第十三話 遭遇!? 朝の見回りにて……
*
「まったく…………」
その日の夜――。
水路が開通したことで水を自由に使うことができるようになったので、この世界にきて初めてのお風呂を堪能していた。
げんき村の集会所は便利なもので、ユニットバスもあれば、オール電化のキッチンまで完備しているし、災害時に備えて簡易ベッドもある――まさに異世界にはうってつけの施設である。
「…………」
湯気で視界が曇るなか白い天井を見上げながら私は悶々としていた。
せっかくのお風呂、しかもげんき村の皆が私の功績を称えて一番風呂を譲ってくれたにも関わらず、私はちっとも満喫できていなかった。
「私の功績……重いんだよねぇ」
私にとってその言葉が今一番、重くのしかかっている言葉だった。
村長になったばかりの頃はなんていうか……功績とか手柄とかそういう利益に対しては何も考えていなかったなぁ。
ただ、突き動かされるように「やる。やってやる!」って思っていたから。
その思いは今でも変わらないし、これからも続くと思う……。
だけど、私が課題を達成していく以上、称賛や感謝が生まれ、功績や手柄が付きまとい、そしてそれらは次の信頼や期待となってのしかかる。
善行から生まれる負荷のスパイラルだ――。
「…………覚悟はしてたんだよ。でも、重い」
そうなることは予想できていたし、覚悟もしていた。
だけど……その功績や期待は私が思っていたものの何倍も……重い。
実体がなく、質量がないからこそ、その重さはより深く私にのしかかる――いや、蝕んでいるって表現の方が正しいのかもね。
やめよう……これ以上、考えると鬱になりそうだ。
私は頭を空っぽにするため、思いっきり息を吸い込んで湯船に潜る。
「――――ッ…………」
徐々に身体の中の酸素が足りなくってなっていくのが分かる。
脳に酸素が行き届かなくなってくる、だんだん意識がぼんやりしてきた……。
そろそろ上がろう――いいや、もうちょっと……。
あと少し……少し……すこ――――
「――――はぁ――――ッ! ……はぁ……はぁ……」
限界を迎えた私は湯船から肩で息をしながら浴室を後にする。
うん……まぁ、良い気分転換(?)にはなったかな……?
とにかく、これ以上、ああだこうだと考えるのは止めて今日はもう寝よう。
お風呂から上がって自分の寝室(仮眠室)に向かう廊下の途中で宮崎さんとばったり鉢合わせた。
「宮崎さん……」
「やぁ、乃香ちゃん。おつかれさま。湯加減はどうだった?」
「ありがとうござます。とてもいいお湯でしたよ! もう、お肌がつるつるになっちゃいそうです!」
「そう、それは良いことを聞いたよ。じゃ、僕は順番的に最後だから次の人を呼んでくるよ」
そう言って、宮崎さんは次の順番の人を呼びに廊下を進んでいってしまった。
彼の姿が見えなくなったのを確認して私は、廊下の壁にもたれ掛かる。
「こんなことで皆に嘘ついてちゃダメなのに……これじゃあ――――あぁ、いけないいけない。もう考えるのは止めるんだった」
私は重い足取りで寝室に向かった。
寝室の簡易ベッドの上で仰向けに寝転がった私はぼんやりと天井を眺めていた。
明日はとりあえず、今後の作業の方針について互いの村の代表で話し合いが行われる。
つまるところ、明日は会議さえ終わればほぼ一日フリーになる。
ややこしい考え事はその空いた時間にでもすればいい、いや……それとも誰かに相談に行こうか?
「ビアンカさんのところにでも……行こう…………かな――」
自分でも気が付かないほど疲れていたらしく、身体を横向きに寝がえりを打った瞬間、睡魔が襲いかかって私の意識は吸い込まれるように落ちていった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
翌朝、夢も見ないほど深い眠りについていた私の目覚めは異様に早かった。
まるで体の中に目覚まし時計でも入っていたんじゃないかと思えるほどパッチリと覚醒した。
「――――……ぬっ……」
岩田さんと朝の散歩をした時もこんな時間だったかな……。
二度寝をするには充分すぎるほど時間があるが、眠気はまったくない。
ま、いっか、起きよう。
サクッと着替えて、まだ皆が寝ているだろうから静かに廊下を抜けて、靴を履いて外に出る。
まだ陽が昇ったばかりの朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「あ――――ッ!!!」
私は誰もいない(であろう)村の中央で思いっきり声を張り上げる。
昨日、あれこれと考えて悶々としていたのだ、やはりそこで溜まったストレスは大きな声出して発散するに限る。
すると、
――――あッ!!
しばらく、時間をおいてどこからともなく、私にそっくりな声が響く。
というか、私の声だ。そうか、山が近いから山彦が発生してるんだ。
おまけに今は早朝だからその反響がよく聞こえる。
……なら、ちょっと試してみたいことがあったんだよね。
「――静かな湖畔の森の影から~♪」
――――………………。
山彦を用いたセルフ輪唱。
正直クソくだらないことだけど、そういうことってほんの時たま無性にやりたくなっちゃうんだよね。
「もう起きちゃいかがとカッコウが鳴く~♪」
――――しずかなこはんのもりのかげから~♪
でも、誰にも見られたくない。
今は早朝、つまり今がチャンス! というわけです。
そして、セルフ輪唱は見事成功です!!
「カッコウ♪ カッコウ♪ カッコウカッコウカッコウ~♪」
――――もうおきちゃいかがとかっこうがなく~♪
「………………」
――――かっこう♪ かっこう♪ かっこうかっこうかっこう♪
「――かっこっうッ!!!」
私は某世界的ミュージシャンのような決めポーズをとって大声で締める。
――――かっこっう!!
山彦にもばっちり決めてもらって、これでセルフ輪唱はお終い。
いや~、下らないことだけどやってみると結構たのし――……。
む……!? これは、視線? まさか――!?
「………………」
見られてたーーーーッ!! しかも、割と見られたくない人にぃいいいい!!
決めポーズをとったまま硬直する私をまるで可哀想なものでも見るかのような目で勲おじいちゃんが畑を挟んだ向こう側からこちらを見つめていた。
そうか、勲おじいちゃんは最近、よく早朝散歩をしていたんだ……! すっかり忘れていた…………。
「……勲おじいちゃん? い、いったいいつから……!?」
「お前が歌い始めてから」
「あああああああああああああああ」
私は頭を抱えてその場で悶絶する。
穴があったら入りたい! わりと、マジで!!
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
私の悶絶っぷりに説教大好き勲おじいちゃんも今回ばかりは何も言わず去っていった。
正直、お説教をくらうよりもキツイのだけど……まぁ、いいや気を取り直して――!
「さて、ミーティングまでは時間もあるし……うーん、見回りでもするか」
今、私にできることといったら、げんき村とカルルス村に異常がないか見回りに行くことぐらいである。
いや、異常はすでにカルルス村の畑で起きているけど、これ以上の異常がないかを確認するのだ。
「さて、どうするか……岩田さんは使えないからなぁ」
どうやら、げんき村の周辺に魔獣除けの柵を設置する工事には岩田さんを使わないといけないらしい。
そのため、現在、岩田さんはベリー村長のところで二体とも工事の為の術式変更――コンバージョン中のため連れ出して散歩というわけにはいかない。
岩田さんがいない以上、わざわざ徒歩で見回る必要はない。
げんき村からカルルス村、カルルス村からげんき村――往復するとなると結構な距離になる。
「……じゃ、アレを使いますか」
そういえば、この世界に来てからアレを初めて使うんじゃないかな。
最後に使ったのは……そう、校舎の中だったね――。
私はそぞろ歩きを止めて目的地を定めて、早歩きで向かった。
アレは異世界に来てから、勝じいの家の車庫に置いてある。
軽トラの隣、覆っていたブルーシートを取り払うと、ピンク色の車体があらわになる。
「エンジンは――――よしッ! かかるね」
キーを挿しっぱなしにしてあったので、そのまま捻って私は原付のエンジンをスタートさせた。
たった数日間しか使っていないのに、ハンドルを握った時に伝わる冷たさに何年ぶりかのような懐かしさを覚えていた。
私は原付を車庫の外まで押して、シートに腰を乗せる。
「よし、出発!」
クラッチを捻って私はゆっくりと車体を転がす。
まずは、げんき村の住宅地区の周囲から始めて、畑に出てから一本道を通り、カルルス村に向かう――このルートで行こう。
私は入り組んだ住宅地を抜けて、魔の森とげんき村の境の道をぐるりと巡っていく。
「青森さん……島根さん……長野さん……徳島さん――――うん、よし。とりあえず、家は壊されていないね」
転移の後、魔の森との境に家を構えている人達は安全の為、一時的に集会所で暮らしてもらっている。
今回の工事で魔獣除けの柵が設置されれば彼らも元の家で暮らすことができる。なので、柵の設置はこのエリアを最優先でやってもらうつもりだ。
それまでは、この家が魔獣に壊されないように注意しておかないといけない。
村長曰く、こうして人間の匂いを振りまいておくだけでも効果はあるらしい。基本的に魔獣は人間には近づきたがらないとのことだ。
「次は畑かな――――って、アレ? なんだろう??」
境の家々を回り尽くし、いよいよげんき村の畑に行こうとしたその時だった――思わず、ブレーキを掛けて原付を止める。
三十メートル程離れた地点に三つ……いや、三体何かがいる! 私はそんなに目がいい方じゃないのでこの距離ではそれらの細かい外観は分からない。
まず、目を引くのが“それら”の色である。
汚らしい緑色――鮮やかな緑の絵の具にわざと灰色を混ぜて汚くしたような色合いをした表皮。
身体の大きさはちょうどマリアちゃんと同じくらいかそれ以下、人間の子ども程度の大きさで手足が二本ずつある人型である。
「色合いは昆虫みたいだけど……あのフォルムはどう見ても昆虫じゃない。あれは――」
昆虫のような色合いの表皮に人のような形をした生物は私のいた世界ではあんな生物は存在しない。
でも、一つ――――私には思い当たるモノがあった。
私はソレを実際に見たことはないし、実際に見たという人間すら見たことがない。ただ、私はソレを知っている。
『見た』=『知っている』ということじゃない。例えば、頭の中でその生物の特徴を思い描き完成させた存在があっても不思議じゃない。
――――ソレは民間伝承やゲーム、書籍のなかで語られ、決して現実世界には存在しないとされた存在――――
「ウソ……ッ!? アレってゴブリンッ!?」
ゴブリンは日本では『小鬼』と表記されるモンスターの一種で、トロルやオーガのような怪物的なものではなく“悪戯好きな妖精”という認識が強い。
RPGではザコ敵の代表格で三下のチンピラのような性格をしているか、中立的な存在では商店等を開いていることが多い。
「――――ッ!!」
「――――!?」
「――――?」
どうやらゴブリン(?)がこちらに気づいたらしく、なにやらこちらを見て騒ぎ立てている。
が、この距離では何を言っているのかさっぱい分からない。そもそも人語を話しているかも分からない。
さて、どうしよう…………?
1、とりあえず、このまま距離を取りつつ後退。ベリー村長に報告。
2、近づいてコンタクトをとる(命の保証はできない)
………………うーん、じゃあ、とりあえず『2』でッ!!
〜乃香の一言レポート〜
この世界に来るとき、私は原付バイクに乗っていたんですが、実は、私、あれ以外にも1200ccの大型を持ってるんです。
一度、それで、大学に来たときは盗品と勘違いされて警察まで呼ばれたことがありましたね。
次回の更新は4月10日(火)です。
どうぞ、お楽しみに!!




