三十三話 村長の見るべきもの
師匠さんが乃香村長に一級魔導師の試験を受けさせるにはもう一つの理由があるんですね。
*
「よく聞け、げんき村の村長さんよ。テメェはもちろん分かってるつもりだろうが、あそこは『村』じゃない。そうだな?」
「……はい」
「仏山町げんき村だっけか? 『村』なんて名乗っちゃいるが、ようは変わった形をした『老人ホーム』だ。ま、んなことオレが言うまでもねぇわな」
「…………」
荒っぽい言葉遣いは変わらないのに、師匠さんの口調はひどく事務的で私情を交えない冷徹とすら思うほど静かで淡々としていた。
げんき村は『村』じゃない『老人ホーム』なんだ――当たり前の事実を当たり前に言われただけなのに、その言葉は重く私にのしかかった。
……うん、分かってた。
いつかは向き合わなくちゃと心の片隅で思っていた。きっと、今がその時なんだ。
「もう、オレの言いてぇことが分かったろ? 十年後、げんき村にいる住人の半数以上は――」
「師匠! それ以上は……ッ!!」
師匠さんが当たり前の事実を告げようとしたとき、ベリー村長が横槍を入れた。
そんな彼に師匠さんは鋭い眼光で睨み、黙らせる。
「黙ってろ、ベルリオーズ。オレは乃香と話してんだ。それに、最初から分かったはずだ。こいつにげんき村の村長としての自覚と覚悟があるんってんならな」
「しかし、だからと言ってそんなに淡々と口にしていいものじゃ――」
「ベリー村長。ありがとうございます。私を気遣ってくれて……でも、これは私が目を逸らしちゃダメだと思うんです」
「……乃香村長。あなたは――」
私はベリー村長に気遣いは不要だと、笑顔を作ってみせたが顔とは裏腹に私の声は沈んでいた。
そんな私をベリー村長が悲壮な声と目でこちらを見つめる。
知ってたよ……でも、「先の話だから。今は関係ないから」ってずっと目を背けていた。
私が村長として見なければならない『現実』。
「わかってました。あの日からずっと……いつか、こうなるって――」
「………」
げんき村は『老人ホーム』で、十年後にそこに住んでいる半数以上の人達が――――どうあれ、この世にはいないことを。
勝じい、和子おばあちゃん、勲おじいちゃん……あの村に住む大切な皆が私の目の前からいなくなってしまうことを、もう二度と会えなくなることを。
私は下を向いて唇を血が出るほど強く噛み締めて、溢れそうになる感情を堪える。
泣いちゃダメだ! 下を向いて泣いていたって何も変わりゃしない。
前を向いて今と向き合わないと……! 私は一度、息を大きく吸い込んで呼吸を整え、師匠さんとしっかり目を合わせた。
「ごめんない。取り乱しました……大丈夫です。続けてください」
「――フッ、いい眼だ……。続けるぞ? まあ、簡単な話、テメェが一級魔導師になってこの世界の各地を巡れば情報を集めるだけじゃない。テメェの村の宣伝もできるってことだ。一級魔導師が村長を務める村なら住みてぇと思う奴はそれなりにいると思うぜ」
「つまり、今回のお手伝いは私の村の入植者確保の宣伝も兼ねていると……」
「テメェが一端の『村長』を名乗るってんなら、明日のことも大事だが――十年後や二十年後の未来を見据えて行動しろ。今から十年後に向けて動いたって早すぎることはねぇよ」
師匠さんは最後に紫煙を吐き出して、煙草を机でもみ消すと話を締めくくった。
結果として、野菜の苗は三日後、銀の鍵を用いてカルルス=げんき村に搬入すると師匠さんは約束してくれた。
報酬を前払いしてんだから必ず合格しろよ? と脅迫じみた激励の言葉ももらって交渉は見事、成立した。
「今日はありがとうございました。師匠さん、意外と優しいんですね」
「ま、テメェはもうオレの弟子みてぇなもんだしな。世話くらいしてやるさ。っていうか弟子だろ? あんだけ口うるさく“師匠さん”って言ってるもんな」
「それは、師匠さんの名前を知らないからで……。まぁ、弟子にしてくれるのは嬉しいですけど」
「ったく、可愛げのねぇ弟子だなぁ。まぁ、いい。オレの名前は“カシン”。ヤサカ カシンだ。覚えとけ、バカ弟子」
最後に、カシンさんは笑みを浮かべると私の頭にぽんっと手を置いてくしゃくしゃと撫で回す。
しっかりやれよ……と、背中を押されている気がして私の背筋がしゃんと伸びた。
「――――はいッ!!」
私は今できる精一杯の声で大きく頷いた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
三日後の朝、ベリー村長と共にカルルス村の外れにある森の境に向かうと山のように積み上がった麻袋が置かれていた。
中には夏に採れる野菜を中心とした多くの種や苗が入っていた。
「さっすが、カシンさん! 性格はあんなんでも、仕事は安心と信頼のクオリティですね」
「ま、僕達の師匠ですから。やるときはやるひとですから」
「ですね〜。さてと、この麻袋を運びますかね。――おーい! 岩田さ〜ん!!」
私が呼びかけると、二体の岩田さんが山のような巨躯を揺らしながら森の奥から現れる。
柵を設置した後も岩田さんには村の巡回をお願いしている。彼らのおかげで村の安全は守られているといっても過言ではない。
今日、岩田さんを呼び出したのは他でもない、この麻袋を運んでもらうためである。
「おっ! 岩田さん、きた~。そこそこ、はい。止まってとまって~」
「「…………」」
アダムとイヴは二体仲良く並んで私の前に佇んだ。本来であればベリー村長に鋳造されたアダムは彼の言うことしか聞かないのだが、今回の作業を機に私の指示もアダムが聞いてくれるようにしてもらったのだ。
「はい! じゃあ、今日は二人にはこの麻袋をは運んでもらいます!」
「「…………(コクリ)」」
二体は全くの同タイミングで頷く。よしよし、私の言うことにもしっかり反応してくれている。
しかし、いくら頼りになる岩田さんと言えど、二体だけでは時間がかかってしまう。
そこで、今回、岩田さんをアップグレードして新機能を付けました! さて、お披露目タイムですよ!!
「よし! 岩田さん、トランスフォーム!!」
私がカシンさんよろしく指パッチンすると、岩田さんがぶるんと震えてスライムのように不定形の半液体状になる。
スライム状に溶けた岩田さんは三十個の小さな個体に分裂すると、再び人型に変形する。
岩田さんをそのまま縮小コピーしたような三十センチ程の大きさの岩田さんJrが六十体、麻袋を取り囲むように現れた。
これがアップグレードにより追加された岩田さんの新機能『分裂』である。
岩田さん一体につき、最大三十体まで分裂可能である。
「よし! 岩田さ〜ん、運んじゃって!!」
「「「「「「…………(コクリ)」」」」」」
六十体の岩田さんが一斉に頷いて、麻袋を抱きかかえてカルルス村を目指して一列で歩き出す。
でっかい岩田さんもカワイイけど、列をなしてトコトコと歩く岩田さんJrもぬいぐるみのようで可愛らしい。
まぁ、抱きつこうものならカッチカッチのゴッツゴツで抱き心地はまったく可愛くないけどね。
最後の岩田さんが麻袋を持って行ったところで、私達は余った袋を抱えて村に向かう。
「――よいしょッ! じゃあ、私達も行きましょうか」
「そうですね」
「…………」
「……? どうかしましたか?」
「いえ、なんでも……」
私は麻袋を一袋抱きかかえているが、これがそこそこ重い。小学校低学年くらいの重さはある。
そんな袋をベリー村長は涼しい顔をして十袋を軽々持ち上げているのだ。
爽やかなイケメン王子風な顔をしてるけど、この人、行動が何気にバスターゴリラなんだよなぁ……。おめぇはガ〇ェインかっつーの。
もう少しイメージを大事にしてほしいというか……まぁ、彼の頼れるところもヘタレなところも見てしまった今じゃこれ以上取り繕うイメージもクソもないんだけどさ。
「? 乃香村長、どうしたんですか?」
「いいえ、いろいろ残念だなぁ~って思っただけです」
「??」
首を傾げるベリー村長を追い越して私はため息を吐いて歩き出す。
ほんと、なんで好きになったんだか、自分でも分かんなくなっちゃいますよ――まぁ、好きですけど。
カルルス村の畑に到着したときには私の腰は動かすたびに悲鳴を上げるほど軋んでいた。
気持ちがいくら軽くなろうと身体は相も変わらず重いままのようである。そろそろ、本格的にダイエットを始めなくてはこの世界で気持ちより先に身体がもたない!
「……どっこらせっと! ――いてててて! 腰がいったぁ~」
「お疲れ様です。乃香村長、こんなことを女性に言うのは“でりかしー”というものに欠けるとは承知ですが、運動されてはどうでしょう? その、さすがに……」
「あぁ、やっぱり……そ、ソウデスヨネー」
「片言になるほど気にされていたのですか……。これは失礼なことをしました」
ベリー村長が驚いた様子で謝罪する。
おめぇの気遣いがすでに失礼なんですけどねぇ~。その発言、必ず後悔させてやる!
いつかあの無神経ゴリラに「乃香村長――いえ、乃香様! これまでの度重なる暴言と無礼をお許しください」と土下座させてやる、と心に誓って私は出かかっていた怒りをなんとか抑え込んだ。
「――じゃ、岩田さん。丸投げで申し訳ないけど、あとよろしくね」
「「…………(コクリ)」」
カルルス村の畑の前で私は二体の岩田さんJrに指示をする。
頷いたこの二体は他の個体に比べて若干大きく、胸に魔法石がはまっている。
彼らはそれぞれの分裂体の司令塔にあたる役であり、この岩田さんに与えた指示で他の五十八体が動く仕組みになっているのだ。
岩田さんJr達が一斉に袋から苗や種を取り出して指定されたところへ植えていく。
どこに何を植えるかはげんき村のみんなの意見をまとめて製作した分布図を岩田さんに記憶させてある。
言い訳をするつもりはないが、私が岩田さんに作業を丸投げしたのにはサボるためではなく、ちゃんとした理由がある。
「では、いきましょうか」
「はい!」
それは言うまでもなく、一級魔導師の採用試験までの四か月間、魔術&魔法の訓練と勉強である。
この村の未来の為に私が無駄にしていい時間なんて一日たりとも無い! 私とベリー村長は訓練をするにはうってつけの『忘れじの丘』へ向かった。
丘に到着すると、一本松の根元に小さな人影が見える。……誰だろう? こども、だよね?
「――もう、そんちょーも、そんちょー二号も遅いよぉ~。待ちくたびれちゃった……」
「……あなたは――」
退屈そうな声と共に、その子は松の影から飛び出した。
金髪の少女! そして、この甘くとろけるような声は……忘れるはずもない!
「マイ☆スウィートエンジェル! マリアちゃん♡」
「えへへ~! びっくりした? 今日から四か月間、一緒に勉強しようね♪」
マリアちゃんは天使のような笑顔で私に笑いかけた。
――嗚呼……四か月間なんて言わず、この時間が永遠に続けばいいのに…………。
〜乃香の一言レポート〜
カシンさんと雑談したときに「好きなモノはなんですか?」って聞いたんですよ。フツーは「眼球だな」って答えるのがセオリーと思うのですが、あの人はなんと……!
「うーん……“シュークリーム”かな。生地がサクサクのパイシューとか……好きだなぁ」
いや、キツいキツいwww。あのルックスと年齢で“シュークリーム”はいい歳こいて未だに「〇〇わぁ〜。✕✕っておもぃまぁすぅ〜」とか甘ったるい口調で自分のことを名前で呼んでる女くらいキっっツいわ〜。
ハハハッ! この後書きは私だけの世界だから言いたい放題言っても大丈夫なのですよ! って、あれ? カシンさん?
どうやって!? えっ、銀の鍵で……あ――――――ゴリッ……!
※これ以降、本人による書き込みはなし。
次回の更新は5月30日(水)です。
どうぞお楽しみに!!




