3:一方的主従関係
放課後の彼らとのナゾナゾ遊びから数日、教室前にて。
美しい黒髪をなびかせて彼女は駆け寄る。
「ねぇ~ご主人様~」
唐突だが、生まれたときの私は男の子だったが見た目が(自分では全く思ってないが)美しく中性的な容姿だったためよく母親に女装で学校に行かされたりなんかもした。その結果男女を無視した私が後に生まれるのだが、、、、。
「なんだよ神無月」
そして異様な言動行動それに不釣り合いな容姿を持った私にも数は少ないが心の通った友達がいるのである。
「いつも言ってるけどなぁ、俺は絶対お前と結婚しないし、その手に持った紫の首輪もお前につける気はないからな」
その中でも一番の親友が今話している大村 朧である。彼とは中学時代に私を救ってくれた恩人であり、今では恋心にも似た感情の赴くままに彼に尽くそうとしているのだがなかなかうまくはいっていない。
「えぇーどうして?私はこんなにも貴方を思っているのに~」
「だってお前は男だろ」
そう、彼が僕を知ったのは中学時代。まだ『0→1』が地球に来る前のオリジナルの僕だ、だから彼は僕がどんなに美しくなろうとも全く動揺しないし妖艶な四肢を使った色仕掛けでも彼は全くの別人の容姿となった僕をすぐに看破しては溜息をつくのである。
「でも困ったら何でも言ってね。私、ご主人様の為なら何でもするから」
「はいはい」
このように全く相手にされていないわけだが、そこで気が付いたことがあった。(人々の平和だとか平等だとかの型にはまっていないと正しさを失うだのと自分達と散々話してきた割に自分は一人の人間に肩入れしているではないか、くっくっくっ。ならば我輩を外に出せ、さすればすべてを彼のモノにしてやろう)
「根雪、あんたは一生その部屋で静かにしてなさい」
欲望の甘い声、そんな悪魔の私やそれ以外の危険で特別で『0→1』が来てから生まれた可能性を私達は特別個体として二階にある心の扉という監禁部屋に閉じ込めているのだが時々このように私達の心を揺さぶり私達の心とリンクしている心の扉を開かせようとしているのだ。
「そういえば、昨日の夜に来た妖精が近くの会社の連中の生気がないから襲いに来たとか言ってきてたけど、どうしようか?」
周りからしたらただの独り言だが、私は私達と話しているのだから多少の奇異の視線はスルーするしかない(一応念話は出来る)。
「ただいまー」
「「おかえり」」
たくさんの俺に迎えられてすぐに俺は二階にある四つある部屋の扉の一つ、根雪の部屋の前に立ちしばらく昨日の妖精の話をした。むしろ根雪ならそういった会社に悪意があるならば気づいていると思ったからだ。
「分かってるくせに、嘘つき?それとも臆病なの?」
「ただの確認だ、俺たちは繋がってるけどお前らは隔離されてるから仕方ないだろ」
すると根雪はクスっと笑い、僕に呟いた。
「貴方の考え通りあの会社は悪よ。それと次の日曜日に朧君が貴方の為に家に来てくれるんでしょう、良かったわね」
俺は少しむすっとして聞き返した。
「その話をなんであんたが知ってんのよ」
「可愛い年下の生き物が教えてくれた」
僕は大きなため息をついて外出の準備を進めた。相手がどんな悪かは分からないがそんなものは行ってみれば分かることだが用心には越したことはないと思い、僕達は一つの僕にして家を出た。
「それじゃあ行って来る」
今日はなるべく能力は使わないようにしようと思ったが、持ってるものを使わないで救えなかったり苦しんでいる人たちの苦しみを引き延ばすくらいならと思い直し、どうやって悪の根源を見つけるか考えていると目的の会社に着いてしまった。その時、私の後ろにあるスーパーマーケットから店員の叫び声が上がった。
「だれか!その万引き捕まえてー!!」
私は能力で二人の『私達』なった。
僕は迷わなかった。 私は動けない正義に代わって進みだした。
「中は意外と普通なのね」
会社の中に目に見えて分かるような悪があるわけではなかった。むしろ経営状況以外は立派な会社に思えるほどだ、しかし気になるのは妖精が言っていた生気がないという話だ、、、、。
「はぁはぁはぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
その少年は走って逃げていた。理由はもちろん犯罪を犯してしまったからだ。少年は後ろを振り返るが誰もいないことに少し安堵した後、辺りを見回してから家に入っていった。
「ただいま母さん、体の具合はどう?」
隣の部屋で寝ている少年の母は答えなかったがその辛そうな笑みで安心させようとさせている姿は少年から犯罪に対する罪悪感を薄めてしまった。
「おにいちゃんおかえりなさい」
彼の家はいわゆるシングルマザーの貧乏家庭で、母と8歳の少年と5歳の妹の三人暮らしである。母親は勤めていた仕事をただ『0→1』が来たからとか、病気で仕事ができないならと、クビにされたため少年が万引きをしなければ家族(特に妹)は死んでしまっただろう。
「ふーん、可愛い妹だね」
だが、それでも法を犯したことが許されるわけではない。特にこの化け物に対しては。
「わあああああああ!」
少年は思わず尻餅をついてしまったが霙は構わず話し続ける。
「ねぇ君はルールを破ったよね、僕と一緒に来てもらうよ」
「良太どうしたの?お友達?その子に何かしたなら謝りなさい良太」
その今にも消えそうな声とまったくの見当違いに口の左端を歪めながらソレは少年の母親に真実を伝えた。少年の目の前で、
「彼は万引きをした犯罪者ですよ。お嬢さん」
彼女はその言葉にすぐさま飛び起きて少年のもとまで行ったが何か話す前にショックが大きかったのかその場に気絶して倒れてしまった。
「おかーさん!」
「、、、、、、」
妹は泣いて母親に寄り添い、少年はその場にボーっと突っ立っている。霙は命の危険がないことを能力で確認すると少年の腕を掴んで引き寄せ、美しい生き物に変身した。
「それじゃあ行きましょうか」
「、、、、、、、、」
霙が少年を前に引き寄せ、手首を持っていた紐で縛って玄関を開けようとした時に何かに引っ張られた。
「おかあさんとおにいちゃんをいじめるな!」
もう彼女に幼さは残っていなかった。背中には蝙蝠の様な翼が生えておりその目は紅く染め上がってこちらを睨みつけていた。その姿はまさに、、
「なるほど鬼と契約させらていた訳か」
能力で透明人間になって会社のPCや社員の記憶を覗き見た結果、この会社で払われる給料の殆どが鬼からの金であった。もちろん社員は恐ろしさから無理やり契約させられた訳だがそれなら鬼に契約解除させればいい、だがこの問題の本質はそこではない。
「生気じゃなくて精気を奪われてる、しかも精気を奪われるのは嫌だけどそうしないと生活できない、か」
彼らはまだ精気と生気を奪われることの違いも私の悪癖も知らない。
「利用できるものはいくらでも使うし、もう面倒だしすべてのニーズに応えればいいや」
私の悪癖(今日の私)はせっかく考えたことも面倒だと感じたりするとどんなに平和的な事でももっと早い方法を取る。飽きっぽくてせっかち、すぐに諦める。
「ようやく来たか、鬼ども」
私は能力を解いた。
鬼達の背丈は全員2メートル以上だが、そこまで人間と大差ないと霙は思っていたところを鬼の一人が見つけた。
「見ない人間だな、新入りか?言葉遣いには気を付けた方がいいぞ」
精気譲渡の時間は6時半に決まっており鬼は時間ぴったりに妖界からゲートを通ってこちらに来ている。もちろん他の社員は突然現れた霙の事など知らない。
「今日は君たち全員の為に提案があって来たんだ」
すると会社の社長と如何にも鬼の代表といった感じのオジサマ鬼が出てきた。
「いいだろう人間。鬼族の長として鬼族の為になるのならばだがな」
「僕もこの会社の社長として聞かせてもらうよ」
「君たち全員私の家に仕えてよ。勿論そっちのニーズには応えるからさ」
それから話し合いの結果会社側は賛成だった。特に生気(活力などのいきいきとした力)ではなく精気(命の力、生命力の根源、寿命に関わる)が奪われているのだと説明したらすぐだった。私に仕えていた方がお金も安全も保障されるからだ、しかし鬼側は違った。
「我々鬼が人間に仕えるだと、ふざけるなよ下等生物が!貴様らの精気など無くても我々には多少の問題しかないのだ。わざわざ受け入れる訳なかろう、そこの人間どもは一生我らの道具になる契約をしたのだからな」
「ならば、契約を破棄させていただきます。我々社員の寿命が削られるくらいならこの人に仕えていた方がいいですから」
「ならん。契約破棄などさせるわけないであろう。そこの物わかりの悪い人間の戯言なんぞにこの会社の長たるお前が従うのか?」
鬼の言い分。会社の言い分。それはいい、だってお互いの意見の違いは仕方のないことである。だが、お互いに自分の意見を引かずに話して、得意げな彼らはまだ私の悪癖を知らない。
「人間人間って誰の事ですか?」
散々親や周りの人間から化け物と呼ばれ、扱われ、そのくせ都合のいい時ばかり人間。いつの日か僕は自分の事を人じゃないナニカと考えて行動するようになった。当時は中二病だの揶揄されもしたがそうでもしないと自分が保てないのだから仕方ない、、、でしょ?
「お前ら鬼如きが私に勝てるとでも思ってるのか?ああぁん?」
「何かしらの能力者か、だが思い上がるなよ人間、我々にも能力を持つものはいる。その辺にしておかないと命の保証はないぞ」
「そうだよ。君も早く謝った方がいいよ」
二人の生き物に言われて、口の左端が引きつりすぎてこのまま左回りに顔が歪みそうだ。
「どいつもこいつも私を舐めすぎだ」
「いいだろう人間の少女よ。全力でかかってこい貴様なんぞ人間界では上位でも我々から見れば赤子同然。先手は譲ってやるからいつでもいいぞ」
「ちょっと会社であばr、、、ふぇ?
社長がなにか言いかけたが目の前の光景に思わず言いたかったことを忘れてしまったようだ。
「理解したか?てめぇらが戦おうとしてたのが人間じゃないってことによぉ」
彼女は腕をひと薙ぎしただけだがそれだけで彼らの首と体は次元の壁を隔てて分かれてしまった。それを行ったであろう少女の皮を被った悪魔を見て人間達は畏怖した。ソレに逆らってはいけないことはこの場のすべての生物が感じている共通の認識だった。
「な、いったい何が起きたのだ」
首だけの鬼の長は彼女に対してあれだけの事を言っておいて全く何が起きたのか分かっていないようだ。だが彼を責めることは誰もできないだろう何故なら彼らの知っている能力者の次元を彼女は完全に逸脱していたからだ。
「今、君達の身体は私の世界に捕らわれてるけど、それでも私に仕えない?」
命の危険を感じた鬼達は霙に仕えることを約束したが鬼の長だけはまだ反抗的だった。
「少女にこの様な姿にされたのだ殺すがよい、いや殺してくれ」
霙としては何も感じていないしここで殺してもいいのだがそれでは他の私が楽しめないしオリジナルやオリジナルに一番近い姉さん(正義感の強い個体)に怒られるのだけは避けたいところだと思い、彼女は説得を試みる。
「俺は男にもなれるから女に負けたとかは関係ないぞ」
試しに男の姿に変身するが鬼の長は依然として殺せと頼んでくる。
「どうしてそこまで負けたことにこだわるのよ!」
「当然だ、今までこの世界のすぐ隣にあった妖界が忘れ去られたせいで道のりも遠くなり次は『0→1』が世界にあらゆる可能性をもたらしたおかげで道のりは近くはなったが能力者となったものもそれ以外も我々を作り物だと見下し、昔の敬意や畏怖の感情は無くなった。強さが世界を支配するものだと考えている我らが負けてもいいのは神だけだが、我らは神にも勝る力を手に入れるべく人間達の精力を奪っていたのだがそれもここまでだ。生きている意味もないであろう」
彼の心の奥底にあった深淵を聞いた鬼達は彼の言葉に涙し、人間達は失われたものの重みを知り、苦しそうな顔をして鬼の長を見つめている。だが霙だけは彼の目を真っ直ぐに見て言い放った。
「その程度で諦めるな!その程度で負けを許すな!可能性が無限になった今こそお前らが世界に挑戦するチャンスだろうが!」
先程面倒という理由で諦めた生き物はもうそんな自分を忘れて新たな生き物として進み始めていた。勿論彼女は彼らに何の感情もないが、自分の型である平和と正義と努力が報われる世界の為に彼女は諦めない。譲らない。思いついた正しさを精一杯に語る姿は先程の狂気を彼らから忘れさせていった。
「だったら俺様が神だ。俺様に仕えればいつでも闘ってやる。だから死ぬのは俺に戦いで殺されるときだけだ」
鬼の長は思った。あらゆる可能性が実現できる今ならば自分も神となってあの化け物に勝利することも出来るかもしれないと。
「ならばここで諦めるのは早すぎるな、我ら鬼族の長としてこれからよろしくお願いするぞ、我が主よ」
すべて解決したことに満足した霙は彼らに体を返してこれからの事を伝えると足早に自宅へ歩みを進めた。楽しそうなのはアッチだったかと少し後悔をして。
時刻は7時過ぎだろうか、外の景色は暗くなっており月が照っているのが分かる。
「おにいちゃんをはなせ!じゃないとゆるさないから!わたしおこってるんだからね!」
(まさに吸血鬼か悪魔の類だな、もしかしたら父親が吸血鬼と悪魔のハーフの可能性もあるな。やはり『0→1』の影響でなんでも有りな世界になったな)
「そうだったのか可愛らしい吸血鬼さん。それとも姫を付けて吸血姫と言った方が好みかな?妹ちゃん」
「いもうとじゃないもん!さくらだもん!」
彼女の怒りは一向に収まらず、一瞬にして彼女は私の懐に突っ込んできたが霙は少女を抱きしめるように真正面から受け止めた。
「え?うわぁぁぁぁぁぁ・・・・・
少女の叫び。目の前には血の海と飛び散った肉片で玄関は真っ赤に染まっていた。少年はすぐさま妹に寄り添ったがかける言葉が見つからずただオタオタとしていた。
「ごめんなさいおにちゃん、さくらわるいこだよね?」
「そんなことないよ桜、全部兄ちゃんが悪いんだから桜が気にすることじゃない」
彼女はすぐに泣き止んだが少年の前には翼の生えた妹とショックで気を失った母親、そして僕を守るようにして死んでしまったお姉さん?
「ああ、僕が万引きなんかしたからこんなことになったんだ」
少年の精神はズタボロだったが彼の周囲に不思議なことが起こった。
「これって釘と鎖?」
気付いた時には少年と母親が鎖で縛られた後に鎖を釘で壁に固定され動けなくなり、少年は慌てて妹の姿を探すが、そこで少年は絶句する。
「これからはおにいちゃんもママもずーといっしょだよ」
そこには釘の生えた鎖に体中を貫かれ、まるで十字架に磔にされた妹の姿があった。
「やっぱり死ねないんだね、私達ってさ意外と似た者同士だったりする?」
唐突なその声に少年と少年の妹は声のした方を見る。その場所には生きているはずのない人間が立っていた。
「なんでおねえさんいきてるの?」
「だって死ねないもん、私」
もう限界だった少年は、霙の答えを聞いた後すぐに気絶してしまった。
「妹ちゃんはかなり複雑な力を持っているんだね、流石『0→1』ってとこかな?こんなことも起こるんだね」
「おにいちゃんはわるくない。わるいのはさくらなの。だからおにいちゃんをいじめないで!」
彼女の周りには茨の様な鎖に槍のような釘や杭、さらには彼女のお尻の辺りからは先端が楔のような形の尾まで生え、次の瞬間には彼女は霧となり、私の前で霧から人に戻った。
「さくら、もうなんだかわかんないからだになっちゃったけど今ならわかるよお姉さん私人間じゃないんでしょ。そうじゃなきゃ私の知識が急に増えたり翼が生えたり尻尾が生えたりしないでしょ?」
彼女の姿は最早吸血鬼でも悪魔でもない。では、いったい何なのだろうか?それを感覚的に分かってしまう自分をまた嫌いになりつつ霙は彼女の質問に答える。
「貴方は吸血鬼と悪魔と純粋な心を持った人間との子どもだよ。だからこそ貴方の綺麗な心に神様や英雄は力を貸してくれているんだと思うの、だからこそ貴方は杭で心臓を穿たれても、十字架に架けられても大丈夫だったんだよ」
必死に彼女の力を収めようとするがその言葉に彼女の周りの武器?達の神性が上がっていくのが分かる。そこには炎を纏った剣に何か文字の書かれた槍、魔槍に禍々しい剣。先程の鎖が繋がっていることを除けば伝説の武器、神々の武器と何も変わらない。
(そういえば桜ってバラ科の植物よね、だったらあの茨みたいな鎖が核なのかな?)
「お姉ちゃんもうここには来ないで、私達の事は忘れて帰ってくれない?私も貴方を傷つけたくはないし」
「私に貴方達兄妹の罪を見過ごせと?まぁ貴方の罪は神様たちが消したんでしょうけど、貴方のお兄ちゃん罪がそんな脅しで許されるとでも思ってるのなら貴方はまだ私の悪癖を知らない」
彼女は霙の言葉に首を傾げた。
「私はね、強い奴を弱者の力で勝のが大好きなんだよ!」
簡単に言えば手を抜いて勝ちたい、もしくは弱者を見下している連中を見下されている連中で勝利して見下し返すのが好きなのだ。
「え、どうして私の力が使えないの?」
霙の言葉の後彼女は武器を失い、縛られていた二人はその拘束を解かれて床に倒れていた。
「それは私が能力を無効化してるからだけど、やっぱりその体質は無理だったか~どうする?まだ私と戦ってみる?」
翼と尻尾を生やした彼女は涙を流しながら首を横に振り、崩れ落ちた。
「分かるもん、これ以上やっても貴方には勝てないって、悔しいけど貴方に勝てるような武器も力も可能性もないんだもん」
今の世界において可能性の否定とは絶対的な敗北を意味する。悪魔と吸血鬼のいいところと霊的な力を持った彼女でも神無月 霙には勝てない。何故か?それは、、、
「知ってる。だってワチキ、信じるのと好奇心だけは誰にも負けないもん」
オリジナルだった頃の悪癖たちは裏を返せば、あらゆる可能性を考え、あらゆる可能性を秘めている純粋にして混沌の力なのだった。名前を呼ばれなければ目が合っていようと答えない。毎日犯罪者との遭遇に備え、相手を知ることを覚え、自分が正解を知っていても何度でも聞き直し答え、自分には決して満足することはなかった。
「自分の可能性を信じればなんでも出来る。始めるのに遅すぎることなんてないし、そこに性別や年齢や体格なんてものは全く関係ないのだから、後は自分を信じるだけでいいのよ妹ちゃん」
彼女は初めての力の行使に疲れてしまったのか、翼も尻尾も消えて倒れこむようにそのまま眠ってしまった。
「一方的主従関係が生んだ悲劇だな、少年は家族のために罪を犯さなければという責任感に支配され、妹は兄を守らなくてはという正義感に支配され、母親は貧乏と自分が何とかしなくてはという強迫観念に支配されて起きた悲劇だな」
俺は倒れている少年を担いで警察署に行ったが、そこで唐突な声に邪魔された。
(彼を警察に連れて行くのが正義か?殺さなければ自分が殺される状況で相手を殺してしまうのと同じで正当防衛じゃないのか?残された家族はどうするんだ?)
正義とは何か、平等とは何か、平和とは何か、その考えの先にあったのはすべてが同じ力で支配していく異常な純白、特別個体の紫雲である。
「彼には罪を償わせて母親にアッチで手に入れた人達と一緒に私達の家で仕えてもらう、それならお金の問題も無くなる」
(なら他の貧乏な人たちは無視するのか?自分の息子には情けを掛けなかったのに自分には情けを掛ける人間からの金を快く受け取るのか?)
「じゃあどうしろってんだよ!」
奴の言葉に反応してしまったことに今更気付くがもう遅い、
(簡単だよ、私を外に出してくれればそれでいい。もしくはこの前の男のように少年を増やして、片方を警察へ送り片方と妹を私達の養子に貰うのだ。さすれば母親もお金に困ることは無くなる。そうであろう?)
その一見美しい答えに心動かされた僕は扉を一瞬開いてしまうが即座に過ちに気付いて扉を閉める。
「だめだよ。彼らの感情を全く考慮していないじゃないか」
(だったら彼らを見殺しにするのか?)
「そんなことするわけないだろ、絶対に全員救える可能性があるはずなんだ」
交番の近くで立ち止まり考えに考えを重ねた。平等ですべてを救う術を。
「くっそ、アイツの答えが正解にしか思えなくなってくる」
俺は頬を叩いて気合を入れ直してまた考える。必ず救える道があるのだと信じて。
(全員集合)
俺達は一つになり考え始めた。あらゆる可能性を秘めた俺達ならば見つけられると信じて。そして救いの手は差し伸べられる。
(お前ら自分勝手すぎなんだよ。そいつらにも選択肢をあげろよ、何で救うのが大前提なんだよ)
流石俺だなと感心し直して、俺は先程の家に戻ることにした。戻ってみると母親は驚愕に目を見開き、妹は帰ってきた兄に抱き着いた。俺は彼らを救うために話し始めた。
「奥さん、貴方の息子さんは罪を犯しました。私は彼に自首してもらおうと思っています」
その言葉に母親は自分の息子をしっかりと見据えて話しかける。
「良太、私達の為に万引きしたのは本当なのね」
「はい」
実は霙が能力でこっそり治したのだが、その言葉には当然先程の病弱な面影はない。
「だったらしっかりと自分でケジメをつけなきゃね」
「うん」
これで一つ救われた。
「奥さん、もしよかったら私のところで働いてみませんか?」
彼女は驚いたがすぐに答えてくれた。
「それは出来ませんわ、私達の暮らしを他人にとやかく言われる筋合いはありませんから」
意外と彼女の芯はしっかりとしていた。これが彼らの答え、自分で決めたからこそ救いなのだ、救いを求めるものに救いを、求めぬ者には祝福のあらんことを。だからこそ長女には神様たちからの祝福が来たのかもしれないと霙は思った。
「そうですか、最後に妹さんの事ですが、お話しされましたか?」
僕がこの家を出てからかれこれ1時間ほど経っているのだが、一応の確認は大切だということを僕は知っている。
「ええ、すべて桜本人から聞きました。私の夫は確かに悪魔と吸血鬼のハーフでしたが私はそれを知ったうえで結婚しました。出て行ったあの人からはこうなるかもしれないとは聞いていましたので、正直に言うと桜の件ではそこまで驚かなかったですね」
彼女は微笑んで長女を抱き寄せた。
「でも、確かに三人で暮らすのも、もう限界なのは理解しているつもりです。私は良太に犯罪を犯させ、桜に体の事を隠していたせいで辛い思いをさせてしまった。私は母親失格です」
彼女は子ども達から視線を外し、僕の目をしっかりと見て言った。
「ですから見ず知らずの人にこんなことお願いしてはいけないのでしょうが、子ども達と夫の四人家族で暮らせるようになるまで子ども達の面倒を見てくださいませんか?」
その発言は彼女以外に衝撃をもたらした。
「どうして?さくらのこときらいなの?」
「なんでだよ母さん!」
「母さんも悪いことをしたから大好きな貴方達とは私がいい子になるまでは一緒になれないの。悪い人が牢屋に入るみたいにお母さんも償わなきゃいけないの」
子ども達は反対していたが彼女の意思は変わらなかった。
「本当にいいんですか?私は、、、その、、、」
自分の本性を明かすことを躊躇っていると彼女は優しく微笑み私に言った。
「貴方が普通の人間じゃないフリをしているのは見ていれば分かります。でも貴方は優しくていい人、絶対に子ども達に嫌なことが出来る様な人じゃない。それも分かりますよ。これでも私、夫に初めて会った時に彼が人間じゃないことになんとなく気が付いて言ってみたら彼ったらビックリしちゃって、そのままプロポーズされちゃったの」
どうやら彼女には隠し事は出来ないようだ。僕の悪癖の一つ『情に流されやすく断れない』意志薄弱とバカにされてきた悪癖だが彼女には優しさに見えているようだ。
「やっぱり人間に見破られると運命的なものを感じるのかしらね?でもね、作り物の仮面や虚勢なんてばれてないと思ってるのは貴方達男性だけなんですよって言ったら『人間達はこれほどまでのすばらしい財産を持っているのだな』って褒めてくれたのだけれど、貴方は私の願いを受け取ってくれる?」
「勿論です。貴方達家族に真の幸せが訪れるその日までこの子たちはしっかりとお預かりさせてもらいます」
そうして僕は彼女に僕達の家の住所を教えた後、二人を連れて交番まで行った。妹は悪魔の知識によってなのだろうか、おとなしく母親に従ったが少年はだいぶ反抗的だったが最後には納得してくれたようだ。
「随分と反省しているようだし、それに家庭の事情もあるなら今回は初犯だし、もう帰っていいよ」
少年は自首したが罪には問われなかった。なんとも優しい警官である。
「さぁ、ここが新しい家だよ」
会社の人たちが明日から来ることもあり、家は会社から足早に帰った私によって立派な豪邸に作り直したのだが4次元を駆使したその家は自分でも些かやりすぎたと思っている。
「すごーい、お城みたい」
「あんた何者なの?」
「それは私にも分からないな」
面積は変わらないのに密度と周辺の時間が違う新しい家に入るとそこには色んな私達が出迎えてくれた。
「「おかえりなさーい」」
「そういえば自己紹介してなかったねお兄ちゃん」
「たしかに、僕は土井 良太8歳、小学二年生」
「私は土井 桜5歳」
「「これから宜しくお願いします!!」」
さすがは彼女の子どもだなと思い私達も彼らに負けないように自己紹介した。
「「「私達は神無月 霙、二人とも今日からよろしくね」」」
長い長い一日が終わりを迎え、私はついに見つけた。自分の目標を。
『私はすべての為に努力して、私達を受け入れて、四姉妹一緒に生活できる世界をつくる。それでみんなに平和と平等と笑顔をもたらす。そこまでの道のりでどんなにエゴイストと罵られようとも』
ノートに大きく書いた自分の目標。漏れ出した紫雲の力が世界にどんな影響をもたらすかは分からないけれども可能性で満ちたこの世界と『0→1』を正しく使うことが悪いことの訳がない。
「さて、私も寝よ」
良太と桜の間に割り込んで霙は眠りについた。彼女の目標なんてものは長続きした試しがないが今回は何とかなりそうな気がした。彼女たちは知らないが『0→1』が落ちたこの日本こそトラブルの中心になっていくのだから。