第三十七話 “しゃもじ”と“怒声”と“悲鳴”の毎日
修行が開始しました! ここから時間の流れがかなり早くなります。
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翌日、修行の一日目――。
ロリコン村長の鬼畜の所業によって『私とマリアちゃんで楽しく修行♡計画』は引き裂かれ、私はカクタンと共に修行にマンツーマン修行を受けることになった。
こうなってしまった大きく理由は二つ。
一つは、修行をする人数が多く、ベリー村長だけでは人手不足だから。
どうやら、私とマリアちゃん以外に彼から魔術および魔法の指導を受ける人物『Ⅹ』がいるらしい。
となると、『Ⅹ』の正体はマリアちゃん以外の子供あるいは、げんき村の住人の誰かということになるが……いったい誰だろう? さらに気になることに、彼は明らかに私を『Ⅹ』から遠ざけていた。
つまり『Ⅹ』本人が魔術・魔法を習っていることを私に知られるのがマズい人物――――やっぱり、山形さんが怪しいな。
あの消費期限ギリギリの女狐め……腐りかけの色気を使ってピュアで単純でアホなベリー村長をたぶらかしやがったな!
果物や肉、魚――世の中の“生もの”は腐りかけると最後の足掻きといわんばかりにその風味を最大に発揮する。
それは、『女』という生物も然り。そして、山形 絵美という『女』はもうすぐ消費期限を迎えようとしている。
“腐敗”であれ“発酵”であれ彼女の状態は今、まさに『完熟』! しかし、その実態は甘美な香りを振りまきながら、引き寄せられる獲物を喰らう食虫植物!!
もし『Ⅹ』が山形さんというなら、マリアちゃんにも悪い影響が出かねない! なんとしてでも――!!
――バシンッ!!
「余計なこと考えるな。精神を統一せぇ」
私は推理の途中で肩に強烈な一撃を叩き込まれた。
痛みの正体は分かっている。カクタンが木でできた巨大なしゃもじみたいな道具で私に「喝ッ!!」を入れたのだ。
私は現在進行形で修行中。そして、その修行とは実にシンプルな『座禅』。
目的もいたってシンプルでいわゆる『心頭滅却』であり、私の集中力の向上を目指したものだ。
「やっぱりじっとなんてしてられない! このままじゃ、マリアちゃんが危ないわ。一刻もはやく救わなきゃ――手遅れになる前にッ!!」
「救いようがないのはお前さんの頭のなかじゃ。まったく、精神が乱れまくっとる。よくもこんな短時間で思考をコロコロと変えられるのぉ」
「まぁ、女の子ですから。考えることがいっぱいあるんですよ」
「じゃからって三十分も集中できんとは……おぬし本当に一級魔導師を目指しとるんか?」
カクタンが呆れた様子でため息を吐く。
そう……二つ目の理由とは、私の集中力不足。
元々、何か一つのことに集中するという行為が苦手だった私は、「落ち着きがない」と小・中・高・大&弟から言われ続けた人生だ。
これまでは、個性だからと目を逸らしていたが今回の魔術・魔法には高い集中力が求められるこの状況では言い訳の余地なく、こうして修行せざるを得ない。
「目指してますよ!」
「なら、せめて一時間はできるようにならんとな」
「い、一時間も……!? カクタンは私に死ねと……?」
「アホか、最低ラインじゃろうが」
「――いてっ!」
しっかりせい、とカクタンが私の頭に軽くしゃもじを落とす。
すると、私の目の前に置かれた黒く濁った水晶玉が透明で澄み切った色に変わる。
この水晶玉は対象の心の濁りを移すことができる代物らしく、私が邪なことを考えると中が黒く濁るのだとか……。
そして、彼が持っているこの巨大しゃもじは邪念を払うことができる“便利なしゃもじ”であり、あれにひっぱたかれると頭のモヤモヤ消えてすっきりする。
「――というか、マリアちゃんのこと考えるのがどうして邪なんですか? 私はただ純粋に彼女を愛してるだけです! それがロリコンというものです!!」
「その『愛』が歪んどるんじゃろ。だいたい家族でもない人間が母親以上に溺愛するなど……」
「カクタン。あなたは今、全世界のロリコンを敵に回しましたね。よろしい、ならば戦争だ――いてっ!」
「バカなこという暇があるならさっさと続きをやらんか。今のおぬしに必要なのは修行じゃ」
と、カクタンは再び私の頭にしゃもじを落とした。
このしゃもじは厄介なことに邪念だけでなく、そのトリガーとなる怒りの感情すらもきれいさっぱり消してしまう。
つまり、怒るに怒れない状況がずーっと続いているのだ。
「とにかく、心頭滅却。これを目標にまずは三十分、水晶を濁らせることなく意識を集中させつづけるんじゃ」
「はーい。よし……! 必ずマリアちゃんを取り戻す!!」
私は頷くと再び水晶玉の前に座って掌を組んで、静かに目を薄っすら開けた状態で意識を研ぎ澄ましていく。
考えない……何も考えず、心頭滅却…………しん、と――――Zzzzz。
「バカたれーー! 誰が寝ろといったぁあ!!」
――バシンッ!!
振り下ろされる“しゃもじ”、カクタンの怒声、そして私の悲鳴の日々はしばらく続く。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
カクタンと共に修行を始めてから二週間が経った日の夜のことだった。
私は自室にとあるお客さん達を招いていた。
「はーい! ということで、今から細田さん達には私の修行に付き合ってもらいたいと思いまーす!!」
「うっす!」
「意味がわからーん!」
「ん? んん?」
三人の細田さん(ゴブリン)は三者三様のリアクションをとった。
Aはやる気満々に賛成、Bは意味がわからないと怒声を飛ばす、Cは……うん、わかってないね。
集中力が足りないというなら、集中力をアップできるアイテムで修行をすればいい。
私はげんき村にあるボケ防止のグッズをかき集めていた。
ぬりえ、トランプ、ジグソーパズル、知恵の和などがベッドの上に広げていた。
「ですが、姉御。修行をするのは結構ですが、どうして俺たちを?」
「ん? それはねぇ……」
「くだらん理由だったら帰るからな」
「いや……なんていうか。カクタンの修行法って私にはあわないのよね~」
カクタンには申し訳ないのだが、どうも彼の修行方法は私の肌には合わないのだ。
一言でいうならそう――、
「めっちゃ退屈ッ!!」
あれから二週間、なんとか三十分はできるようになったものの、それでも三回に一回は寝てしまいカクタンにしゃもじで叩かれる始末。
悪いのは、もちろん私。
けれど、合わないものは合わないのだ。それに、今は時間がない。
なら、合わない修行法を続けるより自分に合った修行法を行ったほうが良いに決まっている。
――という持論を展開した私に、Bはあ然と口を開いた。
「退屈……。貴女はそんな理由で私達を呼び出しのか!?」
「いや、だって本当につまんないだもん」
「バカか! 修行に楽しいもつまらんもあるか」
「――いてっ! 叩くことないじゃない! カクタンもBも私の頭をペチペチ叩きまくって――――私は木魚かッ!!」
Bは飛び上がると私の頭頂部を素手でひっ叩いた。
ここ二週間で私が頭を叩かれた回数はすでに三桁の大台に乗っており、いよいよ頭部の変形が懸念されはじめていた。
その心配もあって、私はBに向かって少し語気を強めて言い返すと、彼は顔をしかめて踵を返す。
「帰る」
「おいおい、待てよ。理由はともあれ姉御が一緒に修行したいっていうんだ。やらねぇわけにはいかねぇだろ」
「くだらん。なにが“修行”だ。それはどこからどう見ても玩具だ。私は遊びにきたわけじゃない」
「遊びじゃないよ! 修行だよ!!」
知育玩具を鼻で笑うBに私はムキになって反論する。
集中力を鍛えるのに、これほど有用なアイテムは他にないというのに……いや、まてよ。このまま私が意地を張ったって意味がない。
ここは一つテンプレなやり方だが、試してみるか。
「はは〜ん、分かったわ! B、あなた自信がないんでしょ?」
「はぁ? 何を言っている? こんなもの、口笛を吹きながらでもやってみせるさ」
「なら、やってみせてよ!」
「いいだろう!」
Bは二つ返事で私の安易な挑発に乗っかった。
チョロすぎでしょ!? もう少し粘ってよ。仕掛けた私がびっくりしてるわ。
Bの煽り耐性の低さに驚いている私にAがそっと耳元で囁く。
「さすがは姉御、あいつを巧みな話術で誘導するとは……」
「あはは……うん、ありがとう」
いや、褒められても嬉しくないんですけど……。
「すごーい! ノカは騙すのが得意なフレンズなんだね」
「ほめてないよね!? それただの悪口だよね!?」
Cの天然ゆえに容赦のない悪口が私の胸にダーツのように刺ささってくる。
そんなつもりなかったのに……私は泣きそうになりながら、というか半泣きになりながらベッドの上のパズルを引っ張り出す。
「じゃあ、まず、このパズルからやってみましょう……」
「姉御、それはなんです?」
「これはねぇ、こんなふうに一枚の絵が何個ものパーツに分かれてるの。で、こうやって一度バラバラにして戻してあそぶ――じゃなかった、修行するのよ」
「うーん、それって意味があるんですかねぇ? 一度、完成したものをバラバラにしてまた戻す……人間は面倒なことをするんですね」
Aは口に指に当てて意味が分からない、と首を捻った。
確かに、冷静になって考えてみれば、せっかく完成している絵をバラバラにして、再び組み立てるなんて無意味な作業にも程がある。
だが、Aよ……パズル相手にそれを言っちゃあ、おしまいでしょ……。
「――まぁ、とにかくやってみよう! ね?」
「うっす!」
「おー」
「速攻で片付けてやる……!」
三人ともやる気になってくれた。
特に、最初は嫌々だったBが一番やる気になっていた。
私はパズルが入っていた箱の中にピースをぶち撒けて、最初のデモンストレーションとして「こういうふうにやるんだよ」と適当なピースをパズルの上に置いた。
続いて、細田さん達も箱の中からピースを取り出して、パズルの上に置こうとするが……。
「ぉ……んっ、掴みにくいな……」
「もてない……」
「あぁ、そっかぁ。細田さんの手ちょっとゴツゴツしてる細かいピースを掴むのは難しいかも……。あ、そうだ! 変身とかできないかな? できれば人間に」
ゴブリンである細田さんの手は人間とは違って三本しか指がなく、その指も関節が太く曲げにくく、細かいものを持つのには適していない。
ここは一つ人間に変身してもらったほうが都合が良い。
人間に変身すれば、万が一この場を他の人間に見られても問題はない。
「できないことはないが……あまり気が進まんな」
「そこをなんとかッ!」
気が進まないと渋るBに私は手を合わせてお願いする。
気持ちは分からなくないが、やっぱり人間体であるほうがいろいろとこの村では都合はいいのだ。
しばらくBは黙っていたが、やがて了解と諦めが混じった大きなため息を吐いた。
「……了解した。やる、と言ったんだ最後までやるぞ――」
「エヘヘッ……よっしゃあ! 変身――!」
「へ〜んしん――」
AとCが変な変身(?)ポーズをとり、Bが目を閉じた瞬間、彼らの身体を真っ白な光が包み込んだ。
その光の眩しさに私は思わず目を瞑ってしまう。
しばらくして――、
「姉御、目を開けてください」
「ん……っ。――――えっ!?」
どうやら変身が完了したらしい。
私はゆっくりと瞼を開けた。
すると、眼前に飛び込んできた光景に思わず目を疑った。
〜乃香の一言レポート〜
今回は前回できなかった『魔法』についてのまとめです。
・魔法とは?
魔術と相対して知られていますが、どちらも『魔力による現象の発現と操作』ということになりますが、原理が大きく異なります。
魔術は自身の魔力を源力としますが、魔法の源力は星に流れる魔力の流れ『龍脈』の魔力を使用します。
・メリット
自身の魔力を消費する魔術とは違い、星の魔力を使うため自身の魔力を消費することはなく、ほとんど無限に使うことができます。
さらに、魔力の質が違うので魔術と比べ威力が桁違いです。
雷属性で比べた場合、同じ魔力量でも魔術では『静電気』程度でも魔法では『十万ボルトッ!!』くらいになります。
・デメリット
一見すると非の打ち所がない魔法ですが、大きなデメリットがあります。
まず、人間が使える魔法は『一つ』しかありません。
例えば、ベリー村長は水属性の魔法を使えますが、逆にそれ以外は使えません。
そして、ここが最大のデメリットで『精霊と契約しないと魔法は使えない』ということです(精霊については後述)。
精霊を召喚できる人間がそもそも少ないので魔法を使う人間も必然的に少数となります。
・精霊について
龍脈の魔力はいうなれば発電所から生産された電気そのものです。
そんな高電圧の電気を市販の電化製品に流せば当然、壊れます。
そもそも無理なのですが、龍脈の魔力を人間が直接、取り込もうとすると体が文字通り『壊れます』。ミンチです……。
そんな魔力を人間用に変換してくれる変電所のような存在が『精霊』なのです。
精霊は『星の申し子』とも呼ばれ、龍脈と繋がる力を持っています。
人間が使える魔法の属性は契約した精霊が司る属性となるのです。
・今日の魔法の在り方
自由度の低い魔法ですが、その威力は他の魔術の追随を許さないため、魔法を使える魔導師は『魔法』の属性にシナジーのある魔術の属性を覚え、魔法を切り札とされていました。
しかし、最近では魔法の属性にシナジーのある魔術の属性が自分の得意な属性である可能性は低く、魔法のことを考えるあまり自分の長所を潰しかねないというリスクがあるので、あくまで今日の魔法の在り方というのは『魔術の補助』として見られることが多いようです。
また真面目にレポートを書いてしまった……コフッ!!
次回の更新は6月8日(金)です。
お楽しみに!!




