~幕間~
今日はベリー村長が主人公のお話です。
*
まったく、派手にやってくれたものだ……。
なにが、「少し振り払うだけだから」だ。普通に痛かったじゃないか。
師匠に吹き飛ばされ、壁にしっかりと突き刺さってしまった僕は身動きが取れないので、彼女が助けに来るのをひたすら待つことにした。
瓦礫に埋もれていると、誰かがバーから走り去る足音がした。
たぶん、乃香村長だろう……。彼女の足音が完全に消えてから、僕はそこに立っているであろう、師匠に声をかける。
「師匠、そろそろ出してもらえません? 破片が腰に刺さって痛いんですけど……」
「――ん? あぁ、ワリぃワリぃ。今、出してやるからな…………そらッ!」
師匠は腕を乱暴に掴むと、根菜でも収穫するように壁から僕を救出する。
やっとのことで、得られた身体の自由を確かめつつ、腰に刺ささった瓦礫の破片を引き抜くと同時に止血の魔術をかける。
やれやれ……僕は呆れながら師匠の隣の席に腰をかける。
「……まったく、師匠は加減ってものを知らないんですか?」
「バッカだなぁ、ベルリオーズ。演技にはリアリティが必要だろ? 寸劇だって全力でやんだよ、オレは」
「そのせいで、僕、怪我したんですけど」
「リアリティの為だ。許せ、ベルリオーズ」
ぽんぽん、と子供をあやすように僕の頭を軽く叩きながら師匠は僕に理不尽を言う。
それで納得しろと……? 僕は不機嫌な顔をしたが、すぐに諦めめてため息を吐く。
まぁ、師匠の理不尽は今に始まったことじゃない。
共に旅をしていた頃は『暇潰し』と称してはこの理不尽を発動させていた。
しかも、その大体が戦場慣れした僕ですら「死ぬ」と思うほど、身体を張るものばかり……。
おかげで、この世の中の大概の理不尽も師匠の理不尽に比べたらご褒美のようなものだと、感覚が麻痺するようになった。
「乃香村長……完全に怯えてましたよ。いくら品定めっていたってあれはやりすぎです」
「やりすぎなもんか。良いものを見つけるのに妥協はできねぇ。ションベンの一つでもチビってもらわないと割に合わないからな! けっけっけっけ!!」
師匠はよほど愉快だったのだろう、品の無い笑い声を上げて瓶から直接、酒を喉に流し込む。
彼女はよく、他の人に対してこの『品定め』をする。殺気を全開にして相手を威圧しつつ質問を投げかける。
そして、怖気づいた相手がどんな答えを出すのかを心の中でニヤニヤしながら見ているのだ……。
大体の人の場合、師匠の殺気に怖気づいて、彼女が投げかけたことをそのまま鵜呑みにするのだが、稀にそんな状況でも思考を巡らせて自分の答えを出す人もいる――そう、今日の乃香村長のように。
「まったく、悪趣味も大概にしてください」
「ロートルの楽しみを奪うな。若い連中をからかうのがオレの生きがいなんだから」
「そういう人を老害というのです。……ですが、彼女がまさか自分の答えを出すとは驚きでした」
「そこには正直、驚いてる。ヘナチョコだと思ってたら意外と骨がある……いや、芯がしっかりしてるの方が正しいかな? グラスを割ったあたりでショックで気絶するかと思ってたのによ」
このときばかりは師匠の言うことには僕も同感した。
生半可な覚悟じゃ、あの状態の師匠を前で言葉を放つことはおろか、意識を保つことすらできない。
……なのに、乃香村長は怯えながらも答えを導いた。
あの状況で、彼女は冷静に考えて、その覚悟を示した。
「テメェがあっちから引っ張り出したのは思ったりより大物だぞ」
師匠は懐から煙草を取り出すと、火をつけて煙を吹かす。
立ち昇り、消えていく紫煙を眺めながら僕はふと、思う――。
彼女は本当にただの人間なのだろうか? と……。
「そうかもしれませんね。実際、ゴーレム起動のときも師匠の使う術式をなんの訓練もせずに使用し、僕のゴーレムより高性能なものを創り出しましたからね。あれはもう、『才能』なんて言葉では片付けられない奇跡でしたよ」
「ふぅん……まぁ、当然だわな」
「当然……? まさか、師匠。あれを使っているですか?」
「ん? へへっ、まぁな。今回は仕事を急げとあの野郎が許可を下ろしたからな、一年間は使い放題だ」
師匠は「待ってました!」と言わんばかりにニヤつきながら後頭部に手を当てて顔に巻かれていた布を解く。
夜より深い闇色をした漆黒の布がカウンターに乾いた音をたてて落ちる。
「――“深層の魔眼”、“胡蝶の魔眼”。それらを同時に使うなんて初めて見ましたよ」
彼女の両眼に収まっているもの……右目には深い青色をした瞳が、左目には流体のように模様が変化する琥珀色の瞳がそれぞれ、彼女の鋭い目の中に鎮座していた。
それらがなんなのか、そして、それらを装着している意味を僕はすぐに悟った。
「それらを持ち出すということは相当、厄介な案件なのですね」
「アイツは早急にこの事態を解決したいらしい。まぁ、コレを使うんだ、遅くとも年内には片がつく」
師匠の両眼に収まっているもの、それは『魔眼』だ。
右目の青色をした魔眼は“深層の魔眼”と呼ばれ、万物の『情報』を視覚で捉えることができる。
この眼を前にしては、どんなものであれ秘密は許されない。
そして、左目の琥珀色のそれは“胡蝶の魔眼”であり、この魔眼は対象を『視る』のではなく、自身を『変える』ことができるものだ。
自分が思い描く『理想』に変身する超抜級の禁忌の魔眼――使用者によっては世界の創造と破壊、あらゆる万能を得る神にもなれる、師匠の切り札だ。
もっとも、師匠はかなりの喋りたがりの人で『切り札』と称しながら、彼女と面識のある人ならほとんど知っているという、なんともポピュラーな切り札だが……。
「目星はついてるんですか?」
「まぁ、ある程度はな……。というか、なんだ? 手伝ってくれるのか? また、二人で粛清しちゃうか?」
「いやですよ。面倒くさい」
「かぁー、親不孝な弟子だなぁ~。お師匠さんはテメェをそんな風に育てた覚えはねぇぞ」
「自分の息子を“テメェ”呼ばわりする人に貸す手なんか僕にはありませんよ」
と。
僕が言うと、師匠が指で自分の目を吊り上げて大きく舌を出す。
「ばーか、テメェの手なんか借りねぇよ。アホ弟子が」
「いやぁ、僕も師匠に振り回されるのはもうごめんですから」
「振り回したんじゃねぇ、教育してやったんだ。あんまナマ言ってっと、テメェらの村に送りつける“ラズの魔木”に全部『うんこ』って彫刻してやるからな」
「子供ですか、あなたは……。というか、三百本ですよ? 間に合いますか?」
僕の指摘に師匠は「うるせー! ばーか!!」と幼稚な罵倒を吐いて、また酒を豪快に仰ぐ。
こんなんでも世界の平和を守る役職に就いているのだから、世の中とは本当に不思議なものである。
いや、むしろ、これくらいの人のほうが務まるのかもしれない。
やっぱり、僕にはのんびりと『村長』くらいが良く似合っている。
世界の平和を守るとか、国の最終兵器とか……僕はそういう器じゃない。
あのとき、師匠が無理やり僕を引っ張ってくれたことは口には出さないが、今でも感謝している。
「生憎、僕の身体は一つで、腕は二本、脚だって二つしかないので、自分の村と乃香村長のことで手一杯ですよ」
「そうかよ、バカ野郎。ま、テメェは国外れの小さな村であの小娘とイチャイチャしてろ」
「そうさせていただきます」
「――あぁ、そうだ。それで思い出したわ! ベリー、あの小娘に伝えとけ。これは宿題だって」
師匠はもう、ほとんど中身が残っていない酒瓶をカウンターに置いて少し神妙な面持ちで呟く。
こういう時は真面目に聞かなくちゃならない。まして、“宿題”という言葉が出ればなおさらだ。
僕は背筋を伸ばして師匠に向き直る。
「はい」
「“己を定めろ”。自分はどこから来て、自分は何者で、そして自分はどこへ行くのか、を……」
「これはまた、ずいぶんと唐突な上に漠然としてますね。師匠は、乃香村長の――彼女の正体を知ってるんですよね? 彼女はいったい何者なんですか?」
「そりゃ、この眼に分かんねえことはねぇよ。だが、仕事に関わるんでね、弟子のお前にもおいそれと正体を言うわけにもいかねぇ」
内緒だからな、と師匠は柄にもなく可愛らしい仕草で人差し指を唇に立てる。
うん、おぞましいな。いや、いたたまれない気持ちになる。
ちょうど、いい歳した母親の水着姿を見るくらいおぞましい。
「おい、テメェ。オレだって女なんだぞ。おぞましいはねぇだろ」
「ちょっと、人の心を読まないでくださいよ。仕方ないじゃないですか、あなた達は僕にとって母親のようなものなのですから」
「――うん、まぁ……それもそうか。とにかくだ、愛知 乃香の正体については極秘だ。アレの存在はこの世界の根幹に関わるんでね」
「了解しました。ところで、師匠。僕は彼女に魔法を教えようと思うのですが、どうでしょう?」
乃香村長は魔法を学べば、きっとその才能がめぐるましく開花するだろう。
それは、喜ばしいことでなのだが、師匠の話を聞いて少し躊躇いが生じたのだ。
僕は間違ったことをしようとしているのではないか、と……。
「どうでしょうって……んなもん、お前の勝手だろうが」
「乃香村長の存在が特異なのは僕自身もなんとなく気付いていました。ですので、彼女が魔法を身につけたとき、師匠の仕事に弊害が及ぼさないかと――」
「一人前に心配してんのか? 生意気なことを言うようになったもんだ」
嬉しいねぇ〜、と師匠は優しい笑みで僕をからかうように微笑む。
そんな彼女の笑顔を見ていると、なんだか無性にくすぐったくなって、気恥ずかしさから目を逸らす。
「えぇ、まぁ……」
「フッ……心配はいらねぇよ。いいさ、好きにやりな。弟子のやりてぇっていうことを邪魔する師匠がいるかよ」
「師匠……っ。ありがとうございます」
「ただ、よーく考えてやれよ。他人に何かを教えるってことは自分のこと以上にしっかりと考えなきゃならねぇからな――って、まぁ、お前なら分かってるか。いけねぇな、年を取ると説教臭くなっちまう」
どこか悲しげな乾いた笑い声を漏らしながら、師匠は瓶に残った最後の一滴を舌の上に落とす。
「年を取った」なんて言ってるが、彼女の姿は未だに若々しい、僕より少し上くらい歳の姿をしている。
彼女の姿は出会ったときからまるで変化していない。
が、しかし、精神の老化までは止められないらしく、『歳を取った』というのは彼女の心のことをいっているのだろう。
「まぁ、説教臭いのは昔から変わりませんけどね。あなたは横暴なくせして心配性ですからね、余計にそうなるのでしょう。最近、乃香村長から教えてもらいました。そういうのを“ツンデレ”っていうそうですよ」
「誰がツンデレだ、このやろう」
そう言って、師匠は僕の額にゆるく拳を当てる。
きっと、彼女も乃香村長のことが心配なんだろうと思いながら、僕は席から立ち上がり酒棚から無傷の瓶を適当に取り出して、新しいグラスと共に師匠の前に差し出す。
「じゃあ、僕の好きにさせてもらいます。もし、何かあったら師匠に相談しますから」
「そうか……」
師匠が静かに呟いて、今度はグラスに酒を注いで静かに口をつける。
ちょうど、そのとき、浴室から乃香村長が戻ってくる。
師匠は再び聖骸布を顔に巻きつけて、フレアさんと一緒に戻ってきた乃香村長をからかう。
「――よう、乃香村長。ションベンはちゃんと洗い落としたか?」
「えぇ……はい。ありがとうございました」
「そいつは、上々」
赤面する乃香村長を見てにやりと笑った師匠はそれだけ言うと、僕のほうに向き直る。
「――で、範囲についてだが――――」
前振りもなく、師匠が村の仕事の話を持ち出す。
その唐突な話題の変更にも慣れたもんだ。師匠はそういう人だ。
どうにも自分の高圧的で横暴で人を食ったような性格の“師匠”とか“魔女”とかいわれる威厳を保っていたいらしい。
「はい、そうですね……。だいたい、ここからここまでで柵を設置したいので――」
僕は苦笑しながら、村の見取り図を懐から取り出す。
やっぱり、ツンデレですよ。あなたは――。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
――お前は自分の目的の為に死ぬ覚悟があるのか?
僕がまだ兵器だった頃、出会ったばかりの師匠から同じ質問をされたことがある――。
その時、僕も乃香村長と同じ答えを出した。
死ぬつもりなんてない。生きて僕は帰る、と。
でも、それは同じ答えであって、まるで違う。
天と地、光と影ほどの差がある。
かつての僕がそう答えることができたのは、僕が戦場に赴き敵を殲滅し、帰還してまた殲滅するという命令を受けた『機械』だったからだ。
彼女は違う――――彼女は自分で考えて答えを出した『人間』なのだ。
ふと、いつか師匠が言った「生きるってのは美しいんだ」という言葉を思い出す。
「……貴女でしたか」
「あぁ? 何言ってやがんだ?」
「いえ、なんでもありません……」
“生きる”と答えた乃香村長の言葉は美しかった。
なにより、そう答えた彼女自身が美しかったのだ――。
僕が持ち得なかったもう一つの答えを出した貴女はきっと…………。
ベリー村長のイメージ保持……というか、彼に一言レポート書かせたらクソつまらんことしか書かないので、本日は一言レポートはなしです。
ご了承ください!!
次回の更新は4/30(月)8:30です! どうぞ、お楽しみに!!




