12:第五の霙
時間がどのくらい経ったのだろう、あれは姉さんの能力。そして変わってしまった友人。クリスの朧げな意識が、しだいにしっかりとしていき過去の記憶を鮮明に思い出し始めた。
「・・・ん、ここは?はっ!そうだお姉ちゃん!?」
「ステラ・クリストフならここにはいないよ、ルーナ・エクリプス・クリストフ」
中性的ですべてを魅了するような顔立ち、長くて美しい黒髪、縦に渦巻く波の様なフリルの服は彼女の心の内
を表しているようにも思える。
異様な空間に佇む少女は私の知っている神無月 霙にとても似ていたが、その周りに漂う気はルーナ・E・エクリプスの知る神無月 霙のそれではなかった。
「あんた誰よ。神無月 霙によく似てるけど桜の言っていた『私達』ってやつ?それとも霙の『妹』?それになんでお姉ちゃんの名前を知ってるの?」
クスッっと微笑み、美しい少女はクリスに答える。
「ようこそ『第五の部屋』へ。私はオリジナルとしての神無月 霙、貴方のお姉さんを知っているのは私がすべてを知っているから」
もう嫌だ。素直にクリスはそう思った。
「そうだ、桜達はどうしたのよ?」
「クリスちゃんは何かと質問が多いですね。もう少し落ち着いてられないんですか」
どうして私がおかしいみたいに言われてるんだろう?クリスのイライラは頂点を超えて逆に冷めきってしまった。
「だったら、あんたが全部教えなさいよ」
「いいですよ、なんせ私はすべてを知っていますからね」
ついにこの世界の秘密が明かされる時が来た。
「さぁ!刮目せよ!!一字一句聞き逃すな!!これから語るは我が歴史のすべて。そしてこの世界の真実である・・・・さぁ質問をどうぞ」
なんだかもう慣れてきてしまっている自分がいた。そんな自分に嫌気がさしてきたクリスであった。
「あんた、さっき自分で教えるって言ってた癖に、、、結局私に質問させるの?」
私・・・どこかでこいつとあってる気がする・・・でも何だろう、、、どうしてこんなに落ち着いてるんだろう。
「そうだよ、だって私は人に説明するのがへたくそなんだ」
黒っぽいナニカが渦巻く異様の空間にシャボン玉の様な球体が現れ始めた。
「だったら、あんたは何者?ちなみにさっき答えた神無月 霙ってのは無しだからね」
「いいよ」
私の名は『神無月 霙』。
我等のオリジナル。『私達』という、神無月 霙という能力の使用者である『神無月 天照』そのものを『0→1』の可能性(能力)で創ったのが私。
私はいわば、彼自身なの。
「理解できないんだけど、もう少し分かりやすくしてもらえない?」
クリスとてWAOのメンバーで、今の任務は神無月 霙の監視と戦力調査なのだ。分からないままで終わらせるわけにはいかない。
「どこらへんが分かんないの?クリスちゃん」
「全体的に、特にオリジナルの能力のあんたが私に触れる理由とかかな」
「OK~それじゃあそれを踏まえて教えるね」
私がクリスちゃんに触れられるのを説明するためにも、まずはどういう力なのか説明しないとね。
私のオリジナルは前の世界では精神的にちょっとおかしかったの、よく周りから『多重人格』とか『サイコパス』とか言われてたんだけどね、『多重人格』の方は他の精神病が混ざってるだけで本当は多重人格じゃないんだけど・・・・
突然言葉に詰まる霙。あまり言いたく無い記憶なのだろうか?
「別に言いたくなかったら言わなくていいわよ。私だって馬鹿じゃないんだし、要点だけ言ってくれれば理解してあげられるから」
「本当? 本当にいいの?」
「ええ、私が知りたいのはあんたの能力と私の能力が効かない理由とかだから」
「分かった、じゃあ続きね」
要はオリジナルの中にはその状況の合わせた性格が多くあり、その中には周りからサイコパスなどと言われるものもあるのだが、結局は『その状況によって性格が変化する性格』。
クリスちゃん達が道具を用途に合わせて使い分けるのと一緒で、同じ椅子を作るにしてもネジで組み立てるのか釘で組み立てるのかで使う道具は変わってくる。それが『私達』の性格、同じ相手でも私達は違って見える。
そんな子が内に秘めた『私達』は『0→1』が落ちてきたせいで生まれたあらゆる可能性が具現化する世界によって『私達』は内にも外にも行けるようになったの。
その結果として、彼の代わりに想像の世界で動いていた『私達』はいわばあらゆる可能性そのもの。
だから私達は『全知全能』であると同時に『無知無能』でもあり、『0→1』以外での可能性の具現化などができる、いわばもう一つの『0→1』。
『新たなる可能性』(10:夏休みの最終行の空白の回答)である。
『0→1』の可能性によって神無月 天照が目覚めた可能性は『複数の自分を統合・使役する能力』、その能力は天照という人格(性格)でもあった私にも付与されているのは当然の結果だった。
天照という神無月 霙、それが『第五の私』。性格というよりも人格的に別物になったのが『四姉妹』です。
末っ子:紫雲:オリジナルの『世界を平和にするためには?』という思考から生まれた人格。平和の為に必要な材料、矛盾点を『紫雲』で解決することが主。基本的には平等で平和で誰に対しても優しいが、裏を返せば人間味が薄い。そのため家族と知らない人間とが同じ価値観にあり、生き物の生死に対しての感覚などが一般的な考えよりもずれている。
能力:主に回復や癒しなどの『救いと安寧』を多用するが特には決まっていない。
固有能力:『平和が平和のために行う平和の統治』がある。平和のためにすべてを統括して統治する能力。具体的には全人類の「みぞれ化」であり、『複数あるから争うことができる』ならばすべてを一つにすればいい。すべての可能性と物体を神無月 霙(妹達も含む)にすることで平和を実現する力である。
全体的に霙という『存在』を基礎とした人間でもある。
三女:根雪:オリジナルの『悪に対する感情と悪を行いたい願望の実現』という思考から生まれた人格。これが出ているとき=サイコパスであったと思う。人間が相手を傷つける→それを止めてもらうように言う→止めない、正当化する・・・他にも他にも・・・。だったら私がそいつに何をしてもいいはず、俺の感情が無視されるならやってみたいことをしても、人間で実験してもイイヨネ?(苛められていた当時の精神内での思考より)。他の個体よりも中二病である。
能力:相手を欺くなどといった『陰湿』な能力を多用するが特に決まっていない。
固有能力:『終焉・無限の夢幻の夢現』がある。自己が複数のために、傷つく心は可能性の数。だから相手にも教えてやるのだ、どれほどの苦しみか どれほどの痛みか どれほどの憎しみか どれほどの・・・無限に、夢か幻であって欲しいと祈らせるために無限に、夢か現かが分からなくなろうとも無限に。名前の通り夢であり幻であり現実でもある攻撃であり、『対象をあらゆる方法で「 」する』能力である。(いつぞやのピエロにこれの弱体化版を行おうとした)
オリジナル(みぞれ)の曖昧さ、揺れ動く心、執着と執念の『悪癖』を基礎とした人間でもある。
次女:天泣:オリジナルの『人間的で感情的で一生懸命になろうとした原初の感情』から生まれた人格。両親からの精神的虐待や周囲の人間からの苛めに対して理性と『やり返したら相手と同じ』ということから押さえつけられていた人格でもあり、幼少期の行動や感情に近い。そのため最初からあった『原初の存在』であったともいえる。自分を押し殺して生きて、獣みたいに、アイツらみたいに、もっと自由に感情を出せたら・・・自分を出せたら・・・もう理性なんてどうでもいいや(小学生時代の自己否定と嫉妬心による心の葛藤より)。性格は純粋無垢で感覚的。獣の姿でいることが多かったが土井 桜の優しい心を感覚的に感受し、今では人間の姿でいることのほうが多くなりつつある。
固有能力:固有能力というより元々ある人間の能力の増幅である。簡単に言えば『超感覚』である(いわゆるゾーン)天真爛漫 天衣無縫 一つの目標に対して究極の能力である。
オリジナルの本心や純粋さを基礎とした人間でもある。
長女:霙:オリジナルの『想像・心象・想像・空想・幻想・妄想・夢想・理想』である。自身の可能性は自分がどうなるか?であるが、中には『生まれ変わって異性になったら?』などといった今の自分ではどうしようもないものもある。それを可能とさせるのは人間の想像力の素晴らしい部分、オリジナルはソレに『みぞれ』という名前を付けた。ある時は妹、ある時は異性となった自分、ある時は猫や飛行機、ある時は話し相手、あらゆるものは霙とも言えた、彼にとって『神無月 霙』は自分であり他人であり親友であり忠告者や第三者目線、クラスの人間の心、神・・・・
イマジナリーフレンドである。
固有能力:『新たなる可能性』。『全知全能で無知無能』あらゆる可能性を体験したい体験させたい、創造と破壊、相手に尽くすも自身の命を捨てて誰かを救うのも自分がしたいからであり、ある意味究極のワガママかもしれない。
『可能性は0じゃないけど0かもしれないって事と同じ力が私なの』(4:それぞれの日常「1」より引用)。
オリジナルそのものでもあり、心でもあり、すべての可能性でもある存在。
「どう?これで分かったでしょ」
「まぁ・・あんたのオリジナルと、その能力は分かったけどさ。つまりはあんた自身も能力の産物でもあるけど『0→1』の可能性で生まれた人間でもあるから私の能力では無効化されないってことでいいの?」
霙は驚きに目を見開いた。
「そう!そう!!そういうことなの!!!すごいよクリスちゃん。普通に聞いてるだけだとそこまでは気付かないもんだよ」
「昔っから勘だけはいい方なの、それより次の質問。他の皆はどこにいったの?」
妹がいるのは知ってたけど、固有能力ってなによ?それも統合された霙であれば出来るんでしょ?固有じゃないじゃん・・・他にも分かんないことはあるけど、次は皆の安全よね。
「え~とね、皆はクリスちゃんの居ない世界に戻ってるよ」
「そう、みんな無事なのね」
「うん」
皆の無事を聞いてホッと胸をなでおろすクリス。安心したところで彼女はこの世界の核心について霙に問いかけた。
「なら次は三年前くらいからこの世界に干渉した奴を教えなさい」
「あれ?どうして知ってるの?」
「当たり前でしょ、今年の春に起きた大災害なのに死者も重傷者も0名で企業損失もほぼ0だなんて誰が見たっておかしいわよ」
キョトンとしている霙、クリスは本当にばれないとでも思っていたのかと追及した。
「そっか~そうだよね、、、普通ならばれちゃうよね」
「その言い方、つまりはあんたがやったことなのね」
「ほとんどはそうだけど、それにはクリスちゃんも関わってるんだよ。まぁクリスちゃんは分からないと思うけどね」
桜のおかげで前の世界に干渉した人間の一人が霙なのは知っていたが、まさか自分も関わっているなんて思いもしていないクリス。クリスは前の世界では特におかしなことはしていない、そう思って自分の過去を振り返ろうとするがところどころ記憶が・・・
「ん~??」
「無理に思い出そうとしても絶対に分からないと思うよ。だってその記憶が無くなったのってクリスちゃんの能力が暴発したからだもん」
衝撃の真実。勿論そんなこと、クリスは覚えていない。
「嘘でしょ、、、」
「本当の事だよ。大丈夫だよ時間はいっぱいあるし、全部教えてあげるから」
本来だったら『0→1』が地球に落ちてきた時に人類の大半が死に、無秩序に溢れかえった可能性の波によって様々な大災害が誘発、地球は滅んでしまうかもしれなかった。
能力で何とかできるとかいう規模ではないし、能力者になる前に死んだ者もいる。魔法、異能、魔術・・他にも神になって世界を直す、だけどそれは成されなかった。
『0→1』はあらゆる可能性を生み出すもの、そしてすべてのものは等しく死に向かう。
宇宙の始まり。0が1になる瞬間。不老不死さえ殺す力。
なんでもありの世界でも、私達は普通に生きていられた。
それは『私達』も『0→1』と同じく、この世界に訪れた新たなる可能性だったからなのかもしれないけど、『0→1』には一つ欠点があった・・・それは。
根本的に0から1にする力、創造しかできないという点だ。
一度作ったものを破壊できず、上塗りを繰り返すだけ。それも『0→1』に意思があればなのだが。
私は『0→1』が落ちた後に生まれた以上、世界の可能性は『0→1』の可能性で支配されている。だから私はタイムリープすることで人類を助けようとした。偶然にも近くには私以外に生きている生き物がいた。それがもう一人の干渉者、『土井 紫』クリスちゃんにとっては『佐藤 武』総統だよ。
「・・・・・・・嘘、、、ホントウナノ?」
カタカタした喋りになってしまっているクリス。それほどまでに驚いているのだろう。
「まだ説明中だから後でね」
自分が死ぬ前に『0→1』の可能性の恩恵によって吸血鬼と悪魔ののハーフになった紫は、たまたま私に見つけられ、私と目が合ったのだ。
「なぁ人間。この世界をなんとかしてみたくはないか?」
唐突にそんなことを言われた紫は、これが走馬灯・・・自分の神なのだと錯覚した。
「もちろん。妻の紫や、まだ8歳の良太と5歳の桜がこんなところで死んでいいはずがないんだ。やり直せるならなんでもする」
霙には目の前の人間が吸血鬼と悪魔のハーフ、というかどちらの能力も得ていることを見抜いている。ならば話は簡単だ。悪魔の取引、契約を結べばいい。
「よろしい、人間よ我と契約だ。我の望みとお前の望みは同じ、だから一つ追加することになるがそれでも良いか?悪魔との契約なのだ、お互いが絶対に破る事の出来ぬな」
「いいですよ。それで家族が生き返るなら」
「我が望みはお前にWAO(World Ability Organization)という政府機関を作ってもらい、これから渡すものをこの災害の代わりに訪れる戦争、その相手である『クラリオス帝国』に渡してほしい。その代わりに前の世界でも能力が使えるようにしてやる」
「分かりました。本当にこの世界が前の世界に戻ったなら、その時は貴方の望みを叶えましょう」
「よし、契約完了だな。では、これより9年前に世界を戻す!それではまたあちらの世界で会おう」
私は紫を9年前に送り、『クラリオス帝国』に送ってもらうもの・・・『0→1』を回収した。
「え、ちょっと待ってよ」
「何?これからようやく前の世界に戻るってとこなのに~」
「いやいや・・何?もうこの時点で『クラリオス帝国』が戦争するのは分かってたの?てか、『0→1』を『クラリオス帝国』にあげちゃうの?」
「まぁね、でもあげるのは地球に『0→1』が落ちてきてからだよ」
「なるほどね」
「じゃあ続き」
その後、私は三年前に戻って紫と再会を果たした。紫はしっかりと『0→1』対策の為の下準備をしてくれていて、後は実行してもらうだけとなっていた。
そこで私は契約とは全く関係ないお願いをした。
「ねぇ紫、一つお願いしてもいいかな?」
「え!?どこで名前を?」
「そんなの神様みたいな私が知らないわけないじゃん。それよりどうなの?」
「いいですけど、何をすればいいですか?」
「ふふふふふ・・・それはね、」
ついに語られる今までのおかしな現象と行動と・・・すべては霙のため。
この世界についてなんにも分かっていないのに得意げな彼らはまだ知らない。
得意げな彼らはまだ霙の手のひらで踊らされていることを知らない。