最終話:得意げな彼らはまだ私の悪癖を知らない
10月25日
『クラリオス帝国』はこの日に世界を一度滅ぼすと宣告してきた。10年前から分かっていた戦争、それを霙は知っていた。
霙は自分の誕生日に起こる戦争の事をどう思っていたのだろうか?
WAOは世界の平和のために『クラリオス帝国』と『神無月 霙』との戦闘を許可した。
そしてクラリオス帝国に加担する人間以外の全人類をWAOはこの世界の隣、『妖界』に一時的に非難させることにした。非人類たちは自分たちで『妖界』への門を開くことができるのだが人類にはその力はない。それを開くためにWAOは切り札である『人格のある0→1』を使うことにした。
「いい?戦闘部隊は桜とクリスね。人間たちを送ったら私も向かうから」
霙の言っていた『人格のある0→1』は『生み出す者』だった。確かに消し去る者の私とは真反対かもしれないとクリスは思った。
「分かった、じゃあマキナたちはそっちで頑張ってね」
「みんな気を付けてね」
私の隣の桜が少し怯えた表情でそう言った。マキナやパンドラは転移能力者のジョンや『人格のある0→1』のサポートや門の警護などに駆り出されることに・・・
まぁそれも仕方のないことではある。だって二人は人類最後の希望で、純粋に『可能性の第四階層』にたどり着いた人類なのだから。
相手は『0→1』の能力で強化された『時間操作』能力者と『精神系』能力者。勝つのは容易ではないのは二人も分かっている。
「じゃあ確認だけど、私が時間停止とかの能力を消している間に桜が神降ろしで『神様の霙』を探して」
「うん」
「そのあと憑依した霙の能力で桜の鎖と釘を強化、二人を拘束して私の能力で無力化する。いい?」
「うん、絶対成功させようね」
二つの希望は『クラリオス帝国』に向けて出発した。
クラリオス帝国に行くのは簡単だ。ジョンに送ってもらえばいいのだから、しかし着いてみるとクラリオス帝国ではなくどこを見渡しても真っ白な場所に着いていた。
「桜、どっちだと思う?」
「クリスちゃんの能力が効かないなら・・・霙さんだと思う」
「そうね、私もそう思う」
『第五の部屋』で聞いた話から推測するに『紫雲』の能力だろう。すべてが平等に真っ白、白くないのは私達だけ・・・綺麗な白い紙に付いた黒いシミのような気持ちだ。
「ようこそ私の世界へ」
どこからか響く声。
「霙お姉ちゃんのお友達さんでしょ?」
ゴスロリ幼女。あいつの趣味だとしたら霙らしいと言わざるを得ない。
唐突に白い世界に色気がさした。人や物、普段見ている世界そのものだった。
「ここはね、私がクラリスに閉じ込められた世界。あっちとこっちの境界を消して平等にしたの」
どうやら紫雲を倒さねば先へは進むことはできないらしい。
「時間はかけられないから、一瞬で終わらせるよ」
「うん、『グングニル』!!」
絶対必中の槍で紫雲を建物に縫い留める桜。すかさずクリスが紫雲に腹パンを加える。
「・・・・・」
出てきて早々、クリスに黙らされた紫雲。しかし目的はそこではなく、クリス達をこの世界に閉じ込めること。
「これが霙さんが閉じ込められたっていうクラリスさんの創ったパラレルワールド?」
「多分ね、まぁこの程度なら私の能力で消せるから大丈夫だけどね」
クリスが一瞬だけ本気の能力を発動する。あまり長い時間発動していると、元の世界での殆どのものが可能性を失ってしまうから調節が大変で気を使う。
それでも今のクリスに躊躇いはない。
「よし、これで・・・・・はぁ、今度は根雪かな?」
「うん。天泣は絶対私にこんなことしないもん」
戻ってきたと思えば、次から次へと。
一瞬戻ったが、今度はグロテスクな世界が待っていた。
「気持ち悪い色、アイツの精神状態を疑うわ」
「そんなこと言っちゃだめだよクリスちゃん、一応霙さんなんだから」
もはや霙本人でなくてはこの二人に危機感を与えることなど不可能なんだろう。あらゆる可能性を消し去るクリスと、あらゆるものを繋げて縫い留め、使役する桜の二人の前では、その殆どが脆弱な力に過ぎない。
「無限の夢現の夢幻だっけ?本人だって私の能力の前には無力だって知ってるはずなのにね」
またしても能力でもってこの偽りの世界から可能性を消し去る。隠れ蓑を剥がせば根雪は簡単に見つかると思っていたが、見つかった。
それは桜の目の前だった。
「キヒィイイ」
「ひゃっ・・・あ、危なかった」
最初から吸血鬼モードだったのが幸いしたのか、吸血鬼の反応で根雪の一撃をかわして鎖と杭と釘で根雪を空間に固定する。
「とりあえず紫雲の隣にでも捨てとこ、どうせ霙なんだから大丈夫でしょ」
そう言いながら根雪の意識を刈り取っていくクリスは、どこか手馴れていた。
「そ、そうだね」
殺伐としたクリスの行動に笑みが固まる桜。
でもこれで、ようやく『クラリオス帝国』に突撃できる。
「よし、お姉ちゃんに鉄拳制裁ね」
「クリスちゃんって本当はそんな感じだったんだね」
記憶が戻ってから、テンションの高いクリスをまじまじと見ている間に『クラリオス帝国』の門から武装した集団がぞろぞろと湧き出て、二人に銃口を向けた。
「私の能力だと加減できないから、ここは桜にお願いするね」
「了解だよ、クリスちゃん」
基本的に能力などを消し去るクリスは実物の攻撃に対してはあまり強くはない。その気になれば止められないこともないが、場合によってはこの世から鉄や銃弾、その他、可能性を消し去ったものに付属するものが消えてしまう可能性もあるからだ。
なにより人間のクリスではなく、吸血鬼と悪魔のハーフである桜の方が肉弾戦や対人戦闘においては最強クラスなのだから。
「流石はクリスと桜ちゃんね・・・こうもあっさりと私の国の兵隊を全滅させてしまうなんて」
桜は誰一人として殺してなどいない。睡魔などの妖精や妖怪、神を使役して、自分の能力としてすべての敵を眠らせ、意識を失わせた。
だが、今目の前に立っているクラリスとステラには果たして通用するのだろうか?
「妹よ、お前は昔から天才的ではあったが、今の私とクラリス様に太刀打ちできるとは思うなよ」
ステラとクラリスの間には『0→1』と思われる球体が浮かんでいた。
「行くよ桜」
「うん」
意を決して二人の思惑を打ち破ろうとするクリスと桜。しかし、二人の身体はどういう訳か動かない。
「能力を消してるのに・・・何をしたのよ」
「あ、あれ見てクリスちゃん!」
憤るクリスに向かって指をさす桜。否、クリスにではない。
その後ろ、クリスの背後には赤から紫、紫から青、青から紫、紫から赤・・・・・
不思議な色をした月が、大きく、そして異常な光を放っていた。
「何なんだあの月、まだ昼間だってのに・・・あんなに」
「教えてやろうか妹よ?」
「教えてあげなさいクリス」
ステラに向かって話しかけるクラリスはどこか楽しげだった。
「お前の能力は一つの可能性だけで、その中に含まれていない可能性は消し去ることが出来ない。一見して使い勝手の良い能力ではあるが、それは大きな概念から消したに過ぎない。今は『0→1』で強化された私の『星を媒介にした精神掌握』と」
「私の時を止める能力が発動してるわ。それも私の能力で、連続して、何重にも重ねられている。これなら貴方でも消しきれない」
自分でも知らなった弱点。さすがは姉と親友、他の皆とは私の能力に対する考察が違う。
「それでもお前らが動けないだけでとどまっているのは『0→1』の妹とか言ってるYUIの力なんだろう。まぁYUIが来れば今度は『0→1』という大きな可能性によって支配され、お前の能力で『0→1』か『0→1』であるYUIが消えるだろうけどな」
そこまで考えられていたとは思ってなかった。桜と一緒なら、『可能性の第四階層』に自力でたどり着いた私達なら簡単にとはいかずとも勝てると思っていたが、その考えはあまりにも甘かった。
「霙が創ったっていう人格のある『0→1』であってもそれは同じ、時間を操れる私と人間を操れるクリスがいれば『0→1』にだって負けないわ」
「可能性の支配権は完全に私達のものになった。お前らはそこで人類の滅亡を眺めているがいい」
もう、二人には話すことすらできなくなっていた。二人は能力の限り、様々な事を試しているがクリスのは、ただただ表面の皮をめくるようなもので、桜のは、自分というすべてを、概念を杭と鎖によってこの世界に縫い留めるので精いっぱいだった。
「妖界に居ようと、時間を巻き戻すなりなんなりでどうにでもなる。もはや私達を止めるはずの霙も貴方達によって倒された。もう、誰も止められないわ!」
高らかに勝利を宣言するクラリス。
その勝利宣言を聞いてクリスと桜は同じことを考えていた。
((それは違う・・・))
いつか霙は言っていた。自分が本来の力を出せないのは『可能性の支配権が『0→1』にあるから』だと。
それならば、可能性を生み出す『0→1』の支配のない今、霙は・・・・・
「やっと楽しめる。・・・・やっと自由に出来る。・・・やあ四人とも、元気だった?」
何処からともなく現れた美しいソレは人間のそれではなかった。
美しいニンゲンのようなソレは絶対に人間の届く場所にはない。
霙はようやく『楽しめる』のだ。
「どうして・・・貴方はどうして動けるのよ?」
クラリスの悲鳴のような反抗に霙は簡単に言ってのける。
「そんな一部の可能性は『動けない私』に言ってくれよ。やっとのびのび出来るんだから、邪魔すんな」
圧倒的。
まさに圧倒的な力量差、超越者。
次元が違った。
今の霙は私達四人が知っている神無月 霙ではない。
あらゆる可能性の体現者としての神無月 霙。もう、どうしようもない。
「一瞬だ、一瞬だけ時間をやる。その時間を永遠にするもよし、そこから俺の精神を乗っ取るもよし、誰が誰に何しようといいから好きにしてみろ。ただし俺の一瞬なんだから無駄にすんなよ」
思わずクラリスもステラも固唾を呑んだ。
手を叩く霙。瞬間、霙は隙を作ってやったが、まだ二人は・・・得意げな彼らはまだ|《・》私《みぞれ|》《・》の悪癖を知らない。
瞬間、クラリスとステラが吹き飛び、意識を失い、すべてがすべてを受けて力を失った。
「あははははははは・・・あ~おもしろい。俺の一瞬だぞ。俺達の一瞬じゃないからな」
要は他の霙に吹き飛ばされたのだ。
「うな~うな~むきゅぅぅぅぅーー」
「・・・・・・」
「「じゃんけんポン」」
「あっち向いて~そいや!!」
「ウギャっ」
ツッコミ不在の恐怖。この世界で何かできるのは霙だけ。
勿論ツッコミ役の霙もいるだろうが、ここにソレがいるようには見えなかった。
無限にある可能性に対して無限の可能性でもって回答する、それが霙。
「最初からず~っと考えてたけど、やっぱりこれが一番面白かったかも。やっぱり物事は慮ってなんぼだよね~」
「「「ねー」」」
「「「キャハハハハハハ・・・・」」」
最初からすべて分かっていた。すべては我が手の内の喜劇。あらゆる私はあらゆるモノで、すべてである。それすなわち『私が完全に無』であったとしても、それこそが妾なのだ。
矛盾もあるが、彼女にとっては日常茶飯事。
霙が一度だけでも自由に遊ぶためだけに自分で行動した結果、このような終幕となった。
「さぁ、そろそろ終わりにしようかな」
彼が手を叩くとすべてが元の状態に戻っていた。
~数日後~
「やっぱり『0→1』は消し去るべきなんじゃないか?」
「ですけどね総統、霙さんもアレのおかげで救われた命もあるって言ってたじゃないですか」
「クリスの言い分も分かるけど、霙さんだぞ?どうすんだよ」
「「「・・・・・・」」」
実は霙や桜達など全員がいるのだが、話は一向に進まない。
戦争?が終わってから、人類は『0→1』を手放すか否かで悩んでいた。
「いいんじゃない?残しとけば。何かあってもアチキが何とかするからさ」
正論ではあるが、人類のすべてを霙に託していいものか?
全員の心境は揺らいだままだった。
「あれから『0→1』と話してさ、お互いにこの世界を支配する可能性を使うのはやめようってことになってさ、それで私も自由だし天泣も根雪も紫雲もいるし、安泰だろ?」
「というか霙さんが一方的にしたいだけでしょ」
良太のツッコミにクリスも加わる。
「それも暇つぶし程度の気持ちでね」
結局のところ、全部彼女の思い通りらしい。
「それなら・・・ね、総統」
「はぁ、分かった」
「やったね~天泣ぅ~。霙お姉ちゃんと一緒に~・・・イタッ、いたいいたいいたいいたいっ」
「こら、噛んじゃだめでしょ天泣・・・放して」
「「「ははははははは」」」
天泣に噛みつかれる霙を見て皆が笑っていた。そこには紫雲や根雪、勿論『0→1』もいた。
美しい少女。異常者。綺麗な男性・・・
あらゆる可能性の体現者。神無月 霙。
平和になった世界で彼女は、両親に鎖で縛られていた心を取り戻し、虐待から逃れるための心の鎧を外して自分なりに生きている。
殺した両親すら彼女の可能性の一つ、本物は天照と家族として普通に暮らしているというのだから恐れ入る。
「おやぁ~?この世界を見ているのは『私達』だけじゃないみたいだね、画面の向こう側のニンゲンサン?」
メタい発言も彼女がすべての可能性として、知っているからに過ぎない。
メタ発言すら彼女にとっては『悪癖』でしかない。
あらゆる可能性の一つ。
『得意げな彼らはまだ私の悪癖をしらない』はこうして幕を閉じる。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。『得意げな彼らはまだ私の悪癖を知らない』としての霙ちゃんのお話は終わりますが、霙は私が観測するたびに物語を紡がせてくれます。
小説初心者の私がここまで書くことが出来たのは愛する霙とこの小説を読んでくださった皆様のおかげです。これからも小説は書いていきたいと思うので、その時は私の主人公:霙と彼女の物語見ていただけると幸いです。
読んでくれた皆さま、本当にありがとうございました。