第五十話 どっちが本物!? 舎弟対決!!
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なぎ倒された木々、抉られた地面、そこに転がる少女と少年…………と、頭蓋骨。
それが今、私の眼前の光景だ。
事情を知らない人間がこの光景をみれば悲鳴を上げていただろう。
事情を知っている私ですら思わず――
「――なんで……? どうして?」
と、肩を落とすのだから。
それは、私が村に帰ってきた日の夕方のこと――“事件”は起きた。
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カルルス=げんき村のみんなへの挨拶はほぼ全員済んだ。
若干、二名ほどまだ挨拶できていない人がいるが、勲おじいちゃんはどうやら風邪で体調を崩したらしく療養中とのこと、サチちゃんは異界化している屋敷の結界を無理矢理こじ開けて挨拶に行こうとしたらフツーに怒られて面会謝絶となってしまった……。
しかし、私にはまだ「ただいま」を言っていない人たちがいる。
そう、この世界で知り合って、仲良くなったのはなにも人間だけじゃない。
「――あ・ね・ごぉおおおおおおおッ!!」
歓喜の声を張り上げながら満面の笑みで私の胸に赤い髪の少女――もとい、男の娘飛び込んできた。
笛を吹けばすぐにやって来る、三ヶ月たっても彼らは忘れずに来てくれた。
「細田さん! ただいま〜!!」
細田さんは私が修行に出る前に知り合い、そして(勝手に)舎弟になった“ゴブリン”の三人組。
村に来るときは本来の姿ではなく、変身魔法を用いて人間の姿である。
今、私の胸に飛び込んできたのは赤い髪の男の娘『A』、その後ろから本を読みながらやって来たメガネの似合う黒髪ロング&ジト目の『B』、金髪の少し眠そうな雰囲気を醸し出すゆるふわ系不思議ちゃん『C』。
「おかえりなさい、姉御。一日千秋の想いでお待ちしておりました。……姉御、その髪は?」
「あぁ、うん。これは、ちょっと修行のときにね。それより、またみんなに会えて嬉しいよぉ――――って、ん? スンスン……スンスン」
Aを抱きしめたとき、ほんのりと白桃のような甘くて良い香りが鼻腔をくすぐった。
あぁ、これは……アレだ! うん、そうそう! アレだよ!! “女の子の匂い”だ。
男子共にはない女子特有のシャンプーのええ匂いがAからする。
ということは私とお風呂に入ったあとも誰かと一緒にお風呂に入っている可能性があるということ…………誰だろうね(殺)?
「あぁ、気づきました? 最近じゃ、よくこの村の人間と風呂に入ってるんですよ。たしか……“ビアンカ”って名前でした」
「ビアンカさんね! そっかそっか!」
ビアンカさんかぁ……ならばよし! アランさんだったらぶっ殺――――。
おっと、いかんいかん、殺気を出しかけた。
気を取り直して、まだAを抱きしめていたいが、そろそろ本題に入らねばならない。
キョトンとしているAを地面に降ろして、私は軽く咳払いをする。
今日、細田さんたちを呼び出したのは再会の挨拶をするためだけじゃなく、もう一つ……会わせたい人たちがいるのだ。
「姉御、ところで今日はどういったご要件で?」
「あぁ、うん。今日はね、細田さんたちに会ってもらいたい人たちがいるんだ」
「会ってもらいたい人? それはいったい?」
Bが読んでいた本から目を離して軽く首を傾げる。
彼女の目には明らかな警戒の色が浮かんでいる。まぁ、仕方のないことか……。
彼女の警戒心の高さは三人の中では随一だ。
なら、口であれこれと説明するより実際に会ってもらったほうが早い。“百聞は一見に如かず”というからね。
「来なさい、いたずら妖精」
私は手を三回叩いて、いたずら妖精たちをを呼び出す。
手を叩けば煙と共にすぐに来てくれる私の頼れる使い魔たち。そう、会わせたい人たちとは彼らのことだ。
アラジン、シェヘラザード、ジュムジュマの『いたずら妖精』、A、B、Cの『細田さんズ』、三人組というキャラが被っているので、同じ三人組同士で仲良くしてもらおうと顔合わせ会を開いたのだ。
いたずら妖精のリーダーであるジュムジュマが落ち窪んだ眼の奥に真紅の光を灯しながら歯並びのきれいな口を開く。
「我ら、いたずら妖精参上いたしました。ノカ様、ご命令を――」
「うん、ごくろうさま。いつもすぐに来てくれて、ありがとね」
「なにをおっしゃいますか、我らはノカ様をお守りするのが使命です。おや? そちらの方々は……人間の姿をしていますが“ゴブリン”のようですね。ノカ様、彼らを殲滅すればよろしいのですね」
「……はい? いや、違うん――」
登場早々、物騒なことを口にするジュムジュマを諫めようと事情を説明しようとするも時すでに遅し、喧嘩っ早いAが敵意むき出しで「おいっ!」と啖呵を切る。
しかし、細田さんたちは宙に浮かぶ人の骸骨を見て驚きもしなかったが、この世界にはジュムジュマのようなモンスターがいるのだろうか? あ、あれかスケルトンか! たしかにアレを見たことあるならジュムジュマくらい――――って今は、それどころじゃなかった! なんかいきなりバチバチな雰囲気をなんとかしないとっ!!
「そこの“スケルトンもどき”。殲滅だぁ? いきなり何言ってんだ、てめぇ……」
「おや? 人語が話せるとはゴブリンにしては頭が良いのですね。しかし、その粗暴な言葉遣い……やはり言葉が話せても所詮、獣は獣。そんな程度の知能で我が主を騙そうなどとは実に浅ましい」
「んだとっ!? てめぇ、やっちまうぞ!!」
「――まて、A。冷静になれ」
ジュムジュマの挑発に怒髪天になったAが攻撃しようと魔法陣を展開しかけたところをBが腕を出して制する。
あぁ、よかった……。Bは冷静でいてくれ――
「舌も声帯もないのによく喋るのだなぁ、しゃれこうべ。なにやら難しい言葉を使っているようだが、自分の知識を相手に見せびらかして優位を得ようなど愚か者の行いだ。そら、空っぽの頭によく響くようにカンタンなことばを使ってやったぞ」
「これはこれは、ご親切にどうも……。その本は見せかけと思いましたが、どうやらなかなか理知的なようだ。しかし、真に“理知的”というのであれば、たかがゴブリン風情が我が主にして偉大なる魔神の頭目、その使いに大口を叩くのは賢明ではありませんね。まるで状況がわかってない」
「ふん、『虎の威を借りる狐』とはまさに貴様に似合いの言葉だ。ここで、私たちにやられた後、その偉大なるご主人サマに泣きつくがいいさ」
って、全然、冷静じゃねぇえええええ!!
それどころか、Aに加勢してジュムジュマに挑発をしかけてるよ。
これはまずい。非常にまずい! あのプライドの高いジュムジュマをこれ以上刺激するのは……。
「下級モンスターごときが…………いいでしょう。今、ここで、格の違いを見せてあげましょう――」
ジュムジュマの下顎が大きく外れ、大気を振動させるほどの並外れた魔力をその口腔に集中させる。
まずい……っ! あの威力は岩を破壊したときの五倍はあるぞ!? 冷静なようにみえて彼もすっかり頭に血が上ってるようだった…………“骨”だけど。
「ちょっと、ちょっと! ジュムジュマ、暴力はダメだよ!!」
「はっ! し、失礼いたしました。つい、熱くなってしまい……。しかし、ノカ様、奴らは危険です。人語を話せるゴブリンなど人間を騙そうとしているに決まっています。ここで、殲滅すべきかと!」
「いや、だから、この娘たちは私の――」
「てめぇ、オレたちは姐御の舎弟だ。姐御をダマすわけねーだろ!!」
熱くなったAがジュムジュマに向かって激昂する。
顔合わせ会の雰囲気が一気に険悪になる。いたずら妖精たちは臨戦態勢に入ってるし、細田さんたちも攻撃魔法の魔法陣を展開している。
「だ・か・ら! すとぉぉぉぉぉぷっ!!」
バチバチに火花を散らす両者の間に入って思いっきり声を張り上げる。
そこでようやく、ジュムジュマは口を閉ざし、細田さんも魔法陣を収めた。
「姐御、止めないでください!」
「ノカ様、どうか今だけは……」
「だーっ、もう! いつまでもそうやっていがみ合ってたら埒が明かないでしょ! ちゃんと冷静になって話し合いなさい。種族がどうとか、どっちが上とかナシにしてっ!!」
「…………」
「…………」
細田さんズといたずら妖精たちは互いに向き合って、しばらく沈黙する。
どうやら、両者ともヒートアップした熱を冷ましているようだ。
そして、先に口を開いたのはジュムジュマのほうだった。
「先ほどは、名乗りもせずに攻撃を仕掛けようとしてしまいました。私、偉大なる魔神の頭目の使い魔にして、ノカ様をお守りする命を預かった『いたずら妖精』のリーダーを務めております、ジュムジュマと申します」
「なるほどな、アンタらの事情は分かった。オレたちは姐御の舎弟で“細田”だ」
「舎弟……つまりは弟分ということですか? ということは、あなた方もノカ様の傍に控えるのが使命というわけですか?」
「……あぁ」
ジュムジュマの問いかけにAが神妙な顔をして頷く。
別にそんな使命を与えた覚えはないんだけど……と、ツッコめる空気じゃないので私は黙って二人のやりとりを見守る。
どうやら、さっきのような喧嘩に発展するような感じではないし、互いの立場を理解、納得して穏便に事が済めば……。
「では、そういうことでしたら、決めるしかありませんね」
「あぁ、そうだな」
「…………?」
細田さんズと、いたずら妖精たちが何かを決意した目つきで互いを見据える。
どうやら両者、何かの決着をつけたようだけど……でも、なんだろう? 嫌な予感がする。
「「――――どちらが本当に姐御の隣に相応しいかをっ!!」」
結論:どっちが私の傍に相応しいかを決める対決することになりました。
~乃香の一言レポート~
えっ? Cが喋ってない? あぁ、そういえば、アラジンとシェヘラザードと一緒に麦チョコ食べてて会話に参加してなかったんですよ。
美味しいですよね、麦チョコ。
次回の更新は9月5日(水)です。
どうぞ、お楽しみ!!




