第十七話 どんな人? ベリー村長の師匠さん
ごま塩ラー油ぶっかけご飯!!
*
結局、細田さん達には私とベリー村長がデートをするという間違った認識で納得してもらい、彼との面会は後日ということになった。
「じゃあ、姐御、俺達はこれで失礼しやす! 姐御もその“デート”ってやつに遅れないようにしてくだせぇ」
「だから、違うって言ってるんですけど……。――はぁ……まぁ、いいわ。細田さん達も気を付けて」
「あぁ、そうだ。ノカ、別れる前にこれを――」
「……? なに、これ?」
別れ際、Bが懐から乳白色をした小さななにかを取り出して、私に手渡す。
なんだろう? 手触りはかなりスベスベしているというか、ツルツルしているというか……うん、これ“骨”だよね。
それは、よく分からない動物の骨を研磨して出来た五センチ程度の小さな笛だった。
正直、あまり趣味の良いものではないが、いきなり骨の加工品を渡されても「まぁ、異世界だから」と腑に落ちてしまった。
慣れとは恐ろしいものである。
「それには、特別な魔法がかけられている。我々を呼び出すときは森の付近でこれを吹くといい。すぐに、とはいかないができる限り早くそちらに向かう」
「いわゆる、呼び笛ってやつか……」
「我々から貴女へ、友好の証というわけだ」
「うん、ありがとう! 大切にするね!!」
細田さん達は頷くと、くるりと踵を返して森の方へと歩いていく。
深々とした森の緑が彼らを包んでいくまで、私は彼らを見送った。
「姐御ぉ! また近々お会いしましょう~!!」
「ばいばい~!」
「うん! じゃあね~!」
そして、細田さん達は朝陽が差し込む静かな“魔の森”へと姿を消した。
彼らが見えなくなった後、貰った骨笛を掌で弄びながらゆっくりと眺める。
――友好の証……友達かぁ~。
三者三様の個性的なゴブリンの細田さん、異世界に来て初めての“友達”。
「――ッ! 今日は素敵な一日になりそうッ!!」
骨笛を大切に握りしめながら私は柄にもないことを口走る。
人と魔獣がこうして、手を取り合えたらどれだけ素敵なことか……! 簡単にはできないだろうけど、いつかはそんなことができるようになればいいな、と本気で思っている
だから、私は努力していかなくちゃいけない。一歩でも半歩でもいいから確実に前に進んでいくんだ!
「――――おや? 乃香村長、どうしたんですか? なにかいいことでもありましたか?」
「ええ! 実は――ッ……いえ、今は秘密です♪」
「……? はぁ、そうですか。まぁ、気が向いたら話してくださいね。では、朝食を取ったらさっそく街に向かいましょう」
「わかりました。じゃあ、一緒にご飯にしましょう!」
ベリー村長は頷くと、私と共に集会場に向かった。
この前は村長の家で朝ごはんを食べたから、彼にも私の世界の朝ごはんを食べてもらうことにした。
白飯と味噌汁、そして漬物――本当は焼シャケにだし巻き卵でもあれば完璧なのだろうが、こちらも食材の確保がままならない以上贅沢はできない。
だが、村長はそんなこと気にする様子もなく、「味噌汁はなんだか懐かしい味がしますね!」と感動していた。
私、オススメの“ゴマ塩ラー油かけご飯”は不評だったけど。
美味しいんだけどなぁ〜……ゴマ塩ラー油ぶっかけご飯…………。
「――ごちそうさまでした。乃香村長の世界の朝ごはん、非常に素晴らしい文化だと思います」
「ありがとうございます! じゃあ、行きましょうか!!」
「えっ――ちょっと!?」
私はまたも柄にもなくベリー村長の手を引っ張って集会所の外に出る。
普段なら、絶対にこんなこと恥ずかしがってしないのに……。
もしかして、私、はしゃいでいるのかな? 村長と二人で街に行けることが嬉しくて…………。
「今日の乃香村長はなんだかとても元気がいいですね」
「――す、す、すいません! 街に行けることが楽しみで、つい……ごめんなさい、仕事なのに……」
「いいんですよ。乃香村長がそんな風に楽しみにしていると、僕もなんだか楽しくなってきましたよ」
「ベリー村長……」
ベリー村長は優しい笑みを浮かべて、私が掴んでいた手をそっと握り返す。
瞬間、私は自分で分かるほど熱くなった。
特に耳なんか焼けただれそうな程、熱くなる。
元いた世界でもこんな風に手を握ってもらったことなんかなかったのに――や、やべぇ……! どうしよう!?
て、手汗とか、だ、だ、大丈夫かな?
「ちょッ!? べ、ベリー村長!?」
「おかえし、です。さぁ、行きましょう」
私はベリー村長に手を握られたまま、勝じいの家に向かう。
街へは、私達の世界の文明の利器『軽トラ』を使って行くことになっているのだと。
――が、それがいけなかった。
私とベリー村長が仲良く手を繋ぎながらやって来た光景を見るや否や「やっと……やっとぉ! 乃香ちゃんに男ができたわいぃ!!」と涙を流しながら盛大に勘違い。
それを見た、和子おばあちゃんもなかなかの天然ボケ子ちゃんなので「今夜は赤飯ですね!」と嬉しそうに手を叩く。
しまいには村長に「やはり、げんき村の皆さんは面白いですね」と笑われる始末……。
前言撤回! な〜にが「素敵な一日なりそうッ!!」だ! 午前中だけですでに踏んだり蹴ったりだよ!! ゴブリンに勘違いされるし、人間にも勘違いされるし――あぁ、もう! この世界に私の味方はいないんかぁ!!
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もうツッコミ疲れた私はニマニマしている勝じいと和子おばあちゃんを無視して、さっさと軽トラを拝借して街に向かうことにした。
運転するのはもちろん私だ。こう見えても運転免許は持ってる――というか、もう免許もいらない世界なんだけど。
「ふつつかな乃香ちゃんですが、よろしくお願いします」と秋田夫妻に向かい合ってお辞儀しているベリー村長の首根っこを引っ掴んで軽トラに拉致するように乗せる。
「――じゃあ、ベリー村長。シートベルトを付けてください」
「えっと、シートベルト……あ、これですね」
「その金具をその細い穴に差し込んでください」
「は、はい。……それッ――あ、はまった! 乃香村長、はまりましたよ!」
シートベルトがはまったことにベリー村長が子供のような笑顔でこちらに向ける。
異世界の人なんだから車もシートベルトも初めてのことで物珍しのも分かるけど、私と同い年の青年がシートベルト一つで喜んでいるのを見るのはなんだか、くすぐったいなぁ。
「じゃ、出発しますよ」
「はい、お願いします」
私はゆっくりとアクセルと踏み込むとげんき村の一本道を抜けて、カルルス村に入り道幅の広い道を選びながら街道に出る。
石畳の街道は多少、デコボコが気になるけどしてるけど馬車も通るというだけあって運転には支障が出るほどじゃない。
せっかくだ、窓を開けて外の空気を感じながら行こっと。
軽トラの窓を開けると、気持ちがスッキリするような爽やかな風が車内に流れ込む――異世界の風だ。
「……いい風…………」
街へは街道をまっすぐ進めばいいらしいので、一応前方に注意を向けつつ車を走らせていると隣からチラチラと私を見る目線が感じられる。
「……乃香村長。もしかして怒ってます?」
「へぇ!? い、いや別に怒ってなんかないですよ」
「さっきからなんだか態度が冷たいです……」
「――いや、乙女か! ……別に怒ってはないんですよ。ただ、最近……というか今朝から疲れちゃって」
疲れている――というのは事実だ。
肉体的というか精神的に疲れているのだ。
この世界に来てから今日まで一ヵ月も経っていないが、早くも半年近く経過したんじゃないかと思うほど濃厚な毎日を送っている。
新生活は世界が変わるっていうけど本当に世界が変わる新生活なんて誰が想像できただろう? しかも村長になるなんて……。
「すいません。今は“疲れた”なんて弱音を吐いてる場合じゃないのに……」
「そうですね。確かに今は弱音を言ってる時ではありませんね。ですが、そうですね……問題が一段落したらゆっくりする時間が生まれるでしょう。その時に森林浴などしてリフレッシュするといいでしょう」
「はい、そうですね。ところで、村長の“師匠”ってどんな人なんですか?」
「そうですね、あの人は一言でいうなら…………“魔女”でしょうか?」
魔女……? 魔女ってあの、箒に乗ってヒャッハーするお婆ちゃんのことだよね? ベリー村長の師匠さんは魔女なのか……。
「魔女ですか?」
「まぁ、そうですね。彼女の二つ名も“ヨグ=ソトースの銀の魔女”っていいますし……多分、魔女なんでしょう。会ってみれば分かりますよ。あ、そうだ。もし、あの人と話すときはくれぐれも“目”に注意してくださいね。乃香村長の目には『千里眼』が宿っていますから、眼球を抜かれるかもしれないので」
「えぇ!? 眼球を抜く!?」
おお、そりゃ恐ろしい……! だけど、魔女って言葉にすごくしっくりくるな。
だけど、うっかりしていると眼球を抜き取られる人っておちおち会話もできないな。
「痛いッ!!」なんてレベルじゃ済まされないよね……。
「あの人は眼球を収集するのが趣味なんですよ。特に乃香村長が持っているような珍しい“眼”には目がないんですよ! 目、だけに!」
「ハ、ハハハハハ……。目、だけに、ですか」
和ませようとしているのだろうけど、はっきり言って全く笑えないよ、いろんな意味で……。
「変わった趣味ですよね~。でも、本人が言うには『金や銀、宝石を集める人間がいるだろ? あれと同じさ――』とのことです」
「はぁ……なるほど」
確かに、金銀や宝石を集めることが趣味な人間もいるだろうけど、それと眼球集めが同じとは……。
でも、さすがは異世界、そういう趣味の人間がいても全然不思議じゃないと思えてしまう。
「あぁ、後、師匠はかなりの気分屋なので機嫌が悪いときは眼球どころか命を取ってくるかもです」
「ちょっと!? そんな爽やかな笑顔でしれっと怖いこと言わないでくださいよ!」
「まぁ、そうそう機嫌が悪いなんてことはありませんよ。上機嫌でも眼は取るかもですけど……」
「怖っ!?」
どんな人だよ! 嬉々として人の眼球を抉りにくる人って!? でも、さすがは魔女!
もう、はっきりいってチョー帰りてぇ。クレイジーにも程があるでしょ……。
「……その、ベリー村長のお師匠さんは魔女ってことですが、ということは魔法職をやってるのでしょうか?」
「いえいえ、彼女の仕事は“世界警察”です」
「世界……警察ですか?」
「はい。文字通り『世界』から『世界』を飛び回り、世界全体の規則を乱す、あるいは新たな規則を作ろうとする自称“神”を粛清していく、それがあの人の仕事です」
世界を飛び回る人は私の世界にもいたが、まさか、文字通り世界から世界を飛び回る人がいようとは……しかも、神を粛清とか。
「そんなこんなで付いたあの人の異名のひとつが“神殺し”だそうですよ」
「か、神殺し……」
なんかもう、師匠さんの設定が盛り込まれすぎてよく分かんないキャラになってます。
え、えっと……師匠で魔女で警察で神殺し……だっけ? ごちゃごちゃしてるけど、一つだけいえる――多分、強い。めちゃくちゃ強い。
まぁ、何はともあれ会ってみなければ分からないこともある。
案外、いい人なんてこともあるかもしれない――と願いたい私であった。
〜乃香の一言レポート〜
『痛み』というワードで思い出しましたが、“出産”と“金○蹴り”は痛みの種類は違えど総合的な『痛さ』ではほぼ同じだそうです。
「出産の痛みなんてわかるわけねーよwww だって、オレ、男だしwwwwww」というモラルの欠片もない輩には思っきり金○を蹴ってあげましょう。
改心すること間違いなしです! ただ、力加減を間違えるとその人の未来を奪ってしまうことになるかもですけど……。
まぁ、そんな弱点を股の下からプラプラ垂らしている男性諸君の自業自得ということにしておきましょう。
作者) いや〜、僕も金○蹴りを食らったことがあります。あれ、モロに食らうと本当に三十分くらい動けなくなりますよね。
あと、なぜかお腹が痛くなる……なんででしょ?
次回の更新は4月19日(木)です! どうぞお楽しみに!!




