第十五話 逃走! そして……
*
「「「――まてえええええっ!!」」」
「待つわけないでしょおお!?」
追う立場から追われる立場へ……私は、今、全速力で逃げている。
もっとも、全速力を出しているのは原付であって、私はハンドルを握って操作しているだけだけど。
これからは不用意にゴブリンに近づかない方がいい。魔法で攻撃されるから……。
「ってか、なんで追い付いてきてるのよ!?」
確か、ゴブリン達を追いかけてていたときは時速三十キロも出していなかったのにも関わらず、今、後ろから迫ってきている彼らは時速六十キロの原付に追い付こうとしている。
あぁ、分かった。脚に魔法をかけて早くしているのか! くうぅ……やっぱり、私達の文明の利器では魔法文明に勝つことはできないのか……――――
「ふん……! 校舎を走り回っていた私のテクニックをナメるんじゃない――よッと!!」
私はカルルス村の畑に出る道でクルっと素早くUターンする。
くらえ! これぞ、京子から逃げる為に培った180高速Uターンだッ!!
進行方向が真逆になったため、私を追いかけていたゴブリンと真正面に対峙する形となる。
大丈夫、アクセル全開ッ! 彼らが原付をビビってることは知っている。
――このまま突っ込む!!
「鉄の馬がッ!」
「突っ込んでくるぞ!?」
「――避けろッ!!」
三匹のゴブリンが原付を避けて、それぞれバラバラに散る。
ゴブリン達は脚に魔法をかけいるせいでブレーキが思ったように効かず、そのまま畑の方へ――――
「あ、しまったッ!!」
畑には『死の呪い』がッ!
私は慌てて原付のブレーキを掛けて反転する。
見ると、ゴブリン達が臨時に設置されていた畑の柵の付近にまで転がっていた。
AとCは柵の前でバタンキューしている。
が、Bは柵の上にもたれるようにしてのびている。どうやって、乗り上げたんだろう?
なんて、思っていたら四肢の力が抜けたBが畑の方に向かってずり落ちそうになる。
「――――ッ!」
私は状況をについて考えるよりも先に原付のクラッチを回していた。
Bを『死の呪い』に汚染された大地に触れさせてはいけない! この世界の存在は人間であれ、亜人種であれ女神ベリリの呪いは有効になるだろう。
せっかく、友達になれそうだったんだ! こんなところで、死なせる――
「――もんかあああああああああッ!!!」
届け……届け……とどけぇええええッ!!!
――ダメだ! このままじゃ間に合わない!!
柵まで十メートルというところでBの身体が柵からずり落ちた。
このまま原付でトロトロ走っていたんじゃ、Bが死んじゃう。
――気付いた時には身体が動いていた。
私はハンドルから手を離し、シートを蹴り飛ばして身体を宙に放りだす。
シートから飛び出した私は、落ちゆくBの服を掴んで身体を捻り、そのまま背面跳びの要領で柵を超える。
Bを抱きかかえたまま『死の呪い』に汚染された畑に背中から真っ逆さまに落ちた。
「――くううううう……! 背中イタぁーーーイッ!!」
地面が耕された土とはいえ時速六十キロで投げ出された衝撃は生易しいものではない。
骨こそ折れていないが背中を走る強烈な痛みで私はすぐに立ち上がることができず、しばらく空を眺める羽目になった。
私が落下してから遅れて、制御を失った原付が柵を破壊して畑に突っ込んで制止する。
「はぁ……はぁ……B、大丈夫?」
「……くっ……なぜ、たすけた?」
衝撃で意識を取り戻したのか、Bがまだ朦朧とする意識のまま怨嗟のこもった言葉を吐く。
よかった……生きてた…………。敵意を向けられるくらい元気だし、大丈夫そうだね。
で、やっぱり、予想通り転移組の私はベリリがまき散らした『死の呪い』は効かないらしい。
身体を起こしてみると、私が落ちた跡には呪いがきれいに浄化されていた。
「あなた達が私を憎んでいても、私はあなた達を恨んでいないからよ」
「理解に苦しむな。我々はお前の命を奪おうとしたのだぞ。なぜ、自分が傷つくことを厭わず、そんな無茶なことができる?」
私は足で目の前の汚染された土を適当に浄化して、その上にBを立たせると神妙な顔をする彼と向き合う。
そんな顔でそんなことを聞かれてもなぁ……私って普段からそんなに考えるタイプじゃないし。
特に、こういう緊急時なんかほとんど本能で動いてるんじゃないかって自分で思うほど、頭まわってないし。
こういうのを、猪突猛進っていうんだよねぇ~。
「さぁね、私、あんまり深く考えて行動したことないし。ていうか、あの状況は考えられるような状況じゃなかったから……」
「愚かだな。そんなことでは幾つ命があっても足りんぞ」
「そうかもね。でも、あれだよ……助けるのに理由なんているかな? 人間だって亜人種だって想う人がいて、そのために頑張ってる――。そういう人を『助けたい』って思ったから助ける。それだけだよ……」
「………………」
そのために私は村長になったんだからね! まぁ、ぶっちゃけ村長になった理由はもう少しあるけど、八割方その思いで動いている。
だから、今回の強行も「助けたい!」って思ったから助けただけだ。
そんな私をBは不思議そうに黙って見つめている。
なんだろう? 私、変なこと言っちゃったかな?
「だから、まぁ、その……今はちょっと厳しいけど、あなた達の住処の問題もどうにかしたいと思っているの」
「…………ッ!」
「でも、まずは、謝らないとね。確かに、理由はどうあれ私達があなた達の住処を奪ってしまったのは事実……。ごめんなさい」
「…………ッ!?」
私はBに向かって謝罪の言葉と共に深々と頭を下げた。
これで、許してもらえるとは思わない。
――けど、ここで自分たちを「私達も被害者だッ!」と開き直ってしまえば、和解の道すら途絶えてしまう。
Bの返事を待つ…………。
彼は沈黙を貫いたままだった。
「…………ふッ。ニンゲンの中には食えないニンゲンがいると聞いていたが、確かに貴女は煮ても焼いてもどうしようもない」
「――えっ!?」
「ハハハッ。まさか、我々に対して不備を認めるばかりか、謝罪までするとは……。いや、毒気が抜かれてしまった」
「えっと、つまり……」
Bそれまでの恨みのこもった表情を引っ込めて、穏やかな表情になって口角を上げる。
それは、初めて見たゴブリンの笑顔だった。
「我々には貴女を殺すことができない。騒がせてすまなかったな、我々は森に戻る」
「でも、あなた達の住処が――」
「いや、森は広い。実のところ、工夫させすれば住処などいくらでも確保できるんだ。貴女達の奪ったところなど何の痛手にもならない」
「えっ!? そうなの!? じゃあ、なんで……」
「我々は『ニンゲン』を傲慢で残虐、己の欲の為なら同種ですら殺し合う畜生どもと聞いていた。そんな、ニンゲンがほんの一部とはいえ我々が暮らす森を奪った――――その“行為”が自体が赦せなかったのだ。それに、その行為を許容してしまえば、ニンゲンは欲望の赴くまま我々の森を侵略するかもしれない。だから、早くに手を打っておこうと思ったのだ」
なるほど……ゴブリン達の言うことはとても理にかなっている。
確かに、私が逆の立場でも同じことをしただろう。悪い芽は早めに摘んでおくのがセオリーだ。
「しかし、貴女のような正直で種の違いなど気にすることなく我々と対等に接してくれる方であれば喜んでこの森を差し出そう。むしろ、貴女がここに来てくれたことに感謝する」
「い、いや! そんな、私は――ッ!! ていうか、あなた達はこれからどうするの?」
「そうだな。とりあえず、この付近に住んでいる仲間にはあなた達を襲うのを止めるように説得する。住処を失った者達については我々が先導し、新たな土地を探すとしよう」
「じゃあ、もうあなた達には会えないの?」
私の質問にBは不思議そうに首を傾げる。
「そういうことになるが……なぜだ?」
「だって、せっかく友達になれそうなのに、ここでお別れって――なんか寂しいじゃない?」
「――えっ!?」
Bが心底驚いた顔をして私の方を凝視する。
まるで、私の発言が信じられないと言わんばかりに目を見開いて絶句している。
そんなに驚かなくてもいいじゃん! ただ、『友達』になりたいと思っているだけなのに!!
「……もしもし? 聞いてる?」
「――はッ! すまない。あまりに予想外な言葉だったのでつい固まってしまった……」
「そんなに変なこと? 人間とあなた達が友達になるのって?」
私はまったくそうは思わないんだけどなぁ~。
むしろ、異世界に来たのだから、亜人種や幻想種と友達になって送る異世界ライフなんてロマンに溢れていのに。
これも、こっちの世界の人(亜人種)から見ればおかしなことなのかな……?
「いや、なんというか、そんな概念が無いというか……そもそも種族が違うもの同士で友好関係を築けるのか?」
「いやぁ~、私も転移してきた人間だからそういうことは分かんないけど…………まぁ、いいんじゃない? 別に気にしないよ、むしろウェルカムだよ!」
「ウェ、ウェルカム……? それは、いったい――」
「てめぇ! 何してやがる!? 仲間から離れろッ!!」
Bが『ウェルカム』の意味を聞こうとしたその時、Aが意識を取り戻したらしく、畑の方から激しい怒声と共に火球が飛んできた。
Cはまだ、気を失っているみたい……。
「まて! 聞いてくれ、この方は――――ッ!」
その後、Bが事情を説明してくれてAは何とか落ち着きを取り戻し、攻撃を止めてくれた。
で、案の定、友達になろうという私の提案にやはり、Aも驚いて私を凝視する。
そのAの反応があまりにもBと似ているので思わず、吹き出しそうになった。
「はぁ~ん、なるほど……変なニンゲンもいるもんだなぁ~」
「“変”で悪かったわね!」
「……だが、それはできねぇ相談だッ! オレはアンタと友達になるつもりはねぇッ!!」
「――ッ! …………そっか」
やっぱり、人間とゴブリン、種族を超えて友達になるのは私が良くても、向こうが受け入れられないか……。
そうだよね、残念だけど仕方ないか……。でも、こうして和解することができたんだ、それだけでも――――
「――オレはアンタの器にホレたッ! 今日からアンタを“姐御”と呼ばしてくれッ!! いや、呼ばしてくだせェ!!!」
…………はい?
〜乃香の一言レポート〜
・ベリー村長の生態その①
最近、おじいちゃん達と一緒に早朝のラジオ体操をやっている。
ただ跳躍のときに跳びすぎるので、よくテンポが遅れている。
次回の更新は4月17日(火)です。
どうぞお楽しみに!!




