第五十五話 アカガネノカギ ②
ついについに……あの人にも春が!?
*
「――“アカガネノカギ”、起動」
私の号令と共に轟々と唸っていた機械音がピタリと止み、柱と柱の間の空間に大きな『穴』がポッカリと口を空けていた。
ドス黒い渦が内側へ内側へと渦を巻く、見ているだけで吸い込まれそう錯覚を覚える空間の穴――私の師であるカシンさんの『銀の鍵』によって生じるワームホールによく似ている。
それもそのはず。この『アカガネノカギ』は先生の『銀の鍵』を解析し、その機能をコピーしたいわゆる模造品である。
もっとも、『銀の鍵』のように鍵単体で空間を行き来できるわけではなく、このような大掛かりな機械が必要になるし、“カルルス=げんき村”から“縁本部”くらいの長距離になると中継が必要になるのも大きな課題だ。
それと、問題はもう一つある。
「――ちょっと乃香! あんた何してんの!? そこらじゅう停電してるわよ!!」
朝シャンを終えたばかりであろう山形さんが濡れた髪のまま、ドライヤー片手に部屋に飛び込んできた。
そう、このアカガネノカギの問題点の一つは『電気の消費が半端ではない』ということ。
一応、仮の電源に魔法石を幾つか用意しておいたがそれでも足りなかった。おそらく、今、村中で停電が発生しているだろう。
「山形さん。グッドモーニングです」
「えぇ、おはよう。いい朝ね――じゃないわよ! なんなのこのバカでっかい機械は!? コレが村を停電させたの!?」
「あぁ、そうですね……」
「そうですね、じゃないでしょ!? 今すぐ止めなさいよ! でないと私の髪が乾かせないでしょ!!」
山形さんは濡れた髪をここぞとばかりに引っ張って被害者アピールする。
いや、村の心配じゃねーのかよ……。つーか、魔法石が足りずに停電させた私も悪いけど、こんな時間に起きてきて朝シャンしてる方もどうかと思う。
だって例のごとく例によって昼前の起床ですもん。
「ちょっとまってください! あと少しで終わりますから!!」
「あと少しで終わるって……あんたいったい何をしてるの? まさか、変な召喚の儀式をやってんじゃないでしょうね!?」
「まさか! ちょっと遠いところから知り合いを転送してるんですよ」
「その“知り合い”ってちゃんと人間なんでしょうね!? 角とか牙とか翼とか変なモノ生えてないわよね」
失礼な。私の人脈をなんだと思ってる! そりゃ、この世界に来てから人間以外の知り合いも多くできたからそう思われるのも無理はないけど……。
少なくともこれからこの村に来るシラナミさんは『人間』だ。いや、正しくは獣人と人間のハーフ、半獣人という種族になるが、見た目は人間そのものだし戦闘中でもない限り彼が獣っぽくなるところなんて見れない。
「ノープロブレムです。むしろ、山形さんはウェルカムなんじゃないかなぁ〜」
「あら、そうなの? それってもしかして……」
と、山形さんと言い合いをしているうちに転送が完了し、あれだけ轟音を放っていた転送機はエアーを排出する音を残して静寂を取り戻そうとしていた。
空間に開いた『穴』が消え、その跡にはマントに見を包んでいてもハッキリと分かるほど精悍な二メートルはあろうかという偉丈夫が静かに立っていた。
「――“縁本部”より、シラナミ=カイジョー。転送完了。ノカ、貴公の招きに感謝する」
「…………イケメン♡」
転送されたシラナミさんを見て、山形さんは口元を抑えて絞り出すような歓喜の声を上げる。
後方で歓喜のうめきを上げている山形さんをちらりと見た後に、彼はこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
彼が一歩、歩くたびにマントの下から金属同士が擦れる独特の音が発される。
こんな時でも鎧を着ているかこの人は……。こんな辺境の村には凶暴なモンスターもテロリストもいないというのに。
「こうして相見えるのはあのとき以来だな。変わりはないか? ノカ……」
「おかげさまで! シラナミさんこそ元気そうで何よりだよ。ていうか、なんかまたゴツくなってない?」
「貴公に敗北した後、己を鍛え直すために『雷帝』の軍の下で修行を積んだ」
「あぁ、ヨアンのところね。こりゃ、もうマジで勝てそうにないなぁ〜」
謙遜を……、とシラナミさんは私が割とマジで言ったことを信じずに微笑む。
いや、こんな見上げるほどデカい人に勝てるなんて思う女子大生のほうが少ないですからね。
なんて、私の心情なんて置き去りで彼は私の背丈ほどの大きさの黒い革張りの細長いケースをマントの下からヒョイと取り出し、デスクの上に置いた。
「頼まれていた品だ。間違いはないと思うが確認してほしい」
「おぉ、そうそう! これを待ってたのよ」
早速、ケースの金具を外して、中を確認する。
そこにはおじいちゃんたちがよくやっているグランドゴルフのクラブに形状がよく似た棒状の物が真っ赤な絹に包まれて収められていた。
光沢のある漆黒の長杖には真っ赤な魔法石を囲むように銀の装飾が施されている。
そして、その杖の隣には某魔法使いの小説に出てきそうな片手杖が静かに納められている。
私は長杖をゆっくりと手に取り、持ち上げてみせる。両手に収まったそれは、ひんやりとして滑らかな木の質感とずっしりと重い金属のような重量が手に伝わってくる。
「――全長160cm、重量3kg。貴公専用の長杖『黒鍵の長杖』。百年物の漆黒檀を使用、表面には真銀のコーティングを施してある」
「芯材は?」
「クレイアステル産ドラゴライト」
「魔法石は? 人工か? 天然か?」
「天然だ」
シラナミさんの言葉を受けて私はニヤリと口元を歪める。
素材、デザイン――何から何まで私の思い通りの仕事をするシラナミさんには賛辞を送らなければ……。
「――パーフェクトだ、シラナミさん」
「感謝の極み」
シラナミさんは恭しく腰を曲げて、一礼する。
杖職人でもないのにここまでの仕事をするなんて流石というべきだろう。
「貴公の注文した素材を揃えるのには苦労した。かなり高い買い物になった」
「まぁね~。まぁ、でも杖は魔法使いの『第三の腕』ですから? 市販の物じゃ味気ないよ。やっぱり、オーダーメイドじゃないと」
「……そういうものなのか。しかし、この杖だけで家が一軒建ってしまう。私の記憶が正しければ、ノカ、貴公の世界で一軒家を建てようとすれば数千万“エン”掛かるはずだ」
「――――――はいぃぃッ!?!?」
シラナミさんの何気ない説明を部屋の隅で聞いていた山形さんがその金額を聞いて声にならない悲鳴を上げて卒倒しかける。
「ちょ、ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょっと!! 数千万!? この『杖』が数千万!? なにそれアンタ! どういうことなの!?」
驚きのあまりニンゲンの進化の証である二足歩行を忘れ、ゴ○ブリような四足歩行スタイルで山形さんは私の胸ぐらを掴みにかかる。
さすがの彼女もイケメン<金額、だったようでシラナミさんの前でも容赦なく素の声を出して私の胸ぐらを掴んだまま凄まじい勢いで揺らす。
「あんた、これ、数千万円って……! そんな、大金どっから用意したのよ!? あんた、まさか……犯罪を――」
「してないしてない! してませんよ!! これは私が“縁”の皆さんが大会優勝とギルド加入をお祝いしてくれて作ってくれたんです!」
「そうなのね……。わかったわ! ちゃんと罪を償ってくるのよ」
「山形さん、私の説明一ミリも理解してませんね。だ〜か〜ら! これは……!!」
もう一度、説明しようと声を張り上げた瞬間、シラナミさんが無駄のない動作で私と山形さんの間に入った。
突然、現れたイケメンに混乱していた山形さんは少しだけ正気を取り戻したが、その目にはまだ動揺が蠢いている。
「――失礼、貴女が“ヤマガタ女史”か?」
「えっ、あ、はい……。私が、山形 恵美です」
「そうか。先程は私の失言で貴女を混乱させてしまったことを謝罪しよう。だが、どうか落ち着いてきいてほしい。ノカの言っていることは真実であり、私が証人となろう」
「…………はい」
混乱したいた耳に力強く優しいシラナミさんの声がよく効いたのか、山形さんは頬を赤らめてこくんと頷いた。
アラサーをバカにしているわけではないが、三十間近の知り合いが初恋のJKみたいな反応をするのは正直、鳥肌が立つ。
しかし、そんなことは気にならないのか、彼は彼女に柔らかい笑みを浮かべてさらに続ける。
「まだ納得ができないと言うのであれば後ほど私が事情を詳しく説明しよう。それに、貴女ともぜひ話してみたいと思っていた」
「えっ!? わ、私と!? そ、そんな……で、でも、そうですね。はぃ……よろしければ、お話を……」
「了解した。だが、まずはその髪をしっかりと乾かしてくるといい。“髪は女の命”……だったか、貴女の持つ美しい黒髪が杜撰な手入れで傷つくのは勿体無い。なにより、そのままでは貴女が風邪を引いてしまう」
「…………はい」
私のいた世界では甘すぎて吐き気がするような台詞をぶつけられた山形さんは耳まで真っ赤にして静かに頷いた。
そして、トボトボ扉まで歩いていき「じゃあ、また、あとで……」と言い残して部屋を去っていった。
彼女が部屋を去ったあと、私はシラナミさんの脇腹を肘で突いてからかう。
「シラナミさん、女性の扱い上手いですねぇ〜」
「――――んんッ!」
私に顔を覗き込まれたシラナミさんは仏頂面を微かに赤くして不器用な咳払いをした。
…………あれ? いやいやウソでしょ?! だって、アレって『方便』でしょ!? つーか、冗談でしょ!?
確認、というか、すがりつくような思いで再び彼の顔を見つめる。
すると、彼は私の視線に気付き目を照れくさそうにサッと逸らす。
「……………………………………一目惚れ、だ」
うそだろ、おい…………。
〜乃香の一言レポート〜
CAN YOU CELEBRATE!?
次回の更新は10/17(水)です。




