第四十五話 帰ってきた愛知 乃香
二章開幕です!
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――――すぅ。
肺一杯にこの世界の空気を思いっきり息を吸い込む。
全身の血管を伝って、身体のなかを懐かしさが走り抜ける。
あぁ、そうだ。この匂いだ。この世界の匂いだ。
海外から日本に帰ってきた人たちが時々言うらしい、日本には日本の空気の『匂い』があると。
なにをバカなことを言ってるんだが……と、海外に行ったことのない私は鼻で笑っていたが、海外どころか別世界に行っていた私はその言葉に強い共感を覚える。
「……ふぅぅぅぅぅ」
そして、身体のなかにあった他の世界の空気を鼻から追い出して、初めて「帰ってきた」という実感を得る。
やっぱり地元(世界)が一番ですよ♪ 地元最高! わたくし、愛知 乃香は地元愛に満たされております!!
――――と、素直に喜べたらよかったのですが……。
「…………」
私は目の前に堂々と鎮座する影を見上げて言葉を失っていた。
呆然とする目線の先、私の行く手を阻むように巨大な岩が道の上に置かれていました。
出発の時、不安だった私の背中を押してくれた優しいみんな、彼らの顔を思い描きながら意気揚々と帰ってきたその道の上にまるで、「帰ってくるな! ば~か! ば~か!!」と重さ何トンもありそうな巨大な岩を置いて全力で私の帰還を拒むこの仕打ち。
あの、これ……、
「なんのイジメですかぁあああああああああ!?!?」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
合宿、そして一級魔導師試験を終えて三か月ぶりにカルルス=げんき村に帰るため街道を走っていた私の行く手を阻むように道を上に置かれた巨大な岩。
土砂崩れのように大小さまざまな大きさ岩石が道を塞いでるわけではなく、明らかな一枚岩が道を塞いでいるところをみると、これが自然に発生したものでなく人為的に置かれたもの。
つまり“誰かさん”の明確な悪意がこの岩に込められている。
「さて、まいったな~。こりゃ……」
頭を掻いて、目の前の岩に向かってため息を吐く。
徒歩でくれば岩を迂回して街道沿いの森を抜ければいいのだが、今はそういうわけにはいかない。
なにせ、私は今、馬車に乗っているのだ。もちろん、御者としてね。
しかも荷台には貴重品が山のように積んである。この馬車で森を抜けるのは無理だろう。
しかし、カルルス=げんき村へと繋がる道はこの街道一本しかない。
「――やっぱり、“正面突破”しかないな」
私は御者台から飛び降りると岩の前に立った。
そして、今、この岩に立ったことで分かったことが一つある。
この岩はかつてベリー村長が魔法で砕き割った岩と大きさがよく似ている。
あぁ、なるほど。そういうことか……。
「――『挑戦状』ってわけですね」
ごつごつした岩の表面にあの人の顔が浮かんだ気がして私は思わず口角を上げてしまう。
試しているのだ、このクソ邪魔な岩を置いた人物は単に嫌がらせをしたかったわけじゃない。
これは『魔法使い』として帰ってきた私への最終試験――。
「わかりましたよ。なら、見せてあげましょう…………来なさい! 『いたずら妖精』!!」
私はその場で三回、手を叩いた。
すると、どこからともなく一匹の妖精が煙と共に現れる。
大きさは四十センチほどの男の子。
頭にターバンを巻き、裸に紺色のチョッキ、白のアラジンというアラビアンな服装にで背中からはトンボの翅を少し鋭くしたような羽が四枚生えている。
手には擬人化した虫歯菌がよく持っている黒い三又の『槍』を手にしている。
顔はまるでデフォルメされたかのように黒く塗りつぶされた目に、ピンク色の楕円で表現された頬、『へ』の字に曲がった口がいかにも反抗期の子供のようだった。事実、こいつはかなり反抗的だ。
「“アラジン”。あんた、今回はちゃんと言うことをききなさいよ」
「――――ッ!」
アラジンはちっちゃいピンク色の下を思いっきり出して、あっかんべー! と反抗する。このクソガキにはいつかキッツいお仕置きが必要ね……。
続いて、現れたのは大きな『盾』を持った女の子の妖精だ。
オリエンタルなフェイスベールで顔を覆い、頭には月下美人の綺麗な飾りをしている。
身体とほぼ同じ大きさの銀色の盾を両手で持ち、顔と羽だけを盾から恥ずかしそうにひょっこりと出ている。
その顔は男の子と大きな違いはないが、彼と比べて肌が若干白く、まつ毛が長い、頬のピンク色の面積も大きく、少し困ったような笑みを浮かべている。
「“シェヘラザード”。来てくれてありがとう。今回もよろしくね」
「…………ッ!」
シェヘラザードは盾から出した顔をコクコクと縦に振って了解の意を示す。
この娘は見てのとおり恥ずかしがり屋で引っ込み思案であるが根はマジメで頑張り屋さん、しかもアラジンより力が強い(物理)。
「――ノカ様、お呼びしょうか」
最後に、よく通るイケボで現れたのは宙にフワフワと浮かぶ人間の頭部の骨――『頭蓋骨』だった。
他の二体がデフォルメされたような可愛らしい容姿に対して、この頭蓋骨はやたらとリアルで普通に怖い。
しかも、何が怖いって、このしゃれこうべ、燃えているのだ。
いったいどこから発火しているのか、彼(?)の周りをオレンジ色の炎がゲームのキャラクターのエフェクトのように燃え盛っている。
「“ジュムジュマ”。来てくれてありがとう」
「我ら『いたずら妖精』はあなたの忠実な下僕。来い、と言われればいつでも飛んでまいります」
「下僕だなんて、そんなに固くならないでもいいっていってるんだけどねぇ。友達じゃダメなの?」
「いえ、ノカ様の下僕としてあなたを守り抜けと“我が主”に厳命されておりますので」
ジュムジュマは頭を横に振った。
彼は性格も紳士的だし、仕事も丁寧、つまり、非常にできるガイコツなのだが少し堅物だ。骨だけに……。
「――ジュムジュマ。これを見て」
「……岩、でございますね。これがいったい?」
「これは『挑戦状』よ。私達へのね」
「――挑戦状。なるほど、であればあれを破壊すればよろしいのですね?」
さすがは、ジュムジュマは察しが良い。
そのとおり、と私が頷くと彼は少し考えるように口を閉じると、「しかし……」と続ける。
「私がこのまま、この岩を破壊しますとこの先の村に被害が出るのでは?」
「えぇ、だから“アラジン”と“シェヘラザード”にも来てもらったの」
ジュムジュマは顔を傾けて私に問う。
たしかにそのとおり、この邪魔な岩を破壊するだけなら彼一人で十分である。
しかし、このまま真正面から彼に岩を破壊させれば村にまで被害が及ぶ恐れがある。
三ヶ月ぶりに帰ってきた村を物理的に削ったなんてことになったら目も当てられない。
だからこそ、アラジンとシェヘラザードの二人も呼んだのだ。
「岩を空中で破壊するわ。塵も残さずにね」
「畏まりました。では、どのようにいたしましょう?」
「ます、アラジンに岩を突き上げてもらう。その後、シェヘラザードの盾で岩を固定。最後は、あなたの砲撃で打ち砕いてって――――二人とも聞いてた?」
私達が話し合ってる間にアラジンとシェヘラザードは二人してきゃっきゃっとじゃれ合っていた。
うん、聞いてないね……。
「こら! お前たち、ノカ様の言葉をしっかり聞かないか!!」
「――――ッ」
「…………」
「申し訳ありません、ノカ様。私の指導が行き届かないばっかりに……」
ジュムジュマの一喝に驚いたアラジンとシェヘラザードは肩をビクッと震わせるとしゅんとなって申し訳なさそうに頭を垂れる。
さすがはリーダーのジュムジュマ、まさに鶴の一声である。
とはいえ、この子達はまだまだ遊び盛りのわんぱくっ子だ。つまらない話に乗れ、というのが無理な話である。
「まぁまぁ、ジュムジュマ。そんなに強く言わなくても……」
「いけません! 彼らとて『いたずら妖精』であり、ノカ様の忠実な下僕でございます。そういう日頃の甘やかしがいざというとき、思わぬ事故につながるのです!!」
「あ、はい……。すいませんでした」
フォローしたつもりが逆にジュムジュマに怒られてしまう結果になった私はアラジンたちと一緒に頭を垂れる。
彼のお説教が一通り終わったあと、私はアラジンたちに人の話はしっかり聞くように釘を刺してから、もう一度さきの流れを二人に話した。
「――つまりはバレーボールでいうところの三段攻撃のようなものですね」
「そ、そういうこと。シェヘラザードは一ジュムジュマが砲撃に合わせて回避してね。あと、万が一、ジュムジュマが撃ち損じた岩の破片が落ちてきたときのガードも頼むわね」
「…………ッ!」
ジュムジュマの説教が効いているのか、シェヘラザードもいつもよりも激しく頷く。
アラジンのほうも問題はなさそうだ。ジュムジュマも魔力を溜めつつある。
「よし、なら……いきますかね」
私は右手を前に出して、大きく息を吸い込む。
そして、目の前の三匹の妖精たちに指示を飛ばす。
「――我が声に従い、我が声に応えよ。『いたずら妖精』よ、攻撃を開始せよッ!!」
〜乃香の一言レポート〜
今回、新たに登場した私の使い魔『いたずら妖精』たちについてサクッとおさらいしましょう!
・アラジン……アラビアンな服装で三叉の槍を持った男の子。あっかんべー、と反抗期でロクに命令を聞かない。巨乳好きで私の天敵。
・シェヘラザード……フェイスベールで顔を隠し、大きな盾を持つ女の子。シャイな性格だけど頑張り屋さん。力が強く、魔力消費が激しい。軽自動車みたいな顔してアメ車なみの燃費の持ち主。
・ジュムジュマ……『いたずら妖精』のリーダー格でゴーストラ○ダーが顔だけになったような、バーニングしゃれこうべ。紳士的だが、少し堅物で物事の『筋』を通さないと気がすまない性格。骨のくせに……。
もちろん、私のパワーアップはこれだけじゃないんですよ? お楽しみに!!
次回の更新は8月1日(水)です。
どうぞ、お楽しみに!!




