4:それぞれの日常「1」
夏休みまで残り2ヵ月程になった今日この頃。窓越しの朝日が眩しい朝、とある部屋の一室にて。
「私は土井 桜、5歳です。私のお父さんは悪魔と吸血鬼のハーフで、お父さんの遺伝で同年代の皆さんを遥かに超える知識量や筋力を有しています。それと私にはお兄ちゃんが一人居て、今は不思議なお姉ちゃんの家に居候させてもらって暮らしています。皆さんこれからよろしくお願いします」
妹の明後日の自己紹介の練習に付き合った桜の兄、良太は満足していた。
「うん、これなら大丈夫だと思うよ」
「本当に?」
「本当に」
「良かった、付き合ってくれてありがとねお兄ちゃん」
彼ら兄妹は明後日、霙のいる高校に飛び級編入するのだがその霙本人はいつでも卒業できる状態であり、居候の二人としてはなるべく彼女には迷惑を掛けたくないのだ。
「それにしても霙さんって根はいい人なんだろうけどさ、結構癖が悪いよな~」
「霙お姉ちゃんが霙に教えてくれたけど、自分でも直そうとしてるけど癖になっちゃってなかなか直らないんだって言ってたよ」
「ペン回しに貧乏ゆすり」
「関節鳴らしの種類も結構あるもんね、お兄ちゃん」
彼らを居候させているここの主は彼ら兄妹にとっては不思議な人という認識だがそれは彼らだけの話で他の者の認識は違う。二人でこの家の主の悪癖について話していると開けっ放しのドアの前を通りかかった従者に注意された。
「駄目ですよお二人とも、そんなこと言ってたらお二人の首が飛びかねませんよ」
両手に洗濯物を持った彼女はここで住み込みで働いている人間の従者の一人で、自分が仕えている主の異常さを鑑みればそういったことが起きてもおかしくはないと思い二人に注意したのだが、この二人にとって彼女はやっぱり優しいけど少し不思議な人程度の認識らしい。
「確かに霙さんなら仕返しに僕たちの首に羽でも生やして笑ってそうですよね」
その言葉に従者は溜息をついた後、彼らに一言残して洗濯物を持って庭の方に向かって行ってしまった。
「それが許されるのはお嬢様とお坊ちゃまだけですよ」
彼ら従者は良太と桜の事をあのように呼んでおり、二人は最初こそ普通に呼んで欲しいと従者達にお願いしていたが、誰もが「主様の命令ですから」と断られ、そしてその時の彼らの怯えた表情を見ているうちに納得したのだ。だから二人にとっても不満は無いがやはり気になるのは、、、、
「やっぱり少し恥ずかしいよな、桜」
「うん、桜もちょっぴり恥ずかしい」
「「あの呼び方」」
元々二人はこの部屋で母親に手紙を書くつもりだったのだが、そこで良太がビデオカメラを見つけた為にビデオレターを送ることで話はまとまったのだが、肝心のビデオを見るためのテレビが彼らの本当の家には無いのだったのでそれを考えている途中で路線変更してしまったのだ。
「とりあえず霙さんの所まで持っていって相談してみよっか」
「うん、桜もそれがいいと思う」
彼らは主人格の霙のもとに行くことにした。
「楽しみだねお兄ちゃん」
「そうだな」
土井家の問題と会社と鬼の契約の件から数日経った土曜日、この世界ではいろんなことが起きた。まず、良太と桜がうちに来た頃には漏れ出した紫雲の力によって世界は人外の社会進出を認めた。そしてそれに伴った学校での飛び級制度等の新しい法律が出来たのだ。これにより彼ら人外達と人間達は平等になったが一部の自然的行為には敬意を払うといったものとなった。
「つまりさ~神社の神様と妖精のいたずらとかは気にするなって言われても気になるよね~従者」
赤い色をした彼は我が家の従者。桜と良太が家に来た次の日に鬼族と元社員の方々(合計約300人前後)が私が教えた住所通りに家に来てくれたおかげで私達は人間生活においてかなり楽をさせてもらっているのだ。
「我々鬼族は家族全員を養っていただいている身ですので大変言いにくいのですが、我々からするとあまり変わっていないのでなんとも申し上げにくいですね」
鬼族の彼は昔、人間と友達になりたかったのだが自分の容姿が恐ろしいことを気にしすぎて一時期コンプレックスになっていた可愛い奴で、鬼族の中では一番人当たりが良く、丁寧な言葉にも一番慣れ始めている優秀な従者である。
「そっか、君達サイドはいつも私達の隣に居たんだもんね。なら、こっち側の問題なのだニャー、、でしょ?」
彼は頷くと後ろから来た他の従者が持ってきてくれたコーヒーを受け取り、私の前のテーブルに置いた。するとどこからか元気いっぱいな兄妹二人の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん後で一緒に探検しようよ」
「いいけど、ここまで広いと本当に家で迷子になりそうだな」
そんな可愛らしい会話を聞き流していると、先程の従者が話しかけてきた。
「そういえば主様、飛び級制度とはどのようなものなのですか?」
「あれはね、『0→1』で生まれた種族や能力とかが学力に影響することに対する制度でね、そのとびぬけた部分は本人の希望があればその部分の修了書が貰えてね、そのまま大学まで行けちゃう制度なの」
従者は私の姿がいつの間にか可愛らしい幼女の姿になっていたことに少し驚いてはいたが、すぐに落ち着きを取り戻して話し始めた。
「それは素晴らしい制度ですね。ちなみに主様はその制度は利用されたのですか?」
すると霙はその質問を待っていたとばかりに無い胸を張り、不敵な笑みと共に自慢する。
「実はね実はね、霙ちゃんはもうすでにその制度を利用して社会人としての資格を貰っているのだよ~。霙すごいでしょ」
「流石は主様ですね。ご立派です」
「ムフフ。くるしゅうないぞよ、もっと褒めるがよい」
そんな会話をしていると、先程の兄妹の妹がビデオカメラを手に持ってやってきた。
「ねぇ霙お姉ちゃん」
「ん、どうしたの?」
「このビデオカメラでお母さんにビデオレターを送りたいんだけどね、私たちの家にはテレビもビデオを見る機械もないから霙お姉ちゃんの能力でなんとかならない?」
悪魔の知恵の恩恵だろうが、その物言いからはとても5歳とは思えない少女桜は霙にビデオを渡すと不安そうな表情で霙の顔を見つめていた。
「そのくらいだったら手紙を開けたら再生できるようにしてあげるね」
その言葉を聞いた兄妹の表情はとても明るいものだった。すると今度は隣にいた従者が驚きの表情で霙に質問してきた。
「主様、」
「ん、どうしたの?」
「もしかして、主様の『0→1』から授かったお力は魔法の類でございますか?」
彼の質問はこの世界の常識として、当然の質問だった。この世界には魔法使いや魔術師、能力者に異能力者などの『0→1』からの可能性から生み出された力を持った者がおり、中には桜の様に二つ以上の力を持つ者もいるのだ、だが次の霙の言葉で一同は絶句する事になる。
「え、私?私の力は多分『0→1』の影響外だよ」
「「、、、、、、、、、、、」」
「あれ、私何かおかしな事言った?」
今の言葉で霙以外の者達の表情はぎこちないものとなった。
「えっと、もしかして霙お姉ちゃん本当に知らないの?」
「だから、私の能力は複数でもないし魔法で複数のことができる訳でもないよ」
人間誰しも未知や理解できないことに恐怖などの感情を抱くものだが、それは鬼達も一緒らしく、霙の言った言葉を素直に受け止めきれていない様だった。
「どうして霙さんは『0→1』の影響を受けてないの?」
若干8歳にして妹と同じ悪魔の知恵により、良太の頭も強化されており、兄妹の合計年齢が13歳だとはこの会話では分からないだろうが兄は8歳だし、妹はまだ5歳なのだ。
「うーん、受けてないわけじゃないんだけどね~説明するには難しいかな」
「それなら分かりやすく噛み砕いてくれよ主様」
こういう時にずけずけと聞いてくるのが鬼族の従者の特徴であるのだが、この時ばかりは皆の意見の代表としての役割になってくれたことに人間族の内気な従者達が彼に後で感謝の言葉を言ったそうな、、。
「可能性は0じゃないけど0かもしれないって事と同じ力が私なの」
結局誰も分からなかったが彼女の力がただならぬ事は彼女と関わってここに居る全員が知っている共通認識なのだ、そのうち分かる日が来るだろうと皆の心が一つになった瞬間であった。