第七話 起動せよ! 岩田さん!!
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その日の夜――私は村長と共にカルルス村の端にある『忘れじの丘』と呼ばれる小高い丘にいた。
なんでもここは霊脈が真下に通っているらしく、儀式や魔法の練習にはもってこいの場所なんだとか……。
今日の星空は昨日とは違い、少し雲がかかっている。
そのため、夜の闇が心なしか深く、暗い。
夜闇にぼんやりと浮かぶ、円形に地面に突き刺された松明の炎がゆらゆらと不気味に揺れている。今夜は、絶好の儀式日和のようだ。
「――では、これより、ゴーレムの起動を行いたいと思います。準備は、いいですか?」
「うっ……は、はい……」
しまった。調子にのって飲みすぎた……。
宴を朝から昼までやってしまったので、まだ少しお酒が残っていて気持ち悪い。
これからは自重しないといけないな、いつかお酒で身を滅ぼすことになるかもしれない。
それにしたってなんで、私以上に飲んでいたベリー村長は元気なのだろうか……? しじみの味噌汁でも飲んだのかなぁ?
「では、こちらに……」
ベリー村長が円形の松明の囲いの中央で足を止める。
円の大きさはかなり大きく、中に人が百人は入れるほどである。
「……はい」
円の中央には高さ三メートルほどの大きな岩が二つ、“夫婦岩”のように並んでいる。
どうやらこれがゴーレムの素体らしい。
そして、この素体の周りには起動に必要な術式が描かれた魔法陣が地面に刻まれている。
松明が円形に置かれていたのはこの魔法陣に沿って置かれていたためである。
いいねぇ~! なんかファンタジーっぽくなってきた!!
私はワクワクする気持ちを胸にベリー村長の隣に並ぶ。
「乃香村長、こちらを」
「……なんですか、これ?」
ベリー村長が私に手渡したのは何の変哲もない手のひらサイズの黒い『石』だった。
磨製石器のように、やたらと綺麗に研磨されているものの、見てくれはその辺で拾った石を誰かがふざけて磨いたような物である。
「これは高純度の魔法石です」
「昨日、私が見た『魔法石』はもっと透き通っていました。宝石みたいな……」
昨日、酒樽風呂で見た魔法石はもっと宝石のようなオレンジ色をしていた。
魔法石にも種類があるのかな?
「魔法石は純度が高くなればなるほど黒くなっていきます。純度が低いものは宝石や生活で必要なエネルギー源として、高いものはこのように儀式や軍事に使われたりします。昨日、たまたま良い石が手に入ったので、今日はそれを使おうと思いまして」
「へぇ~、魔法石って無駄のない石なんですね」
「えぇ、僕達の生活にはなくてはならないものです。さて、それでは、はじめましょうか」
ベリー村長はもう一つ石を取り出すと、左側の岩の前に立った。
いよいよ、ゴーレムの起動が始まるんだ……。
村長は私の方を振り向くと、ニコリと笑って見せて、
「先に僕が一体、起動させます。そのあと、乃香村長もやってみましょう」
「えっ!? 私が!? そんなの、できるのかな……? 私、魔法なんてまったく、分かんないんですけど……」
「大丈夫です。僕も一緒にやりますから」
「は、はぁ……」
ベリー村長は素体の方に再び顔を向けると、手にしていた魔法石を素体にはめ込んで、呪文を唱えだす。
あ、これは覚えないと! 私は村長の言葉に注意深く耳を澄ます。
「――イタカを降ろし、地に縛る。汝は土塊にして人の形骸を成すもの。ルルイエの書より汝の心を掴む。汝、我に従い、我が声に応え、その形を示せ、大いなる沈黙よ――」
呪文を唱え終えた村長は素体からゆっくりと手を下ろす。
すると、一陣の風の後、岩の塊が粘土のように歪み、みるみる形を変えていく。
「…………ぁッ!」
はじめて魔法らしいものを見たかもしれない……。
形を変えた岩の素体は異形の人型となって、その全貌を松明の灯りのもとに晒す。
脚が短くがに股で、胴体はずんぐりむっくりな表面がごつごつした球体に近い形をしており、胴体の上には顔はなく、代わりに胴体の上部に目と思しき七つの光の点が規則的に並び、脚とは裏腹に胴体の中腹から伸びた腕は地面まで届き、ちゃんと指も五本ある。
――例えるなら……そう! ポ〇モンのレ〇スチルみたいな感じ!!
ゴーレムはその場から動こうとせず、無機質な光の目でこちらをじっと見ている。
もっと、怖そうなモノができると思っていたが、意外と可愛らしいフォルムをしている。
「さぁ、乃香村長。今度は貴女の番ですよ」
完成したゴーレムの前でベリー村長が手を差し出す。
しまった! 完成したゴーレムに完全に意識が持っていかれて呪文ド忘れしちゃった……!!
「あ、あの……ごめんなさい。さっきの呪文、ド忘れしちゃいました…………」
「あぁ、心配いりませんよ。呪文は勝手に出てきますから」
「えっ?」
「さ、とりあえず。こちらへ」
頭に疑問符を残したまま、私はとりあえずベリー村長の言うがままに素体の前に行く。
うーん、でかい。こうしてみると、三メートルってかなり大きいんだなぁ~。
……待って。この岩の塊、地面に置かれてる!? ってことは、村長はこの何トンもありそうな岩の塊を運んできたってこと!? 一体どうやって……?
岩の塊を呆然と見上げる私にベリー村長が肩を叩いて、注意を自身に向けさせる。
「乃香村長、魔法石をゴーレムにはめ込んでください」
「え? あ、えっと……こうですか? ――って、きゃッ!?」
私が魔法石を素体に当てた瞬間、魔法石が水に沈んでいくかのように岩の中に吸い込まれていった。
正直、かなり気持ち悪い感触だった。
「さ、乃香村長。そのままの姿勢で意識を目の前のゴーレムに集中させてください。大丈夫、僕も一緒にやりますから」
「…………はい」
姿勢を固定させたまま私はゆっくりと目を閉じる。
すると、ベリー村長が私の右手に自身の手を重ねてくる。
彼の体温を手の甲で感じながら、意識を素体に向ける。
……深く…………深く………………目の前の『命』なき存在に意識を溶かしていく――
「――我、カダスの地より来たる。汝は土塊にして人の形骸を成すもの……」
言葉が……勝手に…………ッ!? でも、なんだろう? うまく言い表せないけど、とっても自然だ。
言葉が出てくることに違和感を感じない。
呼吸身体とか瞬きとか、そういう生理現象の一環だって身体が認めてる感じ――
「銀の鍵は此処に。汝は我の輩、人と共に歩むもの――」
あぁ……わかった。
この呪文は『ゴーレムを起動させる』ものであって『どんなゴーレムにしたいか』っていう願いも言っているんだ。
呪文の言葉は勝手に出る――そうか、今喋っている言葉がこそが私の願い。私がこの岩の巨人に託す願い……。
「ブリチェスターを真実に変え、我と共にこの村を救いたまえ――ッ!」
――――――――――――ッ。
岩の内側からなにかが鼓動をし始めた心臓のように動き出す。
うん、よし、言えた。
私はゆっくりと手を下ろして素体から二歩ほど離れる。
できた、ゴーレムは完成した、確証はないが私には確かな自信があった。
――ゆっくりと目を開ける……。
「…………ぁ。はじめまして、これから一緒にがんばろ」
「…………」
私の目の前に岩の巨人がそのつぶらな七つの瞳でこちらをじっと見つめていた。
ベリー村長のゴーレムより少しばかり背が低く、全体的に丸っこい。
やっぱり、男女のによって完成するゴーレムの意匠が変わってくるのかなぁ? それとも、私が未熟なだけか……ま、初めてだし後者だろうな。
「はじめてにしてこの出来栄えとは……! 乃香村長はこちらの世界に来る前にも魔術を扱った経験があるのですか?」
「いえ、私はただの学生で……というか、魔術なんて向こうの世界には存在していませんでしたから」
「であれば、乃香村長は優れた才能を持っているのでしょう。鍛えればきっと、優秀な魔導士になれますよ」
「そんな、私はただゴーレムの声を聞いただけです。それに、村長も手伝ってくれたので……」
考えてみれば変な話だ、命を持たない無機物の声を聞きとるなんて。
いや、『声』というよりは信号に近いもので、ゴーレムが人型をしているから声という表現を用いただけだ。
でも、これも異世界転生や転移のあるあるだが、いわゆる『才能』ってやつが開花したのだろうか?
しかも、『無機物の声を聞ける』なんて恐ろしく需要のない能力だよね……。
「僕は手伝ってなんていませんよ」
「え? そうなんですか?」
じゃあ、なんで私の手を握ったし!?
「えぇ、乃香村長ははじめてのゴーレムの起動でしたので緊張してるかと思って、そういう時は手を握ってやるといい、と勝じいさんが」
なるほど、また、勝じいのお節介か……。
ま、いっか、今回は勝じいの目論見どおり緊張せずに済んだし、お咎めなしだ。
「なるほど、であれば、ありがとうございました。おかげで、緊張せずに起動ができました」
「それはなによりです。僕としても乃香村長のお役に立てて嬉しいです」
「…………」
「……さて、そろそろ村に戻りましょう。ゴーレムはここに置いておいて明日、工事の時に使いましょう。これ以上、ここにいると身体を冷やしてしまいますよ」
「――待ってください!」
「どうしました?」
戻る前に一つ、やっておきたい――いや、やらなきゃいけないことがある。
それは彼らにとってのとても大事なことだ。
「……名前を――」
「はい?」
「この子たちに名前を付けてもいいでしょうか?」
私の申し出にベリー村長は少し驚いた顔をした。
確かにそうかも知れない。考えてみれば、工事に使うゴーレムに名前をつけるなんて、重機やロボットに
愛称をつけるようなものだ。
でも、自分でも不思議なくらい彼らに名前をつけてあげたい! と強く思うのだ。
それはもう、嘆願や熱望に近い衝動が私を突き動かしている。
「……かまいせんが、乃香村長は変わった人だ。普通、ゴーレムに名前を付ける人なんていませんよ?」
「いいんです。だって、この世に生まれてきて名前すらもらえないなんて可哀想ですよ」
「生まれて――ですか……。なるほど、そういう捉え方もできますね。では、僕のゴーレムにも命名をお願いでいますか?」
「――はいッ!」
私は大きく頷くと二人のゴーレムに向き合う。
岩から生まれたつがいのゴーレム――私と村長がはじめて作った人の形をしたもの……。
岩からできた原初のヒト……で、あれば――、
「『アダム』と『イヴ』……あなた達の名前は“岩田 アダム”と“岩田 イヴ”。それが、あなた達の『名前』よ…………」
〜乃香の一言レポート~
『夫婦岩』は三重県伊勢市二見町の観光名所で、二つの岩が夫婦のように寄り添っているように見えることからその名が付きました。
私はもう異世界に行っちゃって三重県には行けないけど、ご飯もお酒も美味しいし、観光名所もたくさんあるので、そちらの世界にいるうちに是非一度、足を運んでみてください!
次回の更新は3月29日(木)18:00です。
どうぞお楽しみに!!




