第四十話 才能がない、いや……不可能
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「どういうこと!? 私に魔術を教えないって……なんで? 私、ちゃんと修行してたよね!?」
「まぁ、驚くのも無理ないじゃろうが理由はちゃんとある。それはな、おぬしの体質じゃ」
「体質?」
「特異体質というのかのぉ……。おぬしの身体は魔力を自力で生成することができん」
魔術は大前提として、自分自身が魔力を生成できなければ話にならない。
自身の身体で魔力を生産できないということは、私に魔術の才能がない……カクタンは“特異体質”なんて言葉を使っているが、つまるところそう言いたいのだろう。
しかし、『才能がない』程度の理由で私が魔術を諦めるなんてできるわけがない。
「私、魔術の才能ないってこと……?」
「“才能がない”どころの話じゃないわい。“不可能”なんじゃよ。魔術は自己生成した魔力を源力とするもの。じゃが、そもそもおぬしには魔力を生成する機能そのものがない」
「ど、どうして言いきれるの? 努力次第でどうにかな――」
「ならんよ。その努力は人間が空を飛ぶための翼を生やそうとするのと同じくらい無意味なもんじゃよ」
頭を振ったカクタンの言葉はどうしようもないくらい冷静で、残酷だった。
無意味――私が魔術を学ぼうすることが無意味。
それは、私が一級魔導師になろうとすること自体を否定されたのと同義だった。
この十五日、私はまるで無駄で無価値で無意味な時間を過ごしたというの!? どうして……どうしてそんなことを……!!
私は湧き上がった不安とも憤怒ともいえぬ感情を視線にのせてカクタンにぶつける。
「そう怖い顔をするでない。たしかに、無意味とは言ったがおぬしを“無価値”とは言っとらんじゃろうに」
「で、でも……魔術が使えなきゃ話にならないって」
「そのとおり。じゃがの、おぬしに魔術を使えないということはワシも、ベルリオーズも、奴の師匠もすでに予想はしとった。そして、その予想は見事的中したというだけのことじゃ」
「――え……っ?」
わかっていた!? 私が魔術を使えないということを皆、わかった上で私に修行させていたというの……。
衝撃的な事実を告げられ、私は開いた口が塞がらず立ちすくんだ。
――では、尚更に、彼らは私に無意味な修行をさせたのか疑問が深まる。
「以前、おぬしとベルリオーズは共に“ゴーレム”を制作したじゃろ?」
「あ、うん……。岩田さんね。でも、なんで岩田さんと私が魔術の適性がないってことが関係あるの?」
「うむ。おぬし、そのときにゴーレムの動力源として埋め込んだ魔法石の“色”を覚えておるか?」
「――色?」
岩田さんを起動した日の光景を私は記憶の紐をたぐりながら、思い出す。
たしか、あのときベリー村長に魔法石を渡されて…………。
――魔法石は純度が高くなればなるほど黒くなっていきます。
そうだ! あのときの魔法石の色は――、
「“黒”だ! 黒い色をしてた」
「そうじゃな。では、これは何色じゃ?」
したり顔のカクタンは私が座禅をしているときに目の前に置いていた水晶玉を持ち上げてみせた。
すると、彼の手のひらに収まった水晶玉の中に黒い靄のような濁りが発生する。
「あっ! そういえば、これも“黒”だ! でも、これって邪なこと考えてるときに発生するって」
「すまん、ありゃデタラメじゃ(テヘペロ)」
「はぁあああ!? デタラメ!? 嘘ついてたのッ!?」
「どうどう……そう怒るでない。この水晶玉は特殊な魔法石でできておる。この水晶は周囲の最も強い魔力に反応してその属性に合わせて色が変化する代物なんじゃよ。例えば、火属性の魔力を感知すると赤色に、水は青色、雷は黄色、土は茶色で風は緑じゃ」
ちなみに無属性の魔力は白色に変わるそうだ。
と、カクタンは丁寧に説明してくれたが、肝心の黒色が出てきていない。
黒とはいったいなんなのか……? どの属性にも当てはまらず、カクタンと私にのみ現れたあの真っ黒な濁りの正体はいったい……。
「じゃあ、さっきの黒はなんなの?」
「うむ、先の六色はすべて人間が生成した魔力、つまりは魔術に対する反応じゃ。しかし、先の“黒”は例外中の例外。特におぬしのような人間があの色を出すということはな……」
「んもう! もったいぶってないで教えてよ!」
「先の黒は魔法の魔力。つまり――『龍脈』の魔力に反応したときの色なんじゃよ」
龍脈……たしか星に流れる魔力の血管のようなもので、この龍脈から引き出した魔力を用いるのが『魔法』と呼ばれるものだ。
だけど、龍脈の魔力は強力で人間が生身のまま直接、取り込んでしまうと身体が耐えきれずにミンチになるってカクタンから教わった。
「えっ、まって! じゃあ、私、龍脈の魔力を――」
「取り込んどったよ。無意識のうちにな」
「でも、そんなことしたら……なんで私、ミンチになってないの? カクタンが言ってたでしょ? 龍脈の魔力を取り込もうとすると身体が耐えきれないって」
「それがおぬしの特異体質なんじゃよ。おぬしの身体はな龍脈の魔力を直接取り込める。人間ではなく、より精霊に近い体質なんじゃ」
と、カクタンは精霊である自分自身に指を突き立てる。
私の特異体質。それは龍脈の魔力を直に取り込んでも身体が崩壊しない、ということ。
自らの体内で魔力を生産する人間ではなく、龍脈から魔力を取り込み自らの力とする精霊に近い体質。
だけど、もしそうだとしても、私は人間だ。
それだけの根拠だけで人間である私が魔術を使えない道理にはならない。
「でも、それだけじゃ私が魔術を使えないってことには繋がらないでしょ? だって、ベリー村長は魔術も魔法も使えるじゃない」
「ベルリオーズが魔法を使えるのはワシがおるからじゃし、おぬしにはそも魔術の根源となる『魔力細胞』がないんじゃよ」
「魔力……? 細胞……?」
「魔力を生成する細胞のことじゃよ。魔力細胞は生みだす魔力の量に個人差はあるが、誰にでも発現しうるものなんじゃよ」
もちろん、それは異界の人間である私達も例外ではない。
と、カクタンは付け加える。
「魔力細胞を目覚めさせる方法は一つ。体内に龍脈の魔力を流すこと」
「それって、大丈夫なの? グシャってなったりしないの?」
「いや、大丈夫じゃよ。そりゃ、流す量を間違えればそうなるが、ほんの少しだけじゃよ。体内に龍脈の魔力が流されると、身体の細胞を破壊するんじゃ。すると、身体は龍脈の魔力から自身の細胞を守るため細胞そのものから魔力を発するようになる。これが魔力細胞じゃ」
「へぇ〜、そうなんだ」
ようするに病原菌に対応する抗体のようなものなのだろう。
しかし、私はその抗体を作り出すことができない。
それは“特異体質”というより“免疫不全”というほうがしっくりくる。
すると、カクタンが修行の際に使っていた“しゃもじ”を取り出し、私の頭を軽く叩く。
「おぬしがしゃもじ、しゃもじと呼んでおったこの“警策”は体内に一定量の龍脈の魔力を送ることができるものじゃ」
「あ、それってそんな名前があったんだ」
「たいていの人間は十回も叩けば魔力細胞が覚醒するもんじゃが……おぬしをいったい何発叩いたことか」
「さ、三桁はいってたよね……」
この二週間で私がカクタンの警策アタックを食らった回数はゆうに百回を超え、ドMでもない限りこの回数で喜べる人間はいない。
しかし、それらがすべて私の魔力細胞を起こそうとするためのものと考えると、やっぱり、才能がないというより魔力細胞が存在しない特異体質と考えるのも頷ける。
「おぬしは龍脈から直接、魔力を取り込むだけではなく、警策から送られた魔力すらも吸収してしまう“よくばりボディ”なんじゃよ」
「おい、ジジィ。セクハラだぞ」
「いやしかし、懐かしいのぉ〜。まだ、おったんじゃなぁ」
「こらー! スルーすんなー!!」
カクタンはまるで悪びれる様子もなくケラケラ笑う。
しかし、よくよく考えてみれば相手はジジィ、しかも精霊――というか幻獣。
人間の造語である『セクハラ』は適用外になるのではないか? まさに種族間の治外法権である。
「というか、何が懐かしいの?」
「ん? あぁ、もう絶滅したと思ったとったよ。おぬしのような素質を備えた者がな」
「素質? なんの?」
「…………うん。“魔法使い”のな」
カクタンは静かに片目を閉じて、微かに笑みを浮かべた。
その翡翠色の瞳は私の中にある“何か”を細く、鋭く、見据える。
「魔法使い? あの童貞を三十歳まで守り抜くとなるっていう?」
「いや、違うわ。つーか、聞いたことないわ。そんな伝承」
「そう? 私のいた世界だと有名だったのよ?」
〜乃香の一言レポート〜
つーか、私、女だし!? 童貞とか関係ないし!? ……おい、誰だ? 今、私のこと処女って馬鹿にしたヤローは? あのなぁ、かのエリザベス女王(一世)はな生涯処女を貫き通したんだぞ! ヴァージニアの由来も彼女の処女が由来なんだぞ!!
つーか、処女以前に結婚なんてしなくても…………まって、勝じいも和子おばあちゃんも、そんな悲しそうな目をしないで!! ねぇ! 冗談! 冗談だってば!! するよ、ちゃんと結婚するよ!! いい人だってすぐ見つからさ!
次回の更新は6月18日です。
どーでもいいけど作者の誕生日らしいのでコス○コの激安ケーキでお祝――あぁ、異世界にコ○トコないや。めんごめんご(棒)




