第五十九話 魔法の箱庭 ②
気になる二人の行方は!?
*
ベリー村長とシラナミさんが顔合わせを行ってから三日が経った。
彼と山形さんとの進展の話が未だに来ないのは不満だが、それ以外は何事もなく平和なスローライフを送っていた。
早朝のラジオ体操から一日が始まり、午前中は『魔法の箱庭』の製作、午後はお散歩兼見回り&世間話、一日の終わりは一杯の焼酎という充実した毎日。
私自身、「村長やってるわ〜」なんて実感に浸りながら第二の杭に備える毎日は実に満足のいくものだった。
――しかし、その平穏は突如として崩れた。
三日目の午前中のこと、私はいつもどおり村長室に籠もり箱庭の製作をしていた。
すると、誰かが部屋のドアをノックした。私はそのことに異常を感じたのだ。
廊下側のドアには『(ロリっ娘も)立ち入り禁止!!』という張り紙を貼っており、私が本気で作業に集中したいという意思表明をしているにも関わらず村長室をノックするということはよほどの緊急事態であると直感した。
「……誰かな? はーい、どうぞ〜」
それでも私は平静を装い、普通の調子で応える。
すると、ドアがゆっくりと開き金髪碧眼の少女――マリアちゃんが顔を覗かせる。
しかし、その彼女の顔は明らかに沈んでおり、元気がないことは明白だった。私はその表情にただならぬ不安を感じる。
「マリアちゃん、どしたの?」
「…………んない」
「はい?」
「――――つまんないっ!!」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
どうぞ、と私はソファに座るマリアちゃんの前に湯呑を差し出す。
この応接セットの初めてのお客さんが彼女だったので天にも昇りそうな気分だが今はそれどころはないらしい。
私はうつむく彼女から事情聞いた。その憤怒と罪悪感が混じった表情から誰かとトラブルになったのだろうと推測できた。
「――つまり“修行”が退屈でサボっちゃったと」
「そうなの! 毎日毎日、おんなじことの繰り返しで……もう嫌!」
「それが修行だと思うんだけど?」
「でも、飽きちゃうの! だから、そんちょー二号からそんちょーにガツンと言ってほしいのよ。たまには別の修行をしろ、ってね」
顔を上げて私に訴えるマリアちゃんの顔は真剣そのものだった。
彼女も私と同じく毎日のルーティンがあり、午前の鍛錬&午後の鍛錬と……まぁ、修行漬けの毎日を休みなく三ヶ月間も送っていたわけだが、ここに来て不満が爆発したらしい。
マリアちゃんも修行が辛いものだという覚悟あったはず、それでも休暇の一つも貰えないのはブラック修行である。
サボったことは良くないが、あまりにも不遇すぎるので私が何か気晴らしを提供するべきだろう!
「…………うーん、そうだなぁ〜。あっ! マリアちゃん、ゲームしない?」
「げーむ? なにそれ?」
「気分転換にと思って前に作ったのよ。アクション系のゲームだから修行にもなると思うし……どう? やってみる?」
「うんうん! なんだかおもしろそう! やりたいやりたい!!」
マリアちゃんは身を乗り出して私の提案に食いつく。
禁断症状にも似た娯楽への食い付きが修行のブラックな実態を表していた。そりゃ三ヶ月も遊びを禁止されてたらこうなるか……。
私は引き出しの一番下の棚をゴソゴソと漁り、お目当てのモノを探る。
「えっと……どこだったかなぁ? うーん…………あっ、あったあった。これよこれ」
「どれどれ? ん? なんて書いてあるの?」
「『デッド・パニック』よ。いわゆるゾンビFPSね」
「えふぴーえす?」
「First Person Shooting game。本人視点で遊べるアクションゲームのことよ」
取り出したのは血塗れをイメージした外観ににおどろおどろしい骸骨が張り付いた魔法の箱庭。
魔導師専用FPS『デッド・パニック』――私と師匠が暇潰しのために合作したゾンビシューティングゲームだ。
プレイヤーが実際にゲームの中に入るため行動の自由度が高く、レベル別にゾンビの強さが変わるので修行にもなる優れもの……なのだが、修行期間中にそんな暇はなく、実は私も初プレイである。
一応、製作者だからシステムはわかるけど――――って、あれ?
箱庭を眺めて厳しかった修行を思い返していると、マリアちゃんが頭から湯気を出して難しい顔をしていた。
どうやら新しい単語に触れすぎて頭がパンクしたらしい……。
「ま、口で説明するより実際にやってみれば分かるよ」
「うん! じゃあ、はやくやろう!!」
「――――そうはいきませんよ」
『ゾンビに怖がるマリアちゃんを颯爽と助けて「そんちょー二号、かっこいい〜!」と言われたい作戦』を実行に移そうとしたその時、私の部屋をノックもなしに開け放ち、待ったをかけるお邪魔虫が現れた。
なんだよ〜! 今、いいところなのに邪魔しやがって!! 誰だ!?
「げっ!? そんちょー、それにシラナミおじさんも!!」
「やはり、ここでしたか。さぁ、観念して修行に戻ってもらいますよ」
お邪魔虫の正体は修行をサボった弟子を探しにきたベリー村長となぜかシラナミさん。
当然といえば当然の人物の登場にマリアちゃんは驚きの声を上げる。
「どうしてここがわかったの!?」
「貴女に甘い乃香村長なら匿ってくれるのでは、というシラナミさんの考えです」
「うむ」
ピンポーン! シラナミさん大正解です……。
完全に思惑を看破されたマリアちゃんはベリー村長とシラナミさんを忌々しげな目つきで睨む。
こうなっては私も迂闊に口出しはできない。
「そんな目をしてもダメです。さぁ、戻りますよ」
「いやっ!!」
「小さな魔導師よ。日々の鍛錬は辛く退屈なものだ。しかし、だからこそ、その先に真の強さがみえるというもの。軟弱な精神では幾ら力が強かろうと勝利は得れない」
「でも、イヤなものはイヤなの!!」
首を激しく振り、断固拒否の構えを見せるマリアちゃんにベリー村長は困ったような怒ったような表情を浮かべる。
彼の師匠権限もシラナミさんの武人的理屈も通さないマリアちゃんの頑固さはある意味、師匠譲りだろう。
このまま喧嘩に発展したら大変なので、おこがましいとは思いつつ私が仲裁に入る。
「まぁまぁまぁ、ベリー村長。たしかに、修行をサボったマリアちゃんは良くないことをしました。ですが、そうなるのには必ず原因があると思いませんか?」
「乃香村長?」
「師匠が自分のやり方を弟子に押し付けるだけを『修行』とはいいません。修行とは弟子と師匠とが互いを磨くものだと思います。弟子が一年目なら、師匠もまた一年目。お互いの考えや、思いを聞き合ってはじめて修行と呼べるのではないでしょうか?」
「……………………」
即興にしては大変よくできました、と心の中で自画自賛しながら私はベリー村長に訴える。
私の(即興の)言葉に彼も思うところがあったのか、口に手を当ててしばらくの間、沈黙する。
そして、一分ほど押し黙った後、彼はキリッとした目できっぱりと言い放つ。
「ダメです。修行に戻りなさい」
「ベリー村長!」
「――っと、言いたいところですが、なるほど乃香村長の言うことにも一理あります」
ベリー村長の容赦のない一言にマリアちゃんの表情が悲壮に曇る。
それを見過ごせなくなった私が本格的な説得にかかろうとする前にベリー村長が表情を崩し、人差し指を唇の前にピンッと立てて、ウインクする。
「…………一回だけですよ?」
師匠のお許しに沈みきっていたマリアちゃんの表情が一気に明るくなり、歓喜の声を上げて私に抱きついた。
彼女の髪から香るいい匂いに卒倒しかけるも、修行で鍛えた理性でなんとか持ちこたえる。
「やったああぁぁぁ!! ありがとう! そんちょー二号! 大好き!!!」
――――嗚呼、もう死んでもいいや……。
〜乃香の一言レポート〜
最近、山形さんがなぜか料理を始めました。天変地異が起こるかもしれません。
次回の更新は11月28日(水)18:00です! どうぞお楽しみに!!




