第三十六話 魔術と魔法 ③
ベリー村長にロリコン疑惑!? もう、この村はダメかもしれない……。
*
「見せてやるわ。本物の“砕岩水掌”をな……」
カクタンがニヤリと笑うとベリー村長が頷いた。
そして、再び……岩の前に立ち魔力を静かに研ぎ澄ましていく。
砕岩水掌の二撃目を準備している。
「先の砕岩水掌は魔術によるものじゃったが、今度の砕岩水掌は魔法によるものじゃ」
「魔術と魔法……」
「先も見たとおり、魔術は己の体内ある魔力のみを原動力にしとる。対して、魔法はこの星に流れる自然の魔力……『龍脈』と呼ばれるものから魔力を吸い上げ、原動力とする」
「りゅーみゃく?」
カクタンの説明にマリアちゃんが首を傾げる。
無理もないだろう。ファンタジー好きの私なら分からなくはないが、こんな小さな女の子に『龍脈』なんて言葉が分かるはずもない。
カクタンは細く蓄えられた白い髭を撫でながら少し考える。
「まぁ――つまり、あれじゃ。お前さんの体には『血』が流れとるじゃろ? その血を通す管は『血管』じゃな? 血を魔力とするなら、龍脈はいわば星の血管みたいなものじゃ」
「ふーん、そっかぁ」
「はぁ……分かったのか分からんのか。まぁ、ええわ。直接、見せたほうが早いじゃろ」
そう言って、カクタンはゆっくりと目を閉じた。
すると、彼の立っている周囲の地面から透明の魔力がうねうねと動きながらミミズのように湧き出てくる。
うわぁ……なんか、エロ同人の『触手』みたい。
『触手』といえば、なんかタコが食べたくなっちゃったな。『タコわさ』とか居酒屋に行ったら絶対、頼むもんな。
でも、この世界にタコを食べる文化ってあるのかな? あのやけにエロティックなぬるぬるの触手生物、もし私がタコを知らない文化圏の人間だったら食べようとは思わないもんな……っていかんいかん、また余計なこと考えてると先生に怒られちゃう。
「これが、龍脈の魔力じゃよ。この取り込んだ魔力をベルリオーズへ渡すことで初めて奴は『魔法』を使うことができる」
「だったら別にカクタンが魔力を取り込まなくても、ベリー村長が直接やればいいんじゃ――」
「そりゃあ、無理じゃよ。人間には星の魔力と繋がる能力がないからの。まぁ……たとえ、繋がれたとしても龍脈の強力な魔力に身体が耐えきれずミンチになるのがオチじゃろうがな」
「うげぇ……グロい」
どうやら世の中そんなに甘くないらしく、星から直接魔力を取り込めば実質、無尽蔵の魔力を手にできるじゃん! と考えていた浅はかな私の思惑はカクタンの言葉であっさりミンチにされた。
「だから、ワシら“精霊”がいるんじゃよ。龍脈の強力な魔力を人間用に調整して渡す。まぁ、星と人の仲介役じゃな」
「へぇ〜、そうなんですね。じゃあ、精霊を召喚できたら誰でも魔法が使えるようになるんですね」
「いや、精霊と契約を交わせるのはほんの一握りの人間じゃ。そこから、魔法を使うことができる人間はさらに限られる。しかもな、魔法は魔術と違って使える属性が一つしかない」
「えぇ? そうなんですか?」
うん、とカクタンは頷く。
彼曰く、理由は彼自身にもよく分からないが人間はなぜか魔法において使える属性がたったの一種類しかないとか……。
その属性は契約した精霊に依存したもので、ベリー村長の場合は契約した精霊が水を司るカクタンだったため、彼が使えるのは水属性の魔法のみとなる。
「昨今の魔術と魔法の在り方は、あくまで魔法は魔術の補助というのがセオリーじゃな」
「使い勝手の魔術と威力の魔法ってところですね」
「お前さん、一級魔導師を目指しとるんじゃろ? なら、魔術と魔法は」
そうじゃの〜、とカクタンが返す言葉が見つからなかったのか、適当な返事をしてベリー村長のほうへ歩いていく。
途中、準備運動のつもりか腰をニ〜三回回すと、パキリッと少し離れた私達にまで聞こえるほど嫌な音がした。
「あいたたた……もう、歳じゃの。じゃ、まぁ、パッパッとやるか」
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。ほら、カクタンのおじいちゃんの魔力を見て!」
「うわっ……! 本当だ。すごいことになってる」
マリアちゃんが興奮気味に指を指すのも無理もない。
カクタンから溢れ出している魔力の量が尋常じゃないのだ。
水色に染まった水属性の魔力が空を裂いて、天に突き刺さる柱のように上空までそびえ立ち、大気が震え、風が唸る。
その魔力の柱の中央にいるカクタンもさっきの好々爺な印象から一変し、厳粛に引き締まった表情になる。
彼から溢れてくる底知れぬ迫力に全身の鳥肌が止まらず、ゾクゾクと背筋に悪寒が走る。
「あれ全部、魔力なんだよね?」
「すごい……! 魔法ってこんなにすごいんだ……ッ!!」
「――――うん」
なんて……なんてものを私は習得すると嘯いてしまったのだろう。
昔、ラノベやアニメで憧れていた。「魔法があれば、人生なんて楽勝なのに~」と。
でも、今、私が目にしている魔法はそんな思想の欠片を持ち込むことすら許されない『聖域』ともいうべき境地。
それは、私がこれから辿る目指す道の険しさを物語っていた。
「なら、いくかの……」
「――はい」
カクタンの一言にベリー村長が頷くと、龍脈の膨大な魔力が水晶玉ほどの大きさに一気に圧縮される。
大気の震えはより一層その激しさを増して、胃の中身が逆流しそうなほどのプレッシャーが私達を襲う。
そして、カクタンからベリー村長へ圧縮された魔力の塊が宙を伝って渡される――。
一瞬の完全停止の後、ベリー村長の掌底が魔力の爆発と共に目の前の大岩に叩き込まれた。
「砕岩水掌・改――ッ!!」
その瞬間、私の視界に流れていた時間の流れがひどく緩やかになり、岩が破壊される瞬間をありありと見ることができた。
まず、ベリー村長の掌底によって生まれた衝撃は大岩の重厚などてっ腹を貫通して風穴を空けた。
そこまでが、彼の純粋な体術によるもの。先と比べて明らかに鋭さと威力が増していたが、それでも岩を砕くまでには至らない。
しかし、それでは終わらなかった。
カクタンが龍脈より引き出し、ベリー村長に渡した膨大な魔力によって生まれた『水』が無数の刃のように鋭く岩を内部から切り裂き、破壊していく。
実際の時間にしてほんの二秒ほどで、十メートルはあろうという岩が木端微塵に砕かれた。
「ふぅ――――」
残心、ベリー村長が厳しい表情で静かに息を整える。
砕けた岩の雨と弾けた水でできた虹を眺めながら私とマリアちゃんは魔法の圧倒的な破壊力に呆然としていた。
「…………」
「…………」
岩を完全破壊したベリー村長は満足げな表情でこちらに戻ってくる。
カクタンも腰を押さえながら「お~、いたい」とか言いながらちょこちょこ歩いてくる。
「ま、六十点と言ったところじゃの」
「そうですね。やはり、少し連動が上手くいかなかったので改善しないとですね」
「ワシも歳じゃからのぉ~。そろそろ隠居じゃの」
「なに言ってるんですか。あなたより長生きしてる師匠だって現役なんですから、まだまだですよ」
「アホか、ワシみたいな老いぼれ幻獣とあの化け物と一緒にするな。ありゃ、もう人間どころか生物すら辞めとる女じゃぞ」
どうやらカクタンもカシンさんを知っているようだが……しかし、あの人は本当にいい噂がないなぁ。
「どうでしたか? 魔術と魔法の大まかな違い、分かっていただけたでしょうか?」
「あんなこと、本当にあと四ヶ月でできるようになるんですか?」
「それは、あなたの努力と才能の次第ですね」
「ばっさり言ってくれますね」
一級魔導師の門は狭い。
天賦の才と血反吐を吐くような鍛錬を重ねた『天才』と呼ばれる存在が世界中から四年に一度、集い――そして、その中のたった一人のみが一級魔導師になることができるのだ。
「えぇ、こればかりは言葉を濁してもあなたに利益はないので。では、カクタン、後は任せます」
「ん、請け負った」
「――後は任せた? どいうこと?」
後は任せる――って、ベリー村長が先生じゃないの? 戸惑う私に彼から後を任されたカクタンが含みのある笑みを浮かべる。
「実はな、ワシが呼ばれたのには魔法を披露する以外にもう一つ理由があるんじゃよ」
「えっ?」
「それはな、ワシがお前さんの修行をつけることになっとるからじゃ。ま、いわゆる“専属こーち”というやつじゃな」
カクタンによる突然の専属コーチ宣言に私は「えっ? えっ?」と間抜けな声を上げて狼狽するしかなかった。
どういうことだ! 説明しやがれ!! とベリー村長のほうへ視線を移すと彼は少しバツの悪そうな笑みを浮かべて、
「僕にも指導ができる人数には限りがあるので……乃香村長はげんき村でカクタンが指導を行います。分担作業というやつですね」
「いやいや、私とマリアちゃんだけでしょ!?」
「まぁまぁ。いろいろ事情があって乃香村長まで手が回らないのですよ」
「事情ってなんですか? はぐらかさないでくださいよ」
失礼なことをズケズケと言ってくるベリー村長にしては珍しく『事情』なんて曖昧な言葉を使って私をハブにする理由を話そうとしない。
はっ! まさか……この男、マリアちゃんを独り占めにするつもりか!! とうとう本性を現しやがったなロリコン村長がッ!!
「………………チッ」
「そんなに睨まないでくださいよ。あと、舌打ちしないでください。あぁ、えっと……か、カクタン! 理由を説明してあげてください」
「(おい! ベルリオーズ……! 貴様ッ!?)――んんっ。まぁ、単純な理由としてはお前さんとそこのガキが一緒に修行をしたところで釣り合わん」
「あ? 釣り合わない?」
「お、落ち着かんかい。いいか、よく聞け。お前さん、ベルリオーズが魔術や魔法を見てる間に何度、他ごとを考えておった?」
他ごと……? カクタンの問いかけに私は怒りを一旦引っ込めて冷静に思考をまわす。
言われてみれば、結構、他ごとを考えていたかも……。
「つまり、今のお前さんには『集中力』が致命的に欠けておる。魔術にしても魔法にしても高い集中力の持続が求められる。今のお前さんは魔術・魔法の修行をするスタートラインにも立っとらんということじゃよ」
「…………」
「このマリアとかいうガキはこの歳で既に魔術をマスターしとる。じゃが、お前さんはどうじゃ? お前さんがそこのガキを大切に思っとることはよーく分かった。だからこそ、お前さんもこの娘の足を引っ張るようや真似はしたくないじゃろ?」
「…………ん、わかった」
依然として、ベリー村長が怪しいのは変わりないが確かにマリアちゃんの邪魔になってしまうのは事実だろう。
くそっ……! くそぉ……ちくしょおおおおおお!!! 私は断腸の思いで頷いた。
無力な自分自身がこんなにも憎いと思ったことは生まれて初めてだった。
「……私、必ず一級魔導師になってみせる! そして、マリアちゃんをロリコン野郎から取り返す!!」
「あのぉ、何か勘違いしてませんか?」
「そうじゃ! 小娘、その意気じゃ!!」
「えっ? なになに? よくわかんないけど、たのしそー!」
こうして、私の天使を取り戻す修行が始まりを迎えた。
〜乃香の一言レポート〜
カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリーぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。カルルス=ベリー、ぶっ○す。
あら、いけませんわ。私ったらつい……。
お許しあそばせ。今日は『魔法』についてまとめるつもりでしたのに……既にレポートが埋まっていましたの。
えぇ、なので『魔法』のまとめは時間がとれるときでよろしくて? あら、そうですの? 恐れ入りますわ。
では、次のお話でお会いたしましょう。ごきげんよう。
次回の更新は6月6日(水)です。
どうぞお楽しみに!!




