第二十三話 いざ! 新たな私と次の課題
懐かしい(?)人が出てきますよ!
*
その翌日の朝のこと、私とベリー村長はげんき村と魔の森との境に来ていた。
バカな飲み方したなぁ……と、こめかみを襲う頭痛に後悔を覚えながらもなんとか自室に戻り朝方に起きて、ベリー村長との約束の時間に間に合った。
社会人の「昨日、飲み過ぎちゃったけど仕事だから行かなきゃ……」って気持ちがよく分かった。
「うぅ……」
しかし、この当たり前のような奇跡は岩田さんなくして起こらなかった。
というのも、松の木の下で潰れていた私をまだ日が昇らないうちにこっそりと回収して、集会所の前まで運んでくれたのだ。
運ばれた記憶は無いが、その証拠に朝起きたときに口の中がジャリジャリしていた。
大方、運ばれている途中で酔っ払いモードのまま目を覚ました私が岩田さんに熱いキッスをしたか、チョコレートと間違えて噛みついたかしたのだろう。
歯磨きをあんなに丁寧にやったのは久しぶりだったよ……。
「はぇ~、こんな重そうな丸太、よく一晩で搬入しましたねぇ」
「えぇ、こんなことができるのは師匠の『銀の鍵』があってこそですね」
「銀の鍵……? あぁ、そういえば師匠さんが潜伏してるバーの名前の……」
「師匠が持っている秘宝で世界と世界を結んで自由に人や物を移動させることができるもの、と聞いています。今回は例の無名都市からげんき村を繋いでもらって“ラズの魔木”を運んでもらいました」
そこには禍々しい模様が浮き出た樹皮が特徴的な丸太の山が三か所できていた。
師匠さんは約束通り、三百本の丸太を予定通り搬入したのだ。
「なるほどぉ~、ドラ○もんと同じくらい便利ですね」
「まぁ、師匠ですからね……。ところで、ドラ○もんって誰ですか?」
「そこは触れないでください。いろいろ怖いんで……」
「なるほど、“ドラ○もん”とは乃香村長の世界では口に出すのも憚られるほどの強大な力を持った存在なのですね」
間違ってるようで間違ってない少し間違ってる見解でベリー村長は“ドラ○もん”という存在に納得をつけた。
口に出すのも憚られるって……悪魔じゃないんだから。
でも、強大な力っていうのはあながち間違ってないわけじゃないよね、『地球破壊爆弾』とか持ってるわけだし。
まぁ、事態をややこしくしない為にも、とりあえずベリー村長にはそれで納得してもらおう。
「えぇ、そういうことです。どうかこれ以上は……」
「そうですか、分かりました。……それで、乃香村長。げんき村の首尾はどうですか?」
「はい、昨日のうちに勝じいや宮崎さんの協力を得て話はつけました。カルルス村の浄化は皆の体力を考慮してニ班で交代して行います。全工程は二日で完了する予定です」
浄化作業については昨日、村に帰ってきた夜に話は着けてきた。
カルルス村はげんき村ほど広大でないため、浄化作業そのものについてはおそらく一日で完了する。
全工程に二日も有する必要があるのはカルルス村だけの作業で止まらないからだ。
「二日、ですか? ずいぶんとかかるのですね? 僕の村は貴女の村ほど広大ではないはず」
「確かに、カルルス村はげんき村の五分の一ほどの面積しかありません、しかも畑ともなればおそらく半日もかからないかと」
「では、なぜ? 二日も要するのですか?」
「理由は簡単です。それは今回の一連の作業で土壌の浄化と耕地面積の拡大を行うからです」
実はげんき村はカルルス村の五倍近い面積を誇っているが、実際に人が使っている面積はカルルス村よりも少ないのだ。
それというのも、このげんき村には手つかずの畑だったものが多く存在している。
原則としてげんき村の住人は入居した際に一定面積の自由に土地が与えられるのだが、実際にその土地を使っている人は少なく、雑草だらけでまったく使われていない土地が溢れている。
「土壌の浄化が完了した次の課題として『運用』が重要視されます。そこで、げんき村に存在する荒れ地を開墾して、お互いの村が使用できる土地として、作物の安定した供給と対外的に使用できる作物の栽培を可能にする土地を確保する。というのが、狙いです」
「………………」
「ベリー村長? どうしました??」
「――い、いえ! 少し驚いてしまって……。一瞬、乃香村長が乃香村長でなかったように見えたので……」
「えっ!? それはどういうことですか?」
……今の私、なんか変だったかな?
いたって普通に今後の課題と施策について説明していただけなんだけど……。
「いや、なんといいますか……まるで別人のようにキリッとしていたので目つきが違うというか、雰囲気が違うというか――すいません、なんと言っていいか分からないのですが、とにかく見違えるようで」
「……それって、今までの私が頼りなかった……ってことですか?」
「あっ――! その、いやぁ~……あははッ、まぁ、率直に申し上げると、そうですね。正直、頼りないなぁと少し思っていました……その、ごめんなさい」
「……むぅ、そんなに素直に謝られると怒るに怒れませんね。――でも、確かにそうでした。きっと、それは私に覚悟が足りていなかったからです」
私はベリー村長の目を迷うことなく見つめる。
そう、私に足りていなかったもの、それは『覚悟』だった。
村長として、救世主として、そして何より私が私として在るための覚悟がまるで足りていなかった。
でも、それなら師匠さんにきっっっついお灸を据えてもらったのでもう大丈夫! 私はこの村の為に尽力できる覚悟ができた。
「師匠の言葉が効きましたか」
「えぇ! おかげで迷いが消えました。今度、師匠さんに会ったらお礼を言いたいです」
「そうですか。それは良かった、師匠も喜ぶことでしょう。……これで、乃香村長に僕の背中を預けられます」
「――ッ! ……もう! そんなにおだてても何もあげませんよ!」
正直、その村長の言葉はすごく嬉しかった、と私は素直にそう思う笑った。
きっと、少し前の私ならその信頼の言葉だって重荷に感じていたことだろう――。
だからこうして、自分を信じてくれる人の『信頼』を受け止めることができるだけ、私はほんの少しだけ成長できたのだろう。
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その後、私は今日の作業のリーダーを務めてくれる宮崎さんに挨拶をしておきたい、というベリー村長の要請があったので彼と共に集会所に向かっていた。
「――乃香ちゃん、おはよぉ~」
「うん、おはよ!」
「今日の作業がんばるからのぉ!」
「ありがとう! 頼りにしてるよ~!!」
「乃香ちゃん、朝からでぇとかい? ええぉ~、青春じゃの!」
「なーに言ってんの♪ デートじゃないよ!」
おじいちゃん、おばちゃん達の朝は早い。
集会所に向かう道すがら、何人もの人たちが声を掛けてくれる。
「乃香村長、大人気ですね」
「ま、一応村長ですから……」
「やはり、活気がある村というのは良いものです。見ていると、僕も元気になってくるようです」
「私もカルルス村の人達からいっぱい元気をもらいましたから、今回の作業で少しでもお返しできればなぁ〜って思ってますよ」
ベリー村長はにっこりと笑って頷いた。
この瞬間は本当に「あ、村長になってよかった~」って思える。
誰かが笑ってくれるだけで、こんなにも力が湧いてくるのだから不思議なものである。
「――あっ……」
「どうかしましたか?」
「今、急に思い出したんですけど……昨日、私、ロリちゃんっていう女の子に会ったんですよね」
「ロリちゃん? はて、そんな子いたでしょうか?」
昨日の夜、唐突に現れて楽しいひと時を共に過ごしたロリちゃんに言われた一言……それがどうしても気になったのだ。
『ヌギル』――私が似ていると言われた人物……この村にいるのならぜひとも会ってみたい。
「私その子から……ヌギル? に似てるって言われたんですよ。“ヌギル”って誰ですか?」
「あぁ、おそらく女神ヌギルのことですね。彼女はこの世界の最高神の一柱でべリリの姉ですよ」
「へぇー、あのうんこ女神のお姉さんねぇ〜。女神に似てるって言われるのは嬉しいけど、あのうんこだしなぁ〜なんか複雑」
「……しかし、この世界では神に会える人間というのは限られています。まして、女神ヌギルとなれば片手で数えるほどしかいないはず……。その、ロリちゃん――と言いましたか? 彼女はどんな人でしたか?」
ベリー村長は顎に手を当てて、少し考え込むような仕草をしながら質問を投げかける。
どんな人……どんな人って言われても普通の女の子だけどなぁ……。
私は昨日のロリちゃんとの会話を思い出しながら、頭の中で彼女の容姿を言葉にしていく。
「えっと……綺麗な黒髪を腰くらいまで伸びていて、上の服はこの世界のものでしたが、下はモンペです。年に似合わず、やたらと古くさい喋り方をする子でした。後、かわいいです」
「古くさい喋りかた……なるほど、彼女でしたか……。乃香村長、ありがとうございます」
「いえいえ、どうも……」
ベリー村長は一人合点して、それ以上なにも聞くことはなかった。
多分、彼はロリちゃん――いや、サチちゃんの正体を知っているのだろう。ただ、それを聞くタイミングを私は完全に逃してしまった。
そして、そうこうしているうちに私達は集会所の前までたどり着いていた。
さてと、じゃあ、入りますか……と、私が集会所の扉に手をかけた瞬間、内側から何者かが扉を開けた――――。
「――ちょっと、そこどいてくれるかしら? って! あ…………ッ!!」
「あ…………」
「? 乃香村長、この方は?」
扉の向こうから出てきたのは、なんと転移した直後に私と対立し、その後トイレの女王となった山形さんではありませんか!
自称サラサラと自慢していた長い髪は寝ぐせで派手に乱れ、目は今まさに起きたばかりのようにどこか焦点が合わず、ぼんやりしている。
服装もジャージを上だけ着て胸元までチャックを下ろし、黒い刺繍の入ったナイトブラが見え、しかもムカつくことに胸がデカい、そして下に至ってはおそらく下着のみだ。
――服装や顔からしてさっきまで寝ていたとしか思えない。
いくらおじいちゃん、おばあちゃんしかいないからって、そんな恰好で外に出てくるなよ。
村のイメージダウンに繋がっちゃうでしょうが!
「――えっと……こ、この人は山形さ、んです」
「あぁ、この方が。なるほど……はじめまして、お初にお目にかかります。私の名前はカルルス=ベリー。カルルス村で村長をしています。この度は私達の身勝手な召喚により貴女に多大なご迷惑と混乱をかけてしまったこと、遅まきながら此処に謝罪を――」
「………………」
山形さんはぼんやりとした目でこちらをじーっと見つめる。
寝起き故に、まだ、状況を把握できていないのかもしれない。
しばらくの間、私達に沈黙が流れる。すると、ようやく、理解が追い付いたのか、自分の姿に対する羞恥によって耳まで真っ赤に染まるのが分かった。
この村にはじいさんとばあさんしかいないと油断したところにまさかのイケメンが登場なんだもんねぇ~、そりゃそうなるわな~。
いい気味だ! せいぜい羞恥に悶えるがいい!! フハハハハハハハハハハ!!!
「い、いやだ! ちょ、ちょっと!! 聞いてないわよ!?」
「そりゃ、言ってませんよ。それに、私達も山形さんがそんな恰好で出てくるなんて思ってもみませんでしたからねぇ~」
「ちょ、ちょ、ちょっと、待ってなさいッ!!」
そう言って、人の言うことも聞かず、山形さんは大慌てで踵を返すと、自分の部屋めがけてダッシュで消えていった。
別にあんたに会いにきたわけじゃねーんだけど……。
後に残された私はベリー村長と顔を見合わせて無言で「どうします?」と尋ねた。
「まぁ、彼女も僕に言いたいことがあるのでしょう。であれば、その言葉を真摯に受け止める必要があります」
「そんな律儀にならなくてもいい気がするんだけどなぁ~……。ですが、まぁ、ベリー村長がそう言うなら……」
仕方がないので、私とベリー村長は集会所の前ではた迷惑な独身アラサー女を待つことにした。
〜乃香の一言レポート〜
届いたほぼ全ての丸太に日本語で『うんこ』とか『ちん○こ』と幼稚なイタズラ書きが彫ってありました。
師匠さんは暇人なのでしょうか……?
でも、そのうちの一本に『がんばって!』というフレアちゃんからと思われる嬉しい応援のメッセージもありました! ただ、その隣にも師匠さんのものと思われる“うんちの絵”がハエ付きで書かれていました。
師匠さんはおバカなのでしょうか……?
次回の更新は5月4日(金)22:30です! どうぞお楽しみに!!




