第十九話 おねがいマイメロ――、師匠さん!
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「ベルリオーズ、ところで何の用だ? まさか、私に挨拶に来たわけじゃないだろ? テメェがそんな殊勝な奴じゃねぇってことは分かってんだよ」
「さすが、師匠。話が早くて助かります。実は、お願いしたいことがありまして」
師匠さんがチンピラみたいな口調でベリー村長に顔を近づける。
ベルリオーズ――それが、ベリー村長の本名なのだろう。
ベルリオーズの文字から一文字飛ばしで『べ』と『リ』と『ー』を取って“ベリー”か……なるほどなるほど。
ま、だからって今さら“ベルリオーズ村長”って改めるつもりは全然ないんだけどね。
だって、“ベリー”のほうが可愛いし? “ベルリオーズ”なんてゴツい名前、あの人には似合わないもん(笑)。
「――ったりめーだろ。何年テメェの師匠をやったと思ってんだよ。とりあえず、こんなクセぇ場所からさっさと移動すんぞ」
「分かりました。――乃香村長、行きますよ」
それに、ベリー村長は最初の自己紹介で自分を“ベリー”と呼ばせた。
つまり、その“ベルリオーズ”という名前は明らかに事情アリ。
私が首を突っ込んでいい類の問題じゃないのだろう――ラノベ的に考えて。
村長と師匠さんはさらに街の奥、もっとヤバそうなところへ平気な顔をして足を踏み入れていく。
彼らの後をちょこちょこ追いかけていると、異変に気づく。
――人が避けているのだ。
この人達は、はっきり言えばならず者共、しかも街の奥にいるということは相当な大物ぞろい。
変な女性一人と若い男女二人に道なんて譲るわけがない。
それなのに、その人達は師匠さんを目にするなり、横目で警戒しながら道を開けていく。
ちょうど、モーセの出エジプトで海が割れたときのように………。
「そういえば、ベルリオーズ。そりゃ、テメェの女か? いい『目』してんなぁ。オレにくれ」
「ダメに決まってるでしょ。それに彼女は僕の婚約者じゃありません。彼女は僕の相棒村長ですよ」
「ふぅん……」
「というか、そんなこと聞かなくても師匠は分かるでしょう?」
「あのなぁ、なんでもかんでもこの目で見ちまったらつまんねぇだろうが。たまにこうやって、人に聞くから楽しいんだ」
なるほどぉ……、とベリー村長が分かったような分からないような曖昧な返事をする。
師匠さんも弟子のテキトーな返事を咎めることなく、飄々とした様子で歩いていく。
………………。
――ちょっと!? 今、私、さらっと眼球を要求されたよね!?
あんなナチュラルに眼球を要求されたの生まれて初めてだよ……。
人生で眼球を要求されることなんてそうそうねーよ、なんていうツッコミは抜きにしても、今の鮮やかな手口から師匠さんは本当に眼球を収集するのが、趣味なのだろう。
たぶん、この街で一番危険なのは私の目の前を歩いている彼女なのだろう。
はぁ……割と本気で帰りたい。
が、心の内でいくら帰りたいと思っても彼らの足が止まるはずもなく、そのまましばらく歩き続けると、やがて一軒の店に到着する。
掲げられた看板の名前を見る。
「BAR『銀の鍵』……日本語だ」
「あぁ? なんかあったか?」
「えっ!? い、いいえ! なにも! なにもないので命だけわ――」
「テメェはオレをなんだと思ってんだよ。別に取って食いやしねぇよ。そら、入った入った」
私は師匠さんにバンバン背中を押されて店に入れられる。
ここが、バーということはお酒でも飲まされるのかな? 飲酒運転になっちゃうよ……。
いや、でも、ここ異世界だし――なんて思いながら店に入ると、いきなり視界いっぱいに『水色』が飛び込んできた。
「――アンタ、一体どこ行ってたのよ!? いきなり、飛び出したと思ったらぁ!!」
「わぁッ!? な、なにッ!? えっ……えっと…………」
「アンタ誰よ?」
「それは私のセリフ、なんですけど……。私、愛知 乃香です」
私はわけもわからないまま、目の前の白いワンピースに身を包んだ“妖精”に頭を下げる。
さらさらの水色の髪をポニーテールに結んで、虹色の瞳を持つやや釣り目がちな可愛い目、背中から生えたガラス細工のような四枚の翅――うん、どっからどう見ても妖精だね。
「あ、フレアといいます。よろしくおねがします」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
そして、妖精さんのほうも頭を下げて、はじめてのごあいさつは完了。
名前はフレアっていうのか…………かわいい~! お人形さんみたいな可愛さだなぁ~! なんかもう、いつまで愛でていたいッ!!
「…………フヒィ……!」
「えっ? 今のなんの声?」
「おっと!? なんでもないです! とにかくはじめましてです!!」
「えぇ、よろしく……」
おっとぉ! 危ない……危ない……。
危うく、フレアちゃんを前に本性を晒すところだった。
彼女とはあくまでプラトニックな関係を築かないと――――そう、今のところは、ね。
改めて、ベリー村長の師匠さんが潜伏しているというバーの中を見る。
カウンター席とわずかに数席のテーブル席があるだけの実にこじんまりした内装だった。
そして、店内にはフレアちゃん以外誰もいない。
ってことは、師匠さんがマスターってことか。
こんな不気味な人がマスターじゃお客も来ないだろうに……。
「おう、フレア。留守番ご苦労」
「なにが、留守番ごくろー、よ!! アンタが勝手なことすると、怒られるのはこのアタシなのよ!」
「いいじゃねーか。別に怒られるたってお前の元相棒じゃねーか」
「だから嫌だって言ってんのよ! まったく、これだから――」
「あぁ? なんだぁ――!?」
店に入るなり、師匠さんはフレアちゃんと口論を開始する。
フレアちゃん、相当お怒りのようだけど師匠さん、まるで反省の色無し。
きっと、何回もやってきてることなのだろう。
止めなくても……良さそうだね。
「とにかく! これ以上、理由もなく出歩かないでちょうだい!! アンタの身勝手のせいでこっちは胃に穴が空きそうなのよ」
「お前、胃袋ねぇだろ」
「あ、そういえばそうだった! なら、だいじょーぶ♪ ――ってなるかぁー! 例えよッ! そのくらいストレスが溜まってるって話!!」
「まぁ、そうカリカリすんなよベーコンじゃあるまいし。それに、理由なら……ホラ、弟子がこっちに来たから師匠として出迎えに行ってたんだよ」
師匠さんはまるで悪びれた様子もなくフレアちゃんの怒りを流すと、後ろにいたベリー村長を指さす。
「はぁ!? 誰がベーコンよ! ――って、あら! ベリーじゃない! ちょっとッ! 久しぶりじゃない!? 元気にしてた?」
「お久しぶりです。フレアさん。相変わらず師匠には手を焼いてるようで……」
「まったくよ。なんだってアイツはコイツを“御使い”なんかに選んだんだか……おかげで、行くとこ行くとこでヒロ~コンパイよ。あ~ぁ! たまには温泉でゆっくりしたいわ」
フレアちゃんがバーのカウンターに乗りながら大きく伸びをする。
相当疲れているのだろう……まぁ、師匠さんの態度を見れば一目瞭然か。
ところで、フレアちゃん、パンツが見えそうですよ。
「行けばいいじゃねーか。一人で」
「監視役が一人で遊びに行けるわけないでしょ! だから、ほら、アタシを温泉に連れて行きなさいよ」
「めんどくせー。温泉、そんな好きじゃねーし」
「キィーーーッ! いっつも自分の都合ばっかし! たまにはアタシのことを労われぇー!!」
カウンターの上でジタバタ暴れるフレアちゃんを無視して、師匠さんはカウンターの席に座る。
苦笑するベリー村長い続いて私もカウンター席に着席する。
「おい、フレア。アレ取ってくれよ、オレのお気に入り」
「知るか! 自分で取れ!!」
「お前、飛べんだろ? ほれ、ピピっと取って来てくれ」
「わけわかんないこと言ってんじゃないわよ! ほんっと、どうしようもないんだから!!」
「へへっ、わりーな……」
師匠さんが子供のような笑顔を浮かべる。
あぁ、なんとなくフレアちゃんが彼女の監視役に選ばれた理由が分かった気がする。
あの子、ツンツンしてるけど面倒見がすごくいいタイプだ……“ツンデレ”ってことね。
「そう思っているなら、ぜひとも自分で取りに行ってほしいものね」
「じゃ、なんも思ってねー」
「ほんっとムカつくわねぇ!! もう、知らん。で、ベリーとノカ……だっけ? アンタ達は何にするの?」
もう、知らんと口にしておきながら、フレアちゃんはハチの巣状の酒棚からワインボトルくらいの酒瓶を一本取り出して私達のほうを見てリクエストを尋ねる。
しかし、身長が三十センチにも満たないのに、中身が結構入っている酒瓶を持って悠々と飛べるなんてけっこうな力持ちである。
「そうですねー、じゃあ僕は師匠と同じもので」
「えっと、私はアルコールの入ってないものでお願いします」
帰りの運転のこともあるしね、異世界のお酒がどんなものか気になるけど事故ったら話にならない。
「ベリー、アンタも生意気言うようになったわねぇ~」
「えぇ、まぁ……」
「ま、いいわ。それと、ノカ、アンタはお酒、ダメなの?」
「いえ、苦手ってわけじゃないです。ただ、帰りの運転のこともあるので、今飲むのは危険かと……」
「マジメねぇ~。この世界じゃ飲酒運転なんて誰も咎めないのに、馬車の御者なんて酒瓶片手に運転するのが常識よ?」
フレアちゃんが笑いながら、ノンアルコールの飲料を探す。
確かにこの世界にそんな法律はないのかもしれない。でも、私自身がそれを許せないのだ。
なぜなら――、
「そうかもしれません。……だけど、私の隣にはベリー村長が乗っています。村長を乗せて走っているということは彼の命を預かっているのも同然ですから、そんな無責任なことはできません」
「そうなの。それはとってもステキな考えだわ。アナタの爪の垢を煎じてどっかの誰かさんに飲ませてあげたいわぁ~? ね? 誰かさん?」
「うっせぇ、ほっとけ……」
「…………フレアさん。やっぱり、僕も今日はお酒を遠慮しておきます。乃香村長と同じものでお願いします」
フレアちゃんは「了解!」と言う代わりに片目を閉じて可愛らしくウインクする。
いやいや、なんだか気を遣わせたようだけど、別にベリー村長だけ飲んでるのがズルいって言ってるわけじゃないのに! ――実際、ちょっとズルいなぁ~って思ってたけど……。
「そんちょ!? 別に村長までお酒を遠慮することないんですよ!? これは私の問題なんですから」
「――であれば、僕の問題でもあります。僕と乃香村長は一蓮托生の相棒同士です。問題の大きい小さいに関わらずできる限り共有にするべきです」
「ふぅ~! 妬かせるねぇ~!! ま、オレは酒を遠慮することなんか絶っっ対ぇしないけどな!」
「そんなんだから、アンタは息子とその息子の嫁から世界外追放くらうんでしょ……」
「んだと!? チビクソぉ! やんのかテメェ!?」
フレアちゃんの言葉に臨戦態勢に入りかけた師匠さんをベリー村長がまぁまぁ、と諫める。
共有、連帯責任かぁ…………気持ちそのものは嬉しいけど、なんか重いんだよねぇ~。
私は別にそこまで、ベリー村長に気を負って欲しくはないのだけど……。ま、無理な話だよね。
自分の都合で別の世界から人を強制的に呼び出した挙句「HELP!」なんだもん、責任を感じないわけがない。
カウンターに三人分の氷の入ったグラスが並べられ、それぞれの飲み物が注がれていく。
そして、私の分が注ぎ終わったところで師匠さんが話を切り出す。
「で? 要件はなんだ?」
「えぇ、実はとある物を用意してもらいたいんです」
「あぁ? オレに用意してもらいたいもの?」
「はい、“ラズの魔木”を用意してもらいたいです。早急に……」
らずのまぼく……? なんじゃそりゃ??
〜乃香の一言レポート〜
フレアたんを一言で例えるなら……そう! そら○おとしものに登場する『ニンフ』ですね! 可愛いですよね……ぐへへッ!
そういえば、彼女をめぐっては『ニンフルエンザ』という病が流行しましたね。
感染者は私を含めて相当な数だったそうですが、特効薬は開発未だにされておらず、唯一の治療法(?)は『諦めて受け入れる』だそうですよ。ぐへへ…………。
次回の更新は4月23日(月)です。
朝の更新になりますので、通勤通学の間にどうぞ!
次回もお楽しみに!!




