第六十二話 デッドパニック ②
ノカノート執筆中・・・
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ゲームも中盤に突入し、いよいよこのゲームの難関の一つである中ボスへたどり着いた私たち。
中ボスは読んで字のごとくゲームの中盤に私たちを待ち構えるステージボスで、これまでのザコ敵はもちろん、各ステージの最後に現れるボスキャラよりも格段に強く設定されている。
パーティバランス、使用する武器のランク、個々の能力、これまでのステージで獲得してきたものを結集してようやく倒せるかどうか、という設定で中ボスは作ってある。
もちろん、ここでパーティが全滅すれば箱庭の外へ強制退場、もう一度最初からプレイしなくてはならない。
「いよいよ中ボスですか……」
「はい、中ボスはこれまでのゾンビとは格が違います。気を引き締めていきましょう!」
「了解。何が来ようと殲滅してみせよう」
「うん」
頷くシラナミさんとベリー村長の後ろで手持ちのカートリッジを確認するマリアちゃん。
みんな、最初こそ遊び気分でプレイしていたが、ステージが進むにつれて難易度が上がり、いつの間にか真剣な顔をするようになっていた。
マリアちゃんも序盤こそヒーリングカートリッジの矢でシラナミさんやベリー村長を狙撃していたが、ステージが進むにつれ無駄に撃つことがなくなっている。
全員の士気も高く、残りの魔力も問題なし。万全に近い今なら、連携して中ボスを倒すことは容易だろう。
いよいよ中ボスのいるステージへ世界が暗転する。
視界が明るくなったとき、私たちは燃え盛る炎に囲まれた海賊街の広場に立っていた。
作った本人の私ですら、ここをかつて訪れた場所と認識するのに僅かな時間を要したほど朽ちた広場にはかつての雰囲気はなく、異様な静寂と緊張感が漂っていた。
「…………来るぞ!」
鍛え抜かれた武人の勘が敵の襲来を察知したシラナミさんはナイフを構える。
それを合図にベリー村長たちも武器を構える。
すると、燃え盛る炎かき分け、不気味なほど長い『腕』がグシャという音とも現れる。
「こ、これは……ッ!?」
「――あっ、やっべ」
ゲームに夢中になっていて、すっかり忘れていたことがある。
このデッド・パニックに登場するゾンビにはモデルがいる。それはカルルス=げんき村の住人なのだ。
そして、中ボスのモデルは――そう、山形さんで…………。
姿を顕した山形さんモデルのゾンビは接ぎだらけの灰色の皮膚にボロ布と化したスーツから伸びた以上に長い腕が四本、脚と合わせて六本の蜘蛛のような手足を機械的に動かしながら迫りくる。
フランケンシュタインの怪物のようになった彼女の姿にシラナミさんの顔に動揺が走る。
そりゃ、ゲームとはいえ、愛した人がこんなに姿になれば無理もないか……。
「ごめん、シラナミさん。あの、私たち三人で……できる限り穏便に倒すから!」
「――――ノカ、下がってほしい」
「シラナミさん?」
私の肩にそっと手を置いて、シラナミさんは山形ゾンビの前に立つ。
あ、目がマジだ……。
彼の意志を悟った私はそっと銃を下ろし、ベリー村長とマリアちゃんにも無言で頷いて「大丈夫」と合図する。
援護は不要。一人でやらせよう、と――――。
「カルルス殿もマリア嬢もどうか手出しは無用に願う」
低く唸る山形ゾンビにシラナミさんは無慈悲にナイフを向ける。
このゲームは協力プレイを前提にしているが単独でのボス撃破も可能だ。山形ゾンビの一切の攻撃に当たることなく、彼の攻撃をすべて叩き込めば……の話だが。
しかし、鬼気迫る彼の戦意をまえに誰もが援護をしようとは思わなかった。
「貴様、私の愛する人間を騙るとは…………許さん。速やかなる殲滅を宣言する」
シラナミさんは宣言と共に地面を蹴り、山形ゾンビに向かって一直線に突っ込む。
突貫を受けた山形ゾンビも先の機械的な動きから想像もできないほど素早く、二本の脚で立ち上がると腕を広げ、口を裂きながら咆哮を上げて応戦する。
ナイフを構えながら突撃するシラナミさんがゾンビの一メートル手前のところで、いきなり、直角に転進する。
真正面から迫ってきた敵の突然の転進に一瞬、反応が遅れた山形ゾンビが彼の方を見た時には、再び転進した彼のナイフが腹を裂いた。
今の一撃が大ダメージだったのだろう、悲鳴を上げながら黒い体液をまき散らし、後退りする山形ゾンビ。
「……早い! 転進の瞬間、彼を一瞬、見失いましたよ」
「シラナミおじさん……すごい……!」
「試験の時よりも早くなってる」
しかし、山形ゾンビはその一撃を受けても倒れることなく、再び咆哮を上げて斬られた腹を再生する。
同時に、胸から鼓動する真っ赤な球体を出現させる。ダメージが一定量に到達すると、弱点となる核が出現する仕様になっている。
ただし、核が出現すると核以外の部位に攻撃を当ててもダメージは入らなくなる。
「シラナミさん、胸のコアだけを狙って! それ以外に攻撃を当ててもダメージがないの!!」
「了解した」
シラナミさんは頷くとコアめがけて突進する。しかし、同じ手は食わないとばかりに山形ゾンビも四本の長い腕を鞭のように動かし、彼を寄せ付けない。
近距離線特化のナイフ一本と彼女のリーチの長い腕四本では不利と悟った彼は一旦、退いて私達の下に戻る。
「あの腕、ムチみたいにしなって厄介だね」
「うむ」
「どうにかして腕を止めないと……」
「――マリア嬢、ソレを貸してもらないだろうか?」
シラナミさんが指をさしたのはマリアちゃんが持つボウガンだった。
彼女は戸惑いながらもシラナミさんにボウガンを手渡す。まさか、ボウガンで直接、コアを狙うつもりじゃ……。
ゲームルール上、他人の武器を使うことは可能だが、付け焼き刃の武器で倒せるほど中ボスは甘くな――――。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」
「えっ!?」
当然、耳を貫くような悲鳴が聞こえ壁の方を見ると、四本の手にそれぞれボウガンの矢が撃ち込まれ、磔にされたゾンビがもがいていた。
そうか、核を狙うんじゃなくて腕の動きを止めて、核をがら空きにさせるのが狙いか! でも、それを自分の武器じゃないものでやってのけるなんて……。
「おじさん、すごい……!」
「ボウガンは初めて使ったが、手本が良かったので助かった。もし、私が危なくなったら援護を頼む」
「――うんッ!!」
返却されたボウガンを握りしめてマリアちゃんは大きく頷く。
この短時間で彼女の心を掴むとは……シラナミさんも侮れませんな。
ゾンビの動きを封じたシラナミさんは再びナイフを構える。自身の圧倒的な不利を悟った彼女は腕を引きちぎろうとさらに激しくもがく。
そんなゾンビに向かって彼は冷徹にナイフを投擲し、核を捉える。しかし、ナイフの刺さりが浅かったのかゾンビは動きを止めない。
「……どれだけ姿を似せようと、私は自分が愛する人を違うことはない。覚えておけ――――ッ!!!」
激昂と共にシラナミさんは核に刺さったナイフに拳を叩き込み、ゾンビの身体ごと核を真っ二つに貫いた。
核を破壊された山形ゾンビは断末魔の叫びを上げた後、完全に沈黙した……。
「ひゅう~! シラナミおじさん、やっるぅ~♪ “愛する人“だって!!」
「なんとも大胆な告白ですね。こちらが赤くなってしまいました」
ベリー村長とマリアちゃんに冷やかされたシラナミさんは少し恥ずかしそうに顔を逸らし、手先でナイフを弄びながらこちらに戻ってくる。
もちろん、私もニヤニヤが止まらず、彼が戻ってくる頃には避けそうなくらい口角が上がっていた。
「シラナミさん、末永く爆発しろ~♪」
「う、うるさい。貴公に言われずとも……そのつもりだ」
「「ひゅ~! 熱いね!! アツアツだよ!!」」
シラナミさんの惚気全開の発言に年頃な私とマリアちゃんはさらに冷やかしにかかる。
違う意味で逃げ道のなくなったシラナミさんに助け舟を出したのは憧れの大英雄、ベリー村長だった。
「さぁ、中間のボスも倒しました。と、言ってもほとんど彼が一人でやってしまったわけですが、私達も気を引き締めて最後まで一人も欠けることなくクリアしましょう」
「はい、そのとおり。ここから、さらに厳しい戦いになるでしょう」
「よっし! シラナミおじさんに負けにくらいワタシもがんばる!!」
「了解。私も先のような単独行動はこれきりだ」
勝って兜の緒を締めよ、全員の気合を入れ直したところで再び世界が暗転し、私達はカルルス村とげんき村の境の道に立つ。
前半戦は、げんき村を舞台に、後半はカルルス村を舞台にしたステージとなっており全4ステージのボスとラスボスが待ち受けている。
難易度はもちろん上がり、ここからは魔術を使うゾンビも現れる。
ベリー村長の言葉どおり気合を入れなくては――と、思ったそのとき、視界に一瞬、灰色のノイズが走る。
「あれ? ノイズが……バグかな? 後で直しとかないと」
どうやら、まだゲーム内に不備が残っていたようだ。だが、プレイに支障が出るほどではないし、なによりゾンビの集団がこちらに迫って来ている。
課題の解決は後回しにして、とりあえず目の前の敵に集中しなくては……。
私は左右に揺れながら迫りくる土気色の顔面に照準を合わせて発砲する。
弾丸はゾンビの額に――――当たらなかった。
「…………えっ、う、そ!?」
ゾンビは弾丸が命中する寸前に上体を逸らし、弾丸を回避したのだ。
思いがけない事態。いや、ありえない事態だ! 予想外のゾンビの行動に私は思考が止まり、身体が固まってしまう。
そう、これは『ありえない』のだ。
――――ノーマルの難易度でゾンビが弾丸を避けるなんて、設定にない!!
〜乃香の一言レポート〜
シラナミさん、大勝利〜!!
次回の更新は12月19日です。
どうぞお楽しみに!!




