第一話 ようこそ! カルルス村へ!!
*
――私は生きているのかな? それとも、死んだ?
確か、みんなで手分けして避難しようとしたところを光の壁が膨らんで……それに飲み込まれて、今は真っ暗で――どうなってるんだろう?
「――あッ……」
試しに、思いっきり息を吸い込んでみた――。
うん、大丈夫……呼吸は、できる。
肺の奥に流れ込む空気がひんやりと冷たく、全身にじんわりと広がっていく。
呼吸ができ、温感があるということはとりあえず、『生きている』ということにしとこう。
意識も戻ったことだし、とりあえず、次は目を開けて状況を確認しなきゃ。
「ううっ! 眩しい……」
あちゃー、どうやら朝まで気を失っていたっぽいな、こりゃ。
太陽の光が目に差し込み、私は思わず瞼を閉じる。
どうやら、光に飲み込まれたときに原付から投げ出されたのだろう、全身に打撲に似た痛みが走る。
「――あっ、お目覚めになりましたか。良かった……少々、強引な召喚でしたので目が覚めないかと心配しましたが、大丈夫なようですね」
突然、地に伏した私の真上から聞きなれない若い男性の声が降ってきた。
私は全身に走る痛みも忘れて反射的に立ち上がり、声のする方へ振り返る。
「――――ッ!?」
「……どうされましたか? どこか痛むところでも?」
……ほぉ……。
…………ふぅん……。
………………なんだ、ただのイケメンか。
「――うぉ!? イケメン!」
私は驚きのあまり、野太い声を出してしまう。
――あぁ、いかんいかん。
完全にアニメで推しキャラが出てきた時の声になってしまった……。
さてと、気を取り直して……目の前のイケメンに目を向ける。
パッと見て、歳は私と同じくらいか、少し上だろう。
ややウェーブのかかった柔らかそうな見事な金髪、キリッと整った眉毛、優しそうなスカイブルーの瞳の奥には猛禽類のような鋭さが隠れている。
――なにより、その日本人離れした白い肌とシュッとした顔立ち。
誰が見ても、『イケメン』と即答できるようなイケメンがそこにはいた。
「おや、すいません。驚かせてしまいました」
イケメンが後ずさりする私を見て少々驚いた素振りを見せて、はにかむ。
元々、細目だった彼の目がさらに細まり糸目になる。
その笑顔からは優しさと……言い知れぬ圧迫感が感じられた。
まるで、笑顔の下で私を警戒している――そんな風に感じる。
「えっ、えっと……あなたは?」
「申し遅れました。私の名はカルルス=ベリー。カルルス村の村長をさせていただいております。気軽に“ベリー”とお呼びください」
「は、はぁ……?」
自分で尋ねておいて失礼とは思うが、私は思わず首を傾げてしまった。
カルルス……ベリー? 名前からして、どう考えても日本人じゃないよね? いや、まぁ、顔見りゃ分かるんだけど……。
それに、服装もなんだか変だ。
質素だが、およそ日本で見慣れない独特な服の上から真っ黒な外套を羽織っている。
何より、彼のこの恭しい言葉遣いと態度には些か、嫌な予感を覚える。
「この度は召喚に応じていただき心より感謝申し上げます……」
ベリー村長が、深々と頭を下げる。
「い、いえ、とんでもないです!」
日本人……いや、私の悪い癖だ。
口上がどういう内容であれ、反射的に頭を下げる。
これでは、まるで、相手が望んだことを承諾してしまったようなものだ。
――だから、私が先のベリー村長の言葉に違和感を感じた時にはもう、遅かったのだ。
「あぁ、良かったです。救世主様はとても物わかりの良い方で」
「そ、そんなことは……ない…………ですよ?」
それ見たことか、ややこしくなりそうな言葉が聞こえてきた。
『救世主』? 『召喚』? この二つの言葉を私のアニメやラノベに浸った脳があってはならない答えを導き始めていた。
……。
…………。
………………ここって、もしかして。
――いやいやいやいやいやいやッ! ないッ! それは、断じてないッ!!
だってありえないもん! ありえないからそういう作品はロマンがあって面白いだけであって、もしそんなことが現実に――
「いえいえ、だいたい他の世界から来られる方々の大半は混乱されて事情を説明するのが大変だと聞きます。貴女のような理解ある方を召喚できたのは幸先が良い」
起こっちった…………。
ベリー村長が目の前で屈託のない笑顔を浮かべているが、私の視界から彼がどんどん遠ざかっていく気がする――。
まるで、頭を金槌で殴られたような感覚に思わず、立ち眩みを覚える。
でも、これは紛れもない事実だ、目は背けられない。
「えっと……ここはどこですか?」
「カルルス村……ですが?」
「ちなみに、『日本』あるいは『ジャパン』という言葉を聞いたことは?」
「? ありませんね」
うん、あれだ……。これは、あれだね……。私、私――――、
「異世界キタァーーーーッ!!!」
愛知 乃香、二十歳。人生初の異世界転移を経験しました。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
しばらく時間が経った後……。
私はなんとか、落ち着きを取り戻してベリー村長に召喚の経緯を尋ねる。
「――えぇと、ベリー村長。私を召喚した理由を聞きたいのですが?」
正直、事態はまったく飲み込めていないし、私が異世界に転移してしまったなんて未だに信じられない。
けど、ここで取り乱したところで状況は悪い方へ傾くばかりだ。
幸い、目の前の『ベリー』と名乗る男は私に対して非常に友好的でかつ、私が異世界から来たということも把握してくれている。
彼から情報を聞き出し、この事態をより冷静に把握する必要がある。
「はい、実は――――」
ベリー村長は私を『救世主』として召喚した経緯を話してくれた。
彼が村長を務めるカルルス村は『べリリ』と呼ばれる女神にえらく気に入られているらしい。
その女神から村にたいして毎年毎年、いたずらが行われていたらしいが、どれも可愛らしいものだったらしい。
しかし、今年のいたずらは『いたずら』の限度を超しており、村長を含めた村の人間では対処できないので、外の世界の人間を呼び寄せたというわけらしい。
「と、言うわけで外界の人間であればこの事態を解決できる、とプポン様の予言で……」
「――なるほど」
それで、私はこの世界に呼ばれたと……。
まぁ、よくある展開だ。呼び出された理由も割としっかりしている。
だとしても――
「だとしても、“げんき村”もろとも召喚するとは……」
そうなのだ、この世界に召喚されたのは私だけではない。
この世界に召喚されたのは私を含めた『げんき村』そのものが異世界に来てしまったのだ。
まぁ、ラノベ的にはよくある展開に違いないけど……。
「どういう手違いか、乃香さんだけでなく、乃香さんのいる村ごと召喚してしまったようです。いやぁ、お恥ずかしい」
ベリー村長は照れたように後頭部を搔く。
そして、正確にいえばここは村ではなく老人ホームなのだけれどね。
ちなみにベリー村長に私を“救世主様”と呼ばせるのは恥ずかしい上にくすぐったいので止めてもらった。
「ですが、ベリー村長の手違いは私にとって、嬉しい誤算でした」
「……? というと?」
「あの人達も一緒に連れてきたのですから」
私は背後の集会所の方に顔を向ける。
ベリー村長もなるほど、と頷く。
そう、私と共に召喚されたのは『げんき村』だけじゃない。
この老人ホームに住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんも一緒に召喚していたのだ。
今は、私より先にベリー村長に起こされていた宮崎さんの指示でげんき村に住んでいる人達は全員、集会所に集まっている。
「そうでした。しかし、乃香さんの村の方々はとても落ち着いていらっしゃいますね」
「まぁ、そうですね」
それには私も同意見だ。
おじいちゃん、おばあちゃん達は異世界に来ても、混乱するどころか、まったくもって平常運転だった。
やれ、景色がきれいになっただの、空気がおいしくなっただの、イケメン(ベリー村長)がいるだの――緊張の『き』の字もない様子だし。
特に、アニメ大好きの勝じいは「この年で異世界転移とかギネス世界記録じゃね?」と歳も考えずに飛び跳ねて、走って、踊って、大喜びしている始末――。
そんなギネス世界記録は存在しません! 仮にあったとしても、そもそもどうやって申請するんですか!
……まったく、これじゃあ、多少なりとも混乱していた私と宮崎さんがまるでバカみたいだ…………。
「でも、そのおかげでこうして今のところは大きな混乱もなくベリー村長とお話ができていますから、結果的には良かったのでしょう」
――そう、『今のところは』ね。
不安因子が一人いるのだ。
山形さんはここが『異世界』と知るなり、パニック状態に陥ってしまった。
宮崎さんがなんとか説得して一応、落ち着きは取り戻したものの、今も集会場のトイレに籠城したきり出てこようとしない。
これが普通だ。誰だって、急に知らない世界に放り込まれたらそうなるだろう。
ラノベやアニメの観すぎで変な耐性がついてる私や、能天気なおじいちゃんやおばあちゃん、混乱こそしているけど目的を見失わない冷静な宮崎さん達とは違う。
アニメも見なければ、ラノベも読まない、神経質でヒステリックな彼女が冷静でいろという方が無理な話だよね。
「それはこちらとしても嬉しいことです。それで、先ほどのお話ですが……今日にも私の村の方に話をつけてきます。おそらく、召喚されたのがあなた達と知れば彼らも受け入れてくれるでしょう」
「私、個人としてもベリー村長の提案には賛成です。きっと、あの人達も賛同するでしょう。でも……」
「彼女ですか?」
「はい。ひどく取り乱していて。もちろん、彼女抜きで事を進めればいいのでしょうが、それでは先々にどんな障害は発生するか分かりません。あくまで、この提案を受け入れるかどうかは『げんき村』の総意として決定したいんです。ですから、一晩だけ待ってもらえませんか?」
ベリー村長は私の言葉に真剣な面持ちでゆっくりと頷いた。
実は、私はベリー村長からとある提案を受けていた。
それは、この先、私達がこの世界で生きるためには必要なことだと思うし、カルルス村にとっても利益となる、とベリー村長が言っていた。
それは――――この『げんき村』と『カルルス村』とを合併させて共存するというものだった。
〜乃香の一言レポート〜
実は山形さん、施設のみんなに黙ってブログを開設してるんですよwww しかも、その内容がけっこうH・・・おや、誰か来たようです。
次回の更新は明日、9:30です! どうぞ、お楽しみに!!