第五十四話 アカガネノカギ ①
新たなキャラクターが一気に登場します!
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結局、機械の組み立ては次の日の早朝にまで及んだ。
最後のネジを留め、動作確認を終えた私は糸が切れた人形のように床にむかって仰向けに倒れ込む。
「――おわっっったぁあああ~!!」
「床で寝るんじゃねぇ」
「眠い、むり……ベッドまで運んで」
「はぁ? お前なぁ~」
床に倒れた瞬間、身体と瞼が一気に重くなり口を開くのも億劫になる。
夜通し作業を手伝ってくれた契約精霊の呆れた声にも返答することすら面倒になり「よろしく……」とだけ呟いて瞼を閉じる。
「はぁぁ……まったく。時間になったら起こすからな」
「う……ん…………よろ、し――」
意識が睡魔に飲み込まれる寸前、ため息と共に燃え盛る炎のような皮膚に覆われた筋骨隆々の逞しい腕が伸びて私を軽々と持ち上げる。
その腕の温かさと安心感に包まれた私はそのまま目を閉じて気絶するように眠りに就いた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
――――ノカ、起きろ。
どれくらい時間がたったのだろう。
一瞬だった気もするし、長い時間が経った気もするし……とにかく、自分が寝ていた時間が分からなくなるくらい深い眠りだった。
眠りが深かったおかげで目覚めはいくらか快適、まだ少し寝足りない気もするがまた徹夜さえしなければ今日一日くらいは十分に動ける。
「んっ……ふぁあああ~。おはよ」
脳裏に響く声で私は意識を覚醒させた。
どうやら、優秀な私の契約精霊はちゃんと目的地である私の寝室のベッドまで運んでくれたようである。しかもモーニングコールまでしてくれるこの有能っぷり。
――――予定時刻の一時間前だ。さっさと風呂に入って着替えろ。くせぇと嫌われっぞ。
「わかってるよ~。って、うわ、ほんとだ……汗くさ」
昨日から着替えていないシャツの襟を少し引っ張ってみると――うーん、これはマズい。
ベッドから出て大きく伸びをすると、衣装ケースから着替えを一式引っ張り出して浴場に向かう。
今日はカルルス=げんき村にとって大事な日だ。
『ノカノミクス』――その一本目の施策を実行するときがきたのだ。
「気合入れていかなとね……よし! がんばろう!!」
――――ま、せいぜい勝手に頑張れ。オレは寝る。
「うん、ありがとね。うっちー」
契約精霊のうっちーに礼を言うと、無言の返答とともに私をずっと見ていた視線が消える。
いつか村のみんなにも私の契約した精霊の“うっちー”を紹介してあげないとなぁ~。
彼は修業期間中、私に魔法を教えてくれたり、身の回りの世話をしてもらったりとまるで兄のような存在で、ぶっきらぼうで少し口は悪いがとっても頼りになる私の“おにいちゃん”なのだ。
「さてと、おふっろ♪ おふっろ♪ おふろがまっている~♪」
私はスキップで浴場に直行して、昨日までの疲れと汗を流した。
予定時刻の一時間前ということもあり、長風呂はしてられないので身体を入念に洗うことくらいしかできないが贅沢もいってられない。
さすがに自分から言い出した施策の一発目から遅刻なんて目も当てられない……。
――ということで、入浴シーンは全部カットさせていただきます。今日はいろいろと“巻き”でいかないといけないので! 期待に添えず申し訳ございません!!
「…………これで、よし。よっしゃ! 十分前にスタンバイ完了! 最終動作チェック……問題ナシ!! ふぅ~、あとは待つだけだわ」
最終チェックを終えた私は村長質の皮張りの椅子にどっかりと腰掛ける。
いや~、いいもんだ。この『私専用』って感じの椅子の座り心地は……。
そして、その椅子とデスクの前には天井に届きそうなほど巨大な機械が堂々と設置されており、私を見下ろしている。
電球とコイルを組み合わせたような柱が二対並び、その上を様々なモニター画面が配置された太い棒状のパーツが橋のように二つの柱を繋いでいる。ちょうど、古い日本家屋の表門をSF風にアレンジしたような感じだ。
さらにこの機械、床から天井まで五メートルはあろうかというこの村長室の天井ギリギリの高さもある。
だが、大きいのは背丈だけでなくその面積も『みんなの広場』に次いで広いこの部屋の半分以上を占めている。
「うーん、この大きさも今後の課題ね……。あとは組み立てるときにいろいろと不便があったからそこも報告して……」
と、“縁”に報告すべきいくつかの問題をまとめたところで、部屋に置かれた機械とは別にデスクの上に置かれたキーボードとモニターに『着信アリ』の表示と呼び出し音が流れてくる。
お、きたか……。応答のボタンを押すと画面に尖った耳を生やした猫のような女の子が現れる。
「――おぉ! 映った映った。えーと、こちらネリー=ブライト。こちらはネリー=ブライトです。アイチ ニョカ――あぁ、じゃニャかった……。ノカさん、きこえてますか?」
少し舌足らずなコロコロした声で喋る目の前の猫っぽい女の子……というか獣人は私が試験会場で知り合ったケット・シーの新聞記者、名前をネリー=ブライトという。
彼女は現在、この村から海を超えた遙か南方の都市にある新聞社から私と通信しているのだ。
「こちら愛知 乃香。感度良好、聞こえるわ。久しぶり、ネリー元気にしてた?」
「はいっ! あれから仕事がひっきりなしですニャ! 世の中の流れも少しづつ変わってるみたいで今度、政府から獣人の社会的地位を見直す法案が出るそうです」
「それは良いことを聞いたわ。あ、でもゴメンね。忙しいところ呼び出しちゃって……」
「ニャにを言うんですか! ワタシの恩人、ノカさんの役に立てるならこれ以上に名誉な仕事はありません!!」
他の仕事なんてポイッですよ、とモニター越しでネリーは弾けるような笑顔を浮かべる。
一級魔導師試験の会場で出会ったときは捨て猫みたいに諦めた笑い方しかできなかったのに……。本当によかった。
――って、いかんいかん! 泣きそうになっとる泣きそうになっとる。
目頭が熱くなるのをこらえて私は仕事モードに切り換える。
「それじゃあ、さっそくだけど“縁”の本部に繋いでくれるかしら?」
「はいニャ! もうエニシの方とは連絡をとってあるのですぐにでも繋げますニャ」
「さっすが! 仕事がはやいわね!!」
「ニャへへヘ……照れますニャ〜」
ネリーが耳の後ろをポリポリと掻きながら照れくさそうに笑う。
そして、彼女はすぐに真剣な顔に戻るとキーボードを操作して映像を切り替える。
十秒ほど画面が真っ暗になり、映像が回復すると今度は堅物そうな短髪の眼鏡のよく似合う好青年が映る。
「こちら愛知 乃香。映ってますか〜?」
「――こちら縁本部のシラナミ。乃香、映像を受信した。音声に若干のタイムラグがあるが会話に支障はない」
「了解です。シラナミさん、やっほー! 久しぶり〜! 元気にしてた?」
「あぁ、乃香こそ変わりなさそうで何よりだ」
シラナミと名乗った青年は静かに微笑んで頷いた。
彼の名はシラナミ=カイジョー、一級魔導師試験の決勝戦を戦った相手だ。
元々、彼は貴族の護衛していたが試験の折に主人のもとを離れ、かつて志した『正義の味方』になるために縁に加入し現在は様々な紛争地帯に渡り人々を助けている活動をしている。
ちなみに彼がもう一度戦え、と言ってきたらお金を払ってでもお断りするつもりである。
「では、さっそく始めよう。乃香、“カギ”の準備はいいか?」
「もちろん。……でも、本当にいいの? まだコレは試験段階でどんな危険があるかわからないのに」
「私が判断し、決定したことだ。それに、彼の英雄と一度会ってみたい」
「まぁ、シラナミさんの憧れだしねぇ〜」
私が苦笑すると、シラナミさんは真顔で頷いた。
こうなった彼は梃子でも意見を変えないだろうからああだこうだ言うのは野暮だろう。
「りょーかい。じゃ、手はず通りにいくよ。ネリー、準備して! 転送準備!!」
「了解ですニャ!」
姿は見えないが音声のみのネリーが元気よく答える。
三十秒もしないうちに『転送準備完了』の表示がモニターに表示される。
「シラナミさん、“カギ”の準備を――」
「できている。いつでも転送してくれ」
「了解。じゃ、いきますかね……」
私は胸元からカシンさんが持っている『銀の鍵』と形状がよく似た赤茶色の鍵を取り出す。
そして、その鍵を二対の柱の右側にある鍵穴に差し込んだ。すると、二つの柱から青黒い光が激しく放出され、轟音が部屋に響く。
さぁ、始めよう。これが八坂 カシンの『銀の鍵』を縁の皆と解析し、作り上げた転送システム。その名を――――、
「“アカガネノカギ”起動!」
〜乃香の一言レポート〜
ワンコ(ロリ)派かニャンコ(ロリ)派……あなたはどっち派?




