第四十七話 帰ってきた、愛知 乃香 ③
呪文考えるのって大変ですね……。
*
長い旅路を終えたかと思えば、岩の障害物でお出迎え、やっと村に戻ったかと思えば、相方の村長から面倒ごとを押し付けられてタッチ&ゴー……嗚呼、私はいつになったら帰れるのでしょう。
とはいえ、私の村に襲おうとする不届き者を「疲れたから」なんて理由で見過ごすわけにもいかない。
それに、こんな場面で村に戻って呑気にお茶を啜っていては何のために三か月間も村から離れた意味がない。
「――了解」
私は頷いて目を開けると、龍脈から魔力を引き出して身体を循環させる。
いつもなら、使い魔の『いたずら妖精』たちを出撃させるのだが、先ほど休めと言った手前、また呼び出すのは申し訳ない。
それに、あの子たちの親玉でもある私の契約精霊はまだ寝てるだろうし、無理に起こすと機嫌が悪くなって後々、面倒なことになる。
なので、しゃーなし……。
私が直々にぶっ飛ばしに行ってやろうじゃありませんか!!
「――あ、そうだ。ベリー村長、マリアちゃん、もう少し横に動いてくれませんか?」
「横、ですか? わかりました」
「はい、私の真後ろにいると巻き込まれちゃんうんで」
「巻き込む?」
ベリー村長とマリアちゃんは首を傾げながら道の脇に移動する。
二人が私の直線上から完全に外れたところで踵を返して村の外の方を見る。
岩のあった場所はここから馬車で五分ほどの道のりだ。
……うん。これなら三歩でいけるね。
「地に舞い・空を踏み・海を跨ぐ――」
私は膝を曲げて片膝を地面に置き、両手を地面に着ける――いわゆる、『クラウチングスタート』の体勢になる。
そして、龍脈から引き出した魔力を“風”の属性へと変換する。魔力より作り出された“風”たちは塵を巻き上げ小さな渦となる。
そんな縦横無尽に動き回り、まるで統率の取れていない“風”たちを一つに束ね、自分の脚へと集中させる。
一つ一つの風の渦は地面の塵を巻き上げる程度の威力しかないが、それらが何十も何百も束ねられれば大きなものを動かす力となる。
例えば……そう、人間一人を吹き飛ばせるくらいには――。
「“風よ、私を運べ”!」
スタートダッシュと共に私の身体は進行方向に凄まじい勢いで吹き飛ばされる。
周りの景色から輪郭が失われ、自然林にしてはやけに整然と立ち並んでいた木々が緑の絵の具をグチャグチャに混ぜにしたような塊に見えたところで一歩目の左足が地面に着く。
ふと、後ろを見ればカルルス村の門が豆粒のようになっている。
そう、スタートからここまでの数百メートル、私は一歩で来たのだ。
「それ! もう一歩っと!」
再び、左足に風を集めて地面を蹴る。
すると、さらに数百メートル進んだ地点に右足が着く。
この魔法、“風よ、私を運べ”は圧縮した魔力を風に変えて、その風圧で対象を吹き飛ばす。
簡単にいうなら、魔法でつくった人間射出機――カタパルトというやつだ。
「よいしょ――っと!」
三歩目を踏み出したところで、私の視界の先に妙な集団が見えてきた。どうやら、岩のところまで来ていたようだ。
ちなみに……さっき村を出る前に呪文っぽいこと言ってましたが、アレ実はいらないんです〜。
本当は、この魔法を発動するのに呪文なんて必要ない。
『まったく・小学生は・最高だぜ!』でも発動はできるし、なんなら無言でも無問題。
だが、私も今や立派な一級魔導師、ベリー村長やマリアちゃんの前でカッコいいとこみせたくて見栄を張ったというわけである。
まぁ、元々この“風よ、私を運べ”っていう名前も私の契約精霊が中二病こじらせて勝手につけたものなので、魔法なんて案外テキトーなものである。
「……三歩、ぴったりで到着っと。さ〜て、私の村を襲おうとしたバカ共を追い払ってマリアちゃんと一緒にお風呂に入りますか――――」
予定通り、三歩で岩があった場所に戻ってきた。そして、目の前には例の“リザード”に乗ったトゲトゲした服装の世紀末な集団が一頭につき二人、それが十五頭。人間が三十人、リザードが十五頭――けっこうな団体サマだ。
とはいえ、仕事は仕事。相手が一頭だろうと百頭だろうと丁重に追い返さなければならない。
なので、こんな面倒ごとはさっさと片づけて、一刻も早く旅の疲れをお風呂で癒して、不足している“マリアちゃん”を補給したい。
こんなところで侵入者を相手に使ってる時間は一分でも一秒でも短くしなければ。一頭ごとに相手するのは面倒だ、まとめてやるか……。
「――姐さんっ! 姐さんじゃありませんか!!」
私が侵入者どもを追い返そうと魔力を引き出したそのとき、リザード軍団の一人から粗暴だがやたらと嬉しそうな声が上がる。
まるで、会いたがっていた人にようやく会えたようなその声に私は聞き覚えがあった。
この声、もしかして――。
「おめぇら! どうしてここにッ!?」
目の前のリザード軍団の一人の顔を見て私は素っ頓狂な驚きの声を上げる。
ようやく気づいたか、と言わんばかりにモヒカンヘッドの男が笑顔を浮かべてリザードから飛び降りて、私のほうへ駆け寄ってくる。
モヒカン男を筆頭に次々と世紀末な奴らがリザードから降りて私の前に整列していく。
十五人の二列で私を取り囲むように並んだむさ苦しい男たちは一斉に両膝に手をついて頭を下げた。
「「「「「姐さん、お疲れ様ですっ!!!」」」」」
この世紀末な奴らは元山賊の連中で、おバカなことに修行中の私達に襲いかかりフルボッコにされた(主にカシンさんに)。
その後、機嫌が良かったカシンさんの更生プログラムにより現在はサーカスやショーに登場する魔獣たちを調教する“魔獣トレーナー”になり立派なカタギとして生きている。
「おう。久しぶりだな。ところで、こんな片田舎の道の真ん中で何してんだよ。仕事はどうした? サボってんのか?」
「いいえ。今、この近くに移動サーカスが来てまして、そこでこのリザードたちの調教を依頼されたんです。で、ちょうど姐さんの村が近いってんで挨拶をと」
なるほど、これで合点がいった。
村近くに現れた不審者とは、私に挨拶しに来たこいつらのことで間違いない。
マリアちゃんの報告と奴らの話から彼らは連日に渡って私の村を訪問していたようだ。
おそらく、今の格好と髪型で……。
「ですが、村の人たちがなかなか姐さんに会わせてくれなくて……。しまいには道の真ん中に大岩を置かれる始末ですよ。ヒドくないですか!?」
「なにがヒドいだ。当然だよバカ。あのなぁ、一般人はそんな格好でそんな髪型した人達のことをフレンドリーな連中って思いません」
「えぇ!? でも、この格好でショーの受け付けすると子ども達にはウケがいいんですよ」
「アホ。そりゃ、“ショー”だからだろ。まったく、そんな格好で村に来るやつがあるか…………はぁ、まぁ、とにかく村のみんなには誤解を解いてもらわねぇとな。ほら、とりあえず今から謝りに行くぞ」
えぇ〜!? なんでオレたちが!? と文句を垂れるモヒカンに「ばかやろう」と頭を叩いてリザードに乗せる。
引っ叩かれたモヒカンに続いて他の連中もリザードに乗り、私もモヒカンの後ろに乗り込んだ。
とりあえず、私がリザードに乗っていることをみせておけばベリー村長たちの警戒もある程度は解けるだろう。
あとは、私の説明と彼らの誠意次第だ――。
「ったく、こっちは村に帰ってからやること山積みだってのに……余計な仕事増やしやがって」
「エヘヘ、すいません。姐さん」
「ヘラヘラしてんじゃねぇ! ワタシだって暇じゃねーんたぞ!!」
「あいたっ!! ご、ごめんなさいぃ……」
モヒカンの後頭部をもう一発叩いたあと、先頭のリザードに乗った私は後続の連中に合図を送る。
十五頭のリザードの行列がいっせいにカルルス村の門めがけて歩きだした。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
――結果として、ベリー村長たちの彼らへの誤解は解けました。
門に近づいてきたリザード軍の先頭に私が乗っていることを『乃香村長が拉致されて、人質にされている』と勘違いしたベリー村長が怒って臨戦態勢に入ったときはヒヤヒヤしたが、カクタンの手伝いもあってどうにか彼らを説得することに成功した。
「そうでしたか。この方たちは乃香村長のお知り合いだったのですね……」
「身内の者たちが村のみんなに迷惑をかけました。本当に申し訳ありませんでした」
私は整列したリザード軍団の前に出てベリー村長とマリアちゃんに改めて頭を下げた。
知らなかったとはいえ、身内が起こした不祥事なのだ。きっちり筋は通さなければならない。
まさか、「ただいま!」と言うまえに「ごめんなさい!」と言うことになるとは……トホホ。
「そ、そんな! 頭を上げてください。この人達も悪気があったわけではないんですし……」
「いえ、理由はどうあれ村のみんなに恐怖を与えてしまったことは事実です。償いはさせてもらいます」
「償いだなんてそんな大げさな。ちょっとしたすれ違いじゃないですか、なにもそんな……」
「まぁ、たしかに『償い』は大げさだったかもです。『お詫び』として畑の仕事をこいつらと一緒にお手伝いさせてもらえないでしょうか?」
『償い』という言葉をきいて少し心配そうな顔をしていたベリー村長の顔がキョトンと間の抜けた表情になる。
この人は落ち着いているように見えて表情は結構忙しない。そういうところが、言動とギャップがあって面白い。
「そ、そういうことでしたか! いや~、びっくりした。償いなんていうものですから、僕はてっきり乃香村長が体罰でもするのではないかと……」
「そんなことしませんよ~。ま、とにかく畑仕事くらいで勘弁してやってください。 ――おい! おめぇらもそれでいいな!」
後ろにいたモヒカンたちも一斉にうなずいて了解の意を示す。
おバカちゃんな奴らだが素直なところは実に可愛らしい。それに、どんな些細なことでもお詫びの一つでもしなければ、私もこいつらも納得はしないので『畑仕事』は実に合理的な償いといえる。
「わかりました。そういうことでしたら、お願いします。ゴーレム……いえ、岩田さんたちにも休息を与えないとですしね」
「ありがとうございます。ベリー村長」
「――あぁ、そうだ。乃香村長、一つ言い忘れていました」
「……? なんですか?」
首をかしげる私にベリー村長はそっと近づいて柔らかい笑みを浮かべて――――、
「おかえりなさい。乃香村長」
と、三か月前と変わらない声で私に告げた。
その懐かしくて、温かい言葉に胸が彼への、みんなの想いでいっぱいになる。
寂しくない日なんて一日たりともなかった。何度も帰りたいと思った。でも、諦めたら一生後悔すると、弱い自分を押し殺して今日まで走って、そしてやり遂げた。
言いたいことは山ほどある。でも、その前に、何よりも先に――この言葉をあなたに言いたかった。
「ただいまです。ベリー村長」
~乃香の一言レポート~
残念ながら魔法少女に変身する魔法も、アラサーをロリっ娘に変える魔法も習得はできませんでした……。
私は、悔しいッ!!
次回の更新は8月15日(水)です。
どうぞお楽しみに!!




