第九話 潜入……、フォガラ大地下水道
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標高五千メートル級の山々が連なるアルバス山脈の雪解け水が長い年月をかけて岩に染み込み、地下水となる――。
その地下水を数十km先のカルルス村まで届けているのが、今、私達がいる『フォガラ地下大水道』だ。
山麓に掘られた最初の井戸で水を掘り当ててその地点から横穴を伸ばし、村まで水が運ばれる人工の地下水路だ。
ベリー村長曰く、昔は地表に通風、修理用の穴が開いていたらしいが、街道の建設により穴は塞がれて今は、地下水路に入るための工事用の入り口が街道の脇に作られているらしい。
入り口の巨大な石の蓋を岩田さんズに開けてもらい、私とベリー村長が地下水路に続く、岩を削ってできたような階段を下っていた。
地下の温度は地表の温度とさして変わらないものの、湿度が高いため心なしか地表よりひんやりしている。
「どっからどう見ても『カナート』にしか見えないんだよなぁ~」
先ほど村長の説明を聞いていると、この地下水路は私達のいた世界の『カナート』と呼ばれる人工地下水路に造りがよく似ている。
というか、こりゃ、『カナート』だわ。
高校の時に世界史をやってる人なら誰もがご存知『カナート』ですわ。
……でも、なんでそんなものがこの世界に?
「このフォガラ地下大水道は祖父の代に建設され、異世界の人間と共同で作り上げたそうですよ」
「そうなのですか? どおりで見覚えがありましたよ」
「そちらの技術は素晴らしいものですね」
「い、いやぁ〜それほどでも!」
ベリー村長の称賛はカナートを作り上げた人たちに贈られたものだが、受け取れる人はいなさそうなので、私が代わりに受け取っておいた。
カナートがこの世界に伝わっていたということは、単純に考えて異世界転移は紀元前頃には行われていたということになる。
う~ん、いいねぇ~! 私、そういうの好きだよ。やっぱり、歴史にはロマンがなくっちゃね♪
「さぁ、着きましたよ。ここがちょうど街道の真下になります」
「――ふっわぁ……ッ!」
その光景はまさに『幻想的』の一言に尽きた。
天然の洞窟を思わせるような岩のつららが天井からシャンデリアのように垂れ、その下をアルバス山脈より運ばれた雪解け水が轟々と音を立てながら流れている。
そして、なにより、目を引くのが洞窟のあちこちに配置されている、色とりどりの光たち――。
昨日、一昨日見た本物の星空とは違う、まるで誰かが光る宝石を埋め込んで人工的に作り上げたどこか哀しげな淡い光を放つプラネタリウムのようだ……。
「綺麗な、場所ですね……」
「この水路全体の照明と、浄化の術式の魔力供給源として幾つもの魔法石が埋められています」
「…………あぁ、ずっと見ていたいです」
「アハハ、その気持ちも分かりますが、今は工事のことに専念しましょう」
ぼんやりとした光に照らされたベリー村長の笑顔はイケメン度が三割くらい増していた。
呆気にとられてしまいそうになるが、しかし! 今は村長の言うとおり、イケメンに気をとられている場合ではない。
それに、大丈夫! さっきの顔はバッチリ私の脳裏にスクリーンショットしておいたから!!
「はい、そうですね。では、手はず通り工事を開始しましょう」
「えぇ、では……岩田 アダムさん。工事を開始して下さい」
今回の工事において、私達、人間の出番は岩田さんズに指示を出すところで実質終了する。
あとは岩田さんズが予めプログラムされたとおりに工事をするだけとなっている。
「じゃ、岩田さんもよろしくね!」
「…………(コクリ)」
岩田さんは頷くと、その巨体からは想像もできないほど軽々と対岸へ飛び移り、工事を開始する。
今回の工事の計画は、この水路の水を私達の村の貯水槽のパイプに繋げるというものになる。
岩田さんは対岸の岩壁にその長い両腕をつけると、一瞬、腕の先が液体のようになり壁と融合する。
ゴーレムは大地の申し子、つまり、岩田さん≒地球ということになり、工事の際はドリルのようなもので掘削作業はせずに岩田さんが直接、岩と融合してトンネルを開通させる。
ドリルを使用するよりも遥かに早い上に、ゴーレムによって開通させられたトンネルはあくまで“自然にできた”ものであるため、岩盤を傷つけることなく非常に安全に工事を行うことができる。
「具体的にこの工事はどれくらいかかるのでしょう?」
「そうですね。この調子であれば半日もあれば工事は完遂できるでしょう」
「早っ!?」
「そうですか? こんなものですよ?」
さも当然のように言うベリー村長に悪気はないんだろうけど、なんか嫌味のように聞こえて仕方ない。
まぁ、多分、私の耳が卑屈なせいもあるんだろうけど……。
はぁ…………この性格もなんとか矯正しないといつかボロが出ちゃうかも。
「では、乃香村長。僕達はいったん地上に戻りましょう」
「えっと……私はできれば工事を見ていたのですが」
「あ、その……。その――」
ベリー村長がそう言った途端に、グゥ〜! と元気のよい音が水路内に響いた。
そして、村長は恥ずかしいのか、少し赤い顔をして、
「その、お腹が空いてしまったので……よろしければ、一緒に朝食をとりませんか?」
と、照れくさそうに後頭部に手をやりながら爽やかな笑顔をこちらに送る。
ふむ……そういえば私も朝ごはん食べてなかったなぁ。
あぁ、そう思うとなんだかお腹へってきたかも……まぁ、村長同士の親睦を深めるためにも事務的な時間だけでなく、プライベートな時間も共有した方がいいよね。
私も村長の意見に賛同した、と首を縦に振る。
「そう言われると、私もお腹がすいてきちゃいました」
「では、さっそく地上に戻って朝食にしましょう」
「はい。岩田さーん! 後は頼んだよ!!」
「…………(コクリ)」
腕が岩壁と融合してる岩田さんは私達に背中を見せたまま頷いた。
よし、この場は岩田さんズに任せて、私達は地上に行って腹ごしらえだ!
地上に戻り、街道を二人で歩きながら私達はカルルス村を目指す。
そういえば、朝ごはんってどこで食べるんだろう? ベリー村長の家かな? それとも、喫茶店的な軽食店がこの村にもあるのかな?
「村長、朝ごはんってどこで食べるんですか?」
「あぁ、僕の家ですよ。なにぶん、無骨な男の家ですので、女性を招くには不向きとは思いますが、一人暮らしゆえに物はそんなにないので、散らかってはいませんよ」
「村長の家ですか……私、何気に初めてかも……」
というか、一人暮らしの男の人の家で朝ごはんを食べること自体、初めてかも。
ドキドキはしないけど、異世界の一人暮らしの男性がどんな家に住んでいるのか知りたいっていう好奇心はある。
そんなことを思いながら、街道沿いに歩いていると、道の端に人だかりができていた。
五、六人の集団だが、皆、背丈が小さく身体つきも大人に比べたら随分と華奢だ。
「――あっ! ベリーそんちょーだッ!!」
「そんちょー2号もいる!」
そ、村長2号って……。
まぁ、確かに村にきた順番を考えれば、2号だけど。
街道の端で集まっていたのはこの村に住む、子ども達だった。
年齢、性別とばらばらで小学校六年生くらいから幼稚園児くらいの子もいる。
彼らは、手に持った白い小さな棒状のもので、石畳をキャンパスに思い思いに何かを描いている。
多分、チョークか何かで道に落書きをしているのだろう。
そういえば、私が小学校二年生くらいの時にいたなぁ〜。
学校からチョークを失敬して、道に落書きをして怒られていた生徒が……。
「おや? みなさん、おはようございます。そんなところで何をしているですか?」
「そんちょー、おはようございます! えぇっとねぇ……みんなでお絵かきしてるの!」
おそらく、最年長であろう六年生くらいの女の子が元気に答える。
こうして、性別、年齢問わず子ども達が仲良く遊んでいるのは見ていて実に微笑ましい。
「どれどれ、見せてもらってもいいですか? おぉ、これはなかなかの力作ですね。上手ですよ〜」
「えへへ〜! ありがとう!!」
彼らの絵は石畳の石の一つ一つに別の絵を描いており、ある石には人物が描かれ、またある石には動物や花などが描かれていた。
その中で、一つ、気になるものがあった。
やたら、尾の長い翼を広げた鳥のようなものが私の目を引いた。
これって…………、
「ねぇ、コレは何かな?」
「――えっ? ええっと……コレは…………」
私に話しかけられるとは思わなかったのだろう。
女の子はしどろもどろして、口をモゴモゴさせてなかなか喋ろうとしない。
「……不死鳥、だよ」
「不死鳥……?」
不死鳥だって!? この世界には私達が伝説としている生物が存在しているの!?
私は女の子の前にしゃがみ込んで聞き込みを開始する。
「ええっと、じゃあ、あなたは不死鳥を見たことがあるの!?」
「う、うん、あのお山に飛んでいくとこを見たよ……」
「どんなだったの?」
「えっとねぇ……すごくキレイなの、赤色とオレンジ色がまじって……」
「うんうん……! それで、それで?」
すごい! やっぱり、この世界はロマンの塊だ!!
紀元前後の私達の世界の技術が導入された、中世風の村に、ローマのアッピア街道を思わせる交易路、そして、伝説の生き物!!!
すごい! すごいよ!! ここは尽きても尽きない、ロマンの泉だ!!
興奮のあまり、私はかなり凄い顔になっていたのだろう、女の子が少し涙目になって怯えている。
「そ、そんちょー2号。こわいよぉ……」
「え!? あ、そ、その……ゴメンね。つい興奮しちゃって…………」
「乃香村長。その辺にしてしましょう……子どもが怖がってますよ」
「そ、そうですね。すいません、私ったら取り乱してしまって、恥ずかしいです」
ベリー村長の制止がかかったところで、私は立ち上がって聞き込みをやめた。
残念……もっと、いろんなことを聞きたかったのに…………。
しかし、これ以上の詮索は大人げないと言わざるえない。
「では、みなさん。車には十分気をつけてくださいね」
「「「はーいッ!!」」」
子ども達が皆、声を揃えて元気よく手を挙げる。
子どもからも大人からも好かれるベリー村長は私にとって、『村長』という存在の鑑だ。
村長は女の子の頭を軽く撫でると、再びカルルス村に向かって歩き出した。
「じゃ、さっきはゴメンね。気をつけて遊ぶんだよ――」
「ねぇ……そんちょー2号」
「ん? なにかな?」
「アタシね、そんちょー2号ともっとお話をしたいの。不死鳥のことも、他の動物のことも……だから、あとで遊ぼ?」
「――――ッ!!」
…………や、やべぇ! 抱きしめてぇ!! なにこの可愛い生き物!? もう、ハグして、なでなでして、舐めまわ――――ッ!!
おっと、危ない。もう少しで理性の鎖が千切れるところだった……。
私は湧き上がる本能を抑えつつ、女の子の頭にそっと手を乗せる。
「うん、ありがと。じゃ、あとで遊ぼっか!」
「…………うん!」
岩田さんズが工事を完了させるまでに、半日かかるわけだし、それまではこの子達と遊ぶのも悪くない。
よーし! 今日は、ショタ&ロリと戯れるぞぉ〜!!
~乃香の一言レポート~
ちなみに私が小学生の頃は二限目の大放課(長い休み時間)に学校を抜け出して駄菓子屋さんでお菓子を買い込んで、昼休みにこっそりとクラスの男子に十円増しで販売していました。
結局、それがバレてその小学校が始まって以来、女子で初めて指導室に呼び出されるという快挙(?)を成し遂げました……。
次回の更新は3月31日(土)13:30です。
どうぞ、お楽しみに!!




