第二十五話 宣誓! 私、異世界で村長始めます!!
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はぁ……疲れた。
まったく、この人達ときたら一度、そう思い込んだら聞きやしない。
おまけに、半狂乱になった山形さんを鎮めるのにベリー村長と協力して説得して――――それだけで一時間近くかかってしまった。
「なんじゃい! 足が痺れただけかい!」
「でも、それだけで『お姫様抱っこ』してもらえるなんて羨ましい〜」
「青春ですねぇ〜、あたし達が若い頃は――」
「あぁ! もう! 昔話を始めないの!! 作業が始まらないじゃん!!」
ことあるごとに昔話をしたがるのはお年寄りの悪い癖だ。
人生経験豊富なのは分かるけど、今は作業! とにかく作業!!
さっさとあの忌まわしい女神の呪いを解いて、カルルス村の畑を復活させなければならない。
それが、私達がこの世界に呼ばれた理由なのだから――。
「あぁ、分かった分かった。ほれ、みんな、乃香ちゃんが頭に角を生やすぞぉ〜。移動じゃ移動」
「誰のせいだと思ってんのよ!」
「ほーい……」「へーい」「はーい」
「…………」
勝じいがみんなをまとめてなんとか移動は始まったけど、なんだか締まりがない。
いや、元々、おじいちゃんおばあちゃんしかいないのだから締まりも何もないんだけど、それでもこんなに全体の雰囲気が弛緩してると思わぬ事故を招く可能性だってある。
なら、雰囲気の引き締めとまではいかないけど、せめてもう少し『まとまり』をつけたほうがいいよね。
「――みんなッ! 聞いてください!!」
私はえっつらほっつらカルルス村に向かっていた皆を呼び止める。
もう何度目になるだろうか、皆の注目の視線が一斉に集まる。
でも、最初の頃に比べたら緊張もほぐれて、ずいぶんと落ち着いて考えも纏められる。
「まずは、皆さんに改めてお礼を言いたいと思います。あの時、私の背中を押してくれてありがとうございました。あなた達がいたからこそ、今の私がある……そう思います」
「…………」
すると、緩んでいた空気が一変、そこにいる誰もが私の言うことに真剣に耳を傾けてくれる。
――そうだ、これが村長として……いや、集団の長に立つ者として必要な資格。
自分の言葉で全体の雰囲気を変えることができる力――この世界に来たばかりの私には絶対にできなかったこと。
でも、多くの出会いを通して私はようやくその器になる為のスタートラインに立てたんだと思う。
「……そして、山形さん。あなたにも言うべきことがあります」
「な、なによ……?」
「あの時の私に向かって『ガキ』ってはっきり言ってくれたのはあなた一人でした。もし、あなたがあの時対立してくれなかったら、私は自分が未熟であると気づくこともなく、何の成長もしなかったでしょう。だからこそ、私に自身を見つめ直す機会をくれてました。ありがとうございます!」
「………………なによ、それ」
私は困惑する山形さんに向かって深々と頭を下げた。
へへへ……! これが私流の『仕返し』だよ♪ あえて対立していた相手に感謝することで自然と私が相手を『許してやってる』みたいな雰囲気を作る作戦は大成功だ。
でも、別にさっき言った言葉が嘘というわけでもない。さっき言った言葉は全部、本当だ。
私は二十年という年月を生きるなかでいつの間にか、自分が『おとな』になっていたと勝手に思い込んでいたんだ……。
「もちろん、私はまだまだ未熟な『こども』です。この先も、皆さんにいっぱい迷惑をかけるでしょう。上手く村の運営ができないかもしれない、隠し事をするかもしれない、宴会の度に酔っぱらって暴れるかもしれない――――あぁ、最後のは一生治らないかも……」
「「「「ハハハハハッ!」」」」」
少し空気が張り詰め過ぎていたので、ここらで少し空気を緩める。
みんなの呆れた笑い声が程よい緊張感と和やかな雰囲気を生み出す。
ここで、私は皆に一番言いたいことを言う――――。
「――敢えて言います。それでも、私はこの村の、皆の『村長』です……。皆さん、ついてきてくださいッ!! 私、がんばりますから!」
言い切ったぁ! これまでの人生で一番いいスピーチなんじゃね? 録音しとけばよかった~!
……なんて、冗談は置いておいて、これで少しは雰囲気も良くなっただろう。
――パチパチパチパチ……
すると、どこからともなく、小さな拍手が生まれる。
それがやがて、全体に伝染していき割れんばかりの拍手が私に向けられる。
「乃香ちゃん! よぉう言い切った!」
「さすがはワシらの乃香ちゃんじゃ!!」
「凄くよかったよ~! かっこよかった!!」
「よッ! 我らが村長――!!」
ふと、拍手喝采のなかに目をやると、山形さんもそっぽを向きながら小さく拍手してくれていた。
ふぅ……、これでなんとか全体の意志統一ができた! あとは……事に当たるだけだ!!
さ~て、やってやるぞ! 私は思いっきり歯を見せてみんなに笑いかける。
「――みんなッ! がんばろッ!!」
「「「「――――オオオオオオオオーーッ!!!」」」」
この日、私ははじめて本当の意味でみんなの『村長』として前に立てた……そんな、気がする。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
決起集会が終了した私達は作業の準備の為に一旦、各々の家に戻り、一時間後に作業は開始されることとなった。
私とベリー村長は今日の互いの動向の確認の為に集会所で打ち合わせを行うことにした。
宿直室(現・私の寝床)の机に互いの村の地図を広げて、向かい合ってそれを覗き込む。
「――乃香村長。先ほどの熱意のこもったスピーチ、お見事でした。貴女もすっかり一人前ですね」
「もう、そんなに褒めても何もでませんよ? 畑は元に戻しますけど」
「充分過ぎる対価です。褒めた甲斐がありました」
「村長もだいぶ冗談を言うようになってきましたね。――それで、本日の作業工程はどうなっていますか?」
よし、ここからは仕事モードだ。
切り替えていこう……!
「はい、今日は住宅エリア周辺を中心にゴーレム――岩田さんを二人用いて柵を設置します。範囲はだいたいここからここまでです。この範囲だけでも完成すればそれだけで防護柵としての役割は十分に果たせるでしょう」
「分かりました。よろしくお願いします」
「それで、そちらは今日はどういう予定ですか?」
「こちらは、げんき村の住人全員を三班に分担します。作業班を二班、補給給仕班を一班で構成し、作業班を交代しながら作業をし、必要な物資を補給給仕班が担当します。私はそちらの作業の様子を見て連帯を取りながら指揮に当たります」
全体を三班に分けることで、作業の効率化と負荷の分担を図る。
そして、三班のリーダーにはそれぞれ、作業A班には勝じいを、作業B班には勲おじいちゃんを、補給給仕班には和子おばあちゃんを、それぞれ私が最も信頼を置いている人に担当させている。
さすがはゼネコン大手元社長の勝じいの提案した作業形態。
人の動かし方を熟知した無駄なく、無理なく、安全なやり方だ……。
――パーフェクトだ、勝じい。
「……さて、思ったより早く終わってしまいましたね」
「三十分くらい余っちゃいましたねぇ〜」
この集合までの間に生まれた三十分というのは実に使い勝手の悪い三十分である。
何かをするには少し短いし、雑談をするには少し長い……かといって三十分間も黙っていられるほど私の神経は図太くない。
ほどよくこの『三十分』を潰す方法……それは――
「まだ少し時間があるのでお茶でも飲みますか? そういえば、宮崎さんがこっそり隠していたお茶菓子もありましたし……」
「そうですねぇ、お言葉に甘えていただき――」
「――はいは~い♡ お茶ですね!? すぐに淹れまーす♡」
「……げっ! 妖怪アラサー女!?」
「おや、絵美さんではありませんか?」
いったいどこから湧いてきたのか、山形さんが突然、扉を開けて私達の間に乱入してきたのだ。
その猫なで声たるや、全身に悪寒が走るほどだった。
その堂々たる媚の売り方に呆れを通り越して感心すら生まれる。
「はい、廊下を通っていたところたまたま声が聞こえたのでお邪魔しました。ちょうど、打ち合わせも終わってるみたいだったので、私がベリーさんにお茶を淹れて差し上げようかと……♡ それと、おい、コラ、誰が妖怪だ?」
まさかとは思うが、私達が打ち合わせをしている間、ずっと扉の前で聞き耳を立てていたんじゃないよね……。
だとしたら、それは求愛というなのストーキング行為に他ならない。
『恋』は人を狂わせるっていうけど、アラサー独身女をストーカに変貌させるとは……恐ろしい。
「そうなのですか。絵美さん……では、お願いできますか?」
「はい! よろこんで♡」
「――――っ!!」
山形さんは村長の言葉に満面の笑顔を浮かべて宿直室からスキップで出て行った。
なんというか、ゲリラ豪雨並みに強烈な登場だった。
あんなキャラクターだっけ? あの人……?
「絵美さんは気遣いもできて仕事も積極的にこなす素晴らしい女性ですね」
「その評価は一度改めたほうがいいですよー」
「そうなのですか? 僕には彼女がとても素敵な女性に見えますよ」
「まぁ、仕事ができる――ってところは認めますけどね……」
これはイカンな、ベリー村長が鈍すぎる。
普通あんなことされたら世の男性のほとんどがドン引きするというのに、この鈍感系ラブコメ主人公みたいなこの人はあろうことか、山形さんを『素敵』呼ばわりしている。
心が広すぎるというのも困り者だなぁ……あれじゃ、あの人ますます増長しちゃうよ。
「乃香村長は、彼女のことが苦手なのですか?」
「うっ……! また、直球に聞いてきますね」
「僕と乃香村長の間ですからね、余計な遠回しや包み隠しは不要でしょう」
「ま、それもそうですねぇ。――えぇ、まぁ、今でこそ村長のおかげであの人は協力してくれていますが、それでも……ほんの数日前まで対立していた関係ですからね、負い目がないわけじゃないんです」
私は自分の心情を正直に告白した。
ぶっちゃけ、ほんの数日前まで『敵』だった人間があっさり和解して、あろうことか味方のリーダー格に接近している状況を私は良く思っていない。
ゲームやアニメの世界とは違うのだ。
一度、亀裂が入った人間関係を元に戻すことは不可能に等しい。確執が生まれてしまった以上、どうしたってそのことを意識せざるえない。
その『確執』を受け入れて、許して、再び互いの距離を詰められる人こそ『おとな』なのだろうけど、私にはまだそれができそうにもない。
「……いつか、その溝も埋まるといいですね。はっきり言いますが、僕はそちらの人間関係の問題に首を突っ込むつもりはありません。それは乃香村長自身が解決すべき問題ですから」
「はい、それは分かっています。これは私が解決しなきゃならない問題ですから……!」
自分の言葉をしっかり胸に刻み、私は決意を固めて前を向く。
これは『村長』としての問題ではなく、『愛知 乃香』としても問題だ。
だから、ベリー村長の手助けを借りるつもりはない。
ちょうど、その時、宿直室の扉が開かれてご機嫌な山形さんがポットとカップ、そして茶菓子を持って部屋に入ってきた。
「お待たせしました! ア・ナ・タ♡ あ、間違えちゃました! テヘペロ♡」
「ありがとうございます。絵美さん」
「………………」
和解ねぇ……。うーん、ほっときゃいいんじゃね? と思わなくもない私であった。
~乃香の一言レポート~
私は、どうしたら山形さんのことが好きになれるでしょうか?
……そうですね、例えば、『薬か魔法で山形さんが少女になる』とか。
ふむふむ………………あー、ダメだ。全然、可愛くねぇわ! 彼女は『クソガキ』にはなれても『ロリ』にはなれねぇわ――――ペッ!
やはり、私が人類愛に満ちた聖女みたいな性格の人間に生まれ変わるか、山形さんが素直で可愛げのある妹キャラの少女に生まれ変わるしか道はないみたいです。
魔法を習得した暁には『男女問わず、相手を理想の少女に生まれ変わらせる』という魔法を開発したいと思います。
応援、よろしくお願いします。
次回の更新は5月9日(水)12:30です。
どうぞお楽しみに!!




