第五十八話 魔法の箱庭 ①
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「――私は縁の皆さんと先生に協力してもらい『アカガネノカギ』という転送装置を開発しました。この装置は従来の転移魔術を大きく上回るものです。この村から縁本部までは距離にしておよそ三万キロ、転移魔術の限界移動距離が長くとも十キロなのに対してこれほどの移動が可能になるのは画期的です」
正しくは一万キロ地点にネリーのニューワールド社があるため現状のアカガネノカギの移動距離の限界はおよそ二万キロ。それでも従来の転移魔術の約二千倍の距離を稼げるのだから性能としては申し分ない。
それに、今回のシラナミさんの召喚で中継をしても人間の移動は可能ということも証明できた。これで実用化に一気に近づけた。
「――さらに、現在の性能ではアカガネノカギを使って一回で転送できる物資の質量は最大で一トン。この転送システムは現在、ここカルルス=げんき村を中心に西方大陸の『縁本部』『ニューワールド新聞社』、北方大陸の『グラム帝国』、そして海賊街の四つの拠点を結び、試験的に物資、情報の交換を行っています」
「それはすごいですね」
ベリー村長は素直に感嘆の声を漏らす。
魔術に精通しているだけあって話の飲み込みは早くて助かる。
――ですが……、と称賛を送った直後に彼の顔が曇る。
「それほどの設備、情報の漏洩は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。アカガネノカギには登録された人間以外が触れると強制的に海賊街へ飛ばれる仕組みになっていますから」
海賊街へ飛ばす――その言葉の意味を理解したベリー村長は「では、安心ですね」と苦笑交じりの安堵を浮かべる。
仮にも私達から情報を盗もうとする輩がいても海賊街へ飛ばされ、そこに潜むヨグ=ソトースの銀の魔女に尋問された挙句、良くて記憶を消されて&半殺しで解放。
悪ければ……まぁ、命はないだろうね。
と、物騒な話はこの辺にして次の話題に進もう。
次のトピックこそ一番重要な話題、本題の本題というやつだ。
「このシステムがより実用的な段階に入ればこの辺境の村でも多くの都市と交易をおこなうことができます。さらに、このアカガネノカギは二本目の杭にも大きく関係するのです」
「二本目の杭ですか……。気になりますね」
「この二本目の杭には私とシラナミさんはもちろん、ベリー村長にも協力してもらわなくてはなりません」
「それはそれは……! 僕にできることがあれば是非とも協力させてください」
一本目の杭で置き去りにされたことがよっぽど寂しかったのか、ベリー村長はやけに食い気味で身を乗り出す。
乗り気なのは非常に嬉しいが、気持ちが行き過ぎて計画がご破産になることは御免こうむる。
ハートは熱くなっても頭はクールでいなくてはならない――なんて、ベリー村長は言わずとも理解してるか。
「――では、第二の杭についてですが…………」
私はノカノミスク、二本目の杭についての概要を説明しそれぞれが担当する今後の動きを説明し本日のシラナミさん&ベリー村長の顔合わせが終了した。
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――帰り道。
真面目モードを長時間使用してしまったことと、武人トーーク! の長さに疲弊した私はまだ昼間だというのにまるで一日が終わったかのような疲労感に苛まれていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!! 疲れた! チョー疲れた! TU☆KA☆RE☆TA!!」
「ノカ、それだけ騒がしくできるのだ。貴公の体力は有り余ってる。問題はない」
「精神的にだよ。ったく、どっかの誰かさんが二時間も話し込むから」
「それは貴公とて同じこと。むしろ、貴公の話のほうが長かった」
私は仕事の話だからいいんですぅ〜! と舌を出して反論する。
実際、雑談抜きのベリー村長との会話ってかなり疲れる。おまけに無神経なシラナミさんがいつ爆弾発言するか警戒しながらの会話は神経をガリガリと削っていた。
「――あっ! 爆弾発言といえば……!!」
「うむ。忘れてはない。私はこの後、ヤマガタ女史に会いに行く」
「おぉ! とうとう行くんですね!? 兄貴!!」
「私は貴公の兄ではない。だが、そのとおり私は彼女と話してくる」
「覗いてもいい?」
「駄目だ。許可しない」
「煙になってこっそり覗くから!」
「不許可」
「ケチ! トウヘンボク!! 朴念人!!!」
「結構」
ブーイングする私にシラナミさんはツンとした態度でマントをひるがえす。
でも、安心した。これで彼が覗かせるようだったら私が絶対に会わせない。
彼の山形さんに対する想いが本気である、これが確認できれば十分である。
「ちぇー、わかりましたよぉ〜。あ、でも事後報告くらいはしてくれるよね?」
「了解した」
「じゃ、私は杖も来たことだしアレを完成させるよ。ハネムーンは任せといて!!」
「そうか。楽しみにしている」
最後に、集会所の玄関前で向き合った私はシラナミさんと拳を合わせて誓いを立てる。
彼は静かに頷くと山形さんのいる部屋に向かって規則正しい足並みで歩いていった。
「……さてと、私も仕事しなくちゃ」
シラナミさんと別れた私は村長室に戻ってデスクに着くと、引き出しから手のひらサイズの木箱を取り出す。
蓋と箱の間には銀色に輝くビーズを少し大きくしたようなボタンが埋め込まれてること以外はいたって普通の木箱である。
私が木箱のボタンを押すとパコッという軽い音とともにフタが開き、中身があらわになる――。
「魔法の箱庭、起動」
それは一つの世界だった。
陽光を反射してきらめく海面、風を受けて揺れる緑の木々、波音が快い静かな砂浜、森と海に囲まれた中にひっそりと建つ小粋な建物……そこは小さな小さなリゾートホテルだった。
『魔法の箱庭』、つまり魔法版のジオラマである。
ただ、普通のジオラマと違うのは|実際に箱の中に入ることができる《・・・・・・・・・・・・・・・》という点。
そして、箱に入れば実際に海で遊んだり、食事や宿泊もできる。その上、箱の外の人間が実際に持ち運ぶこともでき、野宿や長い移動が必要なときに大活躍すること間違いなしである。
「肩が凝るんだよねぇ〜、これ」
肩を回しながら、私は引き出しから時計職人がしているような単眼ルーペを取り出して、右目にはめ込む。
そして、シラナミさんから贈られた片手杖を右手に持ち、ルーペの目の前に持ってくると先端から小さな煙を発生させる。
杖から立ち上った煙は消えることなく、杖の先端の数ミリ上を球状になってふわふわと浮かんでいる。
「――千変万化の魔法の煙」
私が呪文を唱えると、浮遊していた小さな煙が一瞬で『岩』に変わる。
煙から変化したミニチュアサイズの岩を手先の震えを抑えながら片手杖で箱庭の砂浜に設置する。
この魔法、『千変万化の魔法の煙』は発生させた煙をあらゆる性質に変化させて想像したモノを造り出す造形魔法である。
私が契約精霊のうっちーから教えてもらった魔法で攻撃、防御、さらにはこんな風に小物作りにも応用が効く、万能魔法で一番のお気に入りである。
「……………………」
その後、私は『千変万化の魔法の煙』で箱庭の中をじゃんじゃん造っていく。
海岸の岩も、揺れる木々も、ホテルの外観及び内装まですべて私の煙魔法で造られている。
『魔法の箱庭』も『千変万化の魔法の煙』も非常に便利な魔法だが、集中力をフルで使うため作業後の肩こりが尋常ではない。
それでも、カルルス=げんき村のみんなに『箱庭旅行』をプレゼントできるのであれば肩こりなんて安いものだ。
〜乃香の一言レポート〜
千変万化の魔法の煙の『プレイ』は『Play(遊ぶ)』ではなく『Pray(祈る)』ですのでお間違えなきように!!




