第四十三話 春の湊、別れの星空 ①
タイトル、格好つけましたwww
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その日の夜、げんき村の集会所の『みんなのひろば』で明日、合宿へと旅立つ私のために盛大な壮行会が開かれた。
カルルス村、げんき村、両村を合わせた村人が一堂に会するため、無駄に広く普段はがらんとしている『みんなのひろば』にところ狭しと人がいるのは実に違和感のある光景だった。
そして、会場に集まった百人はいようかという人々の視線を一斉に集めているのは、もちろん本日の主役こと私、愛知 乃香です。
思えば、あがり症だった私がこんなにもたくさんの人に注目されても緊張しなくなったのは間違いなく『村長』という役職がもたらした賜物だった。
さて、みんなを焦らすのはこの辺にしてそろそろ挨拶といきますか。私は手に持ったマイクの電源をオンにする。
「えぇ、みなさん。今日は、私のために集まっていただきありがとうございます。私、愛知 乃香は明日から三か月間、修行のため合宿にいきます。すでに、私の師匠の八坂 カシンさんから事情は把握しているとは思いますが……まずは村のためとはいえ三か月間も村を離れる私の身勝手を許してください」
私はマイクの電源をいったん切って、登壇のうえでみんなに頭を下げた。
カシンさんの言っていたとおり、村の人たちのほとんどが修行のため私が三か月ものあいだ村を離れることを反対するどころか、背中を押してくれた。なかには嬉々として私の背中を押すどころか、突き飛ばす人もいたくらいだ。
それでもたった一人でも反対した人がいたんだ。なら、たとえこの場にいなくても自分の身勝手を謝罪すべきである。
「なーにいってんだよ、ノカちゃん! ノカちゃんはまだ若い! 若いなら旅をしなきゃダメだぜ?」
「そうさね。元冒険者のアタシらが言うんだ。まちがいないッ!! むしろ三か月くらいアタシからいわせりゃ散歩みたいなもんだね」
「うん、そのとおりだよ。僕達のような中年が何かを始めるのはとても大変だけど、君にはまだ新しいことをはじめるチャンスもパワーもたくさんある。だから、一生懸命やってくるんだよ」
「ちょっと! “達”ってなんですか、“達”って!? 私だってまだ二十代ですぅ! パワーだって負けてないわよ!! だから、まぁ……アンタも私に負けないくらい頑張んなさいよ」
「――みんな……」
あ、ヤバい。ちょっと泣きそう。
みんなの屈託のない笑顔と背中を押してくれる言葉に私の目頭がじんわりと熱くなる。
この会場にいる、みんなは私が旅立つことを許して応援してくれる人達、と頭では理解していたけど胸のどこかに「やっぱり反対されてるんじゃ……」という不安のコブがあった。
でも、こうして顔を見て、実際に口にしてもらって初めて胸の突っ張りが取れた気がした。
「乃香ちゃん。三ヶ月間、会えなくなるのは寂しいけど、私は立派に成長した乃香ちゃんを見れるならちっとも寂しくないですよ。むしろ楽しみですねぇ。だから必ず、試験に合格なさい」
「和子おばあちゃん……。うん! 私、がんばって修行して必ず立派な魔導師になってげんき村に帰ってくるから!」
「ありゃ、みんなに言いたいことぜーんぶ、言われちまったわ。これじゃあ言うことがないのぉ」
「ううん、そんなことないよ。勝じいには勝じいにしか言えないことがあるの」
ひょうきんな口調と態度の勝じいに私は首を振って、登壇から降りて彼の元まで歩いていく。
たしかに、“がんばれ!”とか“行ってこい”とかいう応援の言葉は他のみんなからたくさんもらった。
でも、勝じいには勝じいにしか言えないことがある。私と勝じいの間には“がんばれ”も“行ってこい”もいらない。
こんな時だけしんみりなんてのも私達らしくないじゃない? だから、こう聞いてやんるんだ―――――。
「…………私ってまだ魔法『少女』でいけるかな?」
お別れムードをぶち壊す質問に勝じいは一瞬、表情を固めたがすぐに笑顔になって、
「うーん、ギリギリアウトじゃな」
と、いつものおどけた調子で返した。
アニメやマンガの趣味を共有しているからこそできる私と勝じいだけの会話。他の誰にも真似ができない私達らしい『行ってきます』の言葉――。
勝じいの返しに私はわざとらしくショボーンとした顔を作って項垂れてみせる。
「ですよねー」
「じゃな!」
私と勝じいはもう一度、顔を見合わせるとプッと吹き出して盛大に笑った。
私達のやりとりをある人は不思議そうな顔で見つめ、またある人は和やかな顔で見守る。
そして、ひとしきり笑ったあと、私は勝じいの前に拳を静かにつき出す。
「――じゃあ、いってくる」
「気ぃつけてな」
勝じいも静かに皺だらけになった優しい拳を突き出して私の小さな拳と合わせる。
なんだ、できるじゃない。マジメな挨拶……。
でも、ありがとう。こんなこと口に出して言うのはすごく恥ずかしいから胸のなかだけで言うけど…………大好きだよ!
「乃香村長、お久しぶりです。と、いってもたったの一ヶ月ですか」
「そんちょー二号! ひっさしぶり〜!!」
背後から迫ってくる足音と声に私は反射的に振り向いた。
そこには、実に一ヶ月ぶりになるベリー村長とマリアちゃんが立っていた。
ふむ……ベリー村長は変わってないな。というか一ヵ月で生じる些細な変化なんて気づくはずがない。
マリアちゃんは……身長はプラス0.64cm。体重もプラスか……だけど、脂肪による増量ではなく修行によって筋肉がついた証拠だ。
心なしか身体つきもよくなっている。顔も少し頼もしくなって少し大人にみえる。しかし、天使としてのあどけなさと思わず抱きしめたくなるような純粋な可愛さは失われていない! いや、凛々しくなった分さらに可愛くなったっといえる!!
彼女のもつ生来の可愛いさを上げつつ、凛々しさも兼ね備えてくるとは……マリアちゃん、少女としてさらなる高みへと登ったというわけか――。
「の、乃香村長?」
「――あ、はい? どうしました?」
「人を殺しそうな目つきをしてましたよ。やはり緊張しているのですか?」
「えぇ!? そんな……! すいません、覚悟は決めてたつもりだったんですが……やっぱりどこか緊張してたみたいです」
目線を落として、私は心配そうな顔をするベリー村長の顔を視界から外す。
――あ、あぶね~! マジかよ、私そんな目してたの!?
どうやら、一ヵ月間も封印されていたロリコンの血は私を変質者どころか犯罪者に変貌させようとしてたようだ。
ここは一つ、緊張してますという体を装ってこの場を乗り切ろう! それがいい!!
「大丈夫ですよ。師匠はこういうことに関しては手を抜くような人ではありません」
「いや、だからこそ緊張しているというか……」
「ハハッ。なるほど」
ベリー村長はまるで他人事のようにヘラヘラと笑う。
まぁ、実際に他人事なんだけどさ……。
「とにかく、僕から言えることは師匠のいうことをよく聞き、毎日を無駄にせず過ごしてください。そうすれば、きっと立派な魔導師になれますから」
「……なんか、お母さんみたいなこと言いますね」
私は苦笑を浮かべる。
というのも、私は『お母さん』という存在がいったいどんな感じなのかよくわからない。
口やかましい弟はよく周りから『乃香ちゃんの小姑』といわれているので、小姑のイメージはなんとなくわかっちゃうけど。
「そんちょー二号!」
「ん? どうしたの? マリアちゃん」
「おみやげ! おみやげ、よろしく!!」
「マリアさん、乃香村長は遊びに行くわけじゃありませんよ。大事な試験のために修行しにいくんです」
ベリー村長に窘められたマリアちゃんは「おみやげないの……」としゅんとなる。
こんな顔される買わざるえないじゃないか……。
「任せて! 村長二号がちゃんとおみやげ買ってくるから!」
「ほんとっ!?」
「うん、本当。約束ね」
「約束だよ! じゃあ、これ。えっと……『ゆびきりげんまん』しよ!」
そういって、マリアちゃんが小指を立てて私の前につきだす。
この約束の仕方はこちらの世界の文化にはない。『ゆびきりげんまん』たぶん、和子おばあちゃんが教えたんだと思う。
私も同じく小指を立ててマリアちゃんの小指に絡める。
ふ、ふぁあああ……! マリアちゃんの小指、チョーやわらけぇ〜!!
「ゆびきりげんまん、うそついたら――」
「はりせんぼんの〜ます!」
マリアちゃんと小指を絡めてその手をブンブンと振る。
そして、最後の一節のところでぐっと腕を沈み込ませて……。
「「――ゆびきったっ!!」」
大きく腕を振り上げて、小指を解いた。
これで、私とマリアちゃんの約束が成立した。一級魔導師のついでにマリアちゃんへのおみやげも買っていく。
お安い御用だよ。なんなら、一級魔導師試験より重視……は、さすがにしないけど。
マリアちゃんに「約束ね……」と笑顔を送ると、私はくるりと方向転換して再び登壇の上に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「――みんな、今日は本当にありがとう! 私、必ず立派な魔導師になってこの村に帰ってくるからっ!!」
私は声を張り上げてみんなの前で誓いを立てる。
この村の村長になって良かった。カルルス村のみんなと出会えて良かった。
そして、必ず一級魔導師になってこの村に胸を張って帰ってこよう! 大好きなこの村のために――!!
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明日の出立が朝一番ということもあり、壮行会はみんなから各々の激励の言葉をもらいお開きとなった。
お酒を飲もうかとも考えたが、一旦飲みだすと酔っ払うまで飲み続ける私なので、さすがに次の日から修行というのに二日酔いというのは情けない。
それに、どうせお酒を飲むなら『祝い酒』のほうがいいから、一級魔導師になって村に帰ってくるまでの三ヶ月間、私は断酒することにした。そっちのほうが身体にもいいからね。
とにかく、今日はもう早く寝て、明日の体調を万全に整えて出発&見送り不要! ということで、みんなは各々の家に帰っていった。
明日に備えて一刻も早く眠りにつきたいところだが、しかし、私には寝る前にまだもう一つやらなきゃいけないことがある。
「――やっぱりここにいた」
『忘れじの丘』の上、一本松の根本に夜の闇に紛れて座り込む人物に私はそっと声をかける。
その人物は私が呼びかけると、フン……と静かに鼻を鳴らした。
~乃香の一言レポート~
何回「さよなら」いえばいいんだよ! 淀〇長治さんでもこんなに「さよなら」言わないつーの!!
ということで、次回が本当に一章最終回ですよ! それではまた来週お会いしましょう。
さよなら、さよなら、さよなら――――ほれ、ちゃんと〆てやったんだからマジ次で最終回にしろよ!
作者) 分かってますよぉ~。ということで、次回が本当の最終回です! お楽しみに!!
次回の更新は7月18日(水)です。 どうぞお楽しみに!!




