第二十九話 モヤモヤ……。近くて遠い二人の距離
デロリアンほしい……。
デロリアン手に入れたら、競馬とか株で大ヤマ当ててハワイ旅行や! ハッハッハ〜!
*
「じゃあ、私、戻ります。いいですか? くれぐれも村のみんなに弱気な態度は見せちゃダメですよ。次、あんな態度みせたら、また怒りますからね?」
「分かりました」
「しっかりしてくださいよ?」
「はい……」
私はベリー村長を挟み込むように彼の両腕を二回、パンパンと叩いて最後の喝を入れる。
その後、私達はそれぞれの持ち場に分かれて、それぞれの集合場所に向かう。
彼と別れた後、私は彼が追ってきていないかチラッと後ろを向いて確認する。
チラッ……チラッ………チラッ――――、
「…………」
最後にもう一回……チラッ――うん、いないね。
うん、よし…………、
「あぁあああああああぁ……!! やっちゃったぁ……どうしよう!? 私、ベリー村長のこと思いっきり叩いちゃったよぉ〜! あ〜、もう絶対、怒ってるじゃん……」
私は自分の顔を両手で思いっきり挟み込んでムンクの『叫び』のような顔をして身体をくねらせる。
完全にやっちまった……。つい情けないことを口走ったベリー村長に腹が立って加減もせずに一発、全力の平手打ちをしてしまった。
ついカッとしてやった、後悔しています……。
あぁ、タイムマシンで一時間前に戻って一時間前の私にドロップキックかましてぇ〜!
「あぁ……どっかその辺に“ドク”か“デロリアン”落ちてないかなぁ〜」
って、ここ異世界だったわ……と、ため息を吐いて後悔を背負い込みながらトボトボとげんき村に続く一本道を歩いていく。
師匠さんならワンチャン「時間の逆行ぅ? あぁ、楽勝楽勝(ほじほじ)」って言ってくれそうだけど、あの人の職種的にそんなことしてくれないよなぁ〜。
「そりゃ、カッとなった私も悪いけど、ベリー村長だってあんな情けないこと言うから…………」
「――乃香ちゃん?」
「えっ!? うわっ! 勝じい!? どっから湧いてきたの?」
「ずっとそこにおったよ。いや、集会所にいなかったからのぉ。心配で見に来たら、ブツブツ言いながら歩いてくる乃香ちゃんを見つけたんじゃよ」
誰が湧いてくるじゃ、ワシはゴキブリか! と勝じいはいつもの調子で私を小突いた。
でも、私の気分がダダ落ちしているので彼のおちゃらけた調子についていけない。
「あぁ、ゴメン……」
「どうしたんじゃ? なんかあったんか?」
「いや、うん、まぁ……ベリー村長に怒鳴っちゃってさ」
「ま、あれだけ一緒に居ればケンカの一つや二つするもんじゃよ。ケンカをするってことはそれだけ乃香ちゃん達の距離が縮まったってことじゃな!」
勝じいはそんなこと気にするな! と私の肩を励ますように力強く叩く。
ケンカならまだ良かった。それならきっとまだ私はもう少し彼への怒りで元気だっただろう。
でも、違うんだ。
私はあの時、一方的に彼に怒鳴り散らして、彼の意見に耳を貸さずひたすら自分の思いをぶつけてしまった。
それだけじゃない――。
彼の目を見たあの瞬間から、私の胸に巣食ったこのモヤモヤしたよく分からない感情がずっと私を苦しめているのだ。
「うん、ありがとう。くよくよしてちゃ、ダメだよね! 頑張らなきゃ!!」
「…………」
「よーし! 行こう、勝じい!! たぶん、勲おじいちゃんが怒ってるだろうから」
私は勝じいをこれ以上心配させまいと空元気を出して無理に前を向いて歩き出した。
勝じいは何も言わず、心配そうな顔をして後ろをついていくだけだった。
きっと、彼は私の空元気なんてとっくにお見通しなんだろう……。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
その後、集会所に戻った私は勲おじいちゃんのお説教、山形さんの私怨がこもったお小言を頂戴して、予定通りに三班に分かれてカルルス村の土壌の浄化作業に取り掛かった。
まずは、勝じいをリーダーとした作業A班にカルルス村の共用畑を浄化してもらった。
トラクター四台と耕運機を積んだ軽トラ二台が私の後ろに続いて並ぶ様はさながら小さな軍事パレードのようだった。
「――はーい! じゃあ、作業開始してくださーい!!」
カルルス村に入ったA班の面々は私の号令で一斉に作業を開始する。
まず、トラクターで大まかな面を浄化、残った端や面と面の隙間は耕運機や手作業で浄化していった。
そして、作業開始から一時間と三十分後……。
「すげぇ……もう、終わっちゃったよ」
「そりゃ、こんだけ機械を使えばこうなるじゃろうよ」
なんということでしょう。
あの禍々しい黒と紫の土に覆われた畑は豊かな薄灰色と茶色の土に戻りました。
そして、匠の粋な計らいにより、畑には畝が整然と並ぶ見事な畑へと生まれ変わりました。
「なんか、呆気ないなぁ〜。計画に移すまではすっごい時間と手間がかかったのにさ」
「それで良いんじゃよ。実行までにしっかり準備したからこそ、順調に事が運ぶんじゃ。何の問題も起こらない、これに勝る成功はないんじゃよ」
勝じいは「よくやったもんじゃ」とニコニコしながら、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ま、そういうもんですかねぇ〜」
と、私は浄化が完了した畑を眺めながら少し誇らしげに呟いた。
その後、二回目の浄化作業まで時間があったので、カルルス村の畑の前にビニールシートを敷いて、その上で胡座をかいてあつ〜いお茶を啜りながら談笑していたときだった。
「――いやいや、“オクラホマミキサー”一択でしょ!?」
おじいちゃんの一人が座ってる私を見てニヤニヤしながらこちらに向かってきた。
「おーい、乃香ちゃん。ベリーさんが来とるよ!」
「はっ? えっ!? ベリー村長が!? なんで!?」
勝じいの思わぬ言葉に私は慌てて飲み込んだお茶の熱さも気にならないほど動揺して、立ち上がる。
よりにもよって、今一番、会いたくて会いたくない人物がそっちからやって来るとは思いもしなかった。
私は急いでカルルス村とげんき村の境へ向かった。
すると、げんき村の一本道を巨大な影と、その前を歩く人の群れが黒の外套の人物を先頭にこちらに向かって歩いてきていた。
「あの大っきいのは岩田さんだなぁ……で、先頭の黒いのがベリー村長か。ま、ちゃんとやってるようで安心したよ……」
忘れじの丘の前で別れたときは「大丈夫かよ、こいつ……」と思っていたけど、ああして先頭を堂々と歩いているところを見ると、どうやら調子は取り戻したようだ。いや、というかそうじゃなきゃ困る。
そして、私とベリー村長達はそれぞれの村の境界で顔を合わせた。
「――進捗状況の確認に来ました。それと、子ども達が乃香村長がちゃんとやってるか心配だと言ってきたので……特にマリアさんがですね」
「そんちょー二号! 真面目にやってる?」
「は〜い♡ まじめにやってま〜す!」
私はバカみたいに手を挙げて真面目をアピールする。
真面目もクソもない腑抜けた表情になるけど、やっぱり、マリアちゃんは私の癒やしだわぁ〜。
このまま、マリアちゃんを愛でても良かったが、むしろそうしたかったけど、仕事は仕事。
ベリー村長が進捗状況の確認に来たというなら、こちらも同じようにしなければならない。
「カルルス村の共用畑の浄化は完了しました。残るはプポンさんのところだけです。そちらはどうですか?」
「おぉ、素晴らしい。こちらは木材の切り出しと術式の施術は終わりました。後は組み立て作業のみです」
「了解です。どうか、事故のないように」
「はい、そちらも皆さんの体調と事故にはくれぐれも気をつけてください」
しかし、私とベリー村長の会話は恐ろしく簡潔に無機質に終わった。
今の私は、誰がどう見ても……私自身でもぎこちないってわかる。
すると、私とベリー村長の様子が気になって後ろからつけてきたおばあちゃんの一人から黄色い歓声が上がる。
「――まぁ、可愛らしい! 乃香ちゃん、この子達はカルルス村の子達ですか?」
私の張り詰めた気持ちを打ち壊すように、背後から黄色い歓声が上がる。
この声は、給士班の和子おばあちゃんだ。
あ、そっか……和子おばあちゃんは元学校の先生で、子ども達が大好きだったな。
「あ、うん。そうだよ。で、この子はマリアちゃん」
「まぁ、素敵なお名前ね。私は秋田 和子。どうぞ、“ワコ”と読んでくださいな」
「うん! よろしく! ワコおばあちゃん!!」
「はい、マリアちゃん。よろしくお願いしますね」
マリアちゃんは持ち前の明るさで元気よく挨拶を返した。
そんな彼女に和子おばあちゃんはニッコリとした笑顔を浮かべると村の子ども達をビニールシートの上に集めた。
どこから持ち出してきたのやら、彼女はお手玉を取り出すと、四つほどポイポイと器用にジャグリングのように投げて、唄を歌い始めた。
「いっちばんはじめは〜いちのみや〜♪ にはにっこ〜うとうしょうぐ〜♪ さ〜んにさくらのとうごろぉ〜♪」
あ、これアレだ……元の世界で十五時になると、ラジオから聞こえてきたんだよな。
フルバージョンは初めての聞くかも。
「しはまたしなののぜんこうじ〜♪ いつついずものおおやしろ〜」
「乃香村長、彼女が歌っているのは数え唄ですか?」
「はい、あれは私が元いた世界の有名な神社仏閣が並べられています」
「なるほど……。僕の世界にもこんなふうに物を数えるための唄がありますね」
「へぇ〜、今度教えてくださいよ」
「いや、僕はさすがに恥ずかしいですよ」
なんて言いながら、ベリー村長は少し照れたような笑顔を浮かべる。
私と彼の間にあった距離が縮まった気がした……。
「むっつむらむらちんじゅさま〜♪ ななつはなりたのふどうさま〜♪ やぁっつはやわたのはちまんぐぅ〜♪」
不思議なものだ……住む世界、文化は違えど『歌』には世界や文化を越え、人と人との距離を縮ませる力がある。
いつの間にか、ブルーシートの上にはげんき村の皆と、カルルス村の子ども達が当たり前のように一緒に座っていた。
「――ここのつこうやのこうぼうさん♪ とおぅでとうきょうしょうこんしゃ♪ っと、はい。おしまいです」
和子おばあちゃんは四つのお手玉を二つづつ手に収めて、唄を括った。
「すげーッ! おれにもやらせてー!」
「わたしもわたしも!!」
お手玉と数え唄は子ども達には大好評のようで、B班の作業が始まるまで、和子おばあちゃんと子ども達とでお手玉&数え唄講座が開かれた。
異文化に興味津々のベリー村長も子ども達と一緒になって参加していた。
そして、それに付き添うように私も参加して、二人の離れた距離はまた少しだけ近くなった――――。
〜乃香の一言レポート〜
今回、和子おばあちゃんが唄っていた『一番はじめは一宮』は私の出身地である名古屋の大○ういろのCMソングとして使われています。
ちなみにこのCM、時報の後に流れるCMなのですが、時報は時報でとある有名な企業が担当しています。
どこか分かりますか? ヒントは『褐色の恋人』のキャッチコピーが有名です。ク○エちゃんじゃないですよ?
次回の更新は5月21日(月)です!
どうぞお楽しみに!!




