第五十六話 なんてったって大英雄 ①
無垢な少女の何気ない一言はどんな暴言よりも深く心に刺さることがある。
*
「…………一目惚れだ」
一瞬、私の身体を流れていた時間が凍り付く。
照れくさそうに仏頂面を紅くするシラナミさんの顔も、『一目惚れ』という時代錯誤も甚だしい言葉も――すべて現実だって受け入れることができない。
しかし、何度目をこすっても頬をつねっても景色は一向に変わらない……。
「――ええええええええええええええ!?!? 一目惚れ!? ひとめぼれ!? な、なんで山形さんに? WHY!? ホワイ!?」
これでもかっていうくらい大きな音量で私は驚愕の声を張り上げた。
私の声がよほど大きかったのか珍しくシラナミさんが真っ赤な顔をしかめる。
「声が大きい。もう少し静かに驚けないのか」
「い、いや……ゴメン。いや、でもなんで? 一目惚れってマジ?」
「あぁ、マジだ」
やたらと良く響くイケボでシラナミさんは迷いなく頷く。嗚呼、状況が状況じゃなかったら聞きほれていたのにもったいない……。
いや、しかし、世の中は分からないものだねぇ~。まさか、あのシラナミさんが山形さんに惚れるとは。
「一応、聞いていい? 山形さんのどこが好きなの?」
「ふむ……どこと言われても回答を得難い。ただ、彼女には言葉にはできない魅力がある」
「み、魅力ねぇ〜。女の私にはピンとこないけど、シラナミさんには魅力的に見えたんだね」
「うむ」
シラナミさんはロボットを思わせるような動作で頷く。
山形さんが魅力的かぁ〜。私には本当に、マジで分からないけど、たしかにあの人、黙ってりゃ美人だしなぁ。
でも、初めてシラナミさんと出会ったときギャーギャー騒いでたし、それでも彼は彼女のことを魅力的だと言っていた……これは、もしかしてもしかすると――――
「“運命の人”かもね……」
思わず口からポロリと言葉が溢れる。
その言葉は紛れもない本心で、シラナミさんと山形さんがくっついた未来だって容易に想像ができる。
「しかし、ノカ。一つ問題がある」
「私は見ての通り武に生きた者。ゆえに女性との会話は不得手である」
「いや、さっきベラベラ口説いてなかったか?」
「互いに拳を交え健闘した武士同士、腹を割った相談をしたい」
相談をしたい、というのは全然問題ない。むしろ、面白そうなのでウェルカムなのだが……。
私を『女』としてでなく『武士』として見やがったシラナミさんに「破局してしまえ」と思ってしまったことは黙っておこう。
「もちろん、全然オッケーよ」
「そうか、感謝する」
「でも、その前に……」
「そうだな。“彼の英雄”と見えなくてはな」
シラナミさんを召喚したのは彼と恋愛相談をするためではない。
“ノカノミスク”その一つ目の施策を行うためだ。
恋愛相談は一旦、棚上げにして私達はベリー村長の家に向かった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
普段は行き慣れたベリー村長の家への道のりも隣にシラナミさんが歩いているとなんだか初めて通る道のように思えてしまう。
というのも、彼の顔が山形さんに一目惚れしたときよりも目に見えて緊張していて、見ている私もなんだか緊張してきた。
ガチガチに緊張した彼の顔は鉄でできているのではないか、と思うほど硬く、心なしかアイア○マンに見えなくもない。
「緊張しすぎだよぉ〜」
「う、うむ」
「ベリー村長はそんな固い人じゃないよ。もっと、こう……ふんわり? やんわり? ほんわか? した人だよ」
「う、うむ」
「第一、別にこれから戦おうってわけじゃないんだし。ほら、ただの挨拶じゃない。ね?」
「う、うむ」
何を言っても「う、うむ」としか返さないシラナミさんに私のなかのイライラが少しづつ溜まっていく。
もしかして、私の言ってること聞いてないんじゃ……。
「シラナミさん、3たす1は?」
「う、うむ」
「――人の話をきけぇええっ! このトウヘンボク!!」
「ん? あぁ、ノカか……。失礼、緊張ゆえ貴公の言葉が耳に届かなかった」
シラナミさんは一切の言い訳をすることなく、緊張で私の話を聞いていなかったと白状した。
素直なことは素晴らしいことだが、反省の色がまったく見えない素直さはただムカつくだけである。
「もう! 私のアドバイス、ぜ〜んぶ聞いてなかったの!?」
「あぁ、聞いていなかった」
「あぁ、聞いていなかった――じゃ、ないよ! このおバカ!!」
私はジャンプして長身のシラナミさんの頭頂部に軽くチョップを入れる。
そこで、ようやく私が怒っていることが理解できたのか彼が少し申し訳なさそうな顔をした。
この朴念仁っぷりもマイナスポイントだ。私はチョップで済ますかもしれないが、山形さんはヒステリックものだろう。
うん、シラナミさんの朴念仁も矯正しておかないと……。
「すまない。しかし、緊張は隠せない」
「まぁ、なんてったって大英雄なんだもんね」
「あぁ、彼の英雄譚には今でも胸が踊る――」
遠くを見つめてうっとりしながら呟くシラナミさんの瞳には戦隊ヒーローに憧れる少年のそれが浮かんでいる。
彼は心の底からカルルス=ブアイン=ベルリオーズを尊敬しており、その英雄の武勇伝に魅せられて武の道を志したのだ。
実在していながら本や伝承のなかでのみ語られてきた、手が届きそうで届かないまさに彼にとっての大英雄なのだ。
その本人と会うことができるのだ、まぁ緊張するなといわれても無理な話だろう。
「ベリー村長大好きマンだね」
「今からでも彼の英雄について語り明かしてもいいくらいだ」
「やめてね。割とマジで」
「冗談だ。さぁ、早く行こう。緊張もさることながら気持ちの高ぶりも抑えられない」
「へいへい……いきましょういきましょう」
ライブ前のファンみたいなノリになっているシラナミさんをこれ以上、焦らせば魔剣を取り出しかねないので私は少し早足でベリー村長の家を目指す。
早足の甲斐もあって、予定よりかなり早くベリー村長宅に到着した。玄関前までやってきたとき、シラナミさんの緊張がいよいよ絶頂に達したのかマントの下で鎧がカチカチと音を立てる。
「なにも震えるほど緊張しなくても……」
「う、うむ、だが、この扉の向こうに彼の大英雄が居ると思うと身体の震えが治まらない」
「はいはい、深呼吸深呼吸」
「う、うむ――――」
シラナミさんはバカ正直に手を大きく広げて胸いっぱいに空気を吸い込んで限界まで吐き出す。
人の家の扉をノックするのにここまでする人を私は初めて見る。
なんだか、私も緊張してきたな……深呼吸しとこ――。
「…………よし、じゃあ、いくよ?」
「う、うむ」
「まだ、ガチガチじゃん。もいっかい深呼吸しといたら?」
「いや、これ以上したころで改善の兆しはない」
「おっけ。まぁ、肩の力を抜いていこう」
私は未だにカチカチ鎧を鳴らしているシラナミさんを背にベリー村長の家のドアを軽くノックする。
すると、扉の向こうから「はーい!」と元気のよい少女の声が返ってきた。
予想だにしていない声の返答にシラナミさんは私の顔を凝視する。そんな顔しなくても“彼の英雄”が実は少女でした~! なんてオチはないから大丈夫。
驚きを隠せないシラナミさんに対して私は扉の向こうの声の主が誰なのか一発でピンときた。
「少女の声がしたぞ」
「うん、たぶん、この声は――」
軽快な足音がドア前まで近づいてきて静かに扉が開かれる。
わずかに開いた扉の向こうから顔を覗かせたのは金色の髪がきれいな少女――私が愛してやまないマイ♡スウィートエンジェルのマリアちゃんだった。
「はいはーい、どちらさまですか~。って、そんちょー二号! ……と、おじさんだれ?」
マリアちゃんは穴倉から顔をのぞかせる子熊のように長身仏頂面のシラナミに警戒の色を浮かべる。
少女の悪気のない純粋なその一言はシラナミさんの心に不意打ちの大ダメージを負わせた。
彼はよろよろと三歩ほど後退して自分の顔に手を当てて「ショックです」という表情を全面に出しながら呟く。
「おじ……さん……」
その後しばらく、シラナミさんがマリアちゃんの一言を引きずったのはいうまでもない。
〜乃香の一言レポート〜
シラナミさん…………ドンマイ! そのうちいいことあるさ(適当)!!
次回の更新は10月22日です。
どうぞお楽しみに!!




