第三十九話 愛知 乃香はYDK
Y(やっぱり) D(大好き) K(可愛い娘)
*
次の日の朝、結局私の部屋で一泊していった細田さん達を森の境まで見送りに行った。
魔獣除けの柵には私がベリー村長に頼んで扉を作ってもらったのでここからであれば細田さん達も安全に村に出入りできる。
「昨日はありがとね。いい修行になったよ」
「それはなによりです! オレも“ぱずる”と“ぬりえ”、楽しかったです!!」
人間体のAが尻尾を振る子犬のように人懐っこい笑みを浮かべる。
見た目こそ可愛らしい美少女だが、その股間にはバッチリとちん○んが付いている。
「ノカ! 私は必ず“チエノワ”を打倒してみせるぞ!」
「うん、ファイト!」
「また来る! 必ず!!」
「うん、待ってるよ♪」
お風呂に入ってリフレッシュしたが、結局Bは知恵の輪を解くことはできず、悔しい思いを残してリベンジに燃える。
まぁ、私としてはいっそ十年間くらい解けなくていいと思ってる。
「ノカ〜。またいっしょにあそぼ!」
「うん! 私も待ってるから、いつでも来てね」
「じゃ、お別れにぎゅーってして」
「はい……ぎゅーッ!」
私は甘えん坊のCにお別れのハグをする。
あ〜! マジ柔けぇ! もちもちのぷにぷにだ……! ずっと抱っこしていたい!! その可愛い耳たぶをカプッってしたい!!!
これ以上は自分の理性が保たないと思った私はギリギリのところでCを離して別れの挨拶を告げる。
「じゃあ、皆、ありがとね! 気をつけて帰るんだよ」
「――あぁ、姐御! そういえば、姉御に渡しておきたい物があるんです」
「うん? なに?」
「実はこの村に来る途中に森で変な物を拾いやして……俺達じゃこれが何なのか分かんないですし、預かってもらえると助かるんですが」
え? 変な物ってなに? 嫌だよ? 爆発とかするやつとか……。
私が少し警戒して、顔をしかめるとAが申し訳なさそうに、何もない空間からアラベスク模様が美しい手のひらサイズの壺(?)を取り出した。
「これは……壺? 確かに自然のものじゃないね」
「多分、そちらの村の誰かが落としたんじゃないかと思うんですが……森の中にこういうもんが落ちてるのを快く思わねぇ輩もいるんでぇ、預かってもらえやせんか?」
ちなみに、さっきAが何もない空間から物を取り出したのは『ポケット』と呼ばれる空間魔法の一種(B談)で文字通り、別空間に物を入れておいて好きなときに取り出せる。
もっと簡単にいえばドラ○もんの『四次元ポケット』である。
便利な魔法なので、いずれ彼女らに頼んで習得しようと思っている。
「そういうことね。わかった。預かっておくわ」
「ありがとうございやす」
私はAから壺を受け取り、自分の上着の内ポケットにしまい込む。
後で、この壺の持ち主を探さなきゃ。しかし、こんな小さな壺、何に使うんだろう? ジャム入れとかかな?
その後、細田さん達は元気に森へと帰っていった。
彼らは森に入ると変身魔法を解いて元のゴブリンの姿へ戻る。
瞬間、楽しい夢から現実に引き戻されたような残念な気持ちが込み上げる。
「この世界は残酷だなぁ……」
細田さん達が森に消えた後、思わずため息が出てしまった。
この世界の少女達は口から火を吐いたり、ゴブリンが正体だったりする。
リアル中二病のサチちゃんが一番まともに見えるくらいだ。
そのおかげで私はここまで憲兵さんにお世話になることもなく、健全な村長としての体面を保っている。
この世界の狂気と不条理には感謝しかない。
「さてと、そろそろ修行の時間か……。遅れるとカクタンにしばかれるし、急ぎますか」
私は小走りでげんき村に戻り、原付をひっぱり出して忘れじの丘へ向かった。
すると、もう自分の畑でせっせと腰を曲げながら草むしりをしている勤勉なおじいちゃんの姿が目に止まった。
「――やっほー、おじいちゃん。今日も草むしり? マメだねぇ〜」
「朝から騒がしいな。乃香か……なんの用だ?」
「いや、別に今から修行しに行く途中なの。で、たまたま通りかかっただけ」
「そうか……頑張れよ」
……………………えっ? 今、なんて言った?
腰を曲げたまま、こっちを見ようともしないで雑草を摘む勲おじいちゃんの口からあり得ない言葉が飛び出した――気がする。
今、私……応援された? 勲おじいちゃんから『がんばれ』って言われたの??
私は自分がまだ実は夢を見ているのではないかと頬を抓ってみるが、なんと現実だった! そんな……! あの勲おじいちゃんがそんなことを言うなんて――――
「えぇ……ええええ!!! どうしたのお!? おじいちゃん!? 病気!? 寿命!? もう死んじゃうの!?」
「お前は儂をなんだと思っとるんだ。失礼な奴め。儂が人を応援するのがそんなに珍しいか?」
「えぇ、とっても。最終戦争の予兆かと思いました」
「フンッ! どこまでも口の減らん奴だ。早く行け、遅れるぞ」
勲おじいちゃんは腰を上げて、私の顔を見据えるとほんの少し頬を緩め、目を細めた。
いっつもムスッとして、くどくどお説教ばかりする厳しいおじいちゃんの見せた『笑顔』は陽だまりのように優しかった。
「――うん、ありがとう。私、がんばるね!!」
「フンッ! まだまだ……」
「いってきます! ひゃっほーーーう!!」
私は原付のスロットを全開にすると、全速力で忘れじのの丘までかっ飛ばした。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
風を切って原付を飛ばす私の心はふわりと軽かった。
「カクタン!! おっはーーーーッ!!!」
「ノカ。遅刻だぞ。あれほど、早く寝ろと――――なんじゃ!?」
私は飼い主に褒められて嬉しさのあまり突進する犬のように丘を原付で駆け上がり、スロット全開のままカクタンに突っ込んだ。
そして、彼の前で急ブレーキをかけて停車する。
「おっ……おぉ……」
「カクタン! おはようございます! 今日もがんばろう!!」
「………………」
「ん? ――――アベシッ!?」
カクタンが無言のまま私の頭に“しゃもじ”をいつもよりも強い力で振り下ろす。
叩かれた衝撃で目玉が飛び出そうな感覚に陥って、私は頭よりも先に目の周りを手で抑えた。
「いったい〜! なにも叩くことないじゃん!!」
「バカタレが。馬ごと突っ込んでくるやつがあるか」
「あっ、そっか。カクタンは原付、初めてだよね。これは馬じゃなくて“バイク”っていう機械仕掛けの乗り物だよ」
「ほぉ……おぬしの世界では機械の文明が進んでおるのか」
カクタンは感心して原付をしげしげと眺める。
どうやら彼も契約者と似て、新しいものや知識に興味を示す好奇心旺盛な性格らしい。
「……今日の修行が終わったら、コレに乗ってみたいんじゃが」
「うーん、ほんとは免許がいるけど……ここ異世界だしなぁ〜。まぁ、いっか! うん、いいよ!! 終わったら乗り方をおしえてあげる」
「おぉ! ほんとか? 楽しみじゃの〜ぉ」
「よっしゃ! さっそく始めよう!」
原付の運転を見つめるカクタンの目はまるで少年のようにキラキラと輝いていた。
こんな純粋な目をされると私もついつい叩かれたことを許してしまう。
しかし、いざ修行になればカクタンは少年のような笑顔から一転、いつもの厳しい顔に切り替わる。
私も気持ちを引き締めて水晶玉の前で脚を組んで座禅を開始する。
開始からしばらく時間が経って、私は違和感に気づく。
動かないでいることが苦しくないのだ――これまでは座禅をして動かないでいると胸のうちからムズムズとした感覚が込み上げてジッとしていられなかったが、今はまるで静かだ。
それどころか意識をより深く、鋭く保つことすらできる。
昨日の細田さん達との修行の成果が早くも出ているのかもしれない。
「――よし。もうええぞ」
「…………ふぅ、今日は一回も叩かれなかったよ」
「うむっ。正直、ビックリじゃ。たった一晩で集中力が爆発的にあがっとる」
「ふふん♪ ちょっとコツを掴んだのよ。ロリっ娘(男の娘も含める)たちのおかげかな〜」
目の前の水晶玉は透き通ったまま、向こう側の景色を歪めて映している。
カクタンにどれくらいの時間集中できていたのか聞くと、なんと三時間も続いていたらしい。
やっぱり、ロリには私を成長させる無限の可能性がある――そう確信した。
「えっと、じゃあ、今日の修行は終わり? なら、カクタン、原付のってみる?」
「ふむ……その前におぬし伝えておかねばならんことがある」
「なになに? そんなに改まっちゃって」
「その“ろりっこ”とやらのおかげでおぬしは急成長を遂げた。故に修行の段階を次のステージに進めようと思う」
カクタンが神妙な顔をするので、どんな爆弾発言が飛び出してくるのか身構えていたが、修行を次の段階に進めるという言葉に拍子抜けをくらう。
「なーんだ! 身構えて損したよ〜。そんな怖い顔していうもんだからどんな爆弾発言が来るかと思ったよ」
「まだ、話は終わっとらん。最後まで聞かんか」
「はいはい、わかりましたよ〜」
「ノカ。ワシはおぬしに“魔術”を教えない」
………………えっ?
予想しないタイミングで不発弾と思われていた爆弾が爆発し、私は覚悟を決める間もなく衝撃をもろに受けて思考が停止する。
〜乃香の一言レポート〜
カクタンに「小さな女の子には変身できないのか?」と聞いたところ、答えは「できることはない。ただ、威厳がなくなるのでやらないだけ」だそうです。
いや、良いと思うんだけどなぁ〜。ロリババァならぬ“ロリジジィ”
字面だけ見るといよいよカオスですが、簡単いったら男の娘が精神だけ年取ったみたいな感じですよ。新ジャンルの予感!
次回の更新は6月15日(金)です。
どうぞお楽しみに!!




