14:クリスの過去
従者達のおかげであの時の6人と霙のオリジナルである神無月 天照が来てくれた。
これから話し合いが始まる訳なのだが、『第五の部屋』にいた私の記憶はジョン パンドラ マキナ 良太 桜 朧には共有記憶になっている訳で・・・天照には最初から説明しなくてはいけないのだ。
「あのね天照、これから話すことなんだけど・・・」
「大丈夫だよクリス。そのことなら霙に聞いてるから」
まぁアイツの力なら簡単に出来そうだが、それでも私には信用しきれなかった。
「それなら私達が納得しそうなこと言ってみてよ」
彼はしばらく考えていたが、そこまで時間はかからなかった。
「ジョンが霙を捕まえる時の指令は『神無月 霙の戸籍が多すぎる』で、多くなった理由はそもそも霙がいっぱいこの世界に居るからだ。だから本当は捕まる理由なんてなくて、霙は自分がWAOの本部にいってクリスの姉のステラと接触するためだけに佐藤にあんな芝居がかった指令をジョンに命じた」
この回答に6人全員の意見は一致した。
「「「合格」」」
こうして全員集まって話すのには勿論理由がある。それは、霙から返されたルーナ・エクリプス・クリストフの消されていた記憶だ。
「皆に集まってもらったのは私の記憶の事についてで、私もまだ気持ちの整理ができてないんだけどね、皆には聞いておいて欲しいんだ」
この話をしたところで特に何かが変わるわけではないかもしれない。だけど、クリスはそれでも皆に聞いてもらいたかった。
もしかしたら誰かに聞いてもらうことで自分の心を落ち着けたかっただけなのかもしれない。
「それはいいですけど・・・な、マキナ」
急にモジモジしだすマキナと良太。クラリスとステラに襲われてから10年経った世界の皆は身長も伸びていて大人になったように見えた。
考えてみれば桜が15歳、良太が18歳、マキナとパンドラにはそもそも年齢の概念があるのかどうかも怪しいがジョンに関しては27歳で朧は26歳になっているはずだ。
「そういえば・・・もしかして二人が・・・」
そこまで考えてクリスはようやく思い出した。
そう言えば霙が「結婚したやつもいる」とか言ってなかったっけ?
「実は・・・俺達」
「「結婚しました!!」」
霙に言われてはいたが、凄い衝撃がクリスの身体を走った。まさか結婚したのが6人のうちの誰かではなくて6人の中で、だなんて誰が考えただろうか?
「え?え?二人が?・・・マキナと良太が?」
「そうですよ」
「どったの~クリスちゃ~ん。もしかしてマキナちゃんに嫉妬ですかぁ~」
相変わらず鬱陶しいマキナではあったが、とてもめでたい事に変わりはなかった。
これは後で知ったことだが、実はジョンもパンドラと結婚する予定だそうで、ジョンは単純に恥ずかしくて言い出せず、パンドラはそもそも言う必要性が無かったから言わなかったらしい。
「うるさいわよマキナ、それに私は早く言いたいんだけど」
面倒なマキナを黙らせたはいいが、ずっと桜が黙っている。まぁ無理もないだろう、ずっと一緒だった天泣が霙の下に戻ってしまって桜は寂しいのだろう。
そんな彼女の為にも戦争をいち早く終結に向かわせなければいけない。これは皆との絆を再確認するための集合でもあるのだから。
「まずね・・・・」
クリスが語るは過去の記憶。
それはすべての始まりであり、霙と『0→1』に最初に会った三人の話。
今から大体20年前の『クラリオス帝国』の近くにあった美しい花畑に三人の少女がいた。
一人は帝国のお姫様のクラリオン・スミス。
一人は帝国に住んでいるクリストフ家の双子の姉、ステラ・クリストフ。
最後の一人はステラの双子の妹のルーナ・エクリプス・クリストフ。
クラリスとステラとクリスはとても仲良しな友人同士だった。
彼女達が花畑で遊んでいると、クリスが一人呟いた。
「ねぇ、誰かが来るよ?」
ステラとクラリスは辺りを見渡すが誰もいないし、誰かが来る様子もない。当然だ、この花畑は帝国近くにある森の中にあるため、森に何度も入ってるような人間くらいしかこの美しい場所は知られていないのだから。
「クラリスはアッチを見てて」
「うん、わかった」
普通ならクリスの勘違いで終わる場面何だろうが二人は違った。クリスは普段から周りの人間からは変人扱いをされているが、特にステラはクリスの姉だから尚更彼女の不思議な行動と言動に付き合わされるため最初は妹を毛嫌いしていた。
そんなある日、姉妹が通っている学校(帝国には三つしかない)に姫であるクラリスがやってきたことで状況は一転する。突飛なクリスにクラリスは惹かれ、おかげで姉のステラも含めて三人は仲良しになり、そこでクリスの能力を感じ取ることが出来た。
最初はクリスが「明日地震が来るからクラリスに学校に来るな」と言ったことから始まった。二人はまたいつものことであろうと甘く考えていたが、次の日にクラリスが登校するとクリスがとてつもなく怒ったのだ。あまりの事に驚いたクラリスはそのままクリスに促されて校庭に出た。するとその瞬間地震が起きてクラリスとステラは少し混乱した、まさかクリスの言っていたことが本当になるとは・・・
その時教室にいたステラは完全に妹を『人間を超越したナニカ』と思い始める。だって、クラリスの席にだけ屋根や蛍光灯が落ちてきていたのだから。二人にクリスが『人類初の能力者』と思われるのは、そう時間のかかる事ではなかった。
「大丈夫だよ、多分私と遊びたいだけだから」
「そう?まぁ貴方が言うのなら」
「危ないときはお姉ちゃんも助けるからね」
勘が鋭いとか、感覚が発達しているなんていうレベルではなかったが普段の行いのせいか、クリスが二人以外から賞賛されることは無かった。
この日も彼女が言うなら問題ないと、クラリスもステラも思っていた。だが、それは間違いだったことにすぐ気づかされる。
確かに影もなく近づいてくるソレは『遊びたいだけ』だったが、それは普通の人間にとっては命に関わる遊びだったのだから。
「キヒヒヒヒッ」
クリスの前の空間から突然に飛び出すソレは未来からタイムリープなどの障害となっていたクリスを殺すべく現れた霙だった。
「えいや」
突然の攻撃にも関わらず、クリスは冷静に霙にチョップをした。本来であれば霙の推進力でそのままクリスに突っ込むところだが、霙はクリスの目の前で消えてなくなった。
「大丈夫?」
「けがはない?クリスちゃん」
クリスを心配する二人。ここでの霙の誤算は、すでにクリスは『可能性を消す能力』が発現していたことだ。
「・・・・・」
クリスは気付いていた。この後も霙は来る、そして可能性を消すことがこの先の未来で何を引き起こすかを・・・触れた気がした、ナニカに、それこそが『可能性の波』だったのかもしれない。
この後、霙がクラリスとステラを気絶させて精神世界で何か話していたのだと思う。今は冷静にそう考えられるが、当時は襲い掛かってくる霙に触れて消す事しか考えられなかった。
「クラリス!お姉ちゃん!」
そして二人が倒れたのを機にクリスは全力で能力を使った。途中から何度触っても消えないのが来ていたからというのもあるが、これ以上二人に何かあったらと思うと・・・躊躇はなかった。
「消えろ」
クリスの低く冷たい声・・・第四階層の力は人間としての霙も消した。可能性の第四階層は神と同等の力である、可能性を消す力は霙という存在すら消し去ってしまった。
「お姉ちゃん!クラリス!」
二人の無事を確認してホッとして冷静になって気付く。自分がいったい何をしてしまったのかを。
「知らない!知らない!・・・私は悪くない!!」
そしてクリスは自分の記憶を自分の能力で消した。
彼女が何をしてしまったのか?
可能性を生み出すのが『0→1』。可能性を消し去るのがクリス。その両方の力を持っているのが霙である。
この世界は遥か彼方にある『0→1』の影響で生まれ、可能性を伸ばし続けている。その世界の可能性が一部分でも消えてなくなってしまったらどこかで可能性を補填しなくてはいけないのだ。質量保存の法則によれば、物体は消えたように見えても小さくなっているだけで質量は変わらないとされる。だが、消えてしまった、ならばどうなるか?
新たなる可能性を生み出せるモノが新しく創らなくてはいけない・・・すなわち『0→1』の地球落下である。
「これが私の責任。皆には本当に申し訳なく思ってる、状況的にしなくてはいけなかったかもしれないけど、その罪悪感から逃げてしまったから世界は2回滅びかけたし、霙や総統・・・皆にも迷惑かけちゃったんだから」
しばらくの間、部屋の中に静寂が訪れた。
「大丈夫だよクリスちゃん。桜が霙の操作役になるから・・・私はあの子のために尽くしたいの!だからこそクリスちゃんの友達が世界中の人に酷いことしようとしてるのも止めるし、それをいいように弄ぼうとしてる霙さんも止める」
それが桜がこの部屋に来てから、最初の言葉だった。
桜の意見に頷く7人。
「ありがとう桜・・・」
涙をこらえて笑顔を見せるクリス。
さぁこれからだ。これからどうやって戦争の被害を消すのか?一人の犠牲も許されない状況で、戦争は明日だと『クラリオス帝国』は世界に宣戦布告してきた。
明日、10月25日は神無月 霙の誕生日でもあった。