第六十一話 デッド・パニック ①
ようこそ! 箱庭の世界へ……!!
*
『――全プレイヤーのエントリーを確認。これより、チュートリアルを開始します』
ナレーターの声が響くのと同時に四体のゾンビが地中から這い上がってくる。
現れたゾンビはどれもボロボロの服に土色の皮膚に禿げ上がった頭、抜けた歯に真っ赤に光る目をしている。
突然現れたゾンビ達にベリー村長とシラナミさんは武器を構える。
傭兵経験のある二人は敵の出現に対して頭よりも身体が先に反応し、臨戦態勢に入るまでのスピードが恐ろしく早い。
「こ、これは!?」
「モンスターか……いいだろう。殲滅する!」
「シラナミさん、チュートリアルだよ。ナレーターの言うこと聞いて」
「あれ? このゾンビさん、どこかで見たような……」
唯一、マリアちゃんだけがゾンビの容姿に何やら思う節があるのか、口に指を当てて誰かを思い出すように首を傾げる。
さすがはマリアちゃん。彼女の勘は当たっていて、このゾンビにはちゃんとモデルとなった人物が存在する。
この先に出てくる他のゾンビも同じように私が知ってる人物をモデルにしている。
『敵の襲来です。武器を構え、実際に戦闘をしてみましょう』
状況に対してやや緊張感のないナレーターの声が私達の緊張をよりいっそう高めていく。
ナレーターの指示に従い、武器を構えたベリー村長の横に新しいゲージが出現する。
体力ゲージや魔力ゲージとは違い、曲線を描いた下から上に向かって広くなる逆ピラミッドのような形をしている。
「おや? これは?」
『“チャージゲージ”です。マジックサックは強力な溜め技を放つことができます。拳に魔力を集中させゲージを溜めましょう』
「なるほど。ではさっそくやってみますね」
ベリー村長は一度、構えを解いて気を整えると体内の魔力を拳にはめたマジックサックに集中させる。
すると、五秒もしない内に彼の隣に浮かんでいたチャージゲージが満タンになる。
カチンッ! という、満タンの合図の音を聞いた彼は再び武器を構えると一瞬でゾンビの間合いに入り込み、拳を引く。
「すごっ! 普通の人なら満タンになるまで十秒はかかるのに!?」
「彼の英雄であれば当然のこと」
「――――いきます……はぁッ!!」
私とシラナミさんが感嘆した瞬間、ベリー村長の正拳突きがゾンビの腹に炸裂する。
彼の拳をモロに受けたゾンビは叫び声を上げる間もなく、木っ端微塵にされた。
その痛快な光景に今度はマリアちゃんが感嘆の声を上げて、ボウガンを構える。
「こなごなだよ……。よーし! ワタシもやるぞぉ!!」
『マジック・ボウガンはエイムと現在使用している属性カートリッジが表示されます。今回は基本五属性、“火”、“水”、“風”、“土”、“雷”のカートリッジを差し上げます。カートリッジに魔力を注入することで使用可能となります』
ナレーターが説明を終えるとマリアちゃんの周りにご種類のカートリッジがくるくると回りながら出現する。
うち一つを手に取った彼女は祈るように両手でカートリッジを包み込み、魔力を込める。
カートリッジに描かれた模様から見て、あれは『火』の属性のものだ。
「りょーかいです。えっと……こうかな?」
すると、カートリッジが赤く光を放ち装填可能の合図を出す。
マリアちゃんはボウガンにそれをセットすると、エイムに従ってゾンビの額に向かって躊躇なく矢を放つ。
彼女の魔力よって発現した炎の矢は見事、ゾンビの額に命中し火柱となって彼を焼き払う。
ゾンビは燃え盛る炎のなか、絶叫と共に跡形もなく崩れ去る。
「えいっ! おぉ、燃えた! 燃えた!!」
『お見事です。さらに、カートリッジには敵を攻撃する物だけでなく味方の体力や魔力、状態異常を回復させる物もあるので活用していきましょう』
「はーい!」
マリアちゃんは先ほどまでの陰鬱な雰囲気を吹き飛ばして元気よく返事をする。
うんうん、よかったよかった。こんなに喜んでくれると私も作った甲斐があったというものだ。
『ナイフは刀身に魔力を集中させながら戦闘します。コンボ数に応じて技の威力とスピードが上がります』
「了解した。では、押して参る!!」
シラナミさんが待ってました! と言わんばかりにナイフを構えるとゾンビの四肢を流れるような動きで斬り刻む。
さすが、現役で軍の訓練に参加しているだけあって、人体にとっての急所という急所を的確かつ瞬時に攻撃している。
まぁ、相手は死体なので急所とかあんまり関係ないんだけどね……。
『さて、ゲームマスター。説明は必要ですか?』
一応、やっときますか? となぜか私にだけテキトーな態度をとるナレーターに頭を振って応える。
魔導拳銃の扱いは頭に叩き込まれているので、いまさら説明を受けたところで時間の無駄というやつだ。
「いえ、結構よ!」
『では、せいぜいご武運を――』
「このゲームをクリアしたらその生意気な口をプログラムから修理してやるわ。覚悟なさい」
私は迫りくるゾンビの眉間に照準を合わせて、引き金を引いた――。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
チュートリアルを終えた私達はナレーターの指示に従い、海賊街を目指す。
ステージ1は海賊街の入り口までの道中、開けた丘を下るステージなので視界が広く効き、敵の発見も早く遮蔽物もないので飛び道具を使うプレイヤーも敵を狙いやすい。
「ステージ1は味気ない」
「油断せずに行きましょう。シラナミさん」
現れるゾンビの数も少ないので、敵を斬り裂いたシラナミさんが少し不満げにナイフを回しながら愚痴を零す。
ゲームといえど戦いは戦い、気を抜いた者から死んでいきます、とベリー村長が静かな口調で彼を引き締める。
「了解した。細心の注意を払おう」
「マリアさんもですよ?」
「なんで、ワタシも!?」
「あなたも気を抜くとすぐに調子に乗るからです」
彼の英雄からの言葉はどんなお灸よりもシラナミさんには効くらしく、ベリー村長の言葉を受けた彼の顔が一変する。
ついでに注意を受けたマリアちゃんも分かりましたよぉ〜と、元凶を睨みながら口を尖らせる。
すると、彼女が何かに気づいたらしくゾンビが消えた跡の地面から緑色のカートリッジを拾い上げる。
「あっ! これって新しいカートリッジだよね? なんの属性だろ?」
「それはヒーリングカートリッジ。味方の体力を回復できるやつね」
「あ、さっき言ってたやつだ」
「そうそう。それをピンチになった仲間に撃つと体力が回復するの。ただし、間違えて敵に撃つと敵が回復しちゃうから要注意よ」
はーい! と元気よく返事をしたマリアちゃんの顔に一瞬、黒いものが走る。
たぶん、味方に矢を撃てるという美味しいワードを聞いて日頃の鬱憤を晴らすチャンスと考えたのだろう。
うわー……なんか楽屋でアイドルの素を見ちゃったみたいな気分。
「…………ベリー村長も背中には気をつけてください」
「はい! ですが、僕たちの背中は乃香村長たちが――――イタッ!? な、なにをするんですか! マリアさん!?」
「おぉ! 本当に回復したー」
「僕の体力は満タンなんですけど!?」
その後、ヒーリングカートリッジを求めてゾンビを狩りまくるマリアちゃんの八面六臂の活躍が拝めたのは言うまでもない。
ゾンビシューティングで一番恐ろしいのは敵のゾンビではなく、味方の裏切りだと痛感した瞬間だった。
〜乃香の一言レポート〜
腹黒くてもロリはロリ! つまり、カワイイは正義!!
次回の更新は12月12日(水)です。
どうぞお楽しみに!!




