルなんて生ぬりぃ難易度でチンタラ遊んでじゃねーぞ! テメェら!! そのゾンビの難易度は……カシン級だ』
そのゾンビはまさに八坂 カシンそのものであった。
私の背筋に嫌〜な汗が流れて、思わず生唾を飲み込んだその時だった。
カシンさんゾンビの目が紅く光り輝き、こちらに向けて殺気じみた視線を送りつける。
『さぁ、ガキ共……思っきり遊べや――――』
ニヤリ、と犬歯をむき出して笑う我らが師匠の顔が想像できるほど嬉しそうに放った一言が合図となり、カシンさんゾンビは地面を割るほどの爆発的な脚力で一気に間合いをつめる。
瞬きすら許されない刹那、私は思った。
――なんでこの人を師匠にしてしまったのだろう……と。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
その後、私達がどうなったか、それは村長室に転がる四人を見れば誰もが想像できることだ。
「――師匠を差し置いてゲームをしてるから、さぞや強くなったと思ったら……なんだこの有り様は?」
全員で一分もたねぇってウソだろ、と私達を見下しながらカシンさんがため息を吐く。
あのあと、カシンさんゾンビに襲われた私達はあっという間に全滅、あっさり箱庭の外へ出ることができましたとさ……めでたしめでたし。
ただ、「前進あるのみ!」みたいな気負いで行こうとした矢先にその気持ちをへし折られたものだから、床で倒れている三人は身体のダメージよりメンタルのダメージのほうが大きかったことだろう。
「か、怪物……」
「はぁ……世界ってひろいんだね」
「そりゃあ、私とベリー村長の師匠ですもん」
「おい、テメェ、燃え尽きてんじゃねーよ。さっさとおきやがれ」
カシンさんがうんざりした様子で私の尻を叩く。
もはや、お尻を強く叩かれたくらいじゃ飛び上がることもできないくらいボコボコにされた私はのっそりと身体を起こす。
思い返すと、私だけやけに攻撃されていたと思う。多分……。
その後、すっかり遅くなってしまったので、マリアちゃんを先に帰宅させて、私とベリー村長、シラナミさんには村長室に残ってもらった。
ここからは仕事の話だ。
村長室の応接セットの机を挟み、私とベリー村長が並び、カシンさんとシラナミさんが向き合う形で座る。
彼女がこの村に来た理由はすでに知っている。だから、どうして来た? なんて野暮なことは聞かずに本題に入る。
「――思ったよりも早かったですね。さすがは先生……」
「あぁ、資材の調達が予定よりも早くなってな」
何でもないさ、と言いつつカシンさんは得意げだった。
そして、私達に許可を取らずに煙草を取り出すと火をつけて煙を吐き出した。あの煙草は彼女の親友のお手製で仕事モードに入るときはいつも吸っている。
真面目に話を聞いてくれるのは嬉しいけど、この部屋、一応、禁煙なんだけどなぁ~。
注意しようか迷ったが、どうせ言っても無駄だと思った私は諦めて話を進める。
「では、これから“ノカノミクス”その二本目の杭についての打ち合わせをします。先生はすでに詳細を聞いていると思いますが、確認のために聞いておいてください」
「おう」
カシンさんも短く頷く。
初耳のベリー村長とシラナミさんも黙って頷いた。
――と、カシンさんが突然、何かを思い出したかのように「あっ……」と声を漏らす。
「どうしました?」
「そういえば、ここに来る途中にこいつを拾ってきたんだった」
「拾った? 何をですか? まさか、変な魔物とかじゃないですよね」
「んなわけねーだろ。おい、もう出てきていいぞ」
カシンさんが自分の外套に向かってそう言うと、身体を覆っていた真っ黒な外套がもぞもぞと動き出し、少し大きめのぬいぐるみくらいの何かが飛び出して、机の上に乗った。
まるで獣のように四足で机の上に乗ったそれは、とがった耳と肉球のついた手足を持ち、長い尾を揺らしながら二本の脚で立ちあがった。
そして、私の顔を見るとにっこりと満面の笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げた。
「――こうして、直に会うのは一級魔導師試験以来ですね。お久しぶりです、ノカさんッ! お元気でしたか?」
「ネリーッ!? 来てくれたの!?」
思わぬサプライズに私は驚きと歓喜の声を上げる。
カシンさんが連れてきたのは一級魔導師試験の際に私とコンビを組んだ獣人のジャーナリスト、ネリー=ブライトだった。
今、彼女はジャーナリストとして活躍しながら社会的弱者である獣人の地位向上の運動を指揮する活動家でもある。
そして、種族を超えた私の大事な『友達』だ――――。
〜乃香の一言レポート〜
世界一の魔導師があっさり負けてんじゃんwww ダッサwwwwww みたいな感じになってるから一応、言っときますけど……
・ガチ装備(みんなの本来使う魔剣やら魔杖やら)じゃなかった。
・長い戦いで魔力を消耗していた
・初見プレイで緊張していた
・突然の乱入で混乱していた etc
の原因があって勝てなかっただけで、ガチ装備で魔力満タンでメンタルもバッチリだったら勝てましたよ! 多分……きっと……いや、やっぱり、十分くらい?
やっぱ、先生パネェわ!
次回の更新は1月9日(水)です。
来週の更新はお休みです。良いお年を!!




