第三十一話 こんなもの……
いよいよ告白当日です!
*
「あたらしい~昼ですよ、っと」
――――翌日の昼下がり。
私はベリー村長との約束通り、『忘れじの丘』の一本松の下に足を運んだ。
丘からカルルス村を見下ろすと、茶色に染まった畑が私達の成果を物語っている。
しかし、私は自分の成果を確認して達成感に浸りに来たのではない。
ベリー村長から受けたプロポーズの返事をしに来たのだ。
しかし、肝心の彼の姿はなく、松の枝が春風に吹かれてただ揺れているだけだった。
「……っていないし。自分から呼び出しておいていないとか、ありえないんですけど」
私は呆れて、松の木により掛かかってため息を吐く。
まったく、のんきなものだ……私がいったいどんな思いで今日の午前中を過ごしたと思っているんだか。
昨日、決心したにもかかわらず、目が覚めた瞬間から「やっべぇ! 今日じゃん!!」と心臓バクバク。
テンパった勢いで棚の角で足の小指をぶつけ悶絶、朝ごはんのときに熱々の味噌汁を手にこぼして絶叫、そして、山形さん「うるさい!」と怒られる。
見回りのときはボーっとしていたら岩田さんに踏みつけれそうになって回避したと思ったら水を張った田んぼに盛大にダイブ――もう、踏んだり蹴ったりである。
「まさか、ビビったんじゃないよね」
こっちは朝からお風呂に入って下着まで替えて準備万端(?)だってのに! 今日は是が非でもベリー村長の口から言ってもらうんだからね!!
まさかとは思うが、本当に怖気づいたんじゃないだろうか……。
「――おのれ~! こっちは覚悟決めたってのに、あの男は自分から言い出してチキンハート!? よ~し、今から家に行って――」
「乃香村長」
チキン野郎に一喝入れてやるため彼の家に行こうとしたその時、背後から突然声をかけられる。
驚いて振り向いてみると、ベリー村長が不思議そうな顔をして立っていた。
「ベリー村長ッ!? ……って、遅くないですか?」
「すいません。なかなか僕の決心がつかなくて……家を出る前になって急に不安に。乃香村長はもう決意ができているという顔ですね……」
「えぇ、迷いは吹っ切れました。私は自分の気持ちに嘘をつかずに答えるつもりです」
「強い人だ。貴女は……」
ベリー村長が儚げに微笑んだ。
今まで、こんなにも弱々しい彼の顔を見たことがなかった。
滑稽な話だ。
ほんの数年前まで目の前にいるこの人は命令一つで簡単に人を殺める完璧な機械だったのに……。
でも、今じゃ、私一人のために言葉に迷って普段しない遅刻すらしている。
とんだ不良品だ――――だけど、私はそんな彼だからこそ好きになった。
彼が不完全というならそれでいい。その欠けたところに私が寄り添えるように……いつかは――。
「では、もう言葉はいりませんね。乃香村長……手を――」
ベリー村長は顔に浮かんでいた迷いを抑えつけて、決意を固めた。
私も彼に応えるようにそっと目を閉じて、左手の甲を差し出す。
差し出した手を彼が支えるように握って、手のひらを上に向けさせる。
あぁ、そうなんだ。この世界じゃ手のひらの方から指輪をはめるんだ……。
胸の高鳴りが聴こえてくる……私の心臓がそれだけ大きく鼓動しているのか、それとも二人とも息を忘れるほど黙ってしまっているのか、それすらも分からない、まるで時が止まってしまったかのような刹那の時間が流れ、そして――。
――――彼はソレを静かに手のひらの上に置いた。
………………ってか、なんかデカくね? つか、重くね??
いくら金属製といえど、たかが指輪だ。質量なんて知れている。
しかし、私の手のひらに置かれた物体の質量は圧倒的に指輪の質量を超えている。
あと、指輪のくせして大きすぎる。手のひらよりも大きな指輪って……いや、私の指はそんなに太くなんですけど……。
それに、質感も変だ。これは金属ってよりも……『岩石』? に近い。
「…………!?」
というか、これ穴が空いてないですけど! 指輪のくせして穴が空いてない! といかそれはもう指輪じゃない!!
「…………はい?」
おそるおそる目を開けて見てみると、私の手に置かれていたのは黄土色をした手のひらサイズの『石』だった。
うん、『石』……だね。
なんの変哲もないただの石――唯一の特徴は中央に書かれたよく分からん幾何学模様。
頭で思い描いていた光景からあまりにも遠い目の前の現実に私の思考は完全にフリーズする。
「………えっと、これは?」
「それは、召還術式が組み込まれた魔法石です。乃香村長、選んでください。貴女は元の世界に帰りたいですか? それとも……」
「えっ? あの、村長……他に大事なことってのは?」
「これを……渡すことですが?」
私は……こんなものの為に三日三晩、胸が詰まる想いに苦しめられていたというの……?
「これが……大切な、もの――」
呆然としながら、手に乗った石を眺める。
だんだんと、手に乗った石ころがなんだか、私をバカにしているように見えてきて……ふつふつと怒りが湧いてきた。
え? 勝手に勘違いした私の自業自得? いーや、あんな場面であんなややこしい言い回しをしたベリー村長が悪い! つまり、その元凶を作ったこの石も悪いッ!!
「こんな……もの――」
「乃香村長?」
私は手に置かれていた石を渾身の力で握りしめると……、
「――――いるかあぁあああああああああああああッ!!!」
怒りの咆哮と共に村とは反対の方向に全力でぶん投げた。
ぴゅーーーっ。
と間抜けな効果音が聞こえそうな放物線を描いて石は村の反対側に消えていった。
「ええええええええええええ!?!?」
普段、冷静沈着なはずのベリー村長が私がこの世界に来てから、一番の大声を上げて驚く――いや、それはもう絶叫に近かった。
肩で息をして怒りが収まらない私に彼があたふたしながら詰め寄る。
「な、な、なにをやってるんですか!?」
「はぁあ!? そんなことの為にベリー村長はわざわざ三日前から私にあんなこと言ったんですか!? 村長が三日前に言ったせいで、私、三日三晩寝るに寝れなかったんですよ! どう責任とってくれるんですか!!」
「えっ? いや、だってこれは大事なことで……」
ベリー村長にとってはどうやら、私が元の世界に帰るかどうかは相当大きな問題だったらしい。
しかし、その回答ならほんの三日も考えることなく即答した。
焼酎飲みながら少女の前で答えてやったわ!!
私は元の世界には帰りません! 私はこの世界で生きていきます!! ってな!!!
「おい、カルルス=ベリー。あなたは私に帰ってほしいんですか?」
「いや、そういうつもりではなくて……! その、作業も一段落しましたし、プポン様と話し合って……ですね――」
「はいはい、それで私にあんなもの渡したと? バカですか、あなたは? ベリー村長、私達はまだ土を戻しただけですよ。一段落ぅ? まだ、始まったばかりです。むしろやるべきことはこの先、山積みなんですから……バカな気遣いする暇があるなら、元に戻した畑に植える野菜でも持ってきてください!!」
「はい……ごめんなさい、でした」
ベリー村長がしゅんとなって頭を下げた。
こうして、三日三晩に渡って私の心を苦しめたはた迷惑なベリー村長の告白はお互いに残念な結果に終わりましたとさ……めでたしめでたし。
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・・・・・・
・・・
「――ぎゃはっはっはっはっ!!! やべーぞ、笑い死にしそうだ! テメェ、オレを殺す気か!? あ〜、腹いてぇ〜!」
およそ女性が発しているとは思えない下品な笑い声が店内にうわんうわんと響く。
ここは海賊街のバー『銀の鍵』。
畑を元に戻した一週間後、私とベリー村長は再び海賊街を訪れていた。
なぜ、師匠さんが爆笑しているかというとつい一週間前のことの顛末を雑談とベリー村長への当てつけも兼ねて師匠さんに報告ってやったのだ。
そうしたら師匠さんとフレアちゃんは爆笑、効果は抜群だった。
「笑い事じゃないですよ。ほっっっんとにこのバカ村長には迷惑したんですから」
「ま、仕方ないわよ。この男、昔っからここぞってときに頼りないんだから」
「童貞だしな! ハッハッハ〜!!」
ちなみに童貞のくせにアソコはデカイぞ? と聞きたくもない情報を加えてくる。
この人にはモラルってものがないのだろうか……?
師匠さんとフレアちゃんはひとしきり笑ったあと、判決を下す。
「ま、つまり……」
「そうね。これは……」
「えぇ、言うまでもなく……」
「「「――カルルス=ベリー、有罪!!」」」
私達、三人は見事なほど声を揃えてベリー村長の有罪を告げた。
「ここに僕の味方はいないのですか……」
がっくりとベリー村長は頭を落とす。
女性三人に有罪と言われ、さすがの彼もぐうの音も、屁理屈すらでないようである。
「――さてと、おい、乃香。テメェ、わざわざこんな話をしに海賊街に来たわけじゃねーだろ?」
師匠さんはいつもの通り、カウンター席に座って酒を仰いだ。
もちろん、雑談をするために海賊街を訪れたわけではない。
彼女とはカルルス=げんき村が次のステップへ進むための交渉に来たのだ。
「えぇ、今日は私から師匠さんにお願いしたいことがあってきました」
「なるほど、おもしれぇ。よし、座れ…………交渉といこうじゃねーか」
師匠さんニヤリと口を歪めて、自分の隣の席をポンポンと叩いて、座れと合図する。
私は頷くと彼女の隣にそっと腰を掛けた。
〜乃香の一言レポート〜
今回の怒りを『怒りの六段活用』で表すなら“ムカ着火ファイヤー”くらいですね。
2013年の流行語大賞を取った『激おこプンプン丸』もすっかり死語になっちゃいましたね。
そろそろ日本語ルネサンスがやってきて『いとをかし』とかが流行語大賞にならないですかねぇ? ま、異世界にいる私には関係ないんですけど……。
次回の更新は5月25日(金)です。
お楽しみにー!!




