プロローグ ②
本作のもう一人の主人公の登場でーす!
*
それは、春風がまだ少し冷たい、穏やかな昼休みのこと……。
――エレベーターの扉が完全に閉じ切り、密室となったところで、ようやく一時の安息が私に訪れた。
「はぁ……はぁ……はぁ。くっそー、京子の奴、今回は割と本気ね」
息を切らしながら、忌々しげに呟く。
突然だけど、私こと、愛知 乃香は現在、全力で逃走中です。
えっ? 誰から逃げてるって?
それは、同学年で同学科同学部、同じ歴史研究サークルに所属する親友の京子率いる『愛知 乃香捕獲部隊』の面々からですよ。
私を捕まえる為に参加したのは後輩を含めたサークル仲間七人、じつに歴研の半数を動員した大規模捕獲作戦になっている。
みんな、暇人なんだねぇ〜。というか、そんなことする暇があるならもっと他のことやれよ、勉強とか、サークルとか、恋愛とか! お前ら大学生だろってねぇ。
気合いの入りまくってる京子は七人全員にトランシーバーを配って彼女を中心として連携を取りながら私を着実に追い詰めていた。
「万事休す、かな……」
エレベーターの壁にもたれながら、私は天井を見上げて呟いた。
敵は七対一な上に、トランシーバーを使って連携してくる――不利もいいところだ……。
ふと、階数が表示された液晶パネルに目をやる。
目的階は七階、あと三階昇ってしまえば扉は開き、追いかけっこが再開される。
「フッ――上等……逃げ切ってやろうじゃない!!」
啖呵を切ると同時に「チン」と抜けた音と共にエレベーターの扉がゆっくりと開かれる。
「はぁ……はぁ……。乃香先輩、ここまで……ですよ」
一年生の後輩の男の子が肩で息をしながらも勝ち誇ったように待ち構えていた。
何階から駆け上がってきたのか知らないが、平素、運動もしていない文化系サークルの人間が七階まで来るの大変だったろう。
いやぁ~、ごくろうさま、ごくろうさま〜。
「さぁ、先輩。あきらめて一緒に行きましょう。今なら、京子先輩も許してくれますよ」
そうだろうねぇ~。
ま、ここであきらめて捕まるのも一つの選択肢だけど……。
「――だが断る」
この愛知 乃香が最も好きなことのひとつは自分が有利だと思ってるやつに「No」と断ってやることなのさ!
見てなさい、京子。私は必ず逃げ切って見せる! あんたなんかに捕まるもんか!!
私はニタリと笑うとエレベーターの『1』と表示されたボタンを押して、閉扉を押す。
「ファ――ッ!?」
後輩くんは慌てて閉まりゆく扉に両手を挟んでこじ開けようとする。
……はい、でも、残念。
いくら、私より力がある男の子だからって両手が塞がれていちゃ抵抗もできないよね?
「――とりゃ」
扉が少し開かれたところで後輩君の無防備になった顔面に軽~く目潰しを入れる。
大丈夫、ゆっくりやったから、ちゃんと生体反射で瞼が閉じてたから眼球には触れてないよ。ゴメンね〜♪
「ああああああああッ!!」
後輩君が絶叫と共に顔を押さえてその場にうずくまる。
瞬間、手が離れた扉は再びゆっくりと閉まり、そしてエレベーターは降下を始めた。
悪く思わないでくれたまえ、後輩君よ――。
君は私の使命の為に犠牲になったのだ……。
「上等じゃない! こうなりゃ、こっちも強行突破だ!!」
私は拳を自分の掌にぶつけて意を決すると、液晶のパネルを見上げてニタリと笑った。
幸い、誰の邪魔もなくエレベーターは一階に到着し、扉が開く。
さてさて、待ち伏せている敵は――
「いないね……」
エレベーターを見張っていたのはさっきの後輩君一人だったらしい。
しかし、やつらはトランシーバーを持っている。
今頃、後輩君が京子たちに連絡しているだろうから、一階に敵共が集結するのも時間の問題か……。
「よし、さっさとあの教室に向かうとしますか!」
本日の講義の全学部学科の時間割をすべて把握して今日一日、学生は誰一人として入らないこの階の突き当りの教室に私の最終兵器が隠してある。
「――あッ! 乃香センパイ!!」
チッ! 見つかったか……!
エレベーターを降りてすぐに、後方のからの声に振り返る。
ちょうど階段を下ってきたであろう可愛らしい女の子の後輩が私を指さしてこちらに駆けてきた。
しかし、幸運なことに後輩ちゃんが下りてきたのは私の進行方向とは反対の階段。
これなら、教室に逃げ込んで準備してもおつりがくる。
だから……
「――逃げる!!」
「あッ!? コラ!! 待ってください! ……こちら、ハウンド3。ホシを追跡中、至急、応援を求めます。どうぞ――」
後輩ちゃんは私を追いかけながら冷静にトランシーバーで応援を要請する。
情けをかけてきた後輩君とは真反対の非情っぷり! こういう時の女の子って怖いよね。
ってか、後輩ちゃんノリノリだなぁ。楽しそう。
「――とぉう!」
私は教室に素早く飛び込むと、内側から鍵を閉めて籠城の体勢をとる。
まぁ、京子相手じゃ時間稼ぎに過ぎないけど、無いよりましだからね……!
「よし!」
私は、教室の奥に隠した最終兵器に掛かったブルーシートを引っぺがす。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「コラ! バカ乃香ッ!! さぁ〜、追い詰めたわよ!! 観念しなさい!!!」
激しく叩かれている扉の向こうで京子の怒声が響く。
ずいぶん、足が早いことで……。
ま、もう準備はできてるですけどね。
ヘルメット、装着完了。キー挿入……エンジン、スタート!!
「…………(するわけないでしょ。さぁ、かかってこい!)」
「そう……あくまで抵抗するってわけね。いいわ、こうなりゃ実力行使よ!」
京子の掛け声と共に、金属が噛み合う乾いた音が響き教室の扉が勢いよく開け放たれる。
……相変わらず、大したピッキング技術だ。将来は金庫破りにでもなるつもりなのだろうかねぇ?
「さぁ、乃香! 大人しく今日のプレゼンに――」
うっしゃあ! 最終兵器、アクセル全開ッ!!!
スロットルを思いっきり回して、したり顔の京子めがけて全速力で突進する。
「ラララララーーーーーーーイ!!!」
「うわッ!?」
「きゃあーーッ!!」
悲鳴と驚愕の叫びを挙げて敵どもは一斉に道を開ける。
私の最終兵器、それは、私が毎朝通学に使っている原付バイクである。
サークルをサボって帰ることを京子にすでに知られていたので、足を潰されては堪らないと駐輪場から教室に移動させておいたのだ。
――もっとも、こんな使い方するつもりはまったくなかったんだけどね……。
「コラぁ! 乃香ぁ!! 校内を原付で走るなぁああ!!! アンタは、八十年代のヤンキーかッ!」
「はっははははははぁ! 悪いけど、今日のサークル活動はサボらせてもらうわ!!」
後ろで怒鳴り散らす京子を呵呵大笑で置き去りにして、私は原付のスロットルを回しながら出口を目指す。
この校舎はややこしい曲がり角など無い見事なまでの直線形だ。思う存分、走ることができる。
「どけどけぇーーッ! 轢き殺すどぉおお!! は~はっはははははは!!!」
今は講義中で、廊下を歩く学生は少ない。
それでも、廊下を歩いてる学生達は目の前から原付が迫ってくる非日常に目を丸くして硬直する。
いや~、愉快愉快! ――っと、一旦停止しなきゃ……。
私は校舎の出入り口の自動ドアの前で一旦、原付を止めて開き切るのを待つ。
いくら、急いでいるからって原付の速度で自動ドアに突っ込んだら大惨事だからね!
「こらぁーー! 待てぇ!! 乃香ぁあああああ!!!」
足はやッ!? 京子がもう迫ってきてる!
ちょうど、その時、自動ドアが完全に開き、同時にスロットルを全開にして私は校舎から脱出した。
「あばよ~! キョーコ!!」
「乃香! 今日の歴研のプレゼンどうするつもりよ!!」
「発表資料は作っといたから代わりにやっといてぇーー!! よろしく~!!」
「ふざけんじゃないわよッ!! アタシだって今日、合コンあるんだからサボりたいのにぃいいい!!!」
合コンかぁ~、懲りないねぇ、京子も……。
先週、京子は、見事に逆ハニートラップに引っ掛かりました。
ホテル代と高額のルームサービスを払わされた挙句、それっきり音沙汰なしという始末……。
その後のプライベートの飲み会で「やることやったらポイ捨てか!! もう二度と合コンなんかしねぇぞオオオオ!!!」って喚いてたくせにねぇ。
その際に語られた、生々しい〇〇〇の詳細は割愛させていただきます。
「――は〜ハッハッハッ! 悪いわねぇ〜! キョーコ!!」
校舎の外に出た私は、愉快に痛快に笑いながら原付を走らせる。
ここまで来りゃこっちのもんだ! 私はスロットルを全開にして、そのまま大学の敷地の外を目指した。
〜乃香の一言レポート〜
はい! ということで、はじめまして!! 私、本作の主人公の愛知 乃香です。
各話のレポートを担当します! 今回は自己紹介で…………。
愛知 乃香です。お酒、アニメと百合とロリと妹キャラが好きです――いえ、大好きです!!!