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私達、異世界の村と合併します!!  作者: NaTa音
第一章 はじまりの春編
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第四十二話 しばしの別れ〜出発前夜〜

春編完結まであと一話です。


「――あのなぁ、眼球が試験管に浮いてるくらいでいちいち驚いて気絶するなよ。そんなんじゃこの先、やってけねぇぞ」

「すいません……」


 カシンさんのげんなりした声に私は向かい側の席で申し訳なさいっぱいに頭を下げた。


 いや、だけど言い訳させてほしい。誰だって、扉を開けたら目の前に眼球が二つともなくなってる人がいて、試験管のなかに眼球が視神経つきで浮かんでいたら気絶こそしないかもしれないけど、驚きはするでしょ? 

 というか、私は平和国家日本出身のか弱い女子大生で流血とか、グロいのとか二次元でも本当に無理な人間なんです。平和万歳、ビバ平和。


「というか、むしろ、ありがてぇって思えよ。なにせ、オレの“眼”を拝めるんだからな」

  

 少しどや顔のカシンさんはいつもの中二病全開の黒い目隠しを外していて、吸い込まれるような青色と爛々と輝く金色の瞳が両目に文字通り『はめ込まれていた』。

 しかし、目隠しをしていても中二病、外しても金と青のオッドアイ。カシンさんの顔面はどこまでも中二心をくすぐるものだ。

 それでいて、目隠しを外した彼女はキリっとした顔立ちの美人なのだ。ベリー村長がいつか彼女のことを『残念美人』と呼んでいたのも頷ける。


「それってもしかしてカシンさんの……」

「あぁ、オレの切り札の『深層の魔眼』と『胡蝶の魔眼』だ」

「切り札ってふつう、隠すものじゃないですか。いいんです? こんなところでみせて?」

「逆になんで、誰も最初から切り札を使わないかオレは不思議でたまらんがな。『切り札』を切り札として使う(・・・・・・・・)奴は本当の戦いを知らない奴さ」


 戦争は演劇じゃねーんだぞ、とカシンさんは冗談めいた口調をしていたが、その顔の剣幕はおよそ口調とは反対の怒りすら感じられるものだった。

 目隠しが外れただけで彼女の表情がここまで豊かに見えるとは……やっぱり人間の表情の基盤は『目』にあるのだと再認識させられた。


「ま、雑談はこの辺にしといて……」


 そう言って、カシンさんは懐から例の煙草を取り出して火をつける。

 この煙草を取り出したということは、ここからは真剣な話をするのだろう。

 私も背筋を伸ばして聞く姿勢を整える。


「――カクタンのガキから“合宿”の話は聞いてるな?」

「はい」

「よし、なら話は早ぇ。出発は明日だ。準備しとけ」

「わかりました」


 「えぇ!? 明日って……早すぎません!?」と驚愕する言葉をあえて飲み込んで、私は最小限の言葉で短く頷いた。

 私に時間がないのは事実であり、合宿を開始するなら一日でも早いほうがいい。

 たぶん、そのためにカシンさんがわざわざこっちに出向いて、村のみんなに説明したんだと思う。

 つまり、それだけ状況は切迫しているということ……。私は煙を吹かす彼女の次の言葉を待つ。

 

「わかってるとは思うが、テメェには時間がねぇ。ま、原因はいうまでもねぇか」

「……すいません。私が至らないばっかりに」


 カシンさんの歯に衣着せない物言いに私は思わず顔を落とす。

 わかっているとは思うが……えぇ、心の中ではわかってますよ~。

 だから、こうして面と向かって誰かに言われると堪えるんですヨ。メンタルに……。


「過ぎちまったことだ。ウジウジすんな。修行の質を上げりゃいいだよ。質を」

「質ですか?」

「おうよ。厳しくなるぜぇ~。三割り増しくらいで」

「ひえぇ……」


 修行が厳しくなることはカクタンから合宿を宣言された日から何となく予想はしていた。

 しかし、こうしてカシンさんの悪魔みたい(たのしそう)な顔をみるといよいよ地獄への片道切符が切られたと、私の第六感が告げている。

 修行でボコボコにされて魔導師試験を棄権なんて間抜けなことにはならないようにカシンさんにお祈りすることぐらいしか私には選択肢が残されていないようである。


「えっと……ちなみになんですが、合宿ってどこ行くんですか?」

「ん~? ひみつ~」

「え? ひ、ひみつ? いや、教えてくださいよ」

「やだ」

「やだって……なんでですか」

「だって教えたら、つまんないだろ?」


 なッ…………! カシンさんの一言に私は絶句する。そして、このとき私はようやくカクタンが曖昧な回答しかできなかった理由を理解した。

 教えなかったのだ、私を鍛えるための合宿の行き先を『つまらない』というたった一言の理由で彼女はおそらくベリー村長にも行き先を伝えてはいないのだろう。

 まったく、この人は合宿を旅行かなにかと勘違いしてるのではないのか? 


「あの……目的地不明とか、めっちゃコワいんですけど」

「大丈夫だ。オレがついてるからよ」

「だからコワいんですよ~!! お願いです! 一生のお願い!! 目的地をおしえてください!!」

「や~だね! へっへっへっへ」


 私の懇願はケラケラと笑うカシンさんの耳には届かず、単位認定をもらえなくて教授にすがりつく憐れな学生のように一蹴された。

 『ひみつ』の一言で目的地を非公開にされた挙句、一生のお願いも見事に玉砕。いよいよをもって私が彼女から目的地を聞き出す手段がなくなった。

 ま、合宿の目的地がどこのどんな名前であれ、“地獄”という文字のルビと化するのは分かりきったことだ……。いっそ知らない方が幸せなのかもしれない。

 

「ま、今夜は壮行会でやってもらうんだな。最後の平和な夜をせいぜい楽しめ」

「いや、そんな急に……」

「大丈夫だよ。テメェが明日からいなくなることはテメェ以外の村の連中には伝えてあるし、村長代理も立ててある」


 つーか、立候補してきたんだよな、とカシンは語る。

 なんでもカルルス=げんき村の人達には一週間前から私を合宿に連れていくことの話はつけておいたらしい。

 おまけに、私がいない三か月の間に村長代理を務めてくれる人物まで決めておいてくれたという仕事の早さ。

 まぁ、その代理というのが山形さんで自ら村長代理に立候補しただけでなく、合宿に出向く私を村から送り出す(おいだす)壮行会を開こうといったのも彼女らしい。

 

 うん、不安しかねぇ。そして、改めて合宿に行きたくなくなった。


「じゃ、明日の朝、出発な」


 そう言って、カシンさんは席から立ち上がると『銀の鍵』を何もない空間に差し込む。

 すると、巨大な怪物が彼女を飲み込まんと鈍色とも灰色ともつかない渦を巻いた大きな穴が不気味な音と共に口を開く。

 穴が開くと、私に背を向けてそこへ向かって何食わぬ顔で歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと! カシンさん」

「あ、そうそう。若干一名、テメェが合宿に行くことに納得してねぇ人間がいるぞ。後腐れがあるのはイヤだろ? なんとかしとけよ」

「カシンさん、なんとかって――――ッ!!」


 私が言い終わらないうちにカシンさんは穴に飲み込まれ、その姿をはたりと消した。

 彼女が消えたあとに訪れた静寂から生まれた虚脱感に身体を引っ張られて、私は座っていた椅子に全体重を寝せてどっかりと座り直して天井を仰いだ。


「あ〜あ。結局、聞きたいことはほとんど聞けなかったし……」


 台風や地震に「次はいつごろ来るんですか?」と尋ねるのがナンセンスであるように、カシンさんから情報を聞き出そうという試みそのものがナンセンスだった。

 私にできることといったら、せいぜい合宿先であの世に逝かないようにこの世界のくそったれな女神サマに祈ることだけである。

 いや、気に食わなければ神様にすらゲンコツを振り下ろすカシンさん相手じゃ、そのお祈りもまたナンセンスか……。


「ま、“無為自然(むいしぜん)”にいきますかねぇ」


 と、ここで少し歴研ぶって老子の言葉を引用してみる。

 よく勘違いしている人がいるが『無為自然』とは努力せずに自然の流れに身を任せて~なんて無気力な生き方をすることじゃない。

 己ができる最大限の努力をしたうえで結果を『天』に任せるという生き方だ。この場合の『天』は八坂 カシンになるのだが、彼女になら自分の全ての努力を任せることができる。


「――そういえば、カシンさん。私が合宿に行くのに反対してるって人が一人いるって言ってたな」

 

 というか、その人以外のほぼ全員が「いってらっしゃい〜」状態で納得したことに少し不満を覚える。もう少し引き止めてくれてもいいじゃん……。

 ともあれ、すでに行くことが決定している以上、反対している人がいるなら当人である私が直に説得するしかないだろう。


「一体誰だろ? マリアちゃんだと嬉しいなぁ」


 そんなことを呟いていると、応接間のドアが軽いノックと共に開かれる。

 すると、二人分のカップをお盆にのせた山形さんが警戒しているのか、ひっそりと入ってくる。


「山形さん?」

「あら? 乃香、お客さんは? お手洗いにいったの?」

「いえ、さっき帰りましたよ」

「えっ!? どこから!?」


 山形さんが驚くのも無理はない。

 なにせ、この集会所の出入口は一箇所しかなく、一番奥の部屋である応接室から誰ともすれ違うことなくここから出ていくのは至難の技だ。

 もっとも、それはあくまで相手が普通の人間ならの話だ。まさか、部屋からワープホールを使って帰ったなんて思うわけもない。


「あ、その……魔法を使って消えちゃって」

「そうなの。せっかく美味しく淹れれたのにもったいないわ」

「神出鬼没な人ですからね〜」

「そ、なら飲んじゃおっと。アンタも飲むでしょ?」


 そう言って、山形さんはまだ湯気のたつ紅茶が入ったカップをこちらに差し出してくる。私も無言で頷いてカップを受け取る。

 どうやら彼女にとって客人が魔法を使って帰ったことよりも、自分の淹れたお茶を飲まなかったことのほうが不満らしい。


「あっ、うん。今日は一段と美味しいわ。これでベリーさんも……うふふ、うふふふ、うふふふふふ!」

「…………。そですねー」


 事実、山形さんの淹れたお茶は美味しいのだ。それでベリー村長がなびくとは思えないけど。


 ……毒とか入ってないよね?

 スンスンと匂いを嗅いで毒物の混入の有無を確かめる。まぁ、毒に関する知識が皆無の私にはよっぽどの異臭がしないかぎり毒が入ってるかどうかなんて分からない。

 とりあえず、変な匂いはしないのでアツアツの紅茶で火傷しないようにチビチビと熱燗を飲むようにすする。

 適温になった茶葉の芳醇な香りが口いっぱいに広がって、鼻に抜ける。うん、美味しい。


「そういえば、この村の中に私が合宿に行くことを反対している人がいるって……」


 紅茶の余韻が薄れはじめたところで私は山形さんに話しかけた。

 そういえば、カシンさんが合宿に反対している人がいることを示唆していたので、村長代理を名乗り出た彼女なら何か知ってるかもしれない。

 

「あぁ、実はね――」


 山形さんが口にした人物は私に、驚愕と納得の矛盾し合う感情を抱かせた。

 理由はともあれ、いかにもあの人らしい……と、私は少し口角を上げた。

〜乃香の一言レポート〜


 いよいよ、明日、この村を離れて合宿にいきます。

 きっとその間、このレポートを書くことができなくなるでしょう。

 あぁ〜あ、もっとマジメにレポートつけていればよかったなぁ! 変なことばっかし書いてたから……。


 では、皆さん。

 三ヶ月後、成長した私をお楽しみ! きっと、立派な魔導師になって帰ってきます!!

 よし! これでもう後書きの後腐れはないね!!


作者) あの……いいこと書いたあとでなんですけど、あと一話だけ残ってるんです。次回が春編の最後ですね。


 えっ!? マジ!? ちょっと、なによ〜! まだ、一話分残ってんの? マジメに締めちゃったじゃない!

 ちょっと“マリアちゃん”を補給してくるわ――!!


 

 次回の更新は7月11日(水)です。

 どうぞお楽しみに!!

 

 

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