7:来客
「神無月さん、彼らをこの部屋から出してもらえますか?」
突然の来客。WAOの使者。彼女はあまり大勢に聞かれるのはよくないと言って、皆を下がらせた後、朧に持ってきた推薦状を読ませていた。
「貴方、どうして我輩の名前を知っているのだ?」
「表札です」
(言われてみればそうだな)霙は少し恥ずかしかった。
霙がそんなことを考えていると彼女は朧に話しかけていた。
「朧さん」
書類に目を通していた朧は隣の女性からの一言で読むのを止めて顔を上げた。
「はい、何すか?」
すると彼女の少しムスッとした顔が見えた。どうやら朧がWAOの推薦状を貰っておきながら、まだ決断に時間をかけていることにイライラしているようだ。
「何故そこまで悩んでいるのですか?WAOと言えば世界中の人々の希望と夢の為にある組織ですよ。殆どの人が入りたくても入れない場所に貴方は推薦されているのですよ、迷うことなんて一つもないじゃないですか」
彼女の言っていることは分かる、だが自分なんかがそんなすごいところでやっていける自信は、能力者になったばかりの朧には無かった。
「それは、そうですけど・・・俺なんかが入っていいんですか?」
(推薦理由を見た限り、俺は必要とされてるみたいだけど・・・やっぱり俺に務まるのか?)
その気持ちが彼女に伝わったのか彼女の表情は柔らかくなり、優しい笑みで言い放った。
「私は反対です」
もう滅茶苦茶だった。WAOが認めても彼女は認めてくれないらしい、やはり俺には無理なんだと落ち込んでいると続けざまに彼女は言った。
「だって貴方はまだ能力者になったばかりの子どもで、しかも何の試験も訓練も無く入れるなんて・・・他の努力して入ったメンバーの気持ちになってください」
彼女には彼女なりに朧に思うところがあったようだ。すると今度は霙が話し始めた。
「あの~質問いいですか?」
「なんでしょう?」
「朧君を推薦したのは誰なんでしょうか?」
「それについて教えることは出来ません」
まぁ当然だろうなと朧が思っていると、話は全く違う方向に急展開していた。
「なら、どうして貴方も朧の事を推薦した人も朧が能力者になりたてだと知っているのですか?」
ニィイっとした醜い笑み。霙の左唇の端は歪んで、吊り上がっていた。
「・・・・・・」
「確かに言われてみれば・・・どうして推薦状を書いた人は俺の能力の効果まで知ってるんですか?」
「それは、、、、、」
言葉に詰まる彼女。
(このまま黙っていればWAOの不信につながってしまう、それだけは避けなければ)
霙と朧が彼女の言葉を待っていると、《ピンポーン》と来客を知らせる家のチャイムが鳴った。
「ご主人、その人見てて」
「分かった」
来客が来たのに出ないわけにもいかず、霙は玄関を開けた。
「どなたですか?」
玄関を開けてみると、そこには黒人の優しそうな顔をした男性が立っていた。
「え~っと、貴方が神無月さんですか?」
「はいそうですけど」
「お父さんかお母さんは?」
「居ませんけど」
そると彼は頭を抱えてしまった。
「ん~どうしよ・・・いつ帰ってくるか分かる?」
『両親は私が殺しました』そんなこと言えるはずもなく、霙は本当のことをオブラートに包んで話した。
「両親は帰って来ません。今頃はこの青空の下で土に還ってると思います」
その答えに、彼は涙を流していた。霙には彼がどうして泣いているのか分からない、というか怖い。
「うぅっ・・ごめんね、辛いことを思い出させたよね。そんな時に本当はこんなこと言いたくないんだけどね」
彼は涙を拭いて、霙の目の前に手に持っていたカバンから一枚の紙を取り出した。
「こういう理由で君の正体が分かるまで君をこれから拘束させてもらう」
《バタン!!》と思い切り扉と鍵を閉めて霙は家の中に逃げた。
中に入ると、朧が心配そうにこっちを見ていた。
「おい、大丈夫か?随分と強く閉めてたけど?」
「大丈夫大丈夫、なんでもないよ」
すると霙の後ろに先程の人物が突然現れた。
「大丈夫じゃないよ、こっちだってこんなことはしたくないんだから」
「ひぃぃぃぃぃぃ」
(ま~たそうやって表面だけ作って、本心は何も感じてないくせに)
根雪に嗤われて少し機嫌が悪くなった霙だったが、ここでずっと黙っていた彼女から救いの手が伸びた。
「あれ、ジョン!?。どうしてこんなところに?」
しかし、それは言葉に詰まっていた彼女にとっても救われた形になった。
「クリス!?・・・君もここに仕事?」
「えっと、二人はどういった関係ですか?」
朧が二人に聞くと、クリスと呼ばれていた女性が答えた。
「彼もWAOのメンバーなの。だから・・・隣の彼女を捕まえといて」
「へ?」
ここまで来て、まさか朧に捕まる日が来ようなどとは思っても見なかった。
「んーんんんんーー」
ガムテープでぐるぐる巻きにされた霙。
「じゃあ、教えてあげるから行きましょう」
霙には朧が何処かへ行こうとしていることしか分からなかった。
「だったら、俺が三人連れてWAOまで行くよ。その方が早いしな」
「え、でも車は?」
「それも持ってく」
最早、聞くしかできない霙は・・・(またまた、今だってやろうと思えばこのガムテープから抜け出して全員殺せるくせに・・・そんなに自分を隠したいのか?これから全部調べられるのによぉ)ただひたすらに根雪の嘲笑に耐えていた。
「どうやって運ぶんですか?」
朧の質問に彼は丁寧に話してくれた。
「俺の能力はテレポートなんだ。君が例の推薦状の子かな?」
「はい」
「それなら早くいかないとね」
朧には何が起こったか全く分からなかった。彼女についてくれば分かると言われてホイホイついていくことになったのだが・・・
「どこですかここ?・・・あれ?」
辺りを見渡しても霙も先程の二人もいない。いるのは高級そうな椅子に座っている貫禄のある男性だけだった。
「すまないね、大村 朧君。君にされる質問には先に答えておこう・・・私が君を推薦した人間で、WAOの総統の佐藤 武だ。これから宜しく」
自分をWAOに推薦してくれた人がWAOのトップ。これは唖然とするしかなかった。
「、、、、、、え?」
「まぁ君がびっくりするのも無理はないだろう。今日は君のためにスケジュール調整してもらったんだ、だから君の質問にはできるだけこたえるつもりだ」
質問はいくらでもある。しかし、相手は憧れのWAOの総統なのだ・・・すでに朧は最初に聞く質問は決まっていた。
「俺みたいな能力者にもなりたてで、まだ何も分かっていないような奴が入ってもいいんですか?」
すると佐藤は椅子から立ち上がった。立った佐藤は2mくらいの身長で、彼は朧に目線を合わせて話してくれた。
「私の能力は見えないものを見る能力なんだ。だから僕はここから君が能力に目覚めたことも、君と君の友人との会話を口の動きで理解している。君の力は人を救うのに必要な力なんだ、だからこそ君をWAOに入れたい。これでは不満かな?」
嬉しかった。気が付けば朧の目からは涙が溢れていた。でも彼には圧倒的に自信が足りていないのも事実だった。
「俺の力は本質を見る力です。だったらあなたの力でも見れるんじゃないんですか?」
情けなかった。涙を拭って出てきた言葉があまりにもネガティブな質問になるとは佐藤も考えが及ばなかった・・・・・・
「んんんんん~んーーーーー!!!!」
「はぁ、おとなしくしてもらえませんかね?もう少しで外してあげますからって言っても聞こえないですよね」
霙はこの後耳まで塞がれてしまい、後は何をされたか覚えてない。あらゆる感覚がなくなっていたのだ。
「本当、辛かったですよね。今外しますからね」
久しぶりの光に・・・・なんともなかった。不思議な感覚だった。どうしてだか時間はそれほど経っていないように思えた。
「俺様になんの用だニンゲン?」
イライラしている私がいる。悲しい表情で辺りを見渡す私がいる。目の前の人間を殴ってやりたいと思っている私がいる。色んな感情と表情と形と能力と・・・・・私達がいる。
「貴方の戸籍が多すぎるんですよ、それも世界中に。ですからそういった場合の能力や体質ならば先に申告してもらわないといけないんです」
理解した私。分からない私。・・・・私。
「それなのに貴方は能力についても体質に関しても分からないことばかりで困っていたんですよ。でも貴方逃げちゃうから、貴方には悪いですが無理やり検査させてもらいました」
魔法や魔術、能力や異能など『0→1』によって手に入れた可能性は『ラブワン診断』によって検査することが出来る。また、ここでいう『体質』というのは種族のことであり中には途中から妖精や神になってしまうものがいるのだがこれも『ラブワン診断』で検査することが出来るのだ。
「それでですね、貴方のことは私が貴方の家までお送りすることになりましたので・・・・神無月さん?」
ああぁなんて楽しいんだろう。私は部屋の隅を見てるね。この部屋狭いね。アタイ、あの人知ってる。それでねそれでね、、、、私はどうしたいんだっけ?
「$#!”#”!(&##”#!$”%?」
人間ではない人間の、言葉にならない言葉。声にならない声。これらは矛盾を含む例えだがジョンの前にいるコレは・・・・もはや危険を今にも撒き散らしそうなイキモノにしか見えない。
「話が分かる相手ではなさそうですね・・・・ひぃぃぃぃぃーー助けてクリスぅぅぅぅぅ」
一目散に逃げだしたジョン・ケイト(WAOメンバー。能力者。テレポート)彼はこの状況を打開できる可能性を持った同僚の名を叫び続けながらこの部屋を後にした。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
大きな部屋だね。殺したい。あぁぁああああああ。ぺっとんぺっとん。何にもないよ。星のシールだぁ。
(好き勝手しやがって、誰がオリジナルか分かってんのかね?)
(それは俺達の誰でもねえよ。ほら笑えよ、根雪様が嗤ってやってんだぞ?)
「やっぱり総統に報告するのが先かなぁ?この検査結果ってやばいよね・・・あ、総統の能力忘れてた」
走りながら考えているようだがダダ洩れのジョン。そんな彼が走り続けているとようやくお目当ての同僚に出会うことが出来た。
「クリス、頼みごとがあるんだ」
その頃、神無月家ではまたしても来客が訪れた。先程の女性の命令によって玄関近くとその周辺の部屋には誰もいなかった為、気付くのに時間がかかってしまったが相手は待ってくれていた。
「どちら様ですか?」
桜の前にいたのは先程来た女性にそっくりな人だった。
「貴方が土井 桜さんですか?私、WAOのルーナ・E・クリストフと言います。私のことは気軽にクリスと呼んでください」
『0→1』が落ちてから数ヵ月しか経っていないのに色々な機能をこの世界は取り戻している。それはWAOのおかげだと世界は思っているようだがWAOが出来たのは『0→1』が落ちてきてからで、機能回復が早かったのは異常な準備が世界にあったためであることを知る者は少ない・・・・『0→1』のような圧倒的な可能性を秘めたものがあるのだ、誰かがソレを利用しない訳がない。
さらに残念なことに世界は『0→1』が落ちてくる前から既に狂っているのだ。
「あーあ、狂っちゃったどうしよ・・・ヒヒヒヒヒ」
足は裂けて、そこからはサイケデリックな粘液が零れている。裂け目からは色んな私達の目を覗き見ることが出来る。背中からは頭が羽のように生えて、落ちて、体は私達を吐き出して、頭の角は枝のように細く、長く・・・・
「はははははは、壊れちゃった」
ジョンがクリスに会って2時間が経った。まだこの部屋には誰も来ない。ジョンが見たのは殺気を放つ霙だけで、この姿を見ているのは霙だけ。この世界には神様も妖精も妖怪も能力者も魔法使いもいる。そしてそれは以前の世界に比べたら有り余る幸福なのだ、それを日常に落とした人間達にとってこの世界は『力を手に入れることのできる、主人公になるための世界』と、得意げになっているのだろうが・・・
彼らはまだ知らない。この世界に主人公でも太刀打ちできないような危険が迫っているのを。
彼らはまだ知らない。主人公になる可能性があるのはすべて平等だということを。
そして何より・・・・
得意げな彼らはまだ私の悪癖を知らない。