四十一話 真・魔法使いへの道
あと三話くらいで春編が終わります
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「――――はっ? 『合宿』?」
私は思わずカクタンから告げられた言葉を飲み込めず、そのままオウム返しに口にする。
驚愕する私とは対照的に彼の表情はいたって冷静に頷いた。
「うむ、おぬしを本当の“魔法使い”にするためにな。短期集中の修行合宿じゃ」
「いや、っていってもどこでやるのよ?」
「んー、そうじゃのぉ。ここじゃないどこか………と、言っておこうかの」
「んな、アバウトな……」
私は顔をげんなりとさせて呆れる。
ここじゃないどこかって、そりゃ合宿なんだから“ここじゃないどこか”になるに決まってるでしょ……。
しかし、こと修行に関してはいつだってマジメだったカクタンが『ここじゃないどこか』なんていい加減な言葉を使うなんて少し変だった――というか、普通に怪しかった。
「で、合宿はいいけど、どのくらいやるの? また一ヶ月くらい?」
「甘い甘い。おぬしには試験開催までの三ヶ月間、みっちり修行してもらうわ」
カクタンが白い髭をなでながら意地悪な笑みをこちらに向ける。
この笑い方はまるであの人を彷彿させるので、あまり好ましくない。
「三ヶ月!? な、長くない?」
「ふむ……まぁ、長く感じるかもしれんが、ワシから言わせれば最初の一ヶ月のほうが長かったわい」
「えっ? どういうこと……?」
「最初の一ヶ月の修行あったじゃろ? あれはこの合宿を行うための準備運動じゃった。おぬしの特殊性を加味したとしても当初の予定では一週間で終わらせる予定じゃった」
しかし、私の集中力があまりにもポンコツすぎて一週間で終わる準備運動が一ヶ月に延長されたのだ、とカクタンが渋い顔をして語った。
つまり、当初の予定なら三週間前には座禅ばかり組むつまらない準備運動を終えて、とっくに合宿に臨んでいたのだ。
自業自得とはいえ、三週間――日数にして約二十一日間を失ったのは大きい。
が、失った時間を嘆いても戻ってはこない。延長してしまった分の“時間”は合宿の“質”を上げてフォローしていくしかない。
「いや、マジで私がポンコツすぎてごめんなさい……」
「謝るんじゃったらワシにではなく、おぬしと共に行く者に謝るんじゃな」
「――ちょっと、まって! 私、カクタンと一緒に合宿するんじゃないの!?」
「いや、ワシはもうお役御免じゃよ。ここから先の修行は奴にバトンタッチじゃな」
カクタンの言葉に私は目を丸くして驚いた。
彼の口から『合宿』なんていうものだからてっきり、カクタンが私と一緒に来るものだと勝手に思い込んでいた。
「奴って……誰?」
「誰とはまたとぼけたことを……いくら勘の悪いおぬしでも、ワシ、ベルリオーズが絡んでくる人物といえば、察しはつくじゃろう」
「まさか――」
「そう。そのまさか、じゃよ」
カクタンの目が悪辣に細められる。
瞬間、私の背中から頭頂部にかけて電流にも似た悪寒が駆け抜ける。
いや、むしろしっかりと考えていればこの展開は誰にでも予想はできたのだ。
修行の初期段階で、共に修行するはずの私とマリアちゃんが引き離され、カクタンという『精霊』に修行をつけてもらい、一ヶ月後、『魔法使い』の素質を見出されて合宿の開催が宣言されるのと同時にカクタンが修行が離れた。
明らかにベリー村長、カクタン以外にこの修行にかんでいる人間がいることを大声で宣伝しているようなものだった。
「……ぜーんぶ、“計画通り”だったわけね」
「あやつは自分のほしいものを他力本願にするほど甘くはないからのぉ」
「くぅ〜、嵌められたわ」
「カッカッカッ! せいぜいみっちりと絞られるといい」
カラカラと。カクタンは声を上げて笑った。
この合宿において、私に修行をつけてくれる人物はただ一人。
私の師匠でベリー村長の師匠で、取り引き相手でもある――、
「カシンさんかぁ……」
連立する平行世界の秩序と平和を守る暴力装置――八坂 カシンである。
私は彼女と村の復興の引き換えとして一級魔導師になる、と契約した。
普通、契約した相手のことは不可侵なんて暗黙の了解があるが、お人好しなのかそれとも私に信用がないのか、彼女自身が私の『師匠』として出っ張ってくる展開となった。
「カシンさんはもう村に?」
「んむ、今日の午後にはおぬしの村に来る、と言っておったわ。じゃからもう来とるじゃろ」
「ふーん……っていうか、なにしに? まさか村を破壊しにきとか……」
「アホか。んむ、三ヶ月も村長を預かるのだから、村人たちにきちんと挨拶と事情の説明をしておかないといかん、とのことじゃ」
あの人にはおよそ似合わない物言いに私は「それ、本当にカシンさんなの?」とカクタンに疑いの目を向ける。
しかし、この世界のどこを探したってカルルス=ブアイン=ベルリオーズに関わる“八坂 カシン”といえば、“あの”八坂 カシンしかいないだろう。
「そういうところはちゃんと大人なのね、あの人」
「まぁ、一応、ワシより長く生きとるみたいじゃしのぉ。まぁ、とにかく、あやつがこの村に来とるんじゃ。おぬしも挨拶に行くがよい」
「そうね。とりあえず、村に行くわ」
「詳しいことはあやつから聞け」
私は無言でうなずくと忘れじの丘を小走りで下っていった。
突然の合宿宣言には驚かされたが、一緒に来てくれる人がカシンさんと聞いて少し落ち着いた。
なんやかんや言いながら、私もあの人をベリー村長と同じくらい信用しているのだろう。なんて、思うとくすぐったくなって私は苦笑を浮かべたまま、げんき村に走っていった。
げんき村に戻り、近くのおばあちゃんに「白黒のマダラ模様の髪をした胡散臭い女の人を知らない?」と聞くと、カシンさんは集会所にいるとのことだったので、彼女に礼を言って集会所に向かう。
集会所のドアをくぐると、山形さんが正面玄関で待ち構えていた。
「……山形さん」
「アンタのお客さん、応接間で待たせてるわ」
「あ、はい……」
どうやら私のことを待っていたらしく、玄関前で待っていた山形さんに心の中で「お役目ごくろう!」と言いながら彼女の前を通り過ぎようとする。
すると、彼女が急に私の腕を掴んで顔をずいと近づける。
ふむ……すっぴんかぁ。ということは今日はベリー村長に会う予定はないな、なら、話に付き合ってやらんでもない。
「? どうしました?」
「いや、アンタのお客さん、あれ、すごい髪色してるわね。白黒のマダラ模様よ。なにしてる人なの? ヤクザ? それともコスプレイヤー?」
「まぁ、強いていうなら……ケイサツ(笑)ですかね? それと、あの人の髪色は地毛ですよ。地毛」
「あれが地毛ってどんな人種よ」
カシンさんは『八坂』という苗字をもっているが、実は日本人ではなく、異世界に転移した日本人の母とその世界の父が出会って生まれたハーフなんだとか。
そのため、彼女の顔立ちは目元は見えないが、日本人とは違って色は白いし、鼻は高い、輪郭もかなりシャープな感じだ。
日本人の名残りとしては今は白黒のマダラ模様になってしまった髪だが、昔はちゃんと黒色だったらしい。
「それと、目もすごかったのよ。えっと、なんていうのかしら……? そうそう、“オッドアイ”よ。右目がとっても深い青色で、左目が金色なのよ。ネコみたいにね」
「えっ? あの人の目を見たんですか? いつも真っ黒な目隠しをしてるのに……」
「そうそう、最初は目隠しをしてたのよ。よく壁にぶつからないものだと感心したわぁ〜。だけど、応接間で待ってる間に『目が痒い』って言って目隠しをとったのよ」
「マジっすか!? ちょー見てみたい! レアカシンさんだ!!」
「――えっ!? ちょっと! 急にどこ行くのよ!?」
いつも目隠しをして目を見せようとしないカシンさんの目が今、あらわになっていると聞いて私は慌てて応接間に向かう。
山形さんの情報によれば彼女の目は“オッドアイ”という。
それらがもしや、以前、ベリー村長が言っていた『師匠の最終兵器』なのかもしれない! そうなると、野次馬根性が急に疼きだす。
応接間までダッシュで向かうと、扉をノックもせず開け放つ。
「――――おう、乃香。遅かったな」
カシンさんの間延びした声が視界で彼女を捉えるよりも先に、耳に飛び込んだ。
応接間の机の上にはカシンさんがいつもしている黒い目隠しが無造作に置かれている。
早くレアカシンさんを見たい、と顔を上げた次の瞬間、私は自分でも驚くくらい大きな絶叫を上げた。
「んだよ。でけぇ声だすな。うるせぇぞ」
気だるげな声を上げたカシンさんの両目には本来、眼球が入っているはずだが、その目は木の虚のようにぽっかりと暗い孔が空いていた。
「目がぁ〜! 目がぁ〜!!」
「ん? “目”? あぁ、そういうことか……。ったく、情けねぇな。これから行くとこなんかこんなもんざらにあるってのに」
「な、な、な……なんで!? どうして目がないんですか!?」
「ったく、うるせぇな。ほれ、そこをみろ」
カシンさんがめんどくさそうに机の上を指さす。
机の上、黒い目隠しのすぐ隣に理科の実験で使う試験管をもう少し太くしたようなガラス製の容器に透明な液体が満たされている。
その液体の中に寒天をピンポン玉くらい大きさに固めたような球体が二つプカプカと浮かんでいる。
「なんか目が痒くてな。ちょっと目を洗ってたんだ」
そう言うと、カシンさんは試験管を百八十度くるっと回して、ちょうど裏側をこちらに見せる。
すると、試験管の中に浮かんでいた二つの白い球体がぐるりと動き、こちらを凝視した。
試験管の中でプカプカ浮いていたのは洗浄中の彼女の眼球だったのだ……。
「――――ヒッ……」
私は目の前が真っ暗になった。
〜乃香の一言レポート〜
先日、
「乃香村長には魔力がないのに、どうして“魔法使い”の資質があるの? ナニソレイミワカンナイ!」
という、感想をいただいたので少し補足説明をさせてもらいますね。
まず、私には“魔力がない”という表現ですが、これは厳密にいえば
・魔力を自分で作ることができない。
となります。
このため、私は魔術を使えないとされています。
つまり、“魔法使い”にはなれても“魔術使い”にはなれません。
では、この『魔法使い』とはなんぞや? というところですが、そもそも魔力を自分で作れないというなら、他から借りればいいんです。
私が転移したこの世界には膨大な魔力の流れ『龍脈』が自然界に存在します。
“魔法”はこの龍脈を流れる魔力をお借りしてドッカーン! ってするわけです。
ですが、龍脈の魔力を人間が使うには精霊との契約が必須となり、使える魔法の属性も一属性と限られます。
しかーし! “魔法使い”はそんな魔法の常識を大きく覆します。
まず、魔法使いは
・精霊と契約せずに龍脈から直接、魔力を身体に取り込むことができる。
通常、人間が龍脈から魔力を直接、取り込めば肉塊確定ですが、私は龍脈の魔力を無意識に取り込んでいましたが、へっちゃらでした。
さらに、魔法使いには
・全属性を魔法で使うことができる。
精霊との契約という面倒な仲介役がいなくなったので、龍脈の魔力を自由に使うことができるようになります。
つまり、私は自力で魔力は作れないけど、龍脈から魔力を取り込んで魔術ばりに自由度の高い魔法を使うことができる人――になれるかもしれないということです。
もっと、わかりやすくいいましょう。
私は“かめ○め波”は撃てませんが、『元○玉』は使い放題な人間なのです!
ちなみに、私が好きなキャラクターはいうまでもなく、パンちゃんです!!
次回の更新は7月4日(水)です。
お楽しみに!!




